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『その男』(11)
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「そういう視点で読んでいるのか」
「…は?」
思いもかけぬところを突かれて、かろうじて笑顔のまま見返した。
「利用者アンケートを、客を読み込みながら入力してるのか」
「あ、いや」
客を読み込む。
指摘されて嫌な汗が背中を落ちた。
それはコンビニ襲撃で培った能力でもある。相手のキャラクターを読み込み、意図を推察し、行動を予測し、その隙間を縫って欲望を全うする。
無意識に習い覚えた癖を見抜かれたような気がして不安になったが、高山の横顔は動かない。
「お客さまが何を望まれるのかな、と気になって」
たぶん、この答えなら余計な踏み込みはされないはずだ。
「私はする」
淡々と高山は続けた。
「アンケートは貴重な情報源だ。口で言えないことも書くことならできる者は多い。無記名ならなおさらだ。筆圧、文字の大きさや強調、ことば遣いや漢字の使用傾向、内容はもちろん、全てがデータになる」
当然だろうと言いたげな返答に、ああそうか、元子がいなければ人事課の課長になっていただろうと言われていた男だった、と思い出した。
「客がわかれば、必要とされる品物も見えてくる、それが扱う商品の決め手になるということですか」
今やっている仕事は流通管理課の仕事、それに関連づけて『できる男』の印象も強めておくか、と付け加えると、ふいに体を乗り出されてぎょっとした。
「ここ」
「は?」
「元気がよすぎて、が、こすぎて、になってる」
「あ、ああ、すみません」
「元気がこすぎて」
「はい」
指摘されたところを直していると、高山が手を止めたまま顔を向けているのに気づいた。
「こい元気って何だ?」
「は?」
一瞬相手が何を言いたいのかわからなかった。
「こい元気」
「は、い?」
間違い方がおかしいのか、それともそこに何かが透けて見えるとでも言うのか。
高山がゆっくり目を細める。
「面白くないか?」
「え?」
「こい、元気」
「あの」
面白い? 面白くない? 高山はこれが面白いのか? どこが? なぜ? どうして? 面白いと感じる意図は?
「ふぅん」
ふいに、まるで別人のようにくだけた声が響いて、妙な寒気がした。
「面白いな」
「何が、ですか」
「さっきのようなつまらないコメントで吹き出すくせに」
どう考えたってちぐはぐで、想像すると不可思議なものしか思いつかないようなことばが面白くないのか。
すとん、と何かが体の中をすり抜けてぞっとする。
再びキーボードを叩き出す高山が、アンケートの解答用紙を読むようにこちらを読み込んでいたんじゃないか、そればかりを考えていた自分が、いきなり見えた。
まずい。
早く手を打たなくては。
「面白くないですね」
からかわれたという顔を作って、むっとしつつパソコンに向き直る。
「失敗した指摘でしょう」
プライドが高くて通じなかった、その方がきっとましなはずだ。
「怒ったのか」
高山がふと声を和らげた。
「怒ってません」
気分は害しました。
言い捨てて、ぷっ、と吹き出してみせる。
「すいません、冗談です。ほんと、こい元気って何でしょうね、全く」
何考えてたのかなあ。
苦笑いしながら次の用紙を取り上げ打ち込み始める。
「来月は経理だろう」
高山も次の用紙を取り上げた。
「入力ミスをするなよ」
「しませんよ、緑川課長でしょう?」
数字に厳しそうですよね。
入社の時の印象を思い出す。総務の桜木常太郎と同じ、社長の親族の一人のはずだ。
「……厳しさを要求される部署だからだ」
応じた高山がキーボードを打つ手を一瞬止めたのに見やると、奇妙な表情で画面を見つめている。
「緩くては、困る」
低く呟く、そこに見えたのは困惑と憤り。
その顔に、獲物の匂いがした。
なるほど、経理にはこの会社の弱点があるらしい。
「そうですね」
さりげなく頷きながら、緑川についてどうすれば情報が集まるかを考え始めた。
「…は?」
思いもかけぬところを突かれて、かろうじて笑顔のまま見返した。
「利用者アンケートを、客を読み込みながら入力してるのか」
「あ、いや」
客を読み込む。
指摘されて嫌な汗が背中を落ちた。
それはコンビニ襲撃で培った能力でもある。相手のキャラクターを読み込み、意図を推察し、行動を予測し、その隙間を縫って欲望を全うする。
無意識に習い覚えた癖を見抜かれたような気がして不安になったが、高山の横顔は動かない。
「お客さまが何を望まれるのかな、と気になって」
たぶん、この答えなら余計な踏み込みはされないはずだ。
「私はする」
淡々と高山は続けた。
「アンケートは貴重な情報源だ。口で言えないことも書くことならできる者は多い。無記名ならなおさらだ。筆圧、文字の大きさや強調、ことば遣いや漢字の使用傾向、内容はもちろん、全てがデータになる」
当然だろうと言いたげな返答に、ああそうか、元子がいなければ人事課の課長になっていただろうと言われていた男だった、と思い出した。
「客がわかれば、必要とされる品物も見えてくる、それが扱う商品の決め手になるということですか」
今やっている仕事は流通管理課の仕事、それに関連づけて『できる男』の印象も強めておくか、と付け加えると、ふいに体を乗り出されてぎょっとした。
「ここ」
「は?」
「元気がよすぎて、が、こすぎて、になってる」
「あ、ああ、すみません」
「元気がこすぎて」
「はい」
指摘されたところを直していると、高山が手を止めたまま顔を向けているのに気づいた。
「こい元気って何だ?」
「は?」
一瞬相手が何を言いたいのかわからなかった。
「こい元気」
「は、い?」
間違い方がおかしいのか、それともそこに何かが透けて見えるとでも言うのか。
高山がゆっくり目を細める。
「面白くないか?」
「え?」
「こい、元気」
「あの」
面白い? 面白くない? 高山はこれが面白いのか? どこが? なぜ? どうして? 面白いと感じる意図は?
「ふぅん」
ふいに、まるで別人のようにくだけた声が響いて、妙な寒気がした。
「面白いな」
「何が、ですか」
「さっきのようなつまらないコメントで吹き出すくせに」
どう考えたってちぐはぐで、想像すると不可思議なものしか思いつかないようなことばが面白くないのか。
すとん、と何かが体の中をすり抜けてぞっとする。
再びキーボードを叩き出す高山が、アンケートの解答用紙を読むようにこちらを読み込んでいたんじゃないか、そればかりを考えていた自分が、いきなり見えた。
まずい。
早く手を打たなくては。
「面白くないですね」
からかわれたという顔を作って、むっとしつつパソコンに向き直る。
「失敗した指摘でしょう」
プライドが高くて通じなかった、その方がきっとましなはずだ。
「怒ったのか」
高山がふと声を和らげた。
「怒ってません」
気分は害しました。
言い捨てて、ぷっ、と吹き出してみせる。
「すいません、冗談です。ほんと、こい元気って何でしょうね、全く」
何考えてたのかなあ。
苦笑いしながら次の用紙を取り上げ打ち込み始める。
「来月は経理だろう」
高山も次の用紙を取り上げた。
「入力ミスをするなよ」
「しませんよ、緑川課長でしょう?」
数字に厳しそうですよね。
入社の時の印象を思い出す。総務の桜木常太郎と同じ、社長の親族の一人のはずだ。
「……厳しさを要求される部署だからだ」
応じた高山がキーボードを打つ手を一瞬止めたのに見やると、奇妙な表情で画面を見つめている。
「緩くては、困る」
低く呟く、そこに見えたのは困惑と憤り。
その顔に、獲物の匂いがした。
なるほど、経理にはこの会社の弱点があるらしい。
「そうですね」
さりげなく頷きながら、緑川についてどうすれば情報が集まるかを考え始めた。
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