『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
345 / 510
第4章

8.ワイヤード(3)

しおりを挟む
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
 京介が開発管理課に戻ると、待ちかねていたように石塚が席を立った。
 伊吹はもう席にいない。時間は7時を回っている。
 今頃は。
 そう考えかけて首を振った。
「残業みっちりつけていいですよね」
「いいよ、遅くまでごくろうさまでした」
「おつかれさまです」
 一瞬何か言いたげだった石塚はくるりと温かそうなマフラーを巻いて素早く部屋を出て行く。京介の笑顔にぐったりしたものを読み取ったあたり、伊達や酔狂で長く勤めているのではないというところか。
 だが、石塚は戸口でひょいと振り返った。
「ああ、お電話がありました」
「僕に?」
 ひょっとして伊吹さんかな、と思った期待はあっさり裏切られる。
「戻られたらご連絡下さいとのことなので、メモを置いてあります」
「わかった、確認します」
「失礼します」
 ちらりと鋭い眼になった石塚に訝しく思いながら、メモの相手の名前を見て凍りつく。
『真崎恵子』
「……凄いな」
 思わず笑ってしまった。
 あの二人に互いを思い合う夫婦の感情などはないのに、こうやって京介を追い詰めてくるポイントというのは、いつも的確に連携プレイで外さない。
「実はかなり似合いなんじゃないの」
 くつくつ嗤いながら、コーヒーサーバーに残っていたコーヒーをカップに溜めた。とろりとした黒色が白いカップを満たしていくのをぼんやりと眺める。
 今頃どうしてるのかな。
 映画館の名前は聞いたけれど、何を見るかは聞いていない。
 時計を振り仰ぎ、まだ見ている最中だよね、と一人ごちる。
「電話もできないんだ?」
 渡来は伊吹と一緒に並んで座って映画を見て、この場面はああだとかあそこはどうとか小さく囁きあったりして、きっと後で夕食を一緒にして、そこでまた映画のこととかいろんなことを話して。
「……僕、まだ伊吹さんと映画行ってない…」
 『ニット・キャンパス』で忙しくて時間が取れなかった。
 それでも今日一緒に映画を見るなら、確かに渡来にしてみれば初デートかもしれないけれど、京介にしても伊吹と初映画なわけで、何も渡来だけの記念日じゃない。
 そうどこかで思っていたけれど。
「………にが…」
 気づかぬうちに一杯にしていたカップを取り上げ、啜って顔をしかめた。胃のあたりがちくりと痛んだ気もする。
 飲みつつ、ゆっくり窓に向かって外を眺めた。
 どうせなら、もうしばらくここに居て、渡来と伊吹が一緒に出歩いていないような時間になってから会社を出たほうがいいかも知れない。昼間の大輔とのやりとりや、会議はいいとしても、その後に執拗に小桜にお茶に誘われたことにもかなり疲れている。今へたに二人が親しいところを見てしまうと、歯止めが利かなくなるかも知れない。
 渡来に嫌われるのは平気だが、伊吹に疎まれることになるのは絶対嫌だ。
「……どんな映画かなあ…」
 考え始めると気になって、思わずパソコンで検索してしまった。
 その時間にやっているのは、それほど種類が多くない。平日の夜のラインナップのせいか、恋愛ものと社会ものがメインだ。伊吹が教えてくれた映画館でやっていたのは、一本だけだった。
「『BLUES RAIN』…?」
 ブラックレイン、というのはあったよね。
 あらすじを読んで、京介はゆっくり血の気が引いていくような気がした。
 それは近未来の警察の話だ。主人公はバツイチの女性刑事、組むのは男性形態の護衛ロボットで、二人一組で事件を追っていきながら魅かれあっていくのだが、やがて女性刑事はかつての夫が関わった事件に遭遇する。
「この真犯人…って」
 彼女はその事件で夫を失っており、動揺しながらも事件の真相を突き詰めていく彼女を、護衛ロボットである男性が支えていく。そしてついに彼女は夫を殺した真犯人を見つける。その真犯人は過去の事件でトラウマを抱えていて、なおかつ彼女を愛しており、夫から彼女を奪うために事件を起こしたのだ。
「………僕……?」
 だが実は護衛ロボットそのものに大きな秘密が秘められており、彼女の夫の事件の背後には、その秘密に絡んだ組織が蠢いていた。彼女とロボットは真犯人追求と組織壊滅に向かっていくのだが。
「ハル……くん…」
 あんたじゃだめだ。
 そう渡来の声が響いた気がした。
 トラウマを抱えて、それから回復するために刑事の彼女をひたすら追い詰めていく真犯人は、自分が彼女にとって迷惑な存在であることが受け入れられない。側で彼女を支えるロボットに嫉妬し、怒りをぶつけ、それによってより彼女に拒まれていくのだが、そのことも理解できない。
 ロボットであるはずの男性が、自分の在り方に悩み、彼女の傷みを思いやることで次第に人間に見えてくる一方で、他人の気持ちを考えることなく、自分の意志と思考と感情しか頭にない真犯人が、まるで何かでプログラムされたロボットのように見える皮肉。
「……」
 ゆら、と自分の視線が泳いで、側にあったメモの名前が視界に入った。
『真崎恵子』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

教師と生徒とアイツと俺と

本宮瑚子
恋愛
高校教師1年目、沢谷敬介。 教師という立場にありながら、一人の男としては屈折した感情を持て余す。 そんな敬介が、教師として男として、日に日に目で追ってしまうのは……、一人の女であり、生徒でもあった。 ★教師×生徒のストーリーながら、中身は大人風味の恋愛仕立て。 ★未成年による飲酒、喫煙の描写が含まれますが、あくまでストーリー上によるものであり、法令をお守り下さい。 ★こちらの作品は、他サイトでも掲載中のものに、加筆・修正を加えたものです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...