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「はい」
さゆが眼鏡に手を伸ばそうとするのを首を振って止めて、
「そのまま聞いてて?」
「…はい」
さゆが座り直して膝に手を置き、
「どうぞ」
「もともと僕には婚約者がいて」
そうして正志は涼子との出会いから、付き合い始めたこと、婚約したこと、それを破棄されたこと、そして、つい先日のことを話した。
「涼子に電話をかけて会ったんだ」
「はい」
「指輪を返してほしいって」
今さら何よ、もう捨てたわ、そう言い返した涼子に、ならいいよ、もし見つかったら捨てておいて、そう告げた。
酷い人ね、と言われて、ごめんね、と返した。
ごめんね。長い間一緒に居たのに、涼子の気持ちは結局わかってやれなかった。僕の気持ちも話し切れなかった。
そう続けると、会いましょう、そう誘われた。
会ったのは雨の日で、いつもよく行った喫茶店で、涼子は見つかったからと指輪を持ってきてくれた。返すわと突き出されて、深い赤のケースに入ったそれを正志は頷いて受け取った。それから、出ようと促して、店から少し離れたところに広がっている海岸へ行って、見ててね、と目の前でそのケースを海に放り投げた。
あああ。
背中で微かに響いた小さな悲鳴。
振り返ると涼子は真っ青になって泣いていて、今にも正志を殴りそうなほどきつい目でこちらを睨んでいた。
なんでこんなことするの。なんでこんなひどいこと。
「忘れないようにだよ、って言った」
「…はい」
「僕がどんな酷いやつだか忘れないように」
「……はい」
「だから、君はさっさと忘れてしまえばいいよ、って」
「……涼子さんは?」
「最低っ、って怒鳴られた」
「……」
「あんたなんか、最低って。絶対絶対、あんたよりいい男と幸せになって見せるからって」
「………」
「………なんか、ほっとした」
「……まずかったですね」
「……やっぱ?」
やっぱり酷い余計なことだよね。ほんとわけのわかんない男だよね。
そうちょっと苦笑いして俯きかけると、さゆが生真面目に頷いて、
「海に不法投棄しちゃいましたね」
「…は?」
「魚とか困りますよ、きっと」
「………さぁゆ」
見返すとさゆの瞳がちょっと潤んでいた。
ああ、わかってくれたんだ。
「……お腹空かない?」
「空きました」
「何か食べる?」
「はい、じゃ、『きのこのくにゅくにゅドリア』を」
メニューを指差すさゆの細い指にどくんととんでもないところが反応して、正志は思わず眉を寄せた。
きっと三上が猛と話すとこんな気持ちになるんだろうなと思いながら、ぼそりと唸る。
「さゆ」
「はい?」
「僕以外と食事するとき、きのこを選ぶな」
「えーと……はい」
こくんと頷くさゆに、彼女の肩を抱き寄せて今すぐキスしたくなる気持ちって、想像したことはあるけど実際は困ったものなんだな、と思った。そりゃあ、さゆにはお見通しで、だんだん赤くなってく彼女はめまいがするほど可愛いけれど。
けど、わかってくれたからって、すぐにどうこうってできないよね、駄目って言われたばっかだし。
いつまで我慢できるんだろう、と正志は小さく溜め息をついた。
おわり
さゆが眼鏡に手を伸ばそうとするのを首を振って止めて、
「そのまま聞いてて?」
「…はい」
さゆが座り直して膝に手を置き、
「どうぞ」
「もともと僕には婚約者がいて」
そうして正志は涼子との出会いから、付き合い始めたこと、婚約したこと、それを破棄されたこと、そして、つい先日のことを話した。
「涼子に電話をかけて会ったんだ」
「はい」
「指輪を返してほしいって」
今さら何よ、もう捨てたわ、そう言い返した涼子に、ならいいよ、もし見つかったら捨てておいて、そう告げた。
酷い人ね、と言われて、ごめんね、と返した。
ごめんね。長い間一緒に居たのに、涼子の気持ちは結局わかってやれなかった。僕の気持ちも話し切れなかった。
そう続けると、会いましょう、そう誘われた。
会ったのは雨の日で、いつもよく行った喫茶店で、涼子は見つかったからと指輪を持ってきてくれた。返すわと突き出されて、深い赤のケースに入ったそれを正志は頷いて受け取った。それから、出ようと促して、店から少し離れたところに広がっている海岸へ行って、見ててね、と目の前でそのケースを海に放り投げた。
あああ。
背中で微かに響いた小さな悲鳴。
振り返ると涼子は真っ青になって泣いていて、今にも正志を殴りそうなほどきつい目でこちらを睨んでいた。
なんでこんなことするの。なんでこんなひどいこと。
「忘れないようにだよ、って言った」
「…はい」
「僕がどんな酷いやつだか忘れないように」
「……はい」
「だから、君はさっさと忘れてしまえばいいよ、って」
「……涼子さんは?」
「最低っ、って怒鳴られた」
「……」
「あんたなんか、最低って。絶対絶対、あんたよりいい男と幸せになって見せるからって」
「………」
「………なんか、ほっとした」
「……まずかったですね」
「……やっぱ?」
やっぱり酷い余計なことだよね。ほんとわけのわかんない男だよね。
そうちょっと苦笑いして俯きかけると、さゆが生真面目に頷いて、
「海に不法投棄しちゃいましたね」
「…は?」
「魚とか困りますよ、きっと」
「………さぁゆ」
見返すとさゆの瞳がちょっと潤んでいた。
ああ、わかってくれたんだ。
「……お腹空かない?」
「空きました」
「何か食べる?」
「はい、じゃ、『きのこのくにゅくにゅドリア』を」
メニューを指差すさゆの細い指にどくんととんでもないところが反応して、正志は思わず眉を寄せた。
きっと三上が猛と話すとこんな気持ちになるんだろうなと思いながら、ぼそりと唸る。
「さゆ」
「はい?」
「僕以外と食事するとき、きのこを選ぶな」
「えーと……はい」
こくんと頷くさゆに、彼女の肩を抱き寄せて今すぐキスしたくなる気持ちって、想像したことはあるけど実際は困ったものなんだな、と思った。そりゃあ、さゆにはお見通しで、だんだん赤くなってく彼女はめまいがするほど可愛いけれど。
けど、わかってくれたからって、すぐにどうこうってできないよね、駄目って言われたばっかだし。
いつまで我慢できるんだろう、と正志は小さく溜め息をついた。
おわり
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