『闇を闇から』番外編

segakiyui

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『その男』(14)

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 大輔は孝が緑川では満足しないから自分も抱いてやってるんだ、それで俺が恋しくなるんだろう、とまともに取り合っていないが、薬のせい、というのはあり得る話だ。大輔が最初に薬を与えたのだろうという想像と同じぐらいに。
「馬鹿だね」
『ほんとだな』
 自分のことだとは考えもしないんだな。
 薄笑いを浮かべつつ、緑川を脅すためのDVDを撮りつつ、自分も参加するつもりの大輔が、全く知らないままにそういう自分も撮られていたと知ったときの衝撃を想像した。
 きっと笑える。
 とびきり鮮明に残してやろう。
「付き添おうか?」
『俺一人で十分だ』
 エロじじい一人ぐらい、どうとでもなるさ。
 豪快に笑う大輔に、後で時間をメールする、任せたよ、と頼んで通話を切る。
 再び鳴らした携帯に飯島はすぐに出た。
「『グリュックバル』だ」
「了解」
 飯島は淡々と命令に従うだろう。緑川と大輔の愚かで浅ましい画像を山ほど送ってくれるだろう、獲物を待ちかねて腹を減らしているパソコンに。
「後は使い方の問題だな」
 ぱちりと携帯を閉じながら、止み始めた空を見上げる。
 人の信用を得るには3年あれば十分だ。
「仕掛けるか」
 桜木通販は格好の仮面になる。『羽鳥』が再び目覚めるのだ。
「あれ?」
「っ」
 ふいに真後ろから声が響いて、一瞬だけ鳥肌が立った。
「どうされたんです?」
 にこやかに話しかけてくる如才ない声は甘い。まるで恋人に囁くような、とは社内の女子の噂だが。
「いや……雨が止んできたなあと思ってたんだよ」
「そうですね」
 側に立ったグレイスーツの真崎京介は、俳優のような滑らかな仕草で片手を翻して空に向けた。
「止みそうですね」
「もう慣れたかい?」
「ぼつぼつですね」
 大学を出たばかりのこの男は、今のところ、全てにおいてミスがない。あからさまに嫌がっている高山や警戒心むき出しの細田に構うこともなく、淡々と部署回りをしていって生真面目一方かと思っていたが、廊下で元子に話しかけて彼女の存在を同僚に暴露しておくあたり、なかなか食えない。
 いつか大学で大輔に絡まれて跳ね返すように伸ばしていた背筋は、なお磨かれてしなやかに人の目を魅きつけるが、同時に眼鏡の奥で細めて笑ってくる瞳の奥には容赦ない冷たさが漂っているのを、さて何人が気づいているか。
 あの時は踏みにじれそうだったガラス細工は、たった数年で、手出しをすればこちらが大怪我をするような猛々しい凶器を内側に秘めて、魔性の罠を晒して待っているように見える。
 大輔がこの男の根底を砕いたのは確かだ。
 真崎はこの先誰も信じないだろう。誰にも心を委ねないだろう。
 世界は彼にとって悪夢なのだと結論してしまっている真崎の本心を、元子は見抜いたのだろう、ひどく丁寧に扱っているのがわかる。美貌も能力もおそらくは豊かな感覚も、人が望むものをことごとく備えているのに、何者にも近づけさせない、何を受け取ることも、ましてや与えることもない。
 そうまるで、開店間近で品物も入り従業員も待機しているのにドアを開けない新店のようだ。客は待ち望んで長蛇の列を作っている。財布を膨らませ、ガラス越しに中を覗き、一所懸命に開店時間を確認しようと従業員に合図を送っている。
 だが、開かない。
 ドアが作られていないように。
 真崎が爽やかに穏やかに優しく周囲に接しながら、その実問題解決に容赦がなく、届けられるプレゼントや手紙をにこやかに受け取りつつも決して応えることがなく、それらはさりげなくゴミ箱に投下されている。
 シュレッダー、とは誰がつけたあだ名か知らないが、言い得て妙だ。
 この男は自分以外は、いやおそらくは自分もまた、処理すべき書類の一枚にしか過ぎないのだろう。
「楽しいですよ」
 真崎は微笑んだ。
「ところでどちらへ?」
「え?」
「どこかへで出られるところだったのでは?」
「どうして?」
「さあ」
 背中が逃げたがっているようでしたよ、この場所から。
 ぽつりと続いたことばに、妙な苛立ちが湧いた。
 面白い。
 この店を攻略し奪い尽くすには、どれぐらい時間が必要だろう? 3年? いや、もう少しかかるか?
「気のせいだと思うよ。ところで、仕事が一段落ついたんなら、コーヒーにでも付き合わないか?」
 奢るよ、紙コップだけどね。
 笑み返すと、一瞬真崎が表情を消した。虚ろで真っ黒な瞳には意志がない。
 胸が疼いたのはそこに漂う絶望の濃さだ。
 面白い。
「お供しましょう」
 さらりと髪をなびかせて向きを変えるその背中に、いつかの震えが甦って。
「まあ緊張するなよ」
 ぽんと叩いた体の温もりに興奮した。
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