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もう帰ります、そう言うならいいと思っていた。
けれどさゆはどうぞ、と小さく頷いて、どこかほっとした顔で手元の紅茶を引き寄せた。そうそうに冷めてきた、けれど残った湯気が眼鏡を軽く曇らせる。
「……あ」
戸惑ったみたいにごしごし、と眼鏡をかけたまま擦ったさゆの細い指先にひっかかったのか、ぽんと眼鏡が飛んで床に落ちる。
「あ、拾うから……あれ?」
グラビア雑誌とコーヒーをテーブルに置いて、落ちた眼鏡を拾った正志は、違和感に瞬きしながらレンズを覗き込む。
「伊達……眼鏡……」
思わずさゆを見上げてしまった。
「っ」
相手は茶色の瞳を目一杯見開いて凍りついている。眼鏡を通してないと、一層きれいに澄んだ瞳、けれど。
「あ、あり、がと」
「あ、うん」
おそるおそる手を伸ばしてくるのにそっと差し出すと、慌てたみたいに眼鏡をすぐにかけた。
「………珍しい、ね?」
「あ……うん」
かああっと音がしたんじゃないかと思うぐらいに、みるみるさゆが赤くなって、しまった、言わなくていいことだった、と正志は思った。けれど、何だか止まらなくて、
「かけてない方が、可愛いのに……あ」
「え?」
つるんと滑ったことばに自分で驚く。
なんだよ、その台詞。なんだよ、その口調。軽薄そうでいいかげんで、しかも今振られたばっかの子に、一体僕は何を言ってるんだ。
「あ…りが……」
「あんなやつ、放っときなよ」
ことばが勝手に続いて、正志は瞬きした。
「君のことなんて考えてやしないんだから」
「……」
さゆはびっくりした顔で正志を見ている。
そりゃそうだろう。今の今、彼氏に振られて落ち込んでたら、急に隣の席に居た男がやってきて、可愛いだの、あんなやつだの。正志だって他人だったら、あいつ何言ってやがんだって思うに違いない。なのに、小さく口を開いて目を真ん丸に見開いて、茫然とした顔でこちらを見ているさゆを見ていると、どんどんことばが滑り出てきた。
「こんなとこで、あんな酷いこと言うやつなんか」
「あの…」
「もっといいやつがいるよ」
「……あの」
「君のこと、ほんとに好きで、ほんとに大事にして、ほんとにほんとに」
「あの」
さゆがふいにきっぱりとした声で遮って、正志はようやく口を噤んだ。
「あなた、誰ですか?」
けれどさゆはどうぞ、と小さく頷いて、どこかほっとした顔で手元の紅茶を引き寄せた。そうそうに冷めてきた、けれど残った湯気が眼鏡を軽く曇らせる。
「……あ」
戸惑ったみたいにごしごし、と眼鏡をかけたまま擦ったさゆの細い指先にひっかかったのか、ぽんと眼鏡が飛んで床に落ちる。
「あ、拾うから……あれ?」
グラビア雑誌とコーヒーをテーブルに置いて、落ちた眼鏡を拾った正志は、違和感に瞬きしながらレンズを覗き込む。
「伊達……眼鏡……」
思わずさゆを見上げてしまった。
「っ」
相手は茶色の瞳を目一杯見開いて凍りついている。眼鏡を通してないと、一層きれいに澄んだ瞳、けれど。
「あ、あり、がと」
「あ、うん」
おそるおそる手を伸ばしてくるのにそっと差し出すと、慌てたみたいに眼鏡をすぐにかけた。
「………珍しい、ね?」
「あ……うん」
かああっと音がしたんじゃないかと思うぐらいに、みるみるさゆが赤くなって、しまった、言わなくていいことだった、と正志は思った。けれど、何だか止まらなくて、
「かけてない方が、可愛いのに……あ」
「え?」
つるんと滑ったことばに自分で驚く。
なんだよ、その台詞。なんだよ、その口調。軽薄そうでいいかげんで、しかも今振られたばっかの子に、一体僕は何を言ってるんだ。
「あ…りが……」
「あんなやつ、放っときなよ」
ことばが勝手に続いて、正志は瞬きした。
「君のことなんて考えてやしないんだから」
「……」
さゆはびっくりした顔で正志を見ている。
そりゃそうだろう。今の今、彼氏に振られて落ち込んでたら、急に隣の席に居た男がやってきて、可愛いだの、あんなやつだの。正志だって他人だったら、あいつ何言ってやがんだって思うに違いない。なのに、小さく口を開いて目を真ん丸に見開いて、茫然とした顔でこちらを見ているさゆを見ていると、どんどんことばが滑り出てきた。
「こんなとこで、あんな酷いこと言うやつなんか」
「あの…」
「もっといいやつがいるよ」
「……あの」
「君のこと、ほんとに好きで、ほんとに大事にして、ほんとにほんとに」
「あの」
さゆがふいにきっぱりとした声で遮って、正志はようやく口を噤んだ。
「あなた、誰ですか?」
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