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16.鳥たちの森(2)
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「あそこよ」
ユーノを連れて来たライノが正面で激しく揺れている鳥籠を指差す。
「ユーノ! ユーノっ!」
中から叫び声がして、小さな白い手が必死に鳥籠の隙間から伸ばされた。
「ユーノぉ!」
「レス!」
掠れた声はさんざん泣きじゃくったせいか。
慌てて駆け寄るユーノの目の前で、籠をしっかりと掴んだレスファートが、その隙間に自分の頭を押し込もうとするように身もがいている。
「レスっ!」
鳥籠は大人一人入れるほどの余裕があった。端に擦り寄り、籠を両手でしっかり掴み、駆け寄ったユーノを見上げてくるレスファートの顔は擦り傷だらけ、真っ赤に紅潮した頬に涙の跡を一杯つけて、なおもみるみる涙を溢れさせる。
「怪我は?」
「ひっぅ」
「どこも?」
「う…」
引きつけながら首を振るレスファートが籠の隙間から差し出した両手でしっかりユーノの腰を抱えてしがみつく。
「こ、こわかったよぅ…」
「どうしたんだよ、一体」
「わ……わかんない」
籠に遮られて胸に甘えられない、それをじれったがるようにレスファートは首を振りつつ頭をぐいぐい押し付けてきた。
「ぼく、ただ、きれいな、鳥がいたから、おっかけて」
しゃくりあげながら訴える。
「そ、そしたら、ここ、きてて、その人が」
「その人?」
「あ・た・し」
うふん、と媚びた含み笑いが真後ろで響いて、ユーノはじろりとさっきのライノを振り返った。
「あんたが?」
「あたしが聞いたの、その子が側を通ったから」
細い指先に金色の髪をくるくる巻きつけながら、ライノは唇を尖らせる。濡れた鮮やかな紅が綻ぶように広がって、山奥にある大輪の花のような妖しさだ。
「あたし、きれいでしょ、って」
「うん、って、こたえたよ?」
ぐすぐす洟をすすりながら、レスファートがぎゅっとユーノの腰を掴む。
「ぼく、ちゃんと、きれいですね、っていったの、そしたら」
「次にもう1回、ライノは聞いたのよ」
ふいに別の鳥籠から声が響いた。
「他の誰よりもきれいかって」
「当然でしょ?」
ふふん、と嗤ったライノが肩を竦める。細い華奢な造りの体にぴったりの愛らしい動きだ。
それに応じてまた一斉に周囲の鳥籠から声が上がった。
「当然じゃない」
「当然だわよ」
「聞かないほうがどうかしてる」
「どうかしてるわよ」
ゆっくり周囲を見回すと、恐ろしいほどの鳥籠がぶら下がっていた。小さな木にも数個、枝を広げた大きなものには十数個も、重そうに。
その中に一人ずつ同じような、しかもそれぞれに艶やかな金髪の娘達が入っていて、誰もがまるで特別な儀式が行われているのを見守るように、鳥籠に掴まってユーノ達を見下ろしている。
餓えたような青い瞳、うねうねと意志があるように蠢きながらじりじりと垂れ下がってくる金色の髪に、ユーノは目を細めて距離と配置をはかった。
無邪気そうに純真そうに見せているけれど、薄い膜一枚隔てたところに、灼熱の温度で立ち上がってきている炎を感じる。それは決して優しいものではない。
もし、一斉に襲いかかられたら。
見えているだけでも数十個はある鳥籠、ライノがうろうろしているところを見ると出てこれるらしいし、一気に囲まれたらレスファートが居るだけに脱出が難しくなる。
警戒しつつ、尋ねる。
「……それで?」
「ぼ、ぼく、それで」
レスファートは何を思い出したのか、きゅ、と唇を引き締めて、ふいにきつい視線で周囲の鳥籠を見回した。
「ぼく、ううん、っていった」
低い声で呟き、断固たる意志を漲らせてユーノを見上げ、
「ぼく、ううん、っていったの!」
「なんてこと!」
「なんてことを言うんだ、この子は!」
「あたし達に向かって!」
「こんなにきれいな、あたし達に向かって!」
「だって!」
わあっと再び圧倒するような叫びを上げる周囲にレスファートは大声で怒鳴り返す。
「ぼくのユーノの方がきれいなんだもん!」
「へ」
一瞬ユーノはその場に全くそぐわない間抜けた気分になった。
「れ、レス…」
「そんなのきまってるじゃないか、そりゃおばさん達だってきれいだけど、ぼくのユーノにかなうわけないじゃないか!」
「まああ!」
「また言った!」
「また言ったわ、この子!」
「いいかげんにおし!」
「その口やっぱり塞いでおこう!」
「レス……」
おばさん。
それは確かにレスファートに比べれば、ユーノだって、いや妹セアラだって『おばさん』なのかもしれないが。
「あー…」
これはとんでもなくどうしようもないところで落ち込んだ罠かもしれない。
ユーノは深々と溜め息をついた。
レスファートが通常と違う基準で、きれいだのきれいではないだのと判断しているとはしゃべり鳥(ライノ)達にはわからない。しかも、しゃべり鳥(ライノ)達は自分達の美しさを誇って生きているような生物、それを真っ向から否定するようなことを言い放って許せるはずもない。
「そうでしょ、ユーノ、ユーノは一番きれいなんだし、ぼくまちがってないもん!」
「う」
「間違ってるわ」
「根本的に間違ってるわよ!」
「まちがってないもんっっっ!」
「間違ってるってば!」
「いいかげんにしなさい、子供だと思って!」
「まちがってなーいっっ!」
泣き泣きレスファートは己の正当性を叫び、しゃべり鳥(ライノ)達は一層騒がしく激怒していく。
「レス、あのね」
「だから」
とにかくレスファートを落ち着かせようと口を開いたユーノに、背後のライノが口を挟んだ。
「あたしは言ったのよ、それはあたしがこんなところに入ってて、きっとよく見えないからよって」
「見えてるもん! ぼく目はいいもんっっ!」
「レス、ちょっとほら」
「ひいいっく」
ぽんぽんとレスファートの背中を叩いて沈めながら、それで、と促すと、
「だか、だから、とに、かくっ、ここの、とをあけて、って」
レスファートはしゃくりあげながらことばを続ける。
「でも、ぼく、あけかた、わかんなくて…っ」
「あたしはその子に言ったのよ、キスして、って」
「え」
ぎょっとしてライノを振り返る。
「…してくれたわよ?」
「え」
慌ててレスファートを覗き込む。
「レス?」
「え?」
レスファートはきょとんと目を見開く。
「おはようってするのだよ? 朝いつもユーノしてくれるの」
「あ、ああ」
頬にか。
ちょっとほっとしてしまう自分がなんだか微妙な気分になる。
「キスの想いが強いとね、扉が開くの」
ライノがゆっくりと近くの鳥籠に歩み寄った。そう言われれば、よく見ると小さな扉がついている。
地上すれすれになっているその鳥籠にも一人の娘が居て、中から期待を込めたまなざしでライノを見上げる。ライノがゆっくりと顔を降ろし、娘が待ち受けるように唇を突き出すのにユーノが凍りついていると、鳥籠ごしに二人の唇が一瞬触れ合ってすぐに離れた。
びし、とどこかで何かが弾けるような音がして、鳥籠の扉が微かに揺れる。娘がいそいそと内側から押したが、ぎしぎし鳴りながら緩んだ隅がわずかに隙間を広げた程度、手首がかろうじて押し込めるぐらいだ。
「ライノ!」
「……だめね」
「ライノ! もう!」
悔しそうに叫ぶ娘を放っておいて、ライノはゆっくり戻ってくる。
「でも、その子のキスは違ったのよ」
きっと特別な魂の子供なのね。
目を細めて笑う相手にぞっとして、思わず周囲を見回した。
まさか、この鳥籠全部、レスファートに開けさせるつもりで捕まえたのか?
「もっとも、きっちり開いたわけじゃなくて、半分だけ開いたから、鳥籠を下まで降ろして……ああ、上下は動かせるのよ、あたし達」
「ぼくに、ひっぱって、だしてって。外に出たら、もっとちゃんと見えるからって」
ぼく、見えてるよっていったけど、そのときはもう、あの髪の毛に捕まって。
「その子に引っ張り出してもらって、ようやく外に出られたから」
ライノは気持ちよさそうに伸びをして、金髪をさらさらと指先で梳った。
「もう一度尋ねたのよ、さあ、これでもそのユーノとかいう人間の方がきれいなの、って」
「で、ぼく」
「……ああ。大体想像がつくよ」
苦笑するユーノに、レスファートはこくんとうなずき、
「ちゃんと見たら、もっとわかったっていったの、ぼくのユーノはここにいるだれよりうんときれいって!」
「ああああ、また言った!」
「また言ったわ、あのにこ毛も生えてない小鳥(こぞう)が!」
「なんでだめなの!」
「だめにきまってるでしょう!」
「あたしがきれいなのよ!」
「あたしが一番なのよ!」
「きれいでしょ!」
「しゃべり鳥(ライノ)はこの姿が命」
ライノが冷ややか声で言い放つ。
「あたし達の中に飛び込んできて、あたし達のよりどころを潰して、ただですませるわけがないでしょ」
「きれいでしょ!」
「きれいなのはあたし!」
「あたしがきれい!」
「一番きれい!」
「ちがううーーーっ! きれいなのはユーノなのぉおおおお!」
「おだまり!」
「きれいでしょ!」
「おだまり、ちび!」
「きれいなのよ!」
「おだまり!」
レスファートの叫びに引き裂かれるような叫び声を上げて、しゃべり鳥(ライノ)達が鳥籠の中で身悶えした。金髪が次々伸びてきて木々を地面をのたうつように這い回り躍り上がり、揺れる鳥籠入り交じる声入り交じる光景、まるでこの世界ごと一気に蓋をしてしまいたくなりそうな喧噪、遠くから駆けつけてきたヒストもさすがに近づけないでいる。
「ユーノ!」
「く………ライノ!!」
「……なぁに?」
しがみつくレスファートにユーノは声を振り絞った。
「詫びならボクがしよう!」
「ユーノ!」
「彼はまだ子供だ、君達への非礼はボクが代わりにお詫びする、だからレスファートを放してやってくれ」
「へえ…」
ざわざわと周囲の叫びがおさまっていった。
「あなたが?」
「ユーノ…」
「そうだ、ボクが」
「どうやって?」
「………何が望みだ?」
ぎゅ、とレスファートが緊張した顔で服を握ってくる。さすがにこのままでは無事に済みそうにないと、ようやく少し落ち着いてくれたらしい。
「………そうね」
「ライノ…」
「ライノ、あれを」
「わかってる、わかってるわよ、黙ってて」
周囲の鳥籠の声をライノは片手で制した。
「じゃあ……鳥籠の鍵を持ってきて?」
「鍵?」
「そう、あたし達はここから出たいの、みんな自由になりたいの」
「自由よ!」
「自由になりたい!」
「鍵を!」
「鍵を持って来なさい!」
「一体どこにあるんだ?」
「さあ、それを探すのも条件ね」
ライノはにっこり笑った。
「それと引き換えでなければ、許すわけにはいかないわ」
「そんなの、むりだよ」
レスファートが青い顔になって呟く。
「鍵、か」
しゃべり鳥(ライノ)の伝説にはそんな鍵の話などなかった。
けれど、ひょっとすると。
(アシャなら知っているかもしれない)
「ライノ……ボクには仲間がいる」
考え考え、ユーノは提案した。
「その仲間が鍵の在処を知っているかもしれない。彼に鍵を見つけてきてもらおう。ただ、レスはもうへとへとだし、君達もこれ以上不愉快なことばを聞きたくないだろう。どうかな、ボクがレスの代わりに鳥籠に入って,この場に残り、レスに仲間への伝言を頼むというのは?」
「ユーノ!」
だめだよ、やだ、そんなのぼくはいやっ。
叫びながらじたばたするレスファートを押さえつつ、ライノを振り返ると、
「ふ…ん」
相手はじろじろとユーノを見上げて見下ろした。
「……いいわ」
ライノは手近の蔓を手に取り、たぐり寄せるように飛び上がった。白い薄衣が翻って視界を上昇したかと思うと、すぐにレスファートの鳥籠がするする降りて地面に着く。
「ゆーの…」
「キスしてあげれば?」
ライノの声にひざまずき、そっと手を伸ばすとレスファートはいそいそとすがりついて、嬉しそうに頬を差し出してくる、その矢先。
ぎしっ、ときしみ音をたてて、扉が開いた。
「……キスも、していないのに…」
ライノが呆気にとられた声で呟く。
「どうして扉が………あなた、『銀の王族』ね!」
はっとしたように叫んだライノと同時に、きしりながら扉はどんどん開いていき、すぐにレスファートが半身抜け出せるほどになった。
「キスもせずに扉を開けられるのは、『銀の王族』かラズーン直々の視察官(オペ)しかいないもの!」
オペ。
そのことばを幾度か耳にしたことがある。
「オペ…?」
「そうよ、視察官、でもあなたはそうは見えないものね」
ラズーン直々の視察官。
ユーノの頭を過ったのはセレドへやってきたイシュトの姿、そして、とてもよく似た気配を持つもう一人の正体不明の男。
(アシャ)
アシャがもしそうならば、あの広範な知識と異常に高い経験値も納得できる。
(でも、それならなぜ、あんな姿でセレドに?)
ひょっとして、何か別の意図があったのか?
「ユ、ユーノ」
「あ…ごめん」
半開きの扉から体を抜き出したレスファートの頬にそっと唇を当てた瞬間、びしっ、と鋭く木が裂ける音が響いて扉が開いた。転がり落ちるようにレスファートが飛び出し、しがみついてくる。
「ユーノ!」
強がっていてもやはり怖かったのだろう、レスファートの身体は冷えてがたがたと震えている。
その耳元に小さく囁いた。
「いい? アシャ達は近くまでやってきてる。しゃべり鳥(ライノ)達の鳥籠の鍵とその在処、アシャなら知ってるかもしれない。探し出してほしいって伝えて?」
「で、も」
掠れた声でレスファートが反論する。
「もし、みつから、なかったら」
「その時は」
もしアシャがラズーン直々の視察官ならば、セレドの忠誠もカザドの悪行もきっとラズーンに届くだろう。ユーノがラズーンに辿り着けなくても、ユーノが全力を尽くしてラズーンに向かおうとしたことは伝わるだろう。そしてもし、ラズーンの視察官がセレドの次代王として降りてくれるのなら、セレドは末永く安泰、ユーノが先行きを案じるまでもない。
「ボクのことはいい」
見捨てて先へ進んで。
「いやっ!」
レスファートは間髪入れずに叫んだ。
「いや、いやだって、そんなの、ぜったいいやっ」
それぐらいならぼくがここに残る、ぼくが失敗したんだから、ぼくがこの『おばさん』達を怒らせたんだから。
「ぼくがせきにんをとる!」
ぼろぼろ泣き出しながら、レスファートが叫んで、周囲のしゃべり鳥(ライノ)達がまた険しい気配になった。
「いやだったら、い……っ!」
びくっとレスファートが身体を強張らせた。
「ゆ…の……」
ひどい、よ。
小さく呟いて、泣き顔のままユーノ腕に崩れ落ちる。
「ごめん」
このままでは長引く一方、そう判断して軽く当て身を食らわせたのだが、レスファートにはちょっときつかったかもしれない。
眉をしかめつつ謝って、
「ヒスト!」
呼ぶと栗毛の馬はふんふんと鼻を鳴らしながら近づいてきた。
「レスをアシャ達のところへ運んでくれ」
ふふん、と汗に濡れたレスファートの髪を嗅ぎ、ふんふん、とユーノの髪に鼻を寄せ、頭を振り上げた。
「っふぅん」
「ありがとう」
仕方ないなと言いたげな仕草に微笑みながら、ユーノは気を失ったレスファートをしっかりとヒストの背中に固定する。
「行ってくれ、静かに」
ヒストはうっとうしそうに頭を跳ねた。ためらう様子もなく向きを変え急ぎ足に離れていくが、視界から消える瞬間にちらりとユーノを振り返り、軽く尾を振ってみせる。
と、そのすぐ後からライノがふわふわと着かず離れず追いかけるのが目に入った。
「あれは」
「見張りよ」
側の鳥籠から声が響いて振り返る。
ライノと同じく金色の髪、鮮やかな瞳はやや緑がかって美しいが、かくりと首を傾げて微笑んだのに寒いものが走る。
「あなたをここに放ってかれても困るじゃない」
だって、あなたってば、あんまり美しい鳥(ひと)じゃないものね。
「もう一度取り戻しに来るかどうか、心配だわ」
あの子供ならまだしも。そう言った矢先、するする伸びてきた金髪が剣に伸びかけたユーノの手首に巻き付いた。
「これ幸いと捨て置かれてもねえ」
ぐい、と引っ張られてそちらへ脚を踏み出すと、別の鳥籠から伸びた金髪がまたユーノの腕に絡む。
「こっちよ」
「あなたに似合いの籠がある」
「そのみっともない煤けた顔にぴったりの」
「跳ねてくしゃくしゃの汚れた髪にお似合いの」
「あちこち穴が開いたみすぼらしい服にちょうどいい」
金髪から金髪へと受け渡され、途中で何度か血の気が引くほど締め付けられ、痛みを覚えるほど引っ張られて、ユーノは奥まったところの籠の前まで導かれた。
他の鳥籠とは違い、薄茶色の棘がついた蔦で編まれている。床にあたる部分はきっちり編まれてはいたのだろうが、妙な色に染まり、一部腐ってきているようなぬるりとした汚れがついた汚い籠だ。
「さあお入り」
「ぴったり、ねえほら見てやって」
「なんてみっともないんだろう」
開かれていた扉に押し込まれ、差し込まれた金髪に中に引きずり込まれていく途中で、鋭い痛みが走って顔をしかめる。
「あら、ごめんなさい?」
くすくすとしゃべり鳥(ライノ)達があちこちで嗤った。
「言い忘れていたけれど、その棘は痺れるの」
「く」
裂かれた服の下の肌にじん、と鈍くてむずがゆい感覚が走る。
「ほらこっちよ!」
「っ」
いきなり数方向から同時に金髪に引きずられて、思い切り鳥籠の中で引き倒された。背後でばさりと閉まった扉があっという間に幾重にも蔦と蔓で覆われていくのに、ユーノは唇を噛んで周囲を見回す。頬や額が傷ついてちりちりする。
(出さないつもりか)
「『銀の王族』でしょ」
すぐ側にするすると別の鳥籠が降りてきた。真っ青な瞳、やや波打った金髪、そして卵形に整った顔の綺麗な唇が嘲笑いながらことばを続ける。
「世の始めから幸福を約束されたおめでたい人種」
「あたし達がこんな定めを受けていても」
「笑って楽しんで健やかに生きている幸せな人間」
次々と鳥籠が降りてきて、周囲を取り囲む。
「生まれながらに恵まれてるんだもの、こんなの平気よね」
「ずっと幸せだったんだもの、これぐらい苦しみなさい」
「今まで苦労なんかしたことないんだから、ああその顔見せてごらん!」
「あっ」
またふいに強く腕を引かれて籠にぶつかった。危うく開いた目に棘が飛び込みそうになって、かろうじて顔を背けると、針を刺されたような鋭い痛みが走って唇の端が濡れる。ねっとりと零れてくる雫は温かで塩辛い。
「泣けばいいのに」
「泣いてみなさいよ、あの子みたいに」
「泣き喚いて助けてって言ってごらんなさいよ」
けたたましい笑い声が伝染するように森の中に広がっていく。
「いい気味!」
「いい気味だわ、美しくもないのに自由だなんて!」
「ざまあみろ!」
「あははは、ざまあみろ!」
「く…っ」
次々伸びてきた金髪が手足に絡み、鳥籠の端へユーノを押し付けて引きずる。背中に鋭い痛みが何度も走って、ユーノは歯を食いしばった。
「見捨てられるがいい!」
「その鳥籠の中で朽ちるがいい!」
「汚くて醜いままで一生を終えるがいい!」
「誰も望みやしないわ、そんな姿で!」
「あははは!」
「あははは!!!」
(誰も望まない?)
ぎちぎち締め付けてくる髪に思わずユーノは苦笑する。
(世の始めから幸福を約束された?)
セレドの皇宮で、荒野で、草原で、一人ただ戦って傷ついて、回復する間もなく剣を振り上げ、ひたすら走る日々。
あれが、幸福だったというなら。
「今は…十分…幸福じゃないか…」
小さく呟く。
少なくとも、大事な人は守れたのだから。
大事な人は傷つけずに済んでるのだから。
「誰も…望まない……か」
今に始まったことじゃない。
少なくとも姫であるユーノを望まれたことなど、ただの一度もない。
棘には毒でもあるのだろうか、むずがゆい感覚と痺れが身体中に広がっていって、気力がどんどん萎えてくるのに、ゆっくり深呼吸し、自分に言い聞かせる。
(少し、我慢しろ)
アシャは鳥籠の鍵を知っているかもしれないが、すぐに持って来れるとは限らない。
(粘れ)
太古生物、しゃべり鳥(ライノ)の巣があると知って、乗り込んでくるとは正直思えない。
(気力を落とすな)
だからいずれは一人でここから脱出するしかない。
(粘れ)
目を閉じる。全身の倦怠感を感覚を切り替えて休息に当てる。
(剣は、まだある)
機会を狙え。
「みっともない子!」
「あたしの方がきれいでしょ!」
「醜い子」
「あたしはきれいでしょ!」
「誰が助けにくるものか!」
「あたしはきれい!」
「誰が迎えに来るものか!」
「きれいなのはあたし!」
姦しい叫びが響き渡る森で、ユーノは静かに時を待った。
ユーノを連れて来たライノが正面で激しく揺れている鳥籠を指差す。
「ユーノ! ユーノっ!」
中から叫び声がして、小さな白い手が必死に鳥籠の隙間から伸ばされた。
「ユーノぉ!」
「レス!」
掠れた声はさんざん泣きじゃくったせいか。
慌てて駆け寄るユーノの目の前で、籠をしっかりと掴んだレスファートが、その隙間に自分の頭を押し込もうとするように身もがいている。
「レスっ!」
鳥籠は大人一人入れるほどの余裕があった。端に擦り寄り、籠を両手でしっかり掴み、駆け寄ったユーノを見上げてくるレスファートの顔は擦り傷だらけ、真っ赤に紅潮した頬に涙の跡を一杯つけて、なおもみるみる涙を溢れさせる。
「怪我は?」
「ひっぅ」
「どこも?」
「う…」
引きつけながら首を振るレスファートが籠の隙間から差し出した両手でしっかりユーノの腰を抱えてしがみつく。
「こ、こわかったよぅ…」
「どうしたんだよ、一体」
「わ……わかんない」
籠に遮られて胸に甘えられない、それをじれったがるようにレスファートは首を振りつつ頭をぐいぐい押し付けてきた。
「ぼく、ただ、きれいな、鳥がいたから、おっかけて」
しゃくりあげながら訴える。
「そ、そしたら、ここ、きてて、その人が」
「その人?」
「あ・た・し」
うふん、と媚びた含み笑いが真後ろで響いて、ユーノはじろりとさっきのライノを振り返った。
「あんたが?」
「あたしが聞いたの、その子が側を通ったから」
細い指先に金色の髪をくるくる巻きつけながら、ライノは唇を尖らせる。濡れた鮮やかな紅が綻ぶように広がって、山奥にある大輪の花のような妖しさだ。
「あたし、きれいでしょ、って」
「うん、って、こたえたよ?」
ぐすぐす洟をすすりながら、レスファートがぎゅっとユーノの腰を掴む。
「ぼく、ちゃんと、きれいですね、っていったの、そしたら」
「次にもう1回、ライノは聞いたのよ」
ふいに別の鳥籠から声が響いた。
「他の誰よりもきれいかって」
「当然でしょ?」
ふふん、と嗤ったライノが肩を竦める。細い華奢な造りの体にぴったりの愛らしい動きだ。
それに応じてまた一斉に周囲の鳥籠から声が上がった。
「当然じゃない」
「当然だわよ」
「聞かないほうがどうかしてる」
「どうかしてるわよ」
ゆっくり周囲を見回すと、恐ろしいほどの鳥籠がぶら下がっていた。小さな木にも数個、枝を広げた大きなものには十数個も、重そうに。
その中に一人ずつ同じような、しかもそれぞれに艶やかな金髪の娘達が入っていて、誰もがまるで特別な儀式が行われているのを見守るように、鳥籠に掴まってユーノ達を見下ろしている。
餓えたような青い瞳、うねうねと意志があるように蠢きながらじりじりと垂れ下がってくる金色の髪に、ユーノは目を細めて距離と配置をはかった。
無邪気そうに純真そうに見せているけれど、薄い膜一枚隔てたところに、灼熱の温度で立ち上がってきている炎を感じる。それは決して優しいものではない。
もし、一斉に襲いかかられたら。
見えているだけでも数十個はある鳥籠、ライノがうろうろしているところを見ると出てこれるらしいし、一気に囲まれたらレスファートが居るだけに脱出が難しくなる。
警戒しつつ、尋ねる。
「……それで?」
「ぼ、ぼく、それで」
レスファートは何を思い出したのか、きゅ、と唇を引き締めて、ふいにきつい視線で周囲の鳥籠を見回した。
「ぼく、ううん、っていった」
低い声で呟き、断固たる意志を漲らせてユーノを見上げ、
「ぼく、ううん、っていったの!」
「なんてこと!」
「なんてことを言うんだ、この子は!」
「あたし達に向かって!」
「こんなにきれいな、あたし達に向かって!」
「だって!」
わあっと再び圧倒するような叫びを上げる周囲にレスファートは大声で怒鳴り返す。
「ぼくのユーノの方がきれいなんだもん!」
「へ」
一瞬ユーノはその場に全くそぐわない間抜けた気分になった。
「れ、レス…」
「そんなのきまってるじゃないか、そりゃおばさん達だってきれいだけど、ぼくのユーノにかなうわけないじゃないか!」
「まああ!」
「また言った!」
「また言ったわ、この子!」
「いいかげんにおし!」
「その口やっぱり塞いでおこう!」
「レス……」
おばさん。
それは確かにレスファートに比べれば、ユーノだって、いや妹セアラだって『おばさん』なのかもしれないが。
「あー…」
これはとんでもなくどうしようもないところで落ち込んだ罠かもしれない。
ユーノは深々と溜め息をついた。
レスファートが通常と違う基準で、きれいだのきれいではないだのと判断しているとはしゃべり鳥(ライノ)達にはわからない。しかも、しゃべり鳥(ライノ)達は自分達の美しさを誇って生きているような生物、それを真っ向から否定するようなことを言い放って許せるはずもない。
「そうでしょ、ユーノ、ユーノは一番きれいなんだし、ぼくまちがってないもん!」
「う」
「間違ってるわ」
「根本的に間違ってるわよ!」
「まちがってないもんっっっ!」
「間違ってるってば!」
「いいかげんにしなさい、子供だと思って!」
「まちがってなーいっっ!」
泣き泣きレスファートは己の正当性を叫び、しゃべり鳥(ライノ)達は一層騒がしく激怒していく。
「レス、あのね」
「だから」
とにかくレスファートを落ち着かせようと口を開いたユーノに、背後のライノが口を挟んだ。
「あたしは言ったのよ、それはあたしがこんなところに入ってて、きっとよく見えないからよって」
「見えてるもん! ぼく目はいいもんっっ!」
「レス、ちょっとほら」
「ひいいっく」
ぽんぽんとレスファートの背中を叩いて沈めながら、それで、と促すと、
「だか、だから、とに、かくっ、ここの、とをあけて、って」
レスファートはしゃくりあげながらことばを続ける。
「でも、ぼく、あけかた、わかんなくて…っ」
「あたしはその子に言ったのよ、キスして、って」
「え」
ぎょっとしてライノを振り返る。
「…してくれたわよ?」
「え」
慌ててレスファートを覗き込む。
「レス?」
「え?」
レスファートはきょとんと目を見開く。
「おはようってするのだよ? 朝いつもユーノしてくれるの」
「あ、ああ」
頬にか。
ちょっとほっとしてしまう自分がなんだか微妙な気分になる。
「キスの想いが強いとね、扉が開くの」
ライノがゆっくりと近くの鳥籠に歩み寄った。そう言われれば、よく見ると小さな扉がついている。
地上すれすれになっているその鳥籠にも一人の娘が居て、中から期待を込めたまなざしでライノを見上げる。ライノがゆっくりと顔を降ろし、娘が待ち受けるように唇を突き出すのにユーノが凍りついていると、鳥籠ごしに二人の唇が一瞬触れ合ってすぐに離れた。
びし、とどこかで何かが弾けるような音がして、鳥籠の扉が微かに揺れる。娘がいそいそと内側から押したが、ぎしぎし鳴りながら緩んだ隅がわずかに隙間を広げた程度、手首がかろうじて押し込めるぐらいだ。
「ライノ!」
「……だめね」
「ライノ! もう!」
悔しそうに叫ぶ娘を放っておいて、ライノはゆっくり戻ってくる。
「でも、その子のキスは違ったのよ」
きっと特別な魂の子供なのね。
目を細めて笑う相手にぞっとして、思わず周囲を見回した。
まさか、この鳥籠全部、レスファートに開けさせるつもりで捕まえたのか?
「もっとも、きっちり開いたわけじゃなくて、半分だけ開いたから、鳥籠を下まで降ろして……ああ、上下は動かせるのよ、あたし達」
「ぼくに、ひっぱって、だしてって。外に出たら、もっとちゃんと見えるからって」
ぼく、見えてるよっていったけど、そのときはもう、あの髪の毛に捕まって。
「その子に引っ張り出してもらって、ようやく外に出られたから」
ライノは気持ちよさそうに伸びをして、金髪をさらさらと指先で梳った。
「もう一度尋ねたのよ、さあ、これでもそのユーノとかいう人間の方がきれいなの、って」
「で、ぼく」
「……ああ。大体想像がつくよ」
苦笑するユーノに、レスファートはこくんとうなずき、
「ちゃんと見たら、もっとわかったっていったの、ぼくのユーノはここにいるだれよりうんときれいって!」
「ああああ、また言った!」
「また言ったわ、あのにこ毛も生えてない小鳥(こぞう)が!」
「なんでだめなの!」
「だめにきまってるでしょう!」
「あたしがきれいなのよ!」
「あたしが一番なのよ!」
「きれいでしょ!」
「しゃべり鳥(ライノ)はこの姿が命」
ライノが冷ややか声で言い放つ。
「あたし達の中に飛び込んできて、あたし達のよりどころを潰して、ただですませるわけがないでしょ」
「きれいでしょ!」
「きれいなのはあたし!」
「あたしがきれい!」
「一番きれい!」
「ちがううーーーっ! きれいなのはユーノなのぉおおおお!」
「おだまり!」
「きれいでしょ!」
「おだまり、ちび!」
「きれいなのよ!」
「おだまり!」
レスファートの叫びに引き裂かれるような叫び声を上げて、しゃべり鳥(ライノ)達が鳥籠の中で身悶えした。金髪が次々伸びてきて木々を地面をのたうつように這い回り躍り上がり、揺れる鳥籠入り交じる声入り交じる光景、まるでこの世界ごと一気に蓋をしてしまいたくなりそうな喧噪、遠くから駆けつけてきたヒストもさすがに近づけないでいる。
「ユーノ!」
「く………ライノ!!」
「……なぁに?」
しがみつくレスファートにユーノは声を振り絞った。
「詫びならボクがしよう!」
「ユーノ!」
「彼はまだ子供だ、君達への非礼はボクが代わりにお詫びする、だからレスファートを放してやってくれ」
「へえ…」
ざわざわと周囲の叫びがおさまっていった。
「あなたが?」
「ユーノ…」
「そうだ、ボクが」
「どうやって?」
「………何が望みだ?」
ぎゅ、とレスファートが緊張した顔で服を握ってくる。さすがにこのままでは無事に済みそうにないと、ようやく少し落ち着いてくれたらしい。
「………そうね」
「ライノ…」
「ライノ、あれを」
「わかってる、わかってるわよ、黙ってて」
周囲の鳥籠の声をライノは片手で制した。
「じゃあ……鳥籠の鍵を持ってきて?」
「鍵?」
「そう、あたし達はここから出たいの、みんな自由になりたいの」
「自由よ!」
「自由になりたい!」
「鍵を!」
「鍵を持って来なさい!」
「一体どこにあるんだ?」
「さあ、それを探すのも条件ね」
ライノはにっこり笑った。
「それと引き換えでなければ、許すわけにはいかないわ」
「そんなの、むりだよ」
レスファートが青い顔になって呟く。
「鍵、か」
しゃべり鳥(ライノ)の伝説にはそんな鍵の話などなかった。
けれど、ひょっとすると。
(アシャなら知っているかもしれない)
「ライノ……ボクには仲間がいる」
考え考え、ユーノは提案した。
「その仲間が鍵の在処を知っているかもしれない。彼に鍵を見つけてきてもらおう。ただ、レスはもうへとへとだし、君達もこれ以上不愉快なことばを聞きたくないだろう。どうかな、ボクがレスの代わりに鳥籠に入って,この場に残り、レスに仲間への伝言を頼むというのは?」
「ユーノ!」
だめだよ、やだ、そんなのぼくはいやっ。
叫びながらじたばたするレスファートを押さえつつ、ライノを振り返ると、
「ふ…ん」
相手はじろじろとユーノを見上げて見下ろした。
「……いいわ」
ライノは手近の蔓を手に取り、たぐり寄せるように飛び上がった。白い薄衣が翻って視界を上昇したかと思うと、すぐにレスファートの鳥籠がするする降りて地面に着く。
「ゆーの…」
「キスしてあげれば?」
ライノの声にひざまずき、そっと手を伸ばすとレスファートはいそいそとすがりついて、嬉しそうに頬を差し出してくる、その矢先。
ぎしっ、ときしみ音をたてて、扉が開いた。
「……キスも、していないのに…」
ライノが呆気にとられた声で呟く。
「どうして扉が………あなた、『銀の王族』ね!」
はっとしたように叫んだライノと同時に、きしりながら扉はどんどん開いていき、すぐにレスファートが半身抜け出せるほどになった。
「キスもせずに扉を開けられるのは、『銀の王族』かラズーン直々の視察官(オペ)しかいないもの!」
オペ。
そのことばを幾度か耳にしたことがある。
「オペ…?」
「そうよ、視察官、でもあなたはそうは見えないものね」
ラズーン直々の視察官。
ユーノの頭を過ったのはセレドへやってきたイシュトの姿、そして、とてもよく似た気配を持つもう一人の正体不明の男。
(アシャ)
アシャがもしそうならば、あの広範な知識と異常に高い経験値も納得できる。
(でも、それならなぜ、あんな姿でセレドに?)
ひょっとして、何か別の意図があったのか?
「ユ、ユーノ」
「あ…ごめん」
半開きの扉から体を抜き出したレスファートの頬にそっと唇を当てた瞬間、びしっ、と鋭く木が裂ける音が響いて扉が開いた。転がり落ちるようにレスファートが飛び出し、しがみついてくる。
「ユーノ!」
強がっていてもやはり怖かったのだろう、レスファートの身体は冷えてがたがたと震えている。
その耳元に小さく囁いた。
「いい? アシャ達は近くまでやってきてる。しゃべり鳥(ライノ)達の鳥籠の鍵とその在処、アシャなら知ってるかもしれない。探し出してほしいって伝えて?」
「で、も」
掠れた声でレスファートが反論する。
「もし、みつから、なかったら」
「その時は」
もしアシャがラズーン直々の視察官ならば、セレドの忠誠もカザドの悪行もきっとラズーンに届くだろう。ユーノがラズーンに辿り着けなくても、ユーノが全力を尽くしてラズーンに向かおうとしたことは伝わるだろう。そしてもし、ラズーンの視察官がセレドの次代王として降りてくれるのなら、セレドは末永く安泰、ユーノが先行きを案じるまでもない。
「ボクのことはいい」
見捨てて先へ進んで。
「いやっ!」
レスファートは間髪入れずに叫んだ。
「いや、いやだって、そんなの、ぜったいいやっ」
それぐらいならぼくがここに残る、ぼくが失敗したんだから、ぼくがこの『おばさん』達を怒らせたんだから。
「ぼくがせきにんをとる!」
ぼろぼろ泣き出しながら、レスファートが叫んで、周囲のしゃべり鳥(ライノ)達がまた険しい気配になった。
「いやだったら、い……っ!」
びくっとレスファートが身体を強張らせた。
「ゆ…の……」
ひどい、よ。
小さく呟いて、泣き顔のままユーノ腕に崩れ落ちる。
「ごめん」
このままでは長引く一方、そう判断して軽く当て身を食らわせたのだが、レスファートにはちょっときつかったかもしれない。
眉をしかめつつ謝って、
「ヒスト!」
呼ぶと栗毛の馬はふんふんと鼻を鳴らしながら近づいてきた。
「レスをアシャ達のところへ運んでくれ」
ふふん、と汗に濡れたレスファートの髪を嗅ぎ、ふんふん、とユーノの髪に鼻を寄せ、頭を振り上げた。
「っふぅん」
「ありがとう」
仕方ないなと言いたげな仕草に微笑みながら、ユーノは気を失ったレスファートをしっかりとヒストの背中に固定する。
「行ってくれ、静かに」
ヒストはうっとうしそうに頭を跳ねた。ためらう様子もなく向きを変え急ぎ足に離れていくが、視界から消える瞬間にちらりとユーノを振り返り、軽く尾を振ってみせる。
と、そのすぐ後からライノがふわふわと着かず離れず追いかけるのが目に入った。
「あれは」
「見張りよ」
側の鳥籠から声が響いて振り返る。
ライノと同じく金色の髪、鮮やかな瞳はやや緑がかって美しいが、かくりと首を傾げて微笑んだのに寒いものが走る。
「あなたをここに放ってかれても困るじゃない」
だって、あなたってば、あんまり美しい鳥(ひと)じゃないものね。
「もう一度取り戻しに来るかどうか、心配だわ」
あの子供ならまだしも。そう言った矢先、するする伸びてきた金髪が剣に伸びかけたユーノの手首に巻き付いた。
「これ幸いと捨て置かれてもねえ」
ぐい、と引っ張られてそちらへ脚を踏み出すと、別の鳥籠から伸びた金髪がまたユーノの腕に絡む。
「こっちよ」
「あなたに似合いの籠がある」
「そのみっともない煤けた顔にぴったりの」
「跳ねてくしゃくしゃの汚れた髪にお似合いの」
「あちこち穴が開いたみすぼらしい服にちょうどいい」
金髪から金髪へと受け渡され、途中で何度か血の気が引くほど締め付けられ、痛みを覚えるほど引っ張られて、ユーノは奥まったところの籠の前まで導かれた。
他の鳥籠とは違い、薄茶色の棘がついた蔦で編まれている。床にあたる部分はきっちり編まれてはいたのだろうが、妙な色に染まり、一部腐ってきているようなぬるりとした汚れがついた汚い籠だ。
「さあお入り」
「ぴったり、ねえほら見てやって」
「なんてみっともないんだろう」
開かれていた扉に押し込まれ、差し込まれた金髪に中に引きずり込まれていく途中で、鋭い痛みが走って顔をしかめる。
「あら、ごめんなさい?」
くすくすとしゃべり鳥(ライノ)達があちこちで嗤った。
「言い忘れていたけれど、その棘は痺れるの」
「く」
裂かれた服の下の肌にじん、と鈍くてむずがゆい感覚が走る。
「ほらこっちよ!」
「っ」
いきなり数方向から同時に金髪に引きずられて、思い切り鳥籠の中で引き倒された。背後でばさりと閉まった扉があっという間に幾重にも蔦と蔓で覆われていくのに、ユーノは唇を噛んで周囲を見回す。頬や額が傷ついてちりちりする。
(出さないつもりか)
「『銀の王族』でしょ」
すぐ側にするすると別の鳥籠が降りてきた。真っ青な瞳、やや波打った金髪、そして卵形に整った顔の綺麗な唇が嘲笑いながらことばを続ける。
「世の始めから幸福を約束されたおめでたい人種」
「あたし達がこんな定めを受けていても」
「笑って楽しんで健やかに生きている幸せな人間」
次々と鳥籠が降りてきて、周囲を取り囲む。
「生まれながらに恵まれてるんだもの、こんなの平気よね」
「ずっと幸せだったんだもの、これぐらい苦しみなさい」
「今まで苦労なんかしたことないんだから、ああその顔見せてごらん!」
「あっ」
またふいに強く腕を引かれて籠にぶつかった。危うく開いた目に棘が飛び込みそうになって、かろうじて顔を背けると、針を刺されたような鋭い痛みが走って唇の端が濡れる。ねっとりと零れてくる雫は温かで塩辛い。
「泣けばいいのに」
「泣いてみなさいよ、あの子みたいに」
「泣き喚いて助けてって言ってごらんなさいよ」
けたたましい笑い声が伝染するように森の中に広がっていく。
「いい気味!」
「いい気味だわ、美しくもないのに自由だなんて!」
「ざまあみろ!」
「あははは、ざまあみろ!」
「く…っ」
次々伸びてきた金髪が手足に絡み、鳥籠の端へユーノを押し付けて引きずる。背中に鋭い痛みが何度も走って、ユーノは歯を食いしばった。
「見捨てられるがいい!」
「その鳥籠の中で朽ちるがいい!」
「汚くて醜いままで一生を終えるがいい!」
「誰も望みやしないわ、そんな姿で!」
「あははは!」
「あははは!!!」
(誰も望まない?)
ぎちぎち締め付けてくる髪に思わずユーノは苦笑する。
(世の始めから幸福を約束された?)
セレドの皇宮で、荒野で、草原で、一人ただ戦って傷ついて、回復する間もなく剣を振り上げ、ひたすら走る日々。
あれが、幸福だったというなら。
「今は…十分…幸福じゃないか…」
小さく呟く。
少なくとも、大事な人は守れたのだから。
大事な人は傷つけずに済んでるのだから。
「誰も…望まない……か」
今に始まったことじゃない。
少なくとも姫であるユーノを望まれたことなど、ただの一度もない。
棘には毒でもあるのだろうか、むずがゆい感覚と痺れが身体中に広がっていって、気力がどんどん萎えてくるのに、ゆっくり深呼吸し、自分に言い聞かせる。
(少し、我慢しろ)
アシャは鳥籠の鍵を知っているかもしれないが、すぐに持って来れるとは限らない。
(粘れ)
太古生物、しゃべり鳥(ライノ)の巣があると知って、乗り込んでくるとは正直思えない。
(気力を落とすな)
だからいずれは一人でここから脱出するしかない。
(粘れ)
目を閉じる。全身の倦怠感を感覚を切り替えて休息に当てる。
(剣は、まだある)
機会を狙え。
「みっともない子!」
「あたしの方がきれいでしょ!」
「醜い子」
「あたしはきれいでしょ!」
「誰が助けにくるものか!」
「あたしはきれい!」
「誰が迎えに来るものか!」
「きれいなのはあたし!」
姦しい叫びが響き渡る森で、ユーノは静かに時を待った。
0
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