『ラズーン』第五部

segakiyui

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9.『西の姫君』(7)

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元々アギャン公の屋敷にある地下牢は、牢とは言っても平和な治世では必要がないと豆(イオプ)やラク麦などの食料を積み貯めるために使っていたもので、それをカルキュイが治めるに当たって牢として復活させたらしい。急場凌ぎのものだったのは明らか、ふさわしい見張りの待機部屋もなければ、番人が守るべき外扉もない。建物自体の守りを倒せば、あとは簡単なことだった。
「ここの守りは?」
「17名」
「後の5名は……来たっ!」
「やっぱりアギャン兵士じゃねえな。バルカ! ギャティ!」
「はっ!」
「はいっ!」
 前方から打ち掛かってくる5人に、バルカとギャティがさっと分かれて迎え撃つ。2人が敵を引きつけている隙に、リヒャルティが間を走り抜けていく。はしこい彼の眼が駆け抜けざまにすれ違った男の腰の鍵束に気づかぬわけもなく、剣を一閃、鍵束を吊った革ベルトを断ち切って跳ね上げ、手中に納める。
「へへっ、いただくぜ!」
「っ、このっ!」
 男の声を背後に階段を駆け下り、一番奥にあった扉に辿り着いたリヒャルティは、落ち着いて鍵を一つ一つ鍵穴に合わせ始めた。ほどなく、鈍い金色の複雑な形の鍵が収まり、くるりと回る。
「…」
 ギィ。
 重い金属の板と鋲を打ち付けた木製の扉を押し開き、リヒャルティは目を凝らした。
 窓一つない暗闇、饐えた臭いと生温かい空気が入り混じり、むっとするような濁った淀みを作り出している。
 と、その中で何者かがもそりと動いた。リハyルティの手が既にたっぷりと血に濡れた剣の柄に滑る。
「誰…だ?」
 疲れ果てた声が、物憂く誰何してきた。
「何度問うても……同じことだ………俺は…『運命(リマイン)』には……組み……せん…」
 その意気やよし。
 リヒャルティはにんまりと笑った。すぐに表情を改める。
「グードスか?」
「…? …誰だ…?」
「アギャンのグードスか?」
「………」
 リヒャルティの再度の問いに、地下牢に閉じ込められていた人間は、闇の中からリヒャルティを透かし見たようだが、次の瞬間明るく晴れた声を上げた。
「その…金の髪……リヒャルティか?!  『緋のリヒャルティ』だな?!」
「覚えていてもらって光栄だ」
 リヒャルティは今度は柔らかく唇を緩めた。闇に慣れてきて、ようやく相手の姿が見えた眼を瞬き、痩けた頬のグードスを見つめる。さすがに痛ましく眉を寄せた。
「あんたとは数回しか顔を合わせていないはずだがな。縛られているのか?」
「ああ、脚だけは………うむ、そこだ」
 部屋に入ったリヒャルティは、手探りでグードスの脚を巻いている縄を断ち切った。
「立てるか?」
「ああ…」
 手を貸しはしたものの、何せリヒャルティの方が小柄、足腰が弱り切っているらしいグードスに、ともすれば押し倒されそうになる。
「ちっ、バルカとギャティの奴、あんな下っ端に何を手間取ってやがるんだ」
「遅くなって悪うございましたね、リヒャルティ」
 リヒャルティがぼやいた途端、皮肉っぽいバルカの声が応じた。
「5人ぐらいに何を遊んでた?」
「あれから3人増えましてね。それも事情のわかっていないらしいアギャン公配下だったもので、傷なくあしらうのに苦労したんですよ」
「すまない…」
 リヒャルティの肩に腕を掛け、ようやく立っていたグードスが重く唸って項垂れた。灰色の髭も髪も伸び放題、削いだような頬も額も汚れ果て、唇はかさかさと乾いて色もなく、監禁の苦闘をまざまざと知らせる容貌に、深い苦悩が浮かんだ。
「『銅羽根』の長ともあろうものが、つい、あんな奴の口車に…」
「カルキュイか?」
「そうだ」
 悔しげに唇を噛む。その仕草だけが若さを思い起こさせた。
「父上はもう領地を振り返ろうとされず、洞窟に籠ってしまわれた。後継者と言えば俺しかいない……だが、俺には『銅羽根』のこともある、アシャ様から頼まれたラズーンの守りもある……いつの頃からか、父上を助けていたカルキュイの手を借りたのが間違いだった…」
 途切れ途切れに語りながら、グードスは体を震わせ、なお俯いた。しばらく激情をこらえていたが、ふと気づいたように、
「しかし、どうして『金羽根』が…」
「何、兄貴の命令でね」
 リヒャルティはバルカとともにグードスを支え、階段を昇りながら簡単に、アシャがカルキュイの正体を見抜いたこと、『穴の老人』(ディスティヤト)の洞窟から生還するや否や、グードスを捜しに『泥土』へシャイラとともに出たこと、その間にアギャン公の様子を探ることと行方不明になっているアリオと万が一の可能性、グードスもアギャン公邸で捜すことを命じられて、リヒャルティが送り込まれたことを話した。
 話を聞くうちに、ぐったりしていたグードスの眼が生き生きと蘇り、安堵を浮かべて顔を上げた。
「さすがセシ公、軍師と呼ばれた方だけある」
 感嘆の声にいささか面白くなさそうに唇に歪めたリヒャルティは、
「それよりバルカ、ギャティはどうした?」
 隣を見やる。
「ちょっとね、お姫さまを迎えに行ってますが、こいつがどうもね」
「なんだ? カルキュイに邪魔させるようなヘマな迎えの仕方をしてるのか?」
「それが『西の姫君』がごねてるんですよ、帰らないって」
「はあ?」
 これには流石のリヒャルティも、ぽかんとした顔になった。
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