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7.万里子(4)
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「椎我さん」
「ん? なんだ、そいつ」
「なんだそいつ、じゃねえよ。あんた、きっちり閉じ込めたのか?」
「木田さん…」
2人の男が閉じ込めた、いや閉じ込めていなかったと揉めている間に、万里子は俺に気がついた。こちらを見つめた瞳がほっと緩み、見る見る涙を溜める。
「木田…さん……っ」
「解いてやれ。春日井製薬のお嬢さんは、この間抜けた男と恋愛ごっこの真っ最中だ」
「ちっ」
舌打ちしながらロープを解かれた万里子は、直ぐに俺に飛びついて来た。体を震わせて俺にしがみつき、泣きじゃくる。
「お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……どうして………っ」
万里子が全幅の信頼を置いていたあつし、その彼こそが、父母を苦しめている事件の背後にいた一味の1人と知った万里子が、どれほどのショックを受けたのかよくわかった。数回首を振り、全てが夢なのだと否定して欲しがるように、体を押し付け身を揉んで泣き続けた。それがひどく痛々しくて、俺はそっと万里子の体に腕を回した。
「ラブシーンの最中に悪いんだが」
椎我が全く悪いとは思っていない顔で口を挟んだ。やっと、もう1人の男との話し合いにケリがつき、どうやら負け側らしい(そりゃあそうだろう。まさか猫がドアの開け方を教えたとは思わないだろうし、必然的に椎我の閉じ込め方がまずかったと言うことになる)椎我は、さっきよりも不機嫌そうだった。
「マイクロフィルムの行方を吐く気はないか?」
「吐けって……俺は知らないんだ」
素直に答えた俺は、嫌と言うほど頬を張られた。
「とぼけんなよ、このガキ!」
柄の悪そうな男が、ただでさえ怖いのに、より凄んで見せる。
俺ぐらいしょっちゅう厄介事に出くわしていて毎回脅されていたら、この程度の恫喝にはそろそろ慣れてもいいのだろうが、根っから平和を好む性格らしく、いつまでたってもなれないし怖い。
「とぼけてない」
だが、俺はなけなしの勇気を掻き集めて、相手を見返した。
「本当に知らないんだ」
「ふ…ん。お嬢さんの方は?」
「…知らないわ…」
ぽつりと答えて万里子は身を起こした。激しい色を浮かべて、椎我を睨みつけ、
「知ってても、教えるもんですか!」
万里子の方が、俺より遥かに根性がある。
「じゃあ、滝志郎と言う男は?」
「………」
俺は複雑な気分になった。本人の場合、知っていると答えるべきなのだろうか。世界で一番知らないのは自分のことだとも聞いた気がするが。
「…知らない……その人、誰なの?」
万里子は少し考え込んだ後、不審そうに尋ねた。
「お兄さんの友人の1人なんだ。お兄さんはね、彼にマイクロフィルムを託そうとしていたらしい。もっとも、その男も今頃は海の藻屑になっているがね」
俺は思わずそうっと視線を外した。手間暇かけさせたのに申し訳ないが、しっかりここに生きている。お魚さん、ご飯になってやれなくてごめんなさい。
「そうやって、みんな殺していくのね」
「御名答。あんた達の運命もここで尽きたな。後は用はない…」
椎我は不気味な笑い方をした。背筋を冷たいものが滑り落ちていく。万里子が腕の中で体を竦めるのがわかった。
(ルトの奴、何してるんだ!)
心の中で叫んで、服についているはずの発信器を思い出す。もぞもぞ探ってみると、確かにまだついたままになっていた。とすると、椎我達はこれに気づいていないのだろう。お由宇のことだ、俺が姿を消したあたりから、跡を追ってくれているに違いない、いや強くそう願いたい。
(時間稼ぎだ)
頭の中で声が響いた。きっと時々現れる、固茹で卵好きな誰かだろう。
(時間稼ぎをするんだ、1分1秒でも長く)
そうだ、せめて、お由宇が当たりをつけてくれるまで。
「俺…知ってるぜ」
「何?」
ゆっくり息を吸った。きょとんとした顔で見上げてくる万里子の視線と、用心深く見やってくる椎我の視線が集まるのを感じながら、
「滝志郎って言う男を」
「ほう…」
椎我は目を細めた。怖くない、怖くない。綾野に比べりゃ、こいつなんてチンピラなんだ。並の下なんだ。三流役者なんだ。大根でいえば尻尾の先、キャラメルのおまけでガムのシールだ。
「それがどうした?」
「滝志郎は…」
ごくっと唾を呑む。出来るだけふてぶてしくことばを継ぐ。
「生きている」
「は?!」
「そればかりか、あんた達がやっている事も知ってるぜ。偽ゼコム、とかな」
「何っ…」
今度は確実に椎我の痛いところを突いたようだった。2人の男に動揺が走り、柄の悪そうな男が突きつけている銃の引き金に力を込める。
「こいつ…」
「よせっ」
椎我は咄嗟にその手を押さえ、俺を見つめた。
「どこで聞いた」
「志郎、からな」
「木田さん…」
万里子が呆気に取られたような声を出した。
「じゃ…木田さん……え…ひょっとして……お兄ちゃんも…知ってたの? そういえば、あたしが名前言った時、変な声出した…」
「そう」
俺は万里子の目を覗き込んだ。
「本当は知ってた。君のことも、よくお兄さんから聞いてたんだ」
「じゃあ…知ってて…」
「身内話をするな」
びしりと椎我が万里子のことばを遮った。冷たい目で俺をねめつける。
「どの辺りまで知ってるんだ? …滝はどこにいる?」
「言えないな」
「ん? なんだ、そいつ」
「なんだそいつ、じゃねえよ。あんた、きっちり閉じ込めたのか?」
「木田さん…」
2人の男が閉じ込めた、いや閉じ込めていなかったと揉めている間に、万里子は俺に気がついた。こちらを見つめた瞳がほっと緩み、見る見る涙を溜める。
「木田…さん……っ」
「解いてやれ。春日井製薬のお嬢さんは、この間抜けた男と恋愛ごっこの真っ最中だ」
「ちっ」
舌打ちしながらロープを解かれた万里子は、直ぐに俺に飛びついて来た。体を震わせて俺にしがみつき、泣きじゃくる。
「お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……どうして………っ」
万里子が全幅の信頼を置いていたあつし、その彼こそが、父母を苦しめている事件の背後にいた一味の1人と知った万里子が、どれほどのショックを受けたのかよくわかった。数回首を振り、全てが夢なのだと否定して欲しがるように、体を押し付け身を揉んで泣き続けた。それがひどく痛々しくて、俺はそっと万里子の体に腕を回した。
「ラブシーンの最中に悪いんだが」
椎我が全く悪いとは思っていない顔で口を挟んだ。やっと、もう1人の男との話し合いにケリがつき、どうやら負け側らしい(そりゃあそうだろう。まさか猫がドアの開け方を教えたとは思わないだろうし、必然的に椎我の閉じ込め方がまずかったと言うことになる)椎我は、さっきよりも不機嫌そうだった。
「マイクロフィルムの行方を吐く気はないか?」
「吐けって……俺は知らないんだ」
素直に答えた俺は、嫌と言うほど頬を張られた。
「とぼけんなよ、このガキ!」
柄の悪そうな男が、ただでさえ怖いのに、より凄んで見せる。
俺ぐらいしょっちゅう厄介事に出くわしていて毎回脅されていたら、この程度の恫喝にはそろそろ慣れてもいいのだろうが、根っから平和を好む性格らしく、いつまでたってもなれないし怖い。
「とぼけてない」
だが、俺はなけなしの勇気を掻き集めて、相手を見返した。
「本当に知らないんだ」
「ふ…ん。お嬢さんの方は?」
「…知らないわ…」
ぽつりと答えて万里子は身を起こした。激しい色を浮かべて、椎我を睨みつけ、
「知ってても、教えるもんですか!」
万里子の方が、俺より遥かに根性がある。
「じゃあ、滝志郎と言う男は?」
「………」
俺は複雑な気分になった。本人の場合、知っていると答えるべきなのだろうか。世界で一番知らないのは自分のことだとも聞いた気がするが。
「…知らない……その人、誰なの?」
万里子は少し考え込んだ後、不審そうに尋ねた。
「お兄さんの友人の1人なんだ。お兄さんはね、彼にマイクロフィルムを託そうとしていたらしい。もっとも、その男も今頃は海の藻屑になっているがね」
俺は思わずそうっと視線を外した。手間暇かけさせたのに申し訳ないが、しっかりここに生きている。お魚さん、ご飯になってやれなくてごめんなさい。
「そうやって、みんな殺していくのね」
「御名答。あんた達の運命もここで尽きたな。後は用はない…」
椎我は不気味な笑い方をした。背筋を冷たいものが滑り落ちていく。万里子が腕の中で体を竦めるのがわかった。
(ルトの奴、何してるんだ!)
心の中で叫んで、服についているはずの発信器を思い出す。もぞもぞ探ってみると、確かにまだついたままになっていた。とすると、椎我達はこれに気づいていないのだろう。お由宇のことだ、俺が姿を消したあたりから、跡を追ってくれているに違いない、いや強くそう願いたい。
(時間稼ぎだ)
頭の中で声が響いた。きっと時々現れる、固茹で卵好きな誰かだろう。
(時間稼ぎをするんだ、1分1秒でも長く)
そうだ、せめて、お由宇が当たりをつけてくれるまで。
「俺…知ってるぜ」
「何?」
ゆっくり息を吸った。きょとんとした顔で見上げてくる万里子の視線と、用心深く見やってくる椎我の視線が集まるのを感じながら、
「滝志郎って言う男を」
「ほう…」
椎我は目を細めた。怖くない、怖くない。綾野に比べりゃ、こいつなんてチンピラなんだ。並の下なんだ。三流役者なんだ。大根でいえば尻尾の先、キャラメルのおまけでガムのシールだ。
「それがどうした?」
「滝志郎は…」
ごくっと唾を呑む。出来るだけふてぶてしくことばを継ぐ。
「生きている」
「は?!」
「そればかりか、あんた達がやっている事も知ってるぜ。偽ゼコム、とかな」
「何っ…」
今度は確実に椎我の痛いところを突いたようだった。2人の男に動揺が走り、柄の悪そうな男が突きつけている銃の引き金に力を込める。
「こいつ…」
「よせっ」
椎我は咄嗟にその手を押さえ、俺を見つめた。
「どこで聞いた」
「志郎、からな」
「木田さん…」
万里子が呆気に取られたような声を出した。
「じゃ…木田さん……え…ひょっとして……お兄ちゃんも…知ってたの? そういえば、あたしが名前言った時、変な声出した…」
「そう」
俺は万里子の目を覗き込んだ。
「本当は知ってた。君のことも、よくお兄さんから聞いてたんだ」
「じゃあ…知ってて…」
「身内話をするな」
びしりと椎我が万里子のことばを遮った。冷たい目で俺をねめつける。
「どの辺りまで知ってるんだ? …滝はどこにいる?」
「言えないな」
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