『そして、別れの時』〜『猫たちの時間』13〜

segakiyui

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5.青の恋歌(マドリガル)

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 仮面舞踏会(マスカレード)は今が最高潮だった。
 壁の花ならぬ壁の置物と化した俺は、広間の中央近くで笑い合っている慈と周一郎をはらはらしながら見ていた。色白の、ほとんど乳白色と言ってもいいような肌色の慈は別として、周一郎は身につけた黒の上下のせいか、一層顔色が悪く見えた。青ざめて透けそうな生気のない頬に例の業務用の笑みを浮かべ、慈の祝いに駆けつけた人間達の中、昨日の出来事を毫も悟らせない平然とした態度を崩さない。
「にゃ…」
「…にゃ? ……ルト!」
「にぃ」
 ふいに足元から小さな鳴き声が聞こえ、俺は青灰色の小猫を抱き上げた。幸いに人々は本日の主賓とこれから先の話をするのに夢中で、豪奢で重そうな分厚いカーテンの陰にいる俺には見向きもしない。それでも一応窓側に向き直って、ルトの金色の眼を覗き込んだ。ルトはごろごろと喉を鳴らし、嬉しそうに身を擦り付けようとしたが、はたと俺の格好に気づいたように衣服を眺め、訝しそうに見上げた。ちょいと首を傾げ、小さく桃色の口を開く。
「にぃ?」
「わかってる。どーせ、似合わないって言いたんだろ」
「にゃ」
「仕方ないだろ、借り物なんだから」
 俺は照れ隠しに肩を竦めて見せた。ルトが不審がるのも尤もで、今夜の俺は絹のドレスシャツに黒の上下、フリルがついていないのがまだましで、これで襟や袖にレースやフリルがついていたら、歳を食い過ぎた王子様気取りのイタい男だと躊躇いなく酷評されている。同じような出立ちでも、周一郎の方はまさに『氷の貴公子』の異名通り、サングラスを外して黒いマントをつけ宝石を飾り、つば広の帽子に羽飾り、銀の飾りをつけた馬車など仕立てれば、完璧に黄泉の国の王子が何かの手違いで地上に迷い出た、などと言うロマンチックな表現が似合うだろう。側の慈は明るいクリーム色のフォーマル、胸元にレースハンカチを飾り、薔薇一本も挿してはいないが華やかさは言うまでもなく、訪問客のご婦人方に取り囲まれていた。
「けどお前、今までどこにいた?」
「ふに…?」
 ルトは金の瞳で俺を凝視した。開いた口元に白い牙と桃色の舌が覗く。
「冷え切ってるな……外にいたのか?」
「ふにぃん」
 背中を撫でてやると、ルトは気持ちよさそうに頭を寄せてきて、喉を鳴らした。
「珍しいな……まともに甘えてくるなんて」
 俺のことばにぴくんと耳を立てる。艶々とした青みがかった灰色の不思議な色の毛並みを、広間のそこここに吊り下がっている四重のシャンデリアの光に輝かせて、ゆっくり耳を倒し眼を細める。
「何だ? 何か魂胆があるのか?」
 どきりとする俺に、くふっ、とルトは鼻を鳴らした。
「にゃ…あん?」
 いいじゃないか、そんなこと。そんな感じで鳴いて、前足を俺の腕に掛け、伸び上がって首筋から頬に頭を擦り付け、甘えたように鳴く。
「にぃぃん……にぃぃ…ん」
 甘えたいんだ、甘えさせてくれよ、そう言った気がして、俺は溜息をついて小さな頭を押さえた。大きな瞳がちらりと俺の方を伺う。
「わかった、わかったから、大人しくしてろ。ほんとに勝手な奴だな。そんなことじゃ、嫁の貰い手が……あれ? お前…雌だっけ? 雄だっけ?」
「にぎゃ」
 気分を害したようにルトは鳴き、くるりと腕の中で丸くなった。
「悪かった悪かった。……で、何してたんだ、今まで」
「……」
「おーい」
「………」
「そう言うところも主人似だな」
 都合が悪くなると黙秘権を使いやがる。
「ちょうどいい、周一郎(あいつ)に言っとけ、いい加減、素直になれって」
「へえ、誰が、誰に?」
「わたっ!」
 ふいに声をかけられぎょっとした。ふっと眼を開けたルトが、俺が声の方に振り向くのと同時に腕からすり抜け飛び降りる。
「それとも、お宅は独り言を言う癖でもあるンですか?」
「あ…浅田……?」
「や」
 振り返った俺は、意外な人物を見つけて目を丸くした。
「何だ? どうしてこんな所に?」
「どうして、はないでしょう」
 浅田はくい、と指先で銀縁眼鏡を押し上げ、肩を竦めた。
「勿論、お宅と話しに、ですよ」
「話…?」
「そう。ちょうどここに来てるならいいやってね……場所もいいし」
「場所?」
 ええい、俺は何だって、誰かと会話する度に一々辞書引きをやらなくちゃならんのだ!
「知らなかったンですか?」
 逆に浅田の方がきょとんとした表情になって続けた。
「この家、元々、多木路家の別荘だったンですよ?」
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