『そして、別れの時』〜『猫たちの時間』13〜

segakiyui

文字の大きさ
17 / 55
4.古城物語

6

しおりを挟む
「……あれ?」
 次の朝になってみると、周一郎は元の冷たい態度に戻っていた。俺より先に目を覚ましていたらしいが、昨日の今日ではさすがに力が入らないらしく、俺が目覚めるまでじっと待っていたらしい。目を開けた俺への第一声は、「ありがとう」でもなきゃ、「昨日はどうも」でもない、「書類を取ってきてくれませんか」だった。
 そうして今、周一郎はベッドで半身起こしたまま、朝食にも手をつけず、書類の束と睨めっこを続けている。
「……ったく」
 昨日とはえらい違いじゃないか。
 胸の中でぼやいて、俺は窓の外へと目をやった。
 晴れ渡った空は、昨日の雪を見る間に溶かしていっている。膨らんだ水が煌めきながら樹々の緑から滴り、日光を弾きながら跳ね返っていた。
「……うーん…?」
 そこで俺は再び、昨日ここへ来た時に味わった既視感(デジャ・ヴュ)と対峙していた。どこかで見た、気がする、跳ね返る光、ガラスに滲む太陽光、針葉樹林で削られた青空……。
 コンコン。
「はい」
 俺より先に周一郎が答えて、ドアから入ってくる人物を見守る。
「大丈夫ですか、周一郎さん」
 そこには心配そうに眉をひそめた慈の姿があった。
「木暮から事情を聞きました。今、屋敷の周囲と調理場を調べさせているところです」
 もし、慈が毒を入れた犯人で、それを隠そうとして演技しているのなら、この少年は今世紀最高の俳優になれるに違いない。
「滝さんは……大丈夫だったんですか?」
「あ…俺は、周一郎がとっさに止めてくれたんで…」
「…そんな緊急時に、よく……」
 驚いたように目を見張る慈の目の奥に、何か一瞬鋭いものが見えたと思ったのは、気のせいだったのだろうか。
「さすがですね、周一郎さん」
「敵が多いと、つい、ね」
 周一郎は淡い苦笑を返した。
「けれども、僕だったら、咄嗟に側の人間まで気が回るかどうか…」
「言ったでしょう、瀧さんは、僕に取って『大切な友人』なんです」
 周一郎のことばには、思わず俺が振り向いたほど、冷え冷えとした凄みがあった。
「『巻き添え』はごめんですからね」
「そういえば、滝さんのコーヒーにも、相当量入ってたんですね」
「…つまり、滝さんも狙った、という事になるでしょうね」
 周一郎は、サングラスの向こうから、よく光る眼で慈を捉えた。慈もたじろがずに見つめ返す。ブルー・アイが陽を吸って、淡く淡く見えた。
「…でも、その様子じゃ……今夜のパーティは無理、ですね。滝さんはどうです?」
「あ、俺は別に……ただ、着るものがないんで」
「それなら大丈夫です。木暮の物を貸しましょう」
 にこりと慈は嬉しそうに笑った。
「木暮の…?」
 あの足の長い、スタイルのいい奴と俺に、どれほどの共通点があるだろーか。
「だめ、ですか?」
「いや、だめってことは……ただ合うかなーと思って…」
「じゃあ、今から合わせましょう」
「わっ!!」
「えっ?」
 慈が邪気なく俺の手首を掴み、思わず飛び上がった。慈が何事かと手を離すのに、引き攣り笑いをしながら手を振り回す。
「わ…わはははははっっ…」
「…?」
 いかん。どーもいかん。前の、周一郎の一件があってから、どーも『そーゆー人種』に過敏になっちまう。別に相手をしろと言われたわけではないのだが。
「あ、後で行きます、後で。はい」
「??……そうですか? それじゃ……。あ…お昼もこちらに持って来させますね」
「あ、どうも」
 慈が出て行って、ようやく俺は力を抜いた。振り回していた手を止め、椅子に腰を下ろす。と、ぶっきらぼうな周一郎の声が響いた。
「パーティ、出るんですか」
「一応、な。2人とも出ないっていうのは、悪いだろ?」
「テーブルマナー、大丈夫ですか?」
「う」
 痛いところを平然と突くなっつーに!
「だ、大丈夫だ、うん、大丈夫! たぶん……おそらく…」
「………僕も出ます」
「は?」
 ふいに周一郎が言い切ってぎょっとした。
「出るって……お前、昨日の今日だぞ?」
「大丈夫です」
「大丈夫って……さっきもまだふらついてたくせに」
「僕も出るんです」
 周一郎は一歩も退かない。
「知らんぞ、ぶっ倒れても」
「大丈夫です」
「あのなあ…」
 出る、と大丈夫、しか語彙がなくなったのか?
 ことさら書類をばさばさ動かし始めた周一郎に、溜息を吐いて椅子にもたれる。
(本当に……無茶ばっかりしやがって)
「ん? おい、何か落ちたぞ」
 書類の間からひらりと舞い落ちた一枚のカードを、床から拾い上げてぎくりとした。
 例の暗殺予告状、無機質な文字が並んでいる。
『後、7日』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

処理中です...