『ラズーン』第五部

segakiyui

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10.アシャの封印(5)

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「…ざまぁ……ないなあ……」
 ユーノは広間の隅、カーテンの陰で壁に凭れながら呟く。
 あれほど張り切って夜会に出たものの、いざ、アシャの顔を見ると、何をどう言えばいいのかわからなくなって、お帰りなさいのキスを贈るリディノやレアナに隠れて、そそくさと離れてきてしまった。
 当のアシャは、やや疲れたような様子はあるものの、深い紅の衣に金の帯、金の飾り紐、額にキャサランの金細工と、なまじの女ではかなわないほどの艶やかさは変わらず、今も近隣の諸侯姫君、リディノにレアナ、ついでにアシャの武勲に憧れる他の剣士やイルファなどにまで囲まれて戦話の最中、とてもじゃないが、ユーノのしどろもどろの挨拶を受けていられるほど暇でもなさそうだ。
(でも…良かった)
 そっと密やかにアシャの姿を目で追い、微笑む。
(大した怪我もしてないみたいだ)
 愛する人が生きていてくれる、それだけでも、これほど心は甘い喜びに湧き上がる。
「まあ、アシャのことだから、大丈夫だとは思ってたけど…っ」
 思わず呟いたことばに、自分がどれほどアシャに想いを寄せてしまっているのかに気づき、ユーノは照れ臭く唇を噛んだ。
 アシャは今、レアナと踊り始めている。
 レアナは今宵は淡いクリーム色の薄物のドレスと肩からなびく薄手の飾りマント、アシャの装いと合わせたような真紅の宝石でまとめた複雑な編み方の金鎖が白い胸元を横切っている。桜色の耳にも同じく赤い石、髪には白銀細工の冠、白い肌につやつやと輝く赤い唇は、それ一つで宝石のようだ。
アシャを見つめる瞳が細められる。大人びた笑みの中、愛らしい信頼をたたえて。
 仲睦まじさに嫉妬したらしいどこぞの姫が、踊りながらこれ見よがしにレアナに突き当たったが、ごめんなさい、と朗らかに笑みを返してしまうレアナに不愉快そうに唇を歪めることしかできない。それを微笑みながら見つめていたアシャが、よろめいたレアナの手を支え、腰を抱き寄せる。勢いでレアナの髪に触れるアシャの唇、紫の瞳が甘く切なげに煙るのを、ユーノは見逃さなかった。
(綺麗…だろうな……アシャと姉さまの結婚式)
 国を挙げて祝わなくては。もちろん、最高級の衣装と料理を揃え、これほど美しい式典はあるまいと、2人にも民にも喜んでもらわなくては。
(でも)
 その時。
 ユーノは生きていられるのだろうか。『運命(リマイン)』とギヌアの手を、カザドの策略をくぐり抜けて、この目で2人が幸せになってくれる瞬間を見届けられるのだろうか。
(私は、随分、自分勝手だ)
 ユーノは壁際を離れた。そのままバルコニーへ歩いて行く。
 夜会は今が最高潮、他の人間は誰もいなかった。ぽっかりと浮かぶ白々とした月の下、両腕で自分の体を抱き、石組みの手摺に凭れかかる。
(自分の命を旅の安全に賭けておきながら、アシャ達が幸せになる瞬間を見たい、なんて)
 心の中の箱に幾重にも鎖を巻き、鍵を掛ける。たとえ何があってもアシャを求めないように。ほんの少しだって、アシャに想いを寄せているなどと誰にも気取られぬように。たとえ死ぬ瞬間であっても、アシャの名前を呼ばないように。
「『星の剣士」(ニスフェル)か?」
「っ」
 唐突に声を掛けられ、ユーノはぎくりとして身を起こした。同じように夜会を抜け出してきた相手がシートスとユカルと気づいて笑いかける。
「やあ…どうしたんですか」
「野戦部隊(シーガリオン)は無骨者揃いでな。このような会は不得手だ。…セシ公、ジーフォ公…グードス…アギャン公の姿もあるが、四大公会談でも行われるのか?」
「さあ…ボクは何も聞いていません。それより『泥土』での出来事を聞かせてください。アシャは何をやらかしたんです?」
 さすがにシートスはかつての隊長、少しはことばも改まる。
「そうだな…シャイラの方がよく知っていると思うが」
「呼んできます。座を抜けたがっていたようだし」
 ユカルが受けて身を翻した。ちらりとユーノを見やった目が何か言いたげだったが、何も言わずに広間に戻って行く。いつかの告白に関わっているんだろうなと思いはしたものの、何とも答えようがなかったから、今それには触れないでくれたユカルに感謝した。
「しかし…」
 珍しく、ほ、とシートスが溜め息をついて見せた。
「?」
「今にお前の鈍感のせいで発狂する男が出てくるぞ」
「…ユカル…のことですか?」
 まさかそこまでユカルは騒ぎ立てているのか。
 ひやりとして相手を伺うと、
「ユカル……には気づいているのか」
「は?」
 複雑な顔でシートスが見返してきた。
「いや…まあ……いいんだが」
 歯切れ悪くぼやき口調で続ける。
「アシャが苦労するはずだな」
「アシャ? それはどう言う」
 私はまたアシャに迷惑をかけてしまっているのか、それがシートスにまで知れているのかと、思わずユーノが訊ね返した途端、
「隊長」
「…来たか。『星の剣士』(ニスフェル)が戦の話を聞きたいと言うことだ」
 ユカルがシャイラを連れて戻った。これ幸いと言いたげにシートスは話を打ち切り、シャイラに向き直る。そうされると、それ以上ユーノも話を持ち出しにくい。
 やって来たシャイラは、名高い野戦部隊(シーガリオン)の長、シートス・ツェイトスと、これまた著名な『星の剣士』(ニスフェル)を前に、幾分酒気も混じった紅潮した頬に、照れたような笑みを浮かべた。
「いえ…アシャ様がおられたならばこその功績です」
「それほど謙遜することはあるまい。詳しい話は、俺もまだ聞いていない。良ければ話してくれないか」
「それでは…」
 促されたシャイラは一つ頷いて語り始めた。
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