40 / 48
『その男』(13)
しおりを挟む
ぴょこんと跳ねるように頭を下げて走っていくのに、そっと手をあげて応えた。
「大丈夫だよ」
口の中で小さく呟く。
「緑川課長はもう君には興味がなくなってきたってさ」
それよりも今は。
ふいに胸ポケットで携帯が震動した。
「はい?」
『緑、今夜を希望です』
飯島の低い声が響く。
「孝の手配は?」
『連絡します。薬を欲しがってたんで、金は必要だろうし』
「じゃあ頼む」
『いつもの場所で』
「わかった」
切って、そのまま大輔に連絡を入れる。
「大輔?」
いつもの場所で孝が寝るよ。
『入るのか?』
下卑た笑みが見えるようなねっとりした声が応じて片頬を歪めた。
「そうだな、ぼちぼちいいかもしれない」
今回のはかなり持ってるよ。
『バカな奴だな、そんなうまい話ばかりあるわけないのに』
大輔はけらけら笑う。仕事中なのだろう、背後は木材を切る音が響き渡り、かなりうるさい。
『ただで好きなだけヤらせる好き者なんて小説かマンガの読み過ぎじゃねえのか、その親父』
「焦ってるんだろう、もう若くないからね」
うまく取り込んだつもりのおさな妻との浮気は結局は金と地位の産物で、自分の男に魅かれたのではない。阿倍野に会うたびに思い知らされつつあった緑川が、孝にはまったのは偶然ではない。
阿倍野にすっぽかされ苛立っていたところへさりげなく酒に付き合い、思い出したように見せた「刺激的な出会い」を約束するチラシ、昔なじみが食い詰めたみたいでこんなことしてるんです、でも興味ないですよね、と捨てようとしたのを、まあいろいろあるさ、と手に取ったあたりから結末は見えている。
コンビニ強盗の一件で馘になってから、どこへ行っても職に就けず、ぼろ切れのようになっていた孝は、飯島が持ちかけた仕事を断らなかった。最初の一人で逃げかけたのを蹂躙された後は、自分から望んで客を求めるようにもなっていた。男を抱いたことのない緑川を自分で受け入れ、今では緑川の方が後腐れない快楽として嵌まってる。
『あいつ、男受けはいいからな』
誘われるんだろう、可哀想すぎて。
品のない笑い声を上げる大輔に、相変わらずこういうことは鋭いと苦笑する。
確かに孝は儚げに見える。
初めて緑川と会ったとき、怯えたように上げた顔が美形ではないけれど不安そうで、恥じらうように俯いて、それでも自分で『グリュック』まで連れていった孝に、緑川は戸惑いつつも機嫌よく過ごして帰ってきた。それから二度三度と利用するようになって、今ではすっかり孝の上客だ。最近ではじかに孝に金を渡したりもするらしい。
だがここのところ孝が妙に不安定になっていて、少し手を焼いているとも飯島から聞かされた。
「大丈夫だよ」
口の中で小さく呟く。
「緑川課長はもう君には興味がなくなってきたってさ」
それよりも今は。
ふいに胸ポケットで携帯が震動した。
「はい?」
『緑、今夜を希望です』
飯島の低い声が響く。
「孝の手配は?」
『連絡します。薬を欲しがってたんで、金は必要だろうし』
「じゃあ頼む」
『いつもの場所で』
「わかった」
切って、そのまま大輔に連絡を入れる。
「大輔?」
いつもの場所で孝が寝るよ。
『入るのか?』
下卑た笑みが見えるようなねっとりした声が応じて片頬を歪めた。
「そうだな、ぼちぼちいいかもしれない」
今回のはかなり持ってるよ。
『バカな奴だな、そんなうまい話ばかりあるわけないのに』
大輔はけらけら笑う。仕事中なのだろう、背後は木材を切る音が響き渡り、かなりうるさい。
『ただで好きなだけヤらせる好き者なんて小説かマンガの読み過ぎじゃねえのか、その親父』
「焦ってるんだろう、もう若くないからね」
うまく取り込んだつもりのおさな妻との浮気は結局は金と地位の産物で、自分の男に魅かれたのではない。阿倍野に会うたびに思い知らされつつあった緑川が、孝にはまったのは偶然ではない。
阿倍野にすっぽかされ苛立っていたところへさりげなく酒に付き合い、思い出したように見せた「刺激的な出会い」を約束するチラシ、昔なじみが食い詰めたみたいでこんなことしてるんです、でも興味ないですよね、と捨てようとしたのを、まあいろいろあるさ、と手に取ったあたりから結末は見えている。
コンビニ強盗の一件で馘になってから、どこへ行っても職に就けず、ぼろ切れのようになっていた孝は、飯島が持ちかけた仕事を断らなかった。最初の一人で逃げかけたのを蹂躙された後は、自分から望んで客を求めるようにもなっていた。男を抱いたことのない緑川を自分で受け入れ、今では緑川の方が後腐れない快楽として嵌まってる。
『あいつ、男受けはいいからな』
誘われるんだろう、可哀想すぎて。
品のない笑い声を上げる大輔に、相変わらずこういうことは鋭いと苦笑する。
確かに孝は儚げに見える。
初めて緑川と会ったとき、怯えたように上げた顔が美形ではないけれど不安そうで、恥じらうように俯いて、それでも自分で『グリュック』まで連れていった孝に、緑川は戸惑いつつも機嫌よく過ごして帰ってきた。それから二度三度と利用するようになって、今ではすっかり孝の上客だ。最近ではじかに孝に金を渡したりもするらしい。
だがここのところ孝が妙に不安定になっていて、少し手を焼いているとも飯島から聞かされた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる