1 / 74
1
しおりを挟む
「え?」
正志は瞬きしてそろそろとコーヒーカップを置いた。
小春日和の2月半ば、もう少し温かくなったらお花見とか楽しいよね、そう言った矢先のことだった。
「あの……もし、今の聞き違いでなかったら」
「うん」
涼子は辛そうに頷いた。
「ごめん」
「………やっぱり、聞き違いじゃ、ない?」
「うん、ごめん。ほんと、ごめん」
涼子はきゅっと唇を引き締めてぺこりと頭を下げた。
「すみません、婚約、破棄して下さい」
「り、理由は?」
「え?」
「……理由」
自分の口から婚約破棄ということばを言いたくなくて、正志はもそもそ繰り返す。
「……あの」
涼子が言いづらそうにちろんと目を上げる。
「うん」
「……ここじゃ」
「ここじゃ?」
「………」
こくんと頷かれて、何となくあたりを見回せば、昼下がりにほころびたような穏やかな日ざし満ちた喫茶店、隣の席には似たようなカップル、それにパフェをぱくつく親子連れ。
何とか休みを取った日曜日の、平凡で当たり前で、幸せな空間。
「ここはだめなの?」
「だって………」
涼子はきゅ、と唇を結んで、そろそろと身を乗り出した。正志もテーブルに手をついて、そろそろと顔を寄せていって。
あわやキスしそうな、そんな距離。
あ、いい匂い。
涼子のつけているコロンがふわりと漂って、正志が何だかちょっとうっとりしたとたん、
「へたなんだもん」
「………は?」
瞬きして相手を凝視した。
「だから」
「……うん」
「へ、た」
涼子は目を細めて唇を尖らせて繰り返す。
「……それってもしかして」
「そ」
つやつやしたピンクの唇で、そっと。
ベッドがへただから、この先やってられないの。
耳元で囁かれて一気に血の気が引いた。
かくして、高岳正志は高校時代から5年付き合った末にようやく手にした婚約者を失った。
正志は瞬きしてそろそろとコーヒーカップを置いた。
小春日和の2月半ば、もう少し温かくなったらお花見とか楽しいよね、そう言った矢先のことだった。
「あの……もし、今の聞き違いでなかったら」
「うん」
涼子は辛そうに頷いた。
「ごめん」
「………やっぱり、聞き違いじゃ、ない?」
「うん、ごめん。ほんと、ごめん」
涼子はきゅっと唇を引き締めてぺこりと頭を下げた。
「すみません、婚約、破棄して下さい」
「り、理由は?」
「え?」
「……理由」
自分の口から婚約破棄ということばを言いたくなくて、正志はもそもそ繰り返す。
「……あの」
涼子が言いづらそうにちろんと目を上げる。
「うん」
「……ここじゃ」
「ここじゃ?」
「………」
こくんと頷かれて、何となくあたりを見回せば、昼下がりにほころびたような穏やかな日ざし満ちた喫茶店、隣の席には似たようなカップル、それにパフェをぱくつく親子連れ。
何とか休みを取った日曜日の、平凡で当たり前で、幸せな空間。
「ここはだめなの?」
「だって………」
涼子はきゅ、と唇を結んで、そろそろと身を乗り出した。正志もテーブルに手をついて、そろそろと顔を寄せていって。
あわやキスしそうな、そんな距離。
あ、いい匂い。
涼子のつけているコロンがふわりと漂って、正志が何だかちょっとうっとりしたとたん、
「へたなんだもん」
「………は?」
瞬きして相手を凝視した。
「だから」
「……うん」
「へ、た」
涼子は目を細めて唇を尖らせて繰り返す。
「……それってもしかして」
「そ」
つやつやしたピンクの唇で、そっと。
ベッドがへただから、この先やってられないの。
耳元で囁かれて一気に血の気が引いた。
かくして、高岳正志は高校時代から5年付き合った末にようやく手にした婚約者を失った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる