『ラズーン』第五部

segakiyui

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9.『西の姫君』(2)

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「…しかし、恐い女だな」
 ジーフォ公邸の庭を忍び歩く小さな人影は、安全な場所に来るとしみじみした口調で呟いた。
「ああ言うのが一番嫌だな。女であれば、男は誰でも跪くと思ってやがる」
「何ぶつぶつ言ってんですか」
 別棟の陰に潜んでいたもう一つの影が呆れた。
「ぼく達は何も、女談義をするために入り込んだんじゃないですよ、リヒャルティ」
「わかってるって」
 珍しく黒衣を纏ったリヒャルティはまとめた髪を一旦解き、面倒そうにまたまとめ直しながら片目を閉じて見せた。
「オレ達の仕事は、ここに捕まっているかもしれないグードスと『西の姫君』捜し。ったく、兄貴はオレ達をなんだと思ってるんだろうな、『羽根』が強盗まがいのことをやるたぁ、思わなかったぜ」
 可愛いらしいと言う形容詞が一番似合う幼い顔で、荒っぽいことばを吐き捨てる。
「何言ってんですか、リヒャルティ」
 もう一人、陰に紛れるようにしゃがみ込んでいたバルカが応じる。
「アシャからの指示を受けて、カルキュイ身辺を探れってのに、真っ先に乗ったのはあなたでしょうが」
「にしても、人使いが荒いぜ」
 よいしょっ、とリヒャルティは小さな生垣を飛び越えた。音もなく続くバルカ、ギャティに、
「ジーフォを突いたと思や、アギャンへ行け、だろ。ま、お姫さんについては兄貴の勘が当たってたわけだがな」
「カルキュイがしっかり噛んでましたね」
「まあ、あいつも小物だろうぜ」
 話しながら木立が寄り添う建物の陰に近づく。頭上、両手を伸ばしても遥かに届かない高さの窓を見上げる。不用心にも開け放してあるが、時々見張りが行き来するのだろう、ちらちらと明かりが影に遮られる。
「自分でアリオをおびき出せるほどの玉じゃなさそうだし……行くぜ」
 間合いを図っていたリヒャルティの声に、無言で頷いたバルカが抱えるように両手の指を組み、壁に背を向けて腰を落とした。少し助走したリヒャルティが組んだ手に飛び乗り、押し上げられると同時に空に舞う。そのまま吸い付くように窓の下方に手を掛け、くるりと一転して窓の中へ飛び込んだ。続いて同様にバルカの手を蹴ったギャティが、これは窓の上枠を掴んで中へと飛び降りる、や否や、ばきっと何かが折れたような音が響いた。続いてするすると一本の黒紐が垂らされて来る。結び目を作ったその紐に、バルカはためらう様子もなく取り付き、野生の獣のように結び目に足をかけてよじ登る。
「…あらら、リヒャルティ、もうやっちまったんですか」
 入って間もなく、バルカは溜め息交じりにぼやいた。床の上で伸びている男は、だらしなく白目を向いて悶絶している。両脚を体に引きつけて丸まっているところを見ると、単に脇腹に一撃食らっただけではなく、股間を強襲されたらしい。
「男のくせに、酷なことしますねえ」
 バルカは憐れみながら、男を見下ろした。かなり大柄な男だ。赤々と火が灯る廊下でさっさと男の衣類を剥ぎ、それを着込んでいるリヒャルティは不貞腐れた顔でズボンを折り曲げている。
「急所だろ」
「そりゃ急所ですよ、ええ。…完全に伸びてますね、ここまでやらなくてもねえ」
「ごたごたうるせえんだよ」
 リヒャルティが低く唸る。機嫌が悪い。
「あのね、バルカ」
 ギャティが遠慮がちな口調を装う。
「リヒャルティはその、鳩尾を狙ってたんだけどね」
「え? あ、そうか!」
 よせばいいのに、ギャティは大きく頷いた。
「すみません、リヒャルティ。そうか、単に『背が足りなかった』んですね?!」
「っ!」
 がちん、と音がしたほど唐突にリヒャルティは立ち止まった。わなわな震えていたが、
「うるせえって言ってんのがわかんねえのかよっ!!」
「リ、リヒャルティ、そんな大声」
「あ、遅い」
「どうしたっ!」「何があったんだ!」
 廊下の前方からどよめきとともに数人の男が走って来るのが聞こえた。バルカとギャティが溜め息をつくのに、リヒャルティ一人が活気付く。
「おーし、おっぱじめようぜっ!」
「これだからなー、何のために潜入したんだか」
「ま、『金羽根』だからねえ」
 走り出すリヒャルティ同様、バルカとギャティも薄笑みを浮かべ、細身の剣を引き抜きながら駆けつけた見張りの中へ飛び込んで行った。
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