『闇を闇から』番外編

segakiyui

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『その男』(13)

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 ぴょこんと跳ねるように頭を下げて走っていくのに、そっと手をあげて応えた。
「大丈夫だよ」
 口の中で小さく呟く。
「緑川課長はもう君には興味がなくなってきたってさ」
 それよりも今は。
 ふいに胸ポケットで携帯が震動した。
「はい?」
『緑、今夜を希望です』
 飯島の低い声が響く。
「孝の手配は?」
『連絡します。薬を欲しがってたんで、金は必要だろうし』
「じゃあ頼む」
『いつもの場所で』
「わかった」
 切って、そのまま大輔に連絡を入れる。
「大輔?」
 いつもの場所で孝が寝るよ。
『入るのか?』
 下卑た笑みが見えるようなねっとりした声が応じて片頬を歪めた。
「そうだな、ぼちぼちいいかもしれない」
 今回のはかなり持ってるよ。
『バカな奴だな、そんなうまい話ばかりあるわけないのに』
 大輔はけらけら笑う。仕事中なのだろう、背後は木材を切る音が響き渡り、かなりうるさい。
『ただで好きなだけヤらせる好き者なんて小説かマンガの読み過ぎじゃねえのか、その親父』
「焦ってるんだろう、もう若くないからね」
 うまく取り込んだつもりのおさな妻との浮気は結局は金と地位の産物で、自分の男に魅かれたのではない。阿倍野に会うたびに思い知らされつつあった緑川が、孝にはまったのは偶然ではない。
 阿倍野にすっぽかされ苛立っていたところへさりげなく酒に付き合い、思い出したように見せた「刺激的な出会い」を約束するチラシ、昔なじみが食い詰めたみたいでこんなことしてるんです、でも興味ないですよね、と捨てようとしたのを、まあいろいろあるさ、と手に取ったあたりから結末は見えている。
 コンビニ強盗の一件で馘になってから、どこへ行っても職に就けず、ぼろ切れのようになっていた孝は、飯島が持ちかけた仕事を断らなかった。最初の一人で逃げかけたのを蹂躙された後は、自分から望んで客を求めるようにもなっていた。男を抱いたことのない緑川を自分で受け入れ、今では緑川の方が後腐れない快楽として嵌まってる。
『あいつ、男受けはいいからな』
 誘われるんだろう、可哀想すぎて。
 品のない笑い声を上げる大輔に、相変わらずこういうことは鋭いと苦笑する。
 確かに孝は儚げに見える。
 初めて緑川と会ったとき、怯えたように上げた顔が美形ではないけれど不安そうで、恥じらうように俯いて、それでも自分で『グリュック』まで連れていった孝に、緑川は戸惑いつつも機嫌よく過ごして帰ってきた。それから二度三度と利用するようになって、今ではすっかり孝の上客だ。最近ではじかに孝に金を渡したりもするらしい。
 だがここのところ孝が妙に不安定になっていて、少し手を焼いているとも飯島から聞かされた。
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