『俺の死んだ日』〜『猫たちの時間』8〜

segakiyui

文字の大きさ
29 / 31

8.逆転劇(1)

しおりを挟む
 やたら切ない夢を見た。
 雨の中で震えていた仔猫を拾って来て毛布で暖め、ミルクをやり、一晩中抱いて眠っていたのに、朝には俺の腕の中で死んでしまっていた、そんな夢だった。
 夢の中で俺は喚いていた。
 もうこんな想いは嫌だ。もう二度と猫なんか拾わない。猫どころか、犬も豚も蛙もナマズも拾うもんか。こんな風に何も出来ないまま逝かせてしまうぐらいなら、二度と関わったりしないぞ。どうせ俺は何もしてやれねえんだ。何もしてやれねえのに、もう、手なんか出さない。
 目覚めてみれば、白々とした朝の光が眩いほどで、万里子の死さえ忘れてしまえと言っているような気がした。
「………」
 のろのろと体を起こすと、枕元に朝刊が置いてあった。第一面に薬品のスパイ事件の解決糸口見つかる、という内容がでかでかと書かれてある。隅の方にはこの間の倉庫の一幕が載っていた。『春日井万里子さん(16)殺人現行犯、椎我義彦(25)』の文字が心に突き刺さってくる。現実を見ろと言う、お由宇なりの配慮だとは思ったが、さすがに胸が苦しかった。
 服を着替え、部屋を出ると、朝食の匂いが優しく鼻をくすぐった。
「おはよう」
「おはよ…」
「顔を洗って来て。朝御飯にしましょ」
「うん」
 へれへれと洗面所に入って行く。鏡を見る。
 そこにはいつもの俺の顔があった。
 倉庫での捕物があって3日後、俺は高級マンションに住む得体の知れない木田史郎から、行方不明だった滝志郎に戻っていた。
 ある意味では、木田史郎は万里子と心中したことになるかも知れない。そう思って、痛みを訴える胸を慰める。
 顔を洗って洗面所を出、サラダとトースト、スクランブルエッグの食卓に着く。
「これ…」
「うん」
 机の上に置いた新聞を、軽く頷いてお由宇は取り上げた。
「感想は?」
「ちょっとやりきれない……万里子が死んだって言うのに、スパイ事件の方はまだケリがついてない」
「マイクロフィルムが見つからないのが問題よね。はい」
「ん」
 コーヒーを受け取る。香りを味わっていると、万里子を思い出した。よく笑って大胆で、かと思うと気弱で、それでも精一杯『女の子』だった娘。夢の中で叫んだことばが耳の奥に響く、もう、二度と関わるもんか……。
「朝倉家に帰るんでしょ」
「ああ」
 答えながら溜め息をついた。
 どうして俺って奴は、こう面倒ごとばっかりに好かれちまうんだろうな。どうしてひょいと手を出しちまうんだろう。前世でそんなに俺は悪い事をしたんだろうか。何も難しい事じゃない、ちょっと知らないふりをすればいい。俺の手には余る、と『理性的な』判断を下せばいい。だが、俺の中の理性という奴は、他の人間の理性より遥かにお祭り好きな、やじ馬根性の持ち主なのだ。
 カリッとお由宇がトーストの耳を齧り、黙々とサラダとスクランブルエッグを片付ける俺を見つめた。
「なんだ?」
「ううん…ただ、もう一波乱あってもいいと思ってね」
「もう一波乱って……一件落着したはずだろ?!」
「テレビドラマだって、最近はどんでん返しの連続よ?」
「1時間でカタが着く事件の場合だろ」
「2時間ドラマの場合」
「…」
 歯と歯の間でパリッとレタスが音を立てた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

翡翠の歌姫-皇帝が封じた声【中華サスペンス×切ない恋】

雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に巻き込まれる【詳細⬇️】 陽国には、かつて“声”で争い事を鎮めた者がいた。田舎の雪国で生まれ育った翠蓮(スイレン)。幼くして両親を亡くし孤児となった彼女に残されたのは、翡翠の瞳と、母が遺した小さな首飾り、そして歌への情熱だった。 宮廷歌姫に憧れ、陽華宮の門を叩いた翠蓮だったが、試験の場で早くもあらぬ疑いをかけられる。 その歌声が秘める力を、彼女はまだ知らない。 翠蓮に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。 誰が味方で、誰が“声”を利用しようとしているのか。歌声に導かれ、三人は王家が隠し続けてきた運命へと引き寄せられていく。 【中華サスペンス×切ない恋】 ミステリー要素あり/ドロドロな重い話あり/身分違いの恋あり 旧題:翡翠の歌姫と2人の王子

処理中です...