『よいこのすすめ』

segakiyui

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 ああ、それであいつの前で眼鏡かけたままだったのか、とか、ああ、それじゃ君はあいつの気持ちなんてとっくに知ってたんだ、とか、そういう発想が一気に正志の頭に渦巻いた。
 同時に体中が熱くなって、思わず立ち上がってしまったのは、きっと恥ずかしかったから。
「……そんなこと、ありえない」
「……」
 正志が呟いたことばにさゆがじっと見上げてくる。
「君、どっか、おかしいよ」
 酷いこと、言ってる。
 さっきのあいつより、うんと酷いこと言ってる。
 さゆの言ってることは正しい。
 僕はさゆが自分そっくりだと思ってた。付き合ってる相手にこうやって皆の見ている前で振られなくちゃならないほど、間抜けで鈍感で、何もわかってなくてみっともなくてかっこ悪い、と。
 だから一所懸命に慰めた。
 君にもいいところがあって、それをあいつは気づかなかっただけなんだ、と。
 だって、僕だって僕なりに一所懸命に涼子が好きだったはずなんだ。桃花にはくそみそに言われたけれど、でも、そんなに涼子の気持ちを考えなかったわけじゃないはずなんだ。僕なりにちゃんと真面目に付き合って、涼子を大切にしていたはずなんだ。
 なのに、いつの間にか、涼子とうんと距離が開いてて、涼子が何を見ているのか、何を考えてるのかわからなくなって、戸惑って、けど寄り添ってるつもりで。
 正志なりに。
 ずきん、と胸が痛くなった。
 涼子にさよなら、と言われた瞬間も感じなかった痛さに顔を歪めた。
「……知らないくせに」
 見つめるさゆに吐き捨てる。
「僕が、どんな思いで涼子と付き合ってたか、知らないくせに」
「………」
「僕と涼子のこと、何も知らないくせに、何でいきなりそんなこと」
 さゆが少し眉を寄せて泣きそうな顔になる。まるで正志がさゆをいじめているみたいに。さゆ一人が被害者になったように。
 違うよ。
「眼鏡外して、人の気持ちなんか見えるもんか」
「……」
「そんなもの見えるなら、言ってみろよ」
 声が高くなっていくのがわかった。
「僕が今どんな気持ちなんだか、言ってみろよ!」
「………」
 さゆが唇を一瞬噛んで、俯きながらそっと眼鏡を外して、もう一度顔を上げた。
 柔らかく潤んだ瞳が少し大きく見開かれて、やがてみるみる表面を揺らせる。
「………傷、ついてます」
「っ」
「大切な人を失って。凄く、大切だったんだけど、一緒にいられなかったって」
 ぽろ、と涙が零れ落ちたのは正志の頬に、だった。
「なのに、私もあなたを傷つけたんですね」
 さゆはゆっくり頭を下げた。
「………ごめん、なさい」
「…くっ」
 正志はレシートを掴んで、そのままカフェを飛び出した。
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