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『その男』(8)
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桜木通販の面接は桜木元子と名乗るショッキングピンクのスーツの女性が担当していた。正確な地位を名乗らなかったあたりは、既に計算ずくだったのだろうと今は思う。
勤め出して一ヶ月後、その元子に呼び出されて会議室の一角で相対した。
無難なスーツ、無難な髪型、優しい笑顔,穏やかな物言い、この一ヶ月で課で得た『仕事をきちんとやる真面目で誠実な新人』というキャラクターのどこにもミスはないはずだ。適当に失敗し,適当に切り抜ける。鋭くはないが、そのうちのしあがっていきそうだなという気配を漂わせて、課内だけではなく課外の女性にも密かに噂にされている。
「どう、仕事には慣れた?」
「ぼちぼちですね」
苦笑して見せる。それからはっとしたようなふりで、
「あ、昨日のミスはちゃんと報告しました」
如何にも多少は抜けてる、けれども元子に対して緊張はしている、そういう顔を作る。
「そう」
元子は手元の書類をぱらぱら捲った。
履歴書。
何を今更。
それともこれはフェイクか?
この女性の手強さは入って一週間で知っている。
廊下ですれ違った。その時は地味な、どっちかというともっさり系事務パート風の灰色黒のモノトーンの服装、どすどすと足音を響かせて通っていくのに苦笑しながら、それでも頭をきちんと下げて通り過ぎようとしたとたん、ありがとう、と言われて立ち止まった。
『は?』
『面接の時に会ったわよね、覚えててくれてありがとう』
『あ、いえ』
そりゃ当然でしょう、だってあなたはトップの懐刀と噂が高い、それは口に出さずに会釈すると、元子はにんまりと嫌な形の笑みで応じた。
『大抵気づかないのよ、普段と全く違う服装で、全く違う場所に居るとね』
あなたは物覚えが凄くいいのね。
つまり、元子はその容姿を生かして新人チェックを行っていたのだ。
確かに一緒に入った大半のやつは元子に気づかず、元子がコピーを取ってる横を通り過ぎつつ好き勝手な女自慢を繰り広げたり、半端に勝ったパチンコの成果や直属の上司の愚痴を口にしている。そのほとんどを、素知らぬ顔で元子が聞いているのは明らかで。
なるほど、だからこの小さな会社がやたらめたらと情報管理に長け、動きが軽く対応が早いのか、と理解した。
「それで」
怖い怖い。怖い相手には大人しくしてるに限る。
微笑みながら、そっと尋ねる。
「あの、今日は」
「ゲームやるの?」
「は?」
見ると元子はじっと履歴書の趣味欄を見ている。
「あ、ええ」
「RPGとバトル、パズル、どんなものが好き?」
「えーと…?」
「ウチもそのうちゲーム系も扱うかも知れないでしょ? マニアな分野だから知識のある人間はチェックしておきたいし」
「ああ、なるほど」
嘘つけ。
ゲーム業界、特に流通はよほどのことがない限り新規参入は難しい。コネや伝手が傍から見る以上に幅を利かせている分野だ。ましてやプログラマーでもオタクでもない生半可な知識で太刀打ちできるようなものじゃない。
コンビニのゲームの品揃えが新製品主体なのは、どこまで何をどう揃えるかに対するノウハウの確定が難しいからだ。トレーディングフィギュアなら試しに手を出す人間は居ても、ハード環境に大きく左右されるゲームは特に「お試し」購入はしない。
「そうですね……RPG系が好きですね」
「へえ、意外ね」
元子は不思議そうに瞬きして顔を上げた。きょとんとした間抜けた表情、だがそんなものに騙されはしない。
「シミュレーション系かと思ったな」
それは選択肢になかっただろうとは突っ込まなかった。
勤め出して一ヶ月後、その元子に呼び出されて会議室の一角で相対した。
無難なスーツ、無難な髪型、優しい笑顔,穏やかな物言い、この一ヶ月で課で得た『仕事をきちんとやる真面目で誠実な新人』というキャラクターのどこにもミスはないはずだ。適当に失敗し,適当に切り抜ける。鋭くはないが、そのうちのしあがっていきそうだなという気配を漂わせて、課内だけではなく課外の女性にも密かに噂にされている。
「どう、仕事には慣れた?」
「ぼちぼちですね」
苦笑して見せる。それからはっとしたようなふりで、
「あ、昨日のミスはちゃんと報告しました」
如何にも多少は抜けてる、けれども元子に対して緊張はしている、そういう顔を作る。
「そう」
元子は手元の書類をぱらぱら捲った。
履歴書。
何を今更。
それともこれはフェイクか?
この女性の手強さは入って一週間で知っている。
廊下ですれ違った。その時は地味な、どっちかというともっさり系事務パート風の灰色黒のモノトーンの服装、どすどすと足音を響かせて通っていくのに苦笑しながら、それでも頭をきちんと下げて通り過ぎようとしたとたん、ありがとう、と言われて立ち止まった。
『は?』
『面接の時に会ったわよね、覚えててくれてありがとう』
『あ、いえ』
そりゃ当然でしょう、だってあなたはトップの懐刀と噂が高い、それは口に出さずに会釈すると、元子はにんまりと嫌な形の笑みで応じた。
『大抵気づかないのよ、普段と全く違う服装で、全く違う場所に居るとね』
あなたは物覚えが凄くいいのね。
つまり、元子はその容姿を生かして新人チェックを行っていたのだ。
確かに一緒に入った大半のやつは元子に気づかず、元子がコピーを取ってる横を通り過ぎつつ好き勝手な女自慢を繰り広げたり、半端に勝ったパチンコの成果や直属の上司の愚痴を口にしている。そのほとんどを、素知らぬ顔で元子が聞いているのは明らかで。
なるほど、だからこの小さな会社がやたらめたらと情報管理に長け、動きが軽く対応が早いのか、と理解した。
「それで」
怖い怖い。怖い相手には大人しくしてるに限る。
微笑みながら、そっと尋ねる。
「あの、今日は」
「ゲームやるの?」
「は?」
見ると元子はじっと履歴書の趣味欄を見ている。
「あ、ええ」
「RPGとバトル、パズル、どんなものが好き?」
「えーと…?」
「ウチもそのうちゲーム系も扱うかも知れないでしょ? マニアな分野だから知識のある人間はチェックしておきたいし」
「ああ、なるほど」
嘘つけ。
ゲーム業界、特に流通はよほどのことがない限り新規参入は難しい。コネや伝手が傍から見る以上に幅を利かせている分野だ。ましてやプログラマーでもオタクでもない生半可な知識で太刀打ちできるようなものじゃない。
コンビニのゲームの品揃えが新製品主体なのは、どこまで何をどう揃えるかに対するノウハウの確定が難しいからだ。トレーディングフィギュアなら試しに手を出す人間は居ても、ハード環境に大きく左右されるゲームは特に「お試し」購入はしない。
「そうですね……RPG系が好きですね」
「へえ、意外ね」
元子は不思議そうに瞬きして顔を上げた。きょとんとした間抜けた表情、だがそんなものに騙されはしない。
「シミュレーション系かと思ったな」
それは選択肢になかっただろうとは突っ込まなかった。
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