彼岸の光景

segakiyui

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 何だか最近急に、たびたび曾祖母の臨終の場面を思い出す。
 年齢にしてはいつもハイカラで、といってもずっと着物で通した人だった。薄くなった半白の髪を毎朝丁寧にすいて後ろで一つにネットでまとめていて、化粧らしきものはほとんどしないのにつやつやときれいな肌をした、それは古風な見かけの人だった。
 で、何がどうハイカラかというと、とにかく新しいものとか珍しいものには目がなくて、ハムとかチーズとかも楽しんで食べたし、電子レンジが初めて家に入ったときは、よくわからないものは勝手に触ってはいけません、と母に言われながらも、ちょっと家人が留守したときにちゃっかり試してみるような、つまりは好奇心旺盛でしたたかで元気な、というあたりだと思う。
 孫の私はその曾祖母の血を引いているようで、中年に入っても世の中何でも珍しいものばかりな気がして、毎日新しいことに出くわして楽しんでいるタイプ。もっとも、単に無知なだけなのだろうとは思うけど。
 
 朝、子どもを二人送り出し、続けて夫にいってらっしゃい、気をつけて、とこれもまた、曾祖母から植えつけられたような声をかけて見送ると、さてさて今日は何を食べよかな、パンにジャムか、それともツナとマヨネーズ、ケチャップにこしょうというのも捨て難いなどと、ささやかに一人の朝食を楽しむのは至福の時間、そんなときにあれやこれや、夢や不思議な妄想や、そういうものをふわふわあたりに浮かばせていくのも性分で、そんなときにふいふい、なぜかここ数日は曾祖母の臨終が思い浮かぶのだ。
 曾祖母は老衰で家で死んだ。
 きっかけが何だったか、そのとき大学受験を控えていた私には今一つはっきりつかめていないのだけど、調子を崩して寝込むようになって、食が著しく衰えた。
 そら、常日ごろからいろんなものを食べてた人だから、量はさほど減らなくても、あれこれ試さなくなってごくわずかの気に入りのもの、ついにはおかゆと梅干しが一番おいしいと言い出したあたりが、たぶんその始まりだったのかもしれない。
 呼ばれた医者は昔からのかかりつけ、ああ、どうもこれは老衰ですねと残念そうな、そしてまた微妙にあっさりした口調で家族に告げ、家族はそれではもうこの家で終わらせてやろうと、いつも過ごす部屋に布団を常時敷きのべて、そこで曾祖母は日の大半を寝るようになった。
 幸せな経過だったのではないかと、私は思う。
 事情がわからぬ人からは病院にいれなくて何の家族かなどと思いやりのないことばを投げられたものの、それでも曾祖母は次第にうとうとと時間を味わうようになり、時おり目覚めたころに母の名を呼んで、トイレや飲み食いを細々として、そしてやがてはそれもなくなり、静かに布団の中に日がな一日うずまり続けていた。
 床擦れは心配したほどできなかった。
 体がとっても軽い人だったので、それに関しては死んだ直後に体を拭くべく衣類を脱がせたとき、元から細い体がまあ見事にすうっと減っていて、骨盤に対してぺこりと沈んだ腹などはとことん自分を使い切った、まあ本当に曾祖母の生き方にぴったりの体になっていたことを思い出す。
 けれど、私がこのところふいふい思い出すのは、もっと違う出来事で、厳密に言えば私しか知らない。

 それはまだ曾祖母が意識があるときのこと、側を通りかかった私を曾祖母が目で呼んだ、そんな気配に布団の側にしゃがみこみ、「なあに、おばあちゃん? 何かほしいの?」
 そう聞くと、曾祖母は分厚くふかふかに干された布団の下から、そろそろと手を出した。
 骨に身がうっすらのって、そこに皮をぴったりと張った、そうそう、あのスピルバーグ監督の『E.T.』のような、命はあるけどただの素材のような手をそろそろと握り、曾祖母は小指だけをぴんとたてた。
「なあに、おばあちゃん」
 そう言いながら、私はすぐに手を出さなかった。
 よくよく知られた約束の仕草、けれどそれはどこかとても危なそうな感じがして、それできっと手を出せなかったのだろうと思う。
 曾祖母がじれったがるように、眉をしかめて二度三度と小指を振り立て、私は仕方なしに小指を出した。
 もう死にゆく人の約束を無視するのはためらわれたし、かといって、何か分からぬ約束をしてしまうのも落ち着かなかったから、小指をからませながら「ねえ、なあに、なんの約束、ねえ、おばあちゃん」。
 そう繰り返したのだけど、曾祖母にとっては小指を絡ませただけで十分というか、契約を済ませた気になったのだろう、もぐもぐと何か小さくつぶやいて、それは歯のほとんどなくなった口の奥に含まれて外にはもれず聞こえずで、小指はすぐにほどかれて、曾祖母は布団の中に手を引っ込めてしまったのだけど。
 そして、取り残されたのは私の小指。
 中空に、相手を失って、何を引っかけそこねたのか、空を絡めて固まっている小指一本。
 思い出すのはその私の小指の光景なのだ。
 私はいったい、何を約束してしまったのだろう。
 それが最近不安になる。
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