『闇を闇から』番外編

segakiyui

文字の大きさ
37 / 48

『その男』(10)

しおりを挟む
 入ってから知ったのだが、桜木通販では入社して数ヶ月は各部署を一ヶ月おきに回るという珍しいシステムを取っていた。半年過ぎてから正確な部署が決まり、その後も数回査定があって、部署が落ち着くのは一年過ぎてからだ。その間新人は正式な社員としての働きを期待されてない代わりに、扱いもアルバイト同然ということらしい。
「手間だと思うか?」
「いえ」
 流通管理課の高山課長は、隣でキーボードを叩きながら、こちらを見もせずに尋ねた。
 鋭くてきつくて社員には不評だが、対外は正確な仕事で評価されている。
 こういう相手は即決を求める。
「面白いと思います」
「ふん」
 生意気だな、そう返されるかと思ったが、高山は淡々と仕事を続けていく。
「どんな部署が自分に合うかわからないですし」
 無難な答えだな。
 高山は笑いもせずに応じる。
「終わりましたが、次は?」
「これだ」
 渡されたのはさっきと同じぐらいの紙の束、中身も『利用者アンケート』でぎっしり書かれた文字も同じ。
「同じフォームで入力してくれ」
「はい」
 数日前まで居たのは品質管理課、細田と呼ばれた課長は高山より少し年下でぴりぴりと神経質そうな見かけに違わず、何を頼むにもやり方から指示してきてずいぶんうっとうしかったが、対照的に高山は始めに目的を説明し、入力フォームを示しただけで、後は素知らぬ顔をしている。
 もっともそういう顔をしているだけ、だろう。
「……これはどうしましょう?」
 渡された紙には時々どう考えてもアンケートの用紙ではないものが紛れ込んでいるし、内容も明らかにアンケートへの回答でないものが混じってる。高山がそれほど未整理なものを、下っ端に任せるとは思えないから、これはたぶんブラフだ。
 どう処理するか、どう対応するか、それをチェックされている、ということだ。
「アンケートか?」
「いえ、用紙が違います、が」
 用紙が違うだけならよけておけ、と言われるところだろう。だがよく見ると、その用紙には実は隅っこの方に、利用者からのコメントと思われるようなメモが入っている。
「利用者からのコメントのようにも思えます……欄外にでも残しておきましょうか」
「そうだな」
 ちらっと視線を動かした相手は軽く頷いた。
 合格? まあいいだろう、そういうところか?
 この作業を能力検定に使っているとわかれば簡単だ。できるだけ手早く、正確に処理していけばポイントが上がる。
 高山は今時珍しく露骨に男尊女卑の姿勢を見せていて、時々元子とぶつかっているけれど、仕事ができる相手への評価は誰より早くて高い。付き合うラインの第一条件は『仕事ができるかどうか』なのだから、扱いやすいと言えば扱いやすい。
 けれど、その手の人間はできる一方の部下もけむたいものだ。ならば。
「くっ」
「…」
「あ、すいません」
 小さく笑ったのに、高山が一瞬指を止める。ちょっとうろたえた顔で振り向いて、笑って見せる。
「面白いコメントがあったんで、思わず」
「内容は?」
「……いつも届けて下さる方が『桜木通販お世話になりますー』と挨拶されるのはいいんですが、元気がよすぎてご近所に荷物が来たんですねって笑われます、って」
「で?」
「で?」
「どこが面白い?」
「えーと」
 この手の和み系は通じないのか。
「面白く、ないですか?」
 こういう時はさっさと引くに限る。
「面白いと思ったけどな」
「どこが?」
 繰り返されて一瞬戸惑った。
「え?」
「どこが面白いのか、聞いたんだが?」
「えーと」
 振り向いた目に少し緊張した。表情のない静かな目。推し量っているのでもなく、疑問の答えを待っている目。
 絡まれているのではないようだ。
 だが、どんな答えを待っているのだろう、それがまだ掴み切れない。
 コメント自体も、確かに「桜木通販お世話になりますー」という声かけは微妙だが、近所に荷物が来たことがわかると気にする客は、それを不愉快がっているのか、冗談のつもりで書いてきているのか、今ひとつはかりかねる。
「うん、たとえば」
 頷きつつ、他の項目を急いで当たった。
 この客はどうも高価な買い物をたて続けにしているようだ。送られてきた品物がこれこれ、それはこうだったあだったと書き並べているが、別に変わった感想ではなく、どちらかというと、これほどたくさん通販商品を買い求めているのよ、と誇る気配がある。
「荷物が来たのを知られると恥ずかしいときもあるだろうけど」
 ここはあえて下衆な方をとっておくか、と決めた。
「この方は荷物が来るのを周囲に知らせたいんだなあと」
 なんだか金持ちぶっててやですよね、と苦笑する気配で顔を上げた。
 お客さまだろう、妙な勘ぐりをするんじゃないと言われれば、申し訳ありませんでした、対応姿勢が間違っていました、と頭を下げれば愚かさ転じて誠実さが強調できる。
 それはそうだな、と緩むようなら、高山さんって親しみやすいところがあるんですね、と懐く姿勢に持ち込める。
 どちらにしても問題はない、そう踏んだのだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...