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『その男』(6)
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そのうち消そう。
頷きながらそう決めた。
大輔は『赤』に気づくだろう。そうなる前に。
携帯が震えたのをきっかけに、まだ大盛りのカツ丼を貪ってる大輔を残し、カフェテリアを出る。
すれ違いに入ってきたのはマスコミ論のゼミ講師、せっかちに前屈みで歩く40歳過ぎの中年女性の手から落ちた紙を、携帯を耳に当てながら取り上げて渡してやる。
『頻発するコンビニ強盗を読み解く』と太い見出しがある新聞記事のコピーだ。
いいタイミングだ。とんでもなくいい。
腹の底にじわりと揺れた不快感、ありがとう、と笑う相手に微笑み返して、さっきの大輔のことばを思う。
『もしもし』
「なんだ?」
『向田署、有沢、です』
飯島は短く伝えてきた。
「証拠かミスか」
『わかりません』
飯島の声は妙に掠れている。
『ずっと張り付いてきてます』
「ふぅん」
いいタイミングだ、よすぎる。
空を見上げる。
とてもよく晴れて美しい。
ひょっとすると、神さまなんて代物がいい加減退屈になって地上の争乱に介入したくなったのか?
「次は」
『ぼちぼちこっちです。孝も夜勤に入ってます』
「……伸ばせ」
『え』
「最終予定を先に。先走りたいのが居たな?」
『……始末ですか』
「飯島を守ってやるよ」
『…………ありがとうございます』
お調子者で浮ついた仲間に与えられる鉄の制裁と、自分の危機に仲間を犠牲にしてでも差し出される救助の手。
鞭と飴。
飯島の声が熱を帯びる。
『感謝します』
「気にするな」
飯島は大事なトップじゃないか。
慰めてやれば一層尻尾を振る忠実な番犬。
『俺も絶対あなたを守ります』
「ああ」
『じゃあ、俺が勤めてる間に、あっちを起こして』
「少し落ち着いたら、夜勤で孝を襲え」
『了解』
「それで最後だ」
うまく逃げ切れよ。
笑うと、はい、と飯島も声を明るませたが、ふとためらったように続けた。
『あの』
「なんだ」
『一人、気になるのが居るんですが』
「管轄?」
『いえ、有沢じゃないです。女子高校生』
「は?」
『……ずっと通ってきてます』
「誰かと約束してるんだろう」
『いえ、その……オレ、に気がある、みたいで』
思わずもう一度空を見上げる。
なんだ、この符号は?
瞬間過ったのは、小学校の頃、コンビニの入り口ですれ違った女子。
まさかな。
「いいじゃないか」
付き合えよ。
『でも、あの』
いい子なんで、あの、オレ。
「ああ、引きずり込まない、約束してやる」
飯島の不安の理由がわかった。
『赤』の連中はもう一人の『羽鳥』を知らない。そいつが何をしているのかも。
『じゃあ、あの』
「……落ち着いたら映画にでも誘え」
『今、何がいいですか』
「彼女に聞けよ」
『そうか…』
飯島の声が華やいだ。
『なんか、あの、懐かしい感じのする子なんですよ』
尋ねもしないのに続けた。
『昔いじめちゃった子、みたいな』
「いじめた?」
『あの一件に巻き込まれた子がいて』
オレ、文房具屋のやつに脅されて、一緒に石を投げた。
『逃げずにランドセル盾に突っ込んできて……何だ、この子って』
どきん。
ふいに胸に飯島の鼓動が宿った気がした。
「好きになったのか」
『…たぶん』
とことんマゾだな、とは突っ込まなかった。
『顔ももう覚えてなかったけど』
似てるんです。
「よかったな」
こいつもそろそろ始末しておくべきかもな。二人の主人に仕えられるような器じゃない。
もう一度空を見上げてから携帯を切る。
頷きながらそう決めた。
大輔は『赤』に気づくだろう。そうなる前に。
携帯が震えたのをきっかけに、まだ大盛りのカツ丼を貪ってる大輔を残し、カフェテリアを出る。
すれ違いに入ってきたのはマスコミ論のゼミ講師、せっかちに前屈みで歩く40歳過ぎの中年女性の手から落ちた紙を、携帯を耳に当てながら取り上げて渡してやる。
『頻発するコンビニ強盗を読み解く』と太い見出しがある新聞記事のコピーだ。
いいタイミングだ。とんでもなくいい。
腹の底にじわりと揺れた不快感、ありがとう、と笑う相手に微笑み返して、さっきの大輔のことばを思う。
『もしもし』
「なんだ?」
『向田署、有沢、です』
飯島は短く伝えてきた。
「証拠かミスか」
『わかりません』
飯島の声は妙に掠れている。
『ずっと張り付いてきてます』
「ふぅん」
いいタイミングだ、よすぎる。
空を見上げる。
とてもよく晴れて美しい。
ひょっとすると、神さまなんて代物がいい加減退屈になって地上の争乱に介入したくなったのか?
「次は」
『ぼちぼちこっちです。孝も夜勤に入ってます』
「……伸ばせ」
『え』
「最終予定を先に。先走りたいのが居たな?」
『……始末ですか』
「飯島を守ってやるよ」
『…………ありがとうございます』
お調子者で浮ついた仲間に与えられる鉄の制裁と、自分の危機に仲間を犠牲にしてでも差し出される救助の手。
鞭と飴。
飯島の声が熱を帯びる。
『感謝します』
「気にするな」
飯島は大事なトップじゃないか。
慰めてやれば一層尻尾を振る忠実な番犬。
『俺も絶対あなたを守ります』
「ああ」
『じゃあ、俺が勤めてる間に、あっちを起こして』
「少し落ち着いたら、夜勤で孝を襲え」
『了解』
「それで最後だ」
うまく逃げ切れよ。
笑うと、はい、と飯島も声を明るませたが、ふとためらったように続けた。
『あの』
「なんだ」
『一人、気になるのが居るんですが』
「管轄?」
『いえ、有沢じゃないです。女子高校生』
「は?」
『……ずっと通ってきてます』
「誰かと約束してるんだろう」
『いえ、その……オレ、に気がある、みたいで』
思わずもう一度空を見上げる。
なんだ、この符号は?
瞬間過ったのは、小学校の頃、コンビニの入り口ですれ違った女子。
まさかな。
「いいじゃないか」
付き合えよ。
『でも、あの』
いい子なんで、あの、オレ。
「ああ、引きずり込まない、約束してやる」
飯島の不安の理由がわかった。
『赤』の連中はもう一人の『羽鳥』を知らない。そいつが何をしているのかも。
『じゃあ、あの』
「……落ち着いたら映画にでも誘え」
『今、何がいいですか』
「彼女に聞けよ」
『そうか…』
飯島の声が華やいだ。
『なんか、あの、懐かしい感じのする子なんですよ』
尋ねもしないのに続けた。
『昔いじめちゃった子、みたいな』
「いじめた?」
『あの一件に巻き込まれた子がいて』
オレ、文房具屋のやつに脅されて、一緒に石を投げた。
『逃げずにランドセル盾に突っ込んできて……何だ、この子って』
どきん。
ふいに胸に飯島の鼓動が宿った気がした。
「好きになったのか」
『…たぶん』
とことんマゾだな、とは突っ込まなかった。
『顔ももう覚えてなかったけど』
似てるんです。
「よかったな」
こいつもそろそろ始末しておくべきかもな。二人の主人に仕えられるような器じゃない。
もう一度空を見上げてから携帯を切る。
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