『周一郎舞台裏』〜『猫たちの時間』5〜

segakiyui

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「以前垣さんにもお話ししたでしょう? 私、修一さんを買ってるんです、マネージャーとしても、私個人としても。だから、彼の才能を妨げるものがあれば、微力ながら排除するのに全力を尽くします、たとえそれが何であろうと、と?」
 ふいにわかった。
「佐野さん、あなた」
 違う、この女性はそんな甘い優しい感覚で物事に向き合う人じゃない。ましてや、自分の期待と信頼を裏切ったものに対しては、髪の毛一筋の未練も残さない人だ。
「そういうことなんだよ、垣くん」
 宮田がチェシャ猫のように薄笑いを顔全面に広げた。薄く引き延ばされた唇、弧を描いて細められた瞳、緩やかに左右に引かれた眉。どこからどう見ても笑顔なのに、どんなに頑張っても安心できない薄気味悪い微笑。
「愛社精神? 社会正義? いやいや、この人の中にそんなものはないさ。あるのは友樹修一という類稀なる才能を傷つけようとする存在への怒り」
 ああ、そうだろうさ。
 垣はぞくりと身を震わせる。
 修一のこれほどの危機に目の前の女性がうろたえないのは、見定めようとしているからだ、修一が受けるかも知れない衝撃とそれがもたらす成長、綾野産業への鉄槌のぎりぎりのバランスを。
 だからこそ応じた、宮田との『取引』に。
「つまり、この人は綾野産業を見捨てたわけだ」
「あら……綾野産業だけじゃありませんわ。友樹陽一も雅子もです」
 分りの悪い子どもに言い聞かせるように佐野は微笑んだ。
「それに私よりももっと本分を逸脱しておられるのは、宮田さんじゃないかと思いますけど」
 警察を辞められるおつもりですか?
 柔らかな問いただしに垣はぎょっとする。
「ちょっと待て……宮田、お前ひょっとして」
「いやいや俺も心配してますって、修一君のことを。ちゃあんと無事にクスリを売りさばいてるアジトまで案内してくれるんだろうか……ってね」
 ふふっ、と笑みを零した宮田に垣はぶち切れた。
「っみ、や、たああっっ!」
 お前そんなことのために、あいつを使ったのかあっっ!
「ひょっとしてお前、友樹君の事故騒ぎも!」
「あれは違う」
 怒鳴りつけた垣に、宮田は不愉快そうに唇を歪めた。
「俺ならもっとうまく、ちゃんとやる」
「何をちゃんと、何をうまく!」
 ぶっ飛んだこと言いやがって!
「ああ、そうか、言い忘れてたけど、あれの張本人、界部朋子の親衛隊の仕業らしいよ? 嫉妬って奴?」
「てめえ人をコケにしやがって…全部知ってたんだな!」
 見えてきたのは、事件に追い詰められる修一を心配して巻き込まれていく自分の姿、それもどうやら目の前の『友人』の仕組んだことだという構造。
「まあまあ」「まあまあじゃねえ!」
 睨みつけながら怒鳴り続ける。
「一体何考えてやがったんだ、そんな魂胆で俺達に近づいてたのか!」
 手駒として操って、自分の欲しい情報を一番良い形で手に入れられるように、周囲からじりじりと搦めてきて。
「そんなことなら!」
「そんなことなら?」
「オレはさっさとあいつからお前を引きはがして!」
「そうだよ、修一から俺を引きはがして、お前がちゃんと」
「オレがちゃんと!」
「大事に守ってやればよかったんだ!」
「大事に守ってやればよかった!」
「体の隅々まで!」
「体のすみ……何を言わせやがるっっっ!」
「うむ、俺式誘導自白、本日も快調」
「、っ、違うだろおお!」
 こんな馬鹿馬鹿しい話をしてる間に、あいつに何かあったらどうする気なんだ。いや、そもそも警察がこんな囮捜査みたいなことを、しかも一般人を巻き込んで、ついでに対象には危険の1つも説明せずにやっていいはずがなかろう!
 垣がなおも気炎を上げようとした矢先。
 ぱっぴらぽっぽぴらぱっぱ…。
 またもや鳴るだけで気力と根性が失せる着メロが鳴り響いた。
「あ、止まった? ふんふん……山の中だな。構わん、周囲を固めろ、俺もすぐに行くから」
 通話を切った宮田が顔を上げる前に、垣は走り出した。いつの間にか佐野が席を立ち、さっさと自分の車に乗り込みエンジンをかけているのにかろうじて間に合う。数秒遅れて追いついてきた宮田が、当然のように助手席に滑り込んでシートベルトをかけながら、
「どこかわかってます?」
「綾野系列で山中、薬を売りさばけるルートに繋がっていて、この移動時間。しかも数日間人1人監禁しても問題にならない場所と言えば、1カ所です」
「監禁っ?」
 ぎょっとする垣に佐野は冷ややかな視線を肩越しに投げて来た。
「動き方と選ばれた場所を考えると、下っ端の荒っぽい連中が動いたようですね。修一さんに傷がついていないことを祈るしかないでしょう。役に立たないとなったら何をするのかわからない、そういうお馬鹿さん達の集まりですから」
 飛び出した車は佐野の口調通りに荒々しく、速度を上げて跳ね飛んでいく。
「その時にはそれなりの身の振り方をして戴きますわ、宮田さん」
 垣に向けたのとは桁違いの冷たい視線に、宮田は動じた様子もなくシャラリと応じる。
「主人公は死なないことになってんだよ、な、かおる?」
「確認すな!」
 にこやかに振り返られて垣は怒鳴る。車の勢いに後部座席に押し付けられていなければ、世界平和のために宮田の首を絞めてたところだ。


(垣さん!!)
 どことも知れぬ闇の中を落ちて行きながら修一は叫んだ。
 四肢がバラバラに千切れて、それぞれ別の場所へ放り出されていくような不安と恐怖、激痛に意識がかき回されてぐちゃぐちゃになる。
(垣さああんっ!!)
 叫ぶ声は闇に吸われる。差し伸べる手はどこにもない。もがく脚も震える体も粉々になって、意識は砕かれる寸前の小石のように強張り、たった1つの名前を繰り返すだけだ。
(垣さん! 垣さん! 垣さああん!)
 それと重なる、エコーのようなもう1つの名前。
『滝さん! 滝さん! 滝さああん!』
 もちろん、周一郎がこんな風にひたすら助けを求めて滝を呼び続ける場面などない。自分1人で凌ぐことしか考えていない、誰かが助けてくれると考えたこともない、それが『周一郎』という少年だ。
 けれどしかし、修一は『周一郎』を繰り返し演じてきた。脚本の中はもちろん、そこに描かれていない生活、動き、予想される出来事や事象、それらを想像し空想し、脚本の外にまで『周一郎』を広げることで初めて、脚本の中の『周一郎』に血肉が通うことを知っていたから。友樹修一というキャラクターが要求される以外は、務めて『周一郎』であろうとした、と言っていいかも知れない。
 だからわかる、『周一郎』が胸の内でどれほど滝を繰り返し呼んでいたか。屋敷を出ていってしまう滝を見送ったとき。京都の事件で清に犯罪者として切り捨てられたとき。直樹としてしか滝と再会することができなかったとき。
 胸に繰り返し呼び出すだけで力が湧く、そんな思いで『滝志郎』の名前を抱えていたはずだ、死者復活の呪文のように。
(垣さん、垣さん、垣……)
 同じように呼びかけ希いながら、それでも修一は気づいていて、やがて少しずつ叫ぶ声を失っていく。
(僕は、『周一郎』じゃない)
 わかっていたことだ。
 修一がどんなに『周一郎』を演じようと、それはどこまで言っても仮初のものであって、修一そのものではない。同様、垣はどこまで言っても『垣』であって、『滝』ではあり得ない、ましてや修一を救う『滝』とは成り得ない。
(わかってる)
 全てはお芝居だ。
 この『猫たちの時間』に描かれた至上の繋がりは、現実ではあり得ない。人の絆の一番純粋で優しい形、かけがえがないと確信できる1つの夢、だからこそ、この作品は『娯楽』として成り立っている。厳しく苦しい現実の世界からはみ出した、一瞬の理想郷の世界として。
 落ちていく修一の回りにはぐるぐる回り続ける青白い鬼火が躍っている。中心の修一を嘲笑うように脅かすように跳ね回り燃え上がり、くるくる舞いながら修一を螺旋の渦へ引き込んでいく。
(『周一郎』は夢だ……何をしても、どこまで行っても、支えてくれ守ってくれ受け入れてくれる『滝』という存在を描くための夢……夢は現実にはならない……どんなに巧みに引き寄せたとしても……)
 心の奥底に冷えきった寒い想いが澱んでいて、小さく嗤う、演じた夢に呑み込まれてしまった愚かな自分を。
(ずっと、ちゃんと、『演じてた』つもりだったのに……)
 いつの間にか夢に全てを乗っ取られていた。
(おとうさんや……おかあさんと同じ…)
 友樹陽一はいつまでも女に求められ部下に憧れられる『できる男』の夢に呑まれた。友樹雅子はどんな時でも華やかで火のように激しい『美しい女』の夢に呑まれた。
 修一の求められたのは『できる男』と『美しい女』の家庭にふさわしい『才能あふれる非凡な息子』だったのに、いつの間にか演じられなくなってしまった、『友樹修一』を。
(だって……皆が求める友樹修一ってさ……『周一郎』そのものだよね…)
 演じていくうちに見失ってわからなくなる、今自分はどこの誰でどんな存在なのか。『周一郎』が当たり役だと言われれば言われるほど、脚本からはみ出した『周一郎』を演じ続ければ続けるほど、違和感が増える。
 求められている姿は、まるで『友樹修一』に望まれる姿そっくりだ。
 けれど、『友樹修一』なら、あんなに意地を張ったりしない、誰かが側に居てくれて気にかけてくれるのは嬉しいことだ。嬉しいから笑い返し、相手が応じてくれるからもっと距離を縮めていこうと思う、けれど、そうしたときに突然訝しく拒まれることが増えた。
『あれ、友樹君ってそういうキャラだったっけ? あ、そうか、「周一郎」の演技中だものね、「周一郎」が「滝」に懐いてるときって、そんな感じだよね?』
 今、ここに居る『友樹修一』って、何だろう?
 それとも、もうとっくに『友樹修一』なんていうのはなくなっていて、ここにあるのは『朝倉周一郎』という仮面をつけたり外したりしている1体の影がいるだけなのか?
 そのとき、ふいに。
(わかった)
 『周一郎』がどんな気持ちなのか。
(この世界の、どこにも自分はいない)
 誰かが望む『朝倉周一郎』という形が無数に転がっているだけで。
 それらを取り外してしまった後にはきっと何にも残らない。
 だから『周一郎』は松尾橋から消えた。『直樹』を被った。
 そうしても世界は変わらないという答えを予想して。
(でも、その中でたった1人)
 『滝』だけが見失わなかった。
 誰もが気づかなかった『周一郎』の本体、本人さえも見えなくなっていた真実を、『滝』だけが取り出してみせた、魔法のように、奇跡のように。
(ほら、お前はここに居る、って)
 そのとき、『周一郎』はもう一度、いや、初めて、この世界に産まれたのだ。
(同じ、ように)
 『修一』も産まれたかった。
 両親から、ファンから、スタッフから、友人から、周囲のありとあらゆる者から期待され望まれ作り上げられた『友樹修一』ではなくて、好きなものを見つけて、必要なものを求めて、大事なものを守れる、世界でただ1人の『修一』に。
(でも)
 それもまた、夢、だった。
 顔を覆う。指の間から、小さな銀色の泡となって、涙が闇の空に次々と舞い上がって散っていく。
(垣さんは、滝さんじゃない)
(僕は周一郎じゃない)
 なりたかった。
 なりたかった。
 朝倉周一郎に。
 滝志郎が支える少年に。
 自分を棄てても、なりたかった。
(でも)
 なれなかった。
 垣に嫌われた。
 見捨てられた。
 だから、残っているのは芝居しかない。
 終る瞬間に砕け散る夢で、最後まで躍り続けるしかない。
(どうして僕は『周一郎』でなかったんだろう…?)
 それはきっと、『朝倉周一郎』の偽物として滝に見破られ、やがて身代わりとして殺されていく直樹の気持ちだったに違いない。
(よく…わかるよ…)
 今きっと修一は『猫たちの時間』の配役全ての気持ちがわかっている…。


「……」
 瞬きをして、ふいに戻ってきた視界に戸惑った。
 真っ白い平面だけが向き合った、味気ない部屋だった。
 隣で話し声が聞こえてくる。
 のろのろと体を起こす。頭がぼうっとしている。かがされた薬のせいだろうか。
「電話は?」
「通じねえ。へっ、とんだお荷物だな。友樹修一だっていうから、がっぽり稼げると思ったのに」
 嘲る声が修一のことを話している。
「あの女もいい加減なこと言いやがる」
「あいつ、データのでの字も知らねえし」
 目が疲れたので視線を落とす。寝かされていたのは床の上、他人のもののような手足を動かして、人形を足から起こしていくみたいに体を組み立てると頭がふらつき不安定さに吐き気がした。酷く揺れる船の甲板、反転を繰り返すジェットコースター。立っていられなくてよろめいて壁にもたれ、呼吸を整える。少し深く息を吸う、途端に吐き気が強くなり競り上がる喉元の苦い塊を辛うじて呑み下す。
(データって……)
 そういえばどこかで誰かがそんなことを言ってたような。
(組織の内情を暴いたデータ…?)
 雅子が囚われ、身代金として差し出せそうな嘘ならそれぐらいだろう。それを修一が持っていると言い逃れていれば、ああ確かに修一を捕まえて調べるまでは組織も落ち着かないだろう。部屋を探し身辺を洗っても出なければ、修一本人を叩くだろう。常道過ぎるほど常道な道筋。
「う…」
 ではこの気持ち悪さは自白剤かそれに類したものと考えてよさそうだ。込み上げる吐き気に口を押さえ、視界を一気に埋めた蛍光ピンクと水色の光に圧倒されてぐずぐずと座り込む。
「おい、何か音がしたな」「起きたのかな、あいつ」
 いつか同じような場面があったな、と修一は思い出す。『京都舞扇』だったか、滝が『直樹』から離れることを強要される場面だったような。
 がちゃりとノブが回る音がして境のドアが開いた。出口はあそこしかなさそうだと霞む意識に刻み込む。
「はは、座り込んでやがる」「お坊っちゃん育ちにはきつかったんだろうよ」
 笑い合いながらやってくる2人の男、1人が前にしゃがみ込み、にたにた嫌らしい笑みを広げて修一を覗き込む。
「おい」
 ぱん、と頬を叩かれ一瞬息を呑んだ。目を見開いたのが見えたのだろう、続けてぱん、ぱん、と左右の頬を叩かれるままに受け止めて、それで揺さぶられた脳髄がまた強烈な吐き気を送り出してくるのにぐらぐらして目を閉じる。
「だめだぜこりゃ、当分使いものにならねえよ、いきなり吐かれても興ざめだしな」
 だから強すぎねえかって言ったんだよ、お楽しみまで台無しにすることはねえだろ。ぶつくさ言いながら立ち上がる男のポケットで携帯が鳴った。
「はい、ああ、綾野さん」
 代わりに修一をいたぶろうとしていたのだろう、近づきかけていたもう1人も立ち上がってそちらを振り向く。
「ああはい、じゃ、もう用済みですか」
 さらりと続けられたことばに修一は微かに身を竦めた。
「え…そんな無駄骨折らなくても、外に放り出しときゃすぐ死にますぜ」
 その方が後腐れねえしアシもつかねえしと続けかけた声が不満そうに応じる。
「かなりふらふらしてます。クスリきつかったみたいだし。まだ半分寝てる感じです。……いや、わかんねえですよ」
 くすくすと低い笑い声を響かせ、もう1人に目配せする。
「俺らに任しといてくれりゃ何とでも……え? はいわかりました、跡形なく消しときます」
「何だって?」
「さっさと殺せって。確実に、安全に」
「社是かよ、笑えねえ」
 ケラケラ笑う2人はめんどくさそうに修一の側に近づいてくる。
「外で絞め殺して衣服剥いで埋めとくか、この雪だしな」「いいな、死んでからじゃ重いしな……おら立てよ」
 怒鳴るわけではない、けれど十分な凄みをきかせて唸られ、修一はがしりと両腕を掴まれた。力一杯引き上げられた勢いにぐだぐだになった三半規管が見事に反応して吐き気が込み上げ喉を鳴らす。
「う、ぐ…」「あ、吐く」「やべえ、早く運び出しちまおう」
 男2人はあたふたと修一を引きずった。殺すのも弄ぶのも平気だが吐瀉物の始末はごめんだという感覚、だが思いっきり揺さぶられて悪心と目眩に圧倒された修一は抵抗する気にさえならない。あっという間に部屋からも家からも連れ出され、足元が引っ掛かって崩れた時にはもう雪の中だった。
「おい、ここじゃまずいよ、あの林の中へ連れ込んじまおう」「だな」
 ぐいぐいとなおも修一を引っ立てようとするが、半分意識を失いかけている修一の重さは予想以上だったらしい。1人が焦れて苛々と声を上げる。
「早くしろ!」「やってるよ!」「ちぇ、先に道付けとくからな!」「お、おい!」
 1人がたじろいだ隙にもう1人が走り去る気配、残された男は舌打ちをして唸る。
「2人で重いってんだから、1人で運べるわきゃねえだろうがよ、ったく何様だと思ってやがんだ、いつもいつも面倒なことばっかこっちに押しつけやがって…ったく、重えよなこいつはあっ!」
 それでも修一を放り棄てて行こうとしないのは、確実に安全に始末しろ、と命じた主の怖さを隅々まで知り尽くしているのだろう、ぼやきながら修一をどっこらしょと背中におぶおうとする、そのとき。
「………」
 修一は目覚めていた。靄がかった意識の中で『誰1人助けに来てくれない』状況に置かれた『周一郎』がどんなふうに窮地を脱したのか、なぞり返すように思い出していた。ほんの僅かな隙を一瞬の油断を千載一遇のチャンスに変えて、相手を屠り、敵に破滅をもたらして帰還したのだ。修一はそこまでできなくとも自分の能力でこの場面に何ができるかはわかっている。
「、っ!」「わあっ!」
 無防備に向けられた背中を目一杯突き飛ばして身を翻した。今来た道なら多少踏み固められて走れる、けれど元の場所に戻るわけには行かない、出来るかぎり追手と距離を置いたなら、雪の中に体を投げ出して全く違う方向へ逃げる。
「こ…このぉお! おい! 来てくれ、やつが逃げたあっ!」「なにいっ!」
 背後で響く怒号、掴まればその場で殴り殺されるのは必至、銃器類は持っていなかったようなのは幸いだ。
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「てめええええええ!」「待てやあくそ餓鬼いいいいい……」
「?」
 ふいに背後の声が妙に途切れた。
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