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11.桜の下(2)
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「はあ?」
「この人じゃありません」
「はあ?」
「制服、違いますもん」
美女は目をパチクリさせている。
僕の両腕をつかんだ駅員は二人そろって間抜けた声を返した。
「それに、この子よりもっとカッコよかったわ、気持ち悪かったけど」
女は肩をすくめて見せた。
「ああ、そう、ですか」
「じゃあ、この子は…」
「何なんだよ」
僕の方を見て、駅員二人が交互にあきれる。聞きたいのはこっちの方だ。
「あなたが、毎朝、この駅に潜んでるっていうから」
「この子も、何だか改札ばかり見てるのに出るわけでもない、怪しい感じだったし」
「じゃあ、君は何であんなことしてたんだ?」
ようやく僕に質問が向けられて、我に返った。
「だから、僕は…春日!」
学校に滑り込むにはさっきの電車が最後のはずだ。
「もういいでしょ! 遅刻するよ!」
「ああ、すまんね」
「走れば間に合うさ」
能天気な駅員がようやく手を放し、僕は弾かれたみたいに駅長室を飛び出した。走って、走って、走って。ホームへ駆け降りた瞬間、止まっていた電車のドアが閉まる。
そのドアにこちらに背中を向けてもたれている、一人の学生服姿。
春日だ、と確信した。
「春日!」
叫んでも届かない。
そんなことはわかっていた。
結局、その後の電車が事故でトラブり、僕は大幅に遅刻して学校に入った。
教室に入ってまず、春日の座っている席に目を向けようとすると、教師によそ見をしながら理由を放すな、と叱られた。
「気分が悪くて遅れたんです」
そんな言い訳の空々しさを、相手は十二分にわかっていて、仏頂面で同意してくれた。
「この前倒れたんだってな。朝飯、食ってきてるか?」
「はい」
「最近の高校生は朝飯をちゃんと食わないから体調崩すって話、したよな?」
「はい」
「少しは人の話をちゃんと聞けよ」
「はい」
ようやく説教が終わって席に戻りかけ、春日の席が空になっているのに気づいた。
「春日は?」
隣の奴にこっそり聞いてみると、
「さあ? 何だか家から電話がかかったって、おまえ入ってくる少し前に出てったぜ」
「何だろ」
「知らねえよ」
その時間、春日は戻らなかった。昼の時間にも帰ってこない。
ひょっとして図書室にいるのかと出向いて見た。
昼休みに図書室にこもるものはほとんどいない。人気のない部屋、いつかリカと一緒に座っていた場所を見ると喉の奥が痛くなった。
あれからリカとも会っていない。連絡もない。
幻のように、脆い脆い気持ち。
必死に顔を背けて、カウンターの中をのぞく。そこにも春日はいなかった。
あんまりじろじろと見ていたから妙だったんだろう。高村先生がカウンターに出て来た。
「何? 用?」
「あの…春日、来てませんか?」
「あら…」
高村先生は不思議そうな顔になった。
「三人目ね、今日は」
「三人?」
「春日君、何かしたの?」
面白そうに笑って尋ねる。
「いえ、あの」
「いないのよ。急用で早退したらしいわ」
「そう…ですか」
力が足元から見る見る抜けていく気がした。
会わないってこういうことなのか。探しても探しても関われない、出会えない。
もしかして、本当に、このままいなくなって…。
「あ、ここにいたんだ」
突然、聞き慣れた声が響いた。
「話したいの、いい?」
図書室のドアを開けて、リカが微笑んでいた。
「この人じゃありません」
「はあ?」
「制服、違いますもん」
美女は目をパチクリさせている。
僕の両腕をつかんだ駅員は二人そろって間抜けた声を返した。
「それに、この子よりもっとカッコよかったわ、気持ち悪かったけど」
女は肩をすくめて見せた。
「ああ、そう、ですか」
「じゃあ、この子は…」
「何なんだよ」
僕の方を見て、駅員二人が交互にあきれる。聞きたいのはこっちの方だ。
「あなたが、毎朝、この駅に潜んでるっていうから」
「この子も、何だか改札ばかり見てるのに出るわけでもない、怪しい感じだったし」
「じゃあ、君は何であんなことしてたんだ?」
ようやく僕に質問が向けられて、我に返った。
「だから、僕は…春日!」
学校に滑り込むにはさっきの電車が最後のはずだ。
「もういいでしょ! 遅刻するよ!」
「ああ、すまんね」
「走れば間に合うさ」
能天気な駅員がようやく手を放し、僕は弾かれたみたいに駅長室を飛び出した。走って、走って、走って。ホームへ駆け降りた瞬間、止まっていた電車のドアが閉まる。
そのドアにこちらに背中を向けてもたれている、一人の学生服姿。
春日だ、と確信した。
「春日!」
叫んでも届かない。
そんなことはわかっていた。
結局、その後の電車が事故でトラブり、僕は大幅に遅刻して学校に入った。
教室に入ってまず、春日の座っている席に目を向けようとすると、教師によそ見をしながら理由を放すな、と叱られた。
「気分が悪くて遅れたんです」
そんな言い訳の空々しさを、相手は十二分にわかっていて、仏頂面で同意してくれた。
「この前倒れたんだってな。朝飯、食ってきてるか?」
「はい」
「最近の高校生は朝飯をちゃんと食わないから体調崩すって話、したよな?」
「はい」
「少しは人の話をちゃんと聞けよ」
「はい」
ようやく説教が終わって席に戻りかけ、春日の席が空になっているのに気づいた。
「春日は?」
隣の奴にこっそり聞いてみると、
「さあ? 何だか家から電話がかかったって、おまえ入ってくる少し前に出てったぜ」
「何だろ」
「知らねえよ」
その時間、春日は戻らなかった。昼の時間にも帰ってこない。
ひょっとして図書室にいるのかと出向いて見た。
昼休みに図書室にこもるものはほとんどいない。人気のない部屋、いつかリカと一緒に座っていた場所を見ると喉の奥が痛くなった。
あれからリカとも会っていない。連絡もない。
幻のように、脆い脆い気持ち。
必死に顔を背けて、カウンターの中をのぞく。そこにも春日はいなかった。
あんまりじろじろと見ていたから妙だったんだろう。高村先生がカウンターに出て来た。
「何? 用?」
「あの…春日、来てませんか?」
「あら…」
高村先生は不思議そうな顔になった。
「三人目ね、今日は」
「三人?」
「春日君、何かしたの?」
面白そうに笑って尋ねる。
「いえ、あの」
「いないのよ。急用で早退したらしいわ」
「そう…ですか」
力が足元から見る見る抜けていく気がした。
会わないってこういうことなのか。探しても探しても関われない、出会えない。
もしかして、本当に、このままいなくなって…。
「あ、ここにいたんだ」
突然、聞き慣れた声が響いた。
「話したいの、いい?」
図書室のドアを開けて、リカが微笑んでいた。
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