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7.万里子(5)
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お由宇、早く来てくれっ!
俺は頭の中でドタバタ走り回りながら喚いた。何せ、20年少々の人生で、こんな役をした事がない。そもそも、悪党相手にはったりかけてその場を切り抜けるなぞという芸当が俺に出来るわけがない。そんなことが出来るぐらいなら、きっともっとモテてるし、厄介事にも巻き込まれないで済んでいるはずだ。
「木田さん……」
不穏な気配を察して、そうっと万里子が身を寄せてきた。苦手だろうが不向きだろうが、今はそれをやらなくちゃならなかった。ぶるっと武者震いをすると、挑発的に額の辺り、視界の上の方で金のメッシュが光を跳ねた。
ええいくそっ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ!
出来るだけ冷ややかな顔で、椎我を見返す。
「もっとも、俺の訊くことに答えてくれるなら、考えてもいい」
「………よし」
椎我がゆっくり頷き、柄の悪そうな男に目配せした。渋々といった様子で男が拳銃を椎我に渡し、倉庫を出てゆく。鉄のドアが軋み音を立てて開き、再び閉まるのを俺は視界の端で捉えた。
「何を聞きたい?」
「そうだな……」
ことばを選ぶように口を噤んで見せる。冷や汗が滲んでくるのがわかる。待ち構える椎我の表情を見ながら、
「まず、春日井製薬と鴨田薬物研究所、それに小沢薬品のことだが、あれは結局、小沢薬品のパスフェンAのデータを、春日井製薬が鴨田を通してスパイしたのが真相なのか?」
「…よくわかってるじゃないか。まあ、大雑把に言えば、そう言うことだ。元々鴨田はこちらの子飼いでね」
「鴨田のおじさまが」
「その通り。パスフェンAのデータを流用したという訳だ」
「それがゼコムということか。ゼコムはパスフェンAより依存性が高い…」
「おかげさまでよく売れたよ。まあ、末端で情報漏れがあって、ああいう騒ぎになったがね」
「ところが、それを春日井あつしが公表すると言い出したので、事故を装って消した」
「幸い、接触した滝も一緒に行方不明になってくれた。あの後も見つからなかったから、まず死んだと思ってたんだが」
「…お父さんの秘書のような顔をして、ずっと裏切り続けてたのね」
吐くような万里子の声に椎我は曖昧な笑みを見せた。お由宇のことばが耳の奥に蘇る。模造品(イミテーション)、似せて造られた品、似せて作られた忠誠。
「偽ゼコムは新しい麻薬としての価値を持っている。ゼコムより約10倍、依存性が高い。ある人々だけに渡るはずだったが、何の手違いか、一般市場に出てしまい、当局の捜査が始まったんだな?」
「…お前、何者だ?」
椎我は警戒心を満面に浮かべて俺を睨んだ。
「いやに詳しく知ってるな」
「あつしからの受け売りだ。あつしは、もし自分に何かあったら…」
ふっと周囲のどこからか、あつしの声が聞こえたような気がした。重ねるようにことばを続ける。
「妹のことと、事件のことを頼むと言い残してたんだ」
ひょっとしたら、あつしはそれを頼むために、あの夜、俺を呼んだのかも知れない。自分のやるべきことと、妹への思いやりの狭間の中で。
「ふうん。ま、確かにそうだ。偽ゼコムは新しい麻薬として、日本にいる得意先に売り捌く他に、今夜外国へ向けて出荷することになっている」
椎我はにやりといやらしい笑い方をした。
「当局の追及も、証拠がなければどうにもならんさ」
「俺達を襲ったのはどうしてだ?」
「折角ケリがつきそうな事件をほじくり返そうとし始めたからね。マイクロフィルムの行方もわからん、おまけにお前のような得体のしれない男が万里子に付き纏い出す、こうなれば、やっぱり消したほうがいいと思うのは当然だろ」
「なるほど」
思わず納得して頷き、万里子に嫌というほど腕を抓られ飛び上がった。椎我が複雑な表情になる。
「おかしな奴だな、見かけと中身がぐちゃぐちゃじゃないか」
「ほっといてくれ」
どうせ俺は作り損ねたマーボードーフだ。
「さて、次はこちらだ。滝はどこにいる?」
「知ってどうする?」
「消すのが手っ取り早いな」
「滝の居所を教える代わりに、俺達を逃すというのは?」
「問題外だ。ここまで知られて、逃すと思うか?」
「駄目だろうな」
「もちろんだ。滝の居所は?」
「…」
「木田さん…」
万里子はそっと俺の腕を抱いた。青ざめた表情に弱々しい笑みを浮かべて見せる。
「ごめん…ね…あたしが巻き込んで…」
ダメか?
俺は椎我の指が引き金にかかるのを無言で見つめていた。どこかに時計があって、カチ、カチ、カチと命を刻む音が聞こえるような気がする。
俺は頭の中でドタバタ走り回りながら喚いた。何せ、20年少々の人生で、こんな役をした事がない。そもそも、悪党相手にはったりかけてその場を切り抜けるなぞという芸当が俺に出来るわけがない。そんなことが出来るぐらいなら、きっともっとモテてるし、厄介事にも巻き込まれないで済んでいるはずだ。
「木田さん……」
不穏な気配を察して、そうっと万里子が身を寄せてきた。苦手だろうが不向きだろうが、今はそれをやらなくちゃならなかった。ぶるっと武者震いをすると、挑発的に額の辺り、視界の上の方で金のメッシュが光を跳ねた。
ええいくそっ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ!
出来るだけ冷ややかな顔で、椎我を見返す。
「もっとも、俺の訊くことに答えてくれるなら、考えてもいい」
「………よし」
椎我がゆっくり頷き、柄の悪そうな男に目配せした。渋々といった様子で男が拳銃を椎我に渡し、倉庫を出てゆく。鉄のドアが軋み音を立てて開き、再び閉まるのを俺は視界の端で捉えた。
「何を聞きたい?」
「そうだな……」
ことばを選ぶように口を噤んで見せる。冷や汗が滲んでくるのがわかる。待ち構える椎我の表情を見ながら、
「まず、春日井製薬と鴨田薬物研究所、それに小沢薬品のことだが、あれは結局、小沢薬品のパスフェンAのデータを、春日井製薬が鴨田を通してスパイしたのが真相なのか?」
「…よくわかってるじゃないか。まあ、大雑把に言えば、そう言うことだ。元々鴨田はこちらの子飼いでね」
「鴨田のおじさまが」
「その通り。パスフェンAのデータを流用したという訳だ」
「それがゼコムということか。ゼコムはパスフェンAより依存性が高い…」
「おかげさまでよく売れたよ。まあ、末端で情報漏れがあって、ああいう騒ぎになったがね」
「ところが、それを春日井あつしが公表すると言い出したので、事故を装って消した」
「幸い、接触した滝も一緒に行方不明になってくれた。あの後も見つからなかったから、まず死んだと思ってたんだが」
「…お父さんの秘書のような顔をして、ずっと裏切り続けてたのね」
吐くような万里子の声に椎我は曖昧な笑みを見せた。お由宇のことばが耳の奥に蘇る。模造品(イミテーション)、似せて造られた品、似せて作られた忠誠。
「偽ゼコムは新しい麻薬としての価値を持っている。ゼコムより約10倍、依存性が高い。ある人々だけに渡るはずだったが、何の手違いか、一般市場に出てしまい、当局の捜査が始まったんだな?」
「…お前、何者だ?」
椎我は警戒心を満面に浮かべて俺を睨んだ。
「いやに詳しく知ってるな」
「あつしからの受け売りだ。あつしは、もし自分に何かあったら…」
ふっと周囲のどこからか、あつしの声が聞こえたような気がした。重ねるようにことばを続ける。
「妹のことと、事件のことを頼むと言い残してたんだ」
ひょっとしたら、あつしはそれを頼むために、あの夜、俺を呼んだのかも知れない。自分のやるべきことと、妹への思いやりの狭間の中で。
「ふうん。ま、確かにそうだ。偽ゼコムは新しい麻薬として、日本にいる得意先に売り捌く他に、今夜外国へ向けて出荷することになっている」
椎我はにやりといやらしい笑い方をした。
「当局の追及も、証拠がなければどうにもならんさ」
「俺達を襲ったのはどうしてだ?」
「折角ケリがつきそうな事件をほじくり返そうとし始めたからね。マイクロフィルムの行方もわからん、おまけにお前のような得体のしれない男が万里子に付き纏い出す、こうなれば、やっぱり消したほうがいいと思うのは当然だろ」
「なるほど」
思わず納得して頷き、万里子に嫌というほど腕を抓られ飛び上がった。椎我が複雑な表情になる。
「おかしな奴だな、見かけと中身がぐちゃぐちゃじゃないか」
「ほっといてくれ」
どうせ俺は作り損ねたマーボードーフだ。
「さて、次はこちらだ。滝はどこにいる?」
「知ってどうする?」
「消すのが手っ取り早いな」
「滝の居所を教える代わりに、俺達を逃すというのは?」
「問題外だ。ここまで知られて、逃すと思うか?」
「駄目だろうな」
「もちろんだ。滝の居所は?」
「…」
「木田さん…」
万里子はそっと俺の腕を抱いた。青ざめた表情に弱々しい笑みを浮かべて見せる。
「ごめん…ね…あたしが巻き込んで…」
ダメか?
俺は椎我の指が引き金にかかるのを無言で見つめていた。どこかに時計があって、カチ、カチ、カチと命を刻む音が聞こえるような気がする。
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