28 / 74
28
しおりを挟む
思わず顔を上げた正志にどきりとしたようにさゆが顔を振り向けてきた。
眼鏡の向こうのかなり茶色がかった潤んだ瞳。零れてはいないけれど、もう今にも零れそうなほど涙がいっぱいで。
まずい。
慌てて目を逸らせてグラビアのページを繰る。
泣きそうじゃん。今にも泣き出しそうじゃん。相手の男は気づかないのかよ。
「ふん、ふーん……」
わけもなく頷き、添えられた記事を読み込むふりをした。
そうだ、無神経なんだ。
こんなところで、二人のことを、それも片方が片方に失望して振りましたなんてやることじゃない。ほんの少しでも好きだとか大切だとか、そういう気持ちが残っていたら、こんなところで別れ話なんか切り出したりしない。
「そっか……そういうことなのか」
だから、きっと涼子もそうだったんだ。あの話の時にはもうすっくり気持ちは決まってて、正志のことなんかこれっぽっちも思いの隅に残ってなくて、だからあんな人込みの中であんなあっさり別れ話を持ち出せた。
「は……はは」
思わず情けない笑いが零れた。
馬鹿だ、僕。
何だろう、どこかであの時ちゃんとうまく受け答えできたら、涼子とやり直せたんじゃないかと思っていた。今の今まで、それでももう一度、ちゃんと話をすれば、涼子だってわかってくれて、すぐに婚約し直すことは難しいけれど、それでももう一度付き合えるんじゃないかと思っていた。
けど、それは無理なんだな。
理由はどうあれ、涼子はもうずっと前に僕に気持ちは残してなくて、それを切り出すきっかけを待っていたってことなんだ、この隣の男のように。ベッドがどうとか弁当がどうとか、それはもう、最後のだめ押しを支えるためのもので。それは確かに理由だっただろうけど、けれどそれは「もう終わり」にくっついてるだけのもので。
「ま、とにかく、いろいろとうざいんだよ」
男はあっさりとまとめて、運ばれてきたコーヒーを一気に煽った。
「じゃあな、別れ際にごちゃごちゃするの、趣味じゃないし」
立ち上がる男にさゆは顔を上げない。
「……うん」
掠れた小さな声が応じた。
「今まで……ありがと」
「ああ、じゃ、な」
男はさっさとさゆを残してカフェを出て行く。横目で見ると、少し離れた向こうの席からも、やっぱりカップルみたいな二人連れが気になる顔で覗き込んでいて、正志と目が合うとそそくさと逸らせる。正志も慌てて視線をグラビアに戻しながら、自分もあんな顔で見られていたんだろうなと思った。
何だか痛々しくって胸が苦しい、そう思っていると、どやどやと入り口からグループがなだれ込んでくる。はっとしたように顔を上げたさゆの頬に伝わったものが光を跳ねて、怯えたように店の時計を見上げるのに正志を目を上げた。
午後11時半。
こんな時間にこんなとこに置き去られて、どうする気なんだろう。ちゃんと家に戻れるのかな。
「あ、あそこ空いてるみたいだな」
「おお」
ざわめきが近寄ってくるのに正志は気持ちを決めた。グラビア雑誌とコーヒーを持ち上げ、立ち上がって声をかける。
「あの」
「は、はい」
ごしごし、と慌てて頬を擦ったさゆが不安そうに見上げてくるのに、に、となるたけ害のなさそうな顔で笑いかけた。
「混んできたみたいだから、相席させてもらっていいですか?」
眼鏡の向こうのかなり茶色がかった潤んだ瞳。零れてはいないけれど、もう今にも零れそうなほど涙がいっぱいで。
まずい。
慌てて目を逸らせてグラビアのページを繰る。
泣きそうじゃん。今にも泣き出しそうじゃん。相手の男は気づかないのかよ。
「ふん、ふーん……」
わけもなく頷き、添えられた記事を読み込むふりをした。
そうだ、無神経なんだ。
こんなところで、二人のことを、それも片方が片方に失望して振りましたなんてやることじゃない。ほんの少しでも好きだとか大切だとか、そういう気持ちが残っていたら、こんなところで別れ話なんか切り出したりしない。
「そっか……そういうことなのか」
だから、きっと涼子もそうだったんだ。あの話の時にはもうすっくり気持ちは決まってて、正志のことなんかこれっぽっちも思いの隅に残ってなくて、だからあんな人込みの中であんなあっさり別れ話を持ち出せた。
「は……はは」
思わず情けない笑いが零れた。
馬鹿だ、僕。
何だろう、どこかであの時ちゃんとうまく受け答えできたら、涼子とやり直せたんじゃないかと思っていた。今の今まで、それでももう一度、ちゃんと話をすれば、涼子だってわかってくれて、すぐに婚約し直すことは難しいけれど、それでももう一度付き合えるんじゃないかと思っていた。
けど、それは無理なんだな。
理由はどうあれ、涼子はもうずっと前に僕に気持ちは残してなくて、それを切り出すきっかけを待っていたってことなんだ、この隣の男のように。ベッドがどうとか弁当がどうとか、それはもう、最後のだめ押しを支えるためのもので。それは確かに理由だっただろうけど、けれどそれは「もう終わり」にくっついてるだけのもので。
「ま、とにかく、いろいろとうざいんだよ」
男はあっさりとまとめて、運ばれてきたコーヒーを一気に煽った。
「じゃあな、別れ際にごちゃごちゃするの、趣味じゃないし」
立ち上がる男にさゆは顔を上げない。
「……うん」
掠れた小さな声が応じた。
「今まで……ありがと」
「ああ、じゃ、な」
男はさっさとさゆを残してカフェを出て行く。横目で見ると、少し離れた向こうの席からも、やっぱりカップルみたいな二人連れが気になる顔で覗き込んでいて、正志と目が合うとそそくさと逸らせる。正志も慌てて視線をグラビアに戻しながら、自分もあんな顔で見られていたんだろうなと思った。
何だか痛々しくって胸が苦しい、そう思っていると、どやどやと入り口からグループがなだれ込んでくる。はっとしたように顔を上げたさゆの頬に伝わったものが光を跳ねて、怯えたように店の時計を見上げるのに正志を目を上げた。
午後11時半。
こんな時間にこんなとこに置き去られて、どうする気なんだろう。ちゃんと家に戻れるのかな。
「あ、あそこ空いてるみたいだな」
「おお」
ざわめきが近寄ってくるのに正志は気持ちを決めた。グラビア雑誌とコーヒーを持ち上げ、立ち上がって声をかける。
「あの」
「は、はい」
ごしごし、と慌てて頬を擦ったさゆが不安そうに見上げてくるのに、に、となるたけ害のなさそうな顔で笑いかけた。
「混んできたみたいだから、相席させてもらっていいですか?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる