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『その男』(10)
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入ってから知ったのだが、桜木通販では入社して数ヶ月は各部署を一ヶ月おきに回るという珍しいシステムを取っていた。半年過ぎてから正確な部署が決まり、その後も数回査定があって、部署が落ち着くのは一年過ぎてからだ。その間新人は正式な社員としての働きを期待されてない代わりに、扱いもアルバイト同然ということらしい。
「手間だと思うか?」
「いえ」
流通管理課の高山課長は、隣でキーボードを叩きながら、こちらを見もせずに尋ねた。
鋭くてきつくて社員には不評だが、対外は正確な仕事で評価されている。
こういう相手は即決を求める。
「面白いと思います」
「ふん」
生意気だな、そう返されるかと思ったが、高山は淡々と仕事を続けていく。
「どんな部署が自分に合うかわからないですし」
無難な答えだな。
高山は笑いもせずに応じる。
「終わりましたが、次は?」
「これだ」
渡されたのはさっきと同じぐらいの紙の束、中身も『利用者アンケート』でぎっしり書かれた文字も同じ。
「同じフォームで入力してくれ」
「はい」
数日前まで居たのは品質管理課、細田と呼ばれた課長は高山より少し年下でぴりぴりと神経質そうな見かけに違わず、何を頼むにもやり方から指示してきてずいぶんうっとうしかったが、対照的に高山は始めに目的を説明し、入力フォームを示しただけで、後は素知らぬ顔をしている。
もっともそういう顔をしているだけ、だろう。
「……これはどうしましょう?」
渡された紙には時々どう考えてもアンケートの用紙ではないものが紛れ込んでいるし、内容も明らかにアンケートへの回答でないものが混じってる。高山がそれほど未整理なものを、下っ端に任せるとは思えないから、これはたぶんブラフだ。
どう処理するか、どう対応するか、それをチェックされている、ということだ。
「アンケートか?」
「いえ、用紙が違います、が」
用紙が違うだけならよけておけ、と言われるところだろう。だがよく見ると、その用紙には実は隅っこの方に、利用者からのコメントと思われるようなメモが入っている。
「利用者からのコメントのようにも思えます……欄外にでも残しておきましょうか」
「そうだな」
ちらっと視線を動かした相手は軽く頷いた。
合格? まあいいだろう、そういうところか?
この作業を能力検定に使っているとわかれば簡単だ。できるだけ手早く、正確に処理していけばポイントが上がる。
高山は今時珍しく露骨に男尊女卑の姿勢を見せていて、時々元子とぶつかっているけれど、仕事ができる相手への評価は誰より早くて高い。付き合うラインの第一条件は『仕事ができるかどうか』なのだから、扱いやすいと言えば扱いやすい。
けれど、その手の人間はできる一方の部下もけむたいものだ。ならば。
「くっ」
「…」
「あ、すいません」
小さく笑ったのに、高山が一瞬指を止める。ちょっとうろたえた顔で振り向いて、笑って見せる。
「面白いコメントがあったんで、思わず」
「内容は?」
「……いつも届けて下さる方が『桜木通販お世話になりますー』と挨拶されるのはいいんですが、元気がよすぎてご近所に荷物が来たんですねって笑われます、って」
「で?」
「で?」
「どこが面白い?」
「えーと」
この手の和み系は通じないのか。
「面白く、ないですか?」
こういう時はさっさと引くに限る。
「面白いと思ったけどな」
「どこが?」
繰り返されて一瞬戸惑った。
「え?」
「どこが面白いのか、聞いたんだが?」
「えーと」
振り向いた目に少し緊張した。表情のない静かな目。推し量っているのでもなく、疑問の答えを待っている目。
絡まれているのではないようだ。
だが、どんな答えを待っているのだろう、それがまだ掴み切れない。
コメント自体も、確かに「桜木通販お世話になりますー」という声かけは微妙だが、近所に荷物が来たことがわかると気にする客は、それを不愉快がっているのか、冗談のつもりで書いてきているのか、今ひとつはかりかねる。
「うん、たとえば」
頷きつつ、他の項目を急いで当たった。
この客はどうも高価な買い物をたて続けにしているようだ。送られてきた品物がこれこれ、それはこうだったあだったと書き並べているが、別に変わった感想ではなく、どちらかというと、これほどたくさん通販商品を買い求めているのよ、と誇る気配がある。
「荷物が来たのを知られると恥ずかしいときもあるだろうけど」
ここはあえて下衆な方をとっておくか、と決めた。
「この方は荷物が来るのを周囲に知らせたいんだなあと」
なんだか金持ちぶっててやですよね、と苦笑する気配で顔を上げた。
お客さまだろう、妙な勘ぐりをするんじゃないと言われれば、申し訳ありませんでした、対応姿勢が間違っていました、と頭を下げれば愚かさ転じて誠実さが強調できる。
それはそうだな、と緩むようなら、高山さんって親しみやすいところがあるんですね、と懐く姿勢に持ち込める。
どちらにしても問題はない、そう踏んだのだが。
「手間だと思うか?」
「いえ」
流通管理課の高山課長は、隣でキーボードを叩きながら、こちらを見もせずに尋ねた。
鋭くてきつくて社員には不評だが、対外は正確な仕事で評価されている。
こういう相手は即決を求める。
「面白いと思います」
「ふん」
生意気だな、そう返されるかと思ったが、高山は淡々と仕事を続けていく。
「どんな部署が自分に合うかわからないですし」
無難な答えだな。
高山は笑いもせずに応じる。
「終わりましたが、次は?」
「これだ」
渡されたのはさっきと同じぐらいの紙の束、中身も『利用者アンケート』でぎっしり書かれた文字も同じ。
「同じフォームで入力してくれ」
「はい」
数日前まで居たのは品質管理課、細田と呼ばれた課長は高山より少し年下でぴりぴりと神経質そうな見かけに違わず、何を頼むにもやり方から指示してきてずいぶんうっとうしかったが、対照的に高山は始めに目的を説明し、入力フォームを示しただけで、後は素知らぬ顔をしている。
もっともそういう顔をしているだけ、だろう。
「……これはどうしましょう?」
渡された紙には時々どう考えてもアンケートの用紙ではないものが紛れ込んでいるし、内容も明らかにアンケートへの回答でないものが混じってる。高山がそれほど未整理なものを、下っ端に任せるとは思えないから、これはたぶんブラフだ。
どう処理するか、どう対応するか、それをチェックされている、ということだ。
「アンケートか?」
「いえ、用紙が違います、が」
用紙が違うだけならよけておけ、と言われるところだろう。だがよく見ると、その用紙には実は隅っこの方に、利用者からのコメントと思われるようなメモが入っている。
「利用者からのコメントのようにも思えます……欄外にでも残しておきましょうか」
「そうだな」
ちらっと視線を動かした相手は軽く頷いた。
合格? まあいいだろう、そういうところか?
この作業を能力検定に使っているとわかれば簡単だ。できるだけ手早く、正確に処理していけばポイントが上がる。
高山は今時珍しく露骨に男尊女卑の姿勢を見せていて、時々元子とぶつかっているけれど、仕事ができる相手への評価は誰より早くて高い。付き合うラインの第一条件は『仕事ができるかどうか』なのだから、扱いやすいと言えば扱いやすい。
けれど、その手の人間はできる一方の部下もけむたいものだ。ならば。
「くっ」
「…」
「あ、すいません」
小さく笑ったのに、高山が一瞬指を止める。ちょっとうろたえた顔で振り向いて、笑って見せる。
「面白いコメントがあったんで、思わず」
「内容は?」
「……いつも届けて下さる方が『桜木通販お世話になりますー』と挨拶されるのはいいんですが、元気がよすぎてご近所に荷物が来たんですねって笑われます、って」
「で?」
「で?」
「どこが面白い?」
「えーと」
この手の和み系は通じないのか。
「面白く、ないですか?」
こういう時はさっさと引くに限る。
「面白いと思ったけどな」
「どこが?」
繰り返されて一瞬戸惑った。
「え?」
「どこが面白いのか、聞いたんだが?」
「えーと」
振り向いた目に少し緊張した。表情のない静かな目。推し量っているのでもなく、疑問の答えを待っている目。
絡まれているのではないようだ。
だが、どんな答えを待っているのだろう、それがまだ掴み切れない。
コメント自体も、確かに「桜木通販お世話になりますー」という声かけは微妙だが、近所に荷物が来たことがわかると気にする客は、それを不愉快がっているのか、冗談のつもりで書いてきているのか、今ひとつはかりかねる。
「うん、たとえば」
頷きつつ、他の項目を急いで当たった。
この客はどうも高価な買い物をたて続けにしているようだ。送られてきた品物がこれこれ、それはこうだったあだったと書き並べているが、別に変わった感想ではなく、どちらかというと、これほどたくさん通販商品を買い求めているのよ、と誇る気配がある。
「荷物が来たのを知られると恥ずかしいときもあるだろうけど」
ここはあえて下衆な方をとっておくか、と決めた。
「この方は荷物が来るのを周囲に知らせたいんだなあと」
なんだか金持ちぶっててやですよね、と苦笑する気配で顔を上げた。
お客さまだろう、妙な勘ぐりをするんじゃないと言われれば、申し訳ありませんでした、対応姿勢が間違っていました、と頭を下げれば愚かさ転じて誠実さが強調できる。
それはそうだな、と緩むようなら、高山さんって親しみやすいところがあるんですね、と懐く姿勢に持ち込める。
どちらにしても問題はない、そう踏んだのだが。
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