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数日後の喫茶店。
「つくづく食えない人だよ、ほんと」
ぼやくとくすくすと目の前でさゆが笑った。
「人をチェスの駒か何かだと思ってる」
「でも、よかったじゃないですか、看護師になれて」
「それはそうだけど」
「4月1日からですか」
「うん。昨日正式に辞令が出て、田中主任に挨拶に行って」
そっか、まーちゃん来るのか、とにやにやした田中主任は、まーちゃんじゃありません、と言い返した正志に一転顔を引き締めた。
『小児科は子どもが中心』
『わかってます』
『子どもってのは一瞬が勝負』
『…はい』
『大人よりも時間も手立ても制約される、そこを忘れないのよ、新人』
『……はい。よろしくお願いします』
正志も姿勢を正して頭を下げた。
「……きつそう……」
「そうですね」
頷くさゆはしゅわしゅわ泡を立てているティスカッシュを飲み、じっとグラスの中を眼鏡の奥から覗き込んでいる。
「眼鏡」
「え?」
「外していいよ」
「あ……はい」
正志が促すと、嬉しそうに笑って眼鏡を外し、またグラスの中を覗き込んだ。
本当は何もかけないで、世界を見ていたいんです。
あの夜、正志の腕の中でさゆが小さく呟いた。
世界はとっても美しいから。
けれど、私が眼鏡を外していると不愉快な思いをする人もいる。私がもっと自分の気持ちを殺せればいいんだろうけど、私は驚いたり困ったり喜んだり哀しんだりしてしまうから。
それでいいよ、と正志は言った。
「僕は自分の気持ちがよくわからない時の方が多い。君の気持ちもわからない。だから、眼鏡を外して僕を見てくれると助かる。思いきり驚いたり困ったり喜んだり哀しんだりしてくれれば、僕は君の
気持ちを測りかねて、見当外れなことをして苦しめたりしないですむ」
そういうのもいいと思わない?
そうですね、と背中を正志に預けたさゆが頷いて、細い首に髪の毛が乱れて、息苦しくなってさゆをぎゅっと抱きしめた。
さゆ、今何を考えてるか見えないよね、だから言いたいんだけど。
はい。
どきどき走る小さな鼓動が抱えた掌の中で息づいてて。
髪にキスしたい。
はい…どうぞ。
震える小さな声に応じて、そっと静かに髪の乱れた首筋に唇を押しつけた。
「っ……髪って言いませんでした?」
「髪だよ」
「首に当たってます」
「うん」
「……狡いですよ」
「狡いよね」
くすくす笑い出すさゆと、ほっとしてもっと抱き締める正志と。
「狡くていい?」
「見破りますから」
「ああ…そっか」
じゃあ、今考えてることも見破って?
そう囁くと、びくりと跳ねたさゆが即座に「駄目です」と言い放って、正志もくすくす笑った。
「一つ話し損ねてる」
「はい?」
さゆが顔を上げる。そのまっすぐな瞳に顔を晒したまま、正志は口を開いた。
「涼子のこと」
「つくづく食えない人だよ、ほんと」
ぼやくとくすくすと目の前でさゆが笑った。
「人をチェスの駒か何かだと思ってる」
「でも、よかったじゃないですか、看護師になれて」
「それはそうだけど」
「4月1日からですか」
「うん。昨日正式に辞令が出て、田中主任に挨拶に行って」
そっか、まーちゃん来るのか、とにやにやした田中主任は、まーちゃんじゃありません、と言い返した正志に一転顔を引き締めた。
『小児科は子どもが中心』
『わかってます』
『子どもってのは一瞬が勝負』
『…はい』
『大人よりも時間も手立ても制約される、そこを忘れないのよ、新人』
『……はい。よろしくお願いします』
正志も姿勢を正して頭を下げた。
「……きつそう……」
「そうですね」
頷くさゆはしゅわしゅわ泡を立てているティスカッシュを飲み、じっとグラスの中を眼鏡の奥から覗き込んでいる。
「眼鏡」
「え?」
「外していいよ」
「あ……はい」
正志が促すと、嬉しそうに笑って眼鏡を外し、またグラスの中を覗き込んだ。
本当は何もかけないで、世界を見ていたいんです。
あの夜、正志の腕の中でさゆが小さく呟いた。
世界はとっても美しいから。
けれど、私が眼鏡を外していると不愉快な思いをする人もいる。私がもっと自分の気持ちを殺せればいいんだろうけど、私は驚いたり困ったり喜んだり哀しんだりしてしまうから。
それでいいよ、と正志は言った。
「僕は自分の気持ちがよくわからない時の方が多い。君の気持ちもわからない。だから、眼鏡を外して僕を見てくれると助かる。思いきり驚いたり困ったり喜んだり哀しんだりしてくれれば、僕は君の
気持ちを測りかねて、見当外れなことをして苦しめたりしないですむ」
そういうのもいいと思わない?
そうですね、と背中を正志に預けたさゆが頷いて、細い首に髪の毛が乱れて、息苦しくなってさゆをぎゅっと抱きしめた。
さゆ、今何を考えてるか見えないよね、だから言いたいんだけど。
はい。
どきどき走る小さな鼓動が抱えた掌の中で息づいてて。
髪にキスしたい。
はい…どうぞ。
震える小さな声に応じて、そっと静かに髪の乱れた首筋に唇を押しつけた。
「っ……髪って言いませんでした?」
「髪だよ」
「首に当たってます」
「うん」
「……狡いですよ」
「狡いよね」
くすくす笑い出すさゆと、ほっとしてもっと抱き締める正志と。
「狡くていい?」
「見破りますから」
「ああ…そっか」
じゃあ、今考えてることも見破って?
そう囁くと、びくりと跳ねたさゆが即座に「駄目です」と言い放って、正志もくすくす笑った。
「一つ話し損ねてる」
「はい?」
さゆが顔を上げる。そのまっすぐな瞳に顔を晒したまま、正志は口を開いた。
「涼子のこと」
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