『エターナル・ブラック・アイズ』

segakiyui

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2.エターナル・アイズ

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 倉木市は首都圏から外れた小さな都市だ。
 バブルのころはそれでも土地が結構値上がりして、緑の多さと穏やかな気候が好まれるだろうと当て込んだ業者が、次々にマンションやテナントビルを建てた。
 もっとも、大半は注いだ資本の半分も回収出来ずに撤退していき、バブル前より何だか寂れた気配になってしまった土地だった。
 瑞穂が住んでいる倉木本町商店街も、そのあおりをもろに食らった区画で、古くからあった店が買い漁られて立派なビルが建ったのはいいが、テナントがろくに入らないまま、放り捨てられるように静まり返っているものが多い。
 『エターナル・カンパニー』が入り込んだのは、そんなビルの一つだったのだ。
「どう見ても、怪しいよね」
 瑞穂は鞄を下げたまま『エターナル・アイズ』にやってきて、やっぱり少しためらった。
 あいかわらず、べかべかと光っている青白いネオンが、ビロードの赤を中途半端に照らしている。以前の高級感はみじんもないが、何だか入るとやばそうな、けれどついと入ってみたくなるような感じだから、境谷の意図にはぴったりなのかも知れない。
「あ、鷹栖さん、こっちこっち」
 正面の、まだ閉じられたままの黒い金縁ドアを開けようとした瑞穂は、突然神経質に呼び止められた。
 声のした方を見てみると、店の脇の小さなドアから半身を出した境谷が、おいでおいでをしながらうなずいている。
「そっちから入っちゃだめですよ、開店前だけど、予約のお客様と鉢合わせしちゃうから」
「予約?」
 瑞穂は聞き返しながら、急いで境谷の方へ走り寄った。
 境谷は今日は緑がかったグレイの背広に細かな文字が書かれたネクタイをしめている。よく見ると、どうやらお経の一文のようだ。
 やっぱり妙な感覚だ、とあきれている瑞穂よりも、表の人通りが気になったらしく、境谷はきょろきょろと周囲を見回した。
 瑞穂が滑り込むとすぐにドアを閉めて、
「そうです。店のPRを兼ねて、少し前から無料体験の募集をしたんです。何たって、こういうところは口コミが強いですからね、余計な宣伝費も使わなくってもすみますし」
 口早に説明した。それから生真面目な顔で、
「それにさっきのことですが。私達は、まあ言えば、お客様に夢を売るんですからね、その売り手がのんびり学校行ってましたって顔で入ってきちゃだめでしょう」
(単なる『穴埋めイベント』だっていったくせに)
 瑞穂は少し口をとがらせた。
「さて、こっちへ来て下さい」
 境谷はそんな瑞穂の不満そうな様子を無視して、先に立って細い廊下を歩きだした。三つ同じようなドアが並んでいるところを見ている限りでは、芸能人のスタジオ控室といったような雰囲気だ。
 その三つ目、一番奥のドアを開けて、境谷は瑞穂に中を見せた。
 正面に黒いカーテンがかかっている。店の中を小さく区切った部屋、その真ん中当たりでまたカーテンで仕切っているらしい。
「向こう側が占いをする部屋です。で、こっちで着替えたり休んだりして下さい。トイレは廊下の突き当たりです。ここのドア、内側からカギがかかります。こっちの廊下は従業員が通りますから、カギは基本的にかけといた方がいいです」
「従業員って、あたし以外にもいるんですね?」
 瑞穂は二人目、ということばを思い出して尋ねた。
「ええ、『グリーン・アイズ』がね」
「『グリーン・アイズ』?」
 瑞穂のすっとんきょうな声にも境谷は動じなかった。
「はい、今のところ、鷹栖さんをいれて二名です。それじゃ、すぐお願いします、急いで用意して下さいね」
 境谷はどこか浮き浮きした様子で出て行きかけ、思い出したように振り返った。
「あ、そうそう、あなたの名前は『ブラック・アイズ』ですから、よろしく」
「『ブラック・アイズ』?」
「そう。うちの占い師さん達は『そういう名前』がつくんですよ。じゃあ、成果を期待してますからね」
 境谷はほとんどスキップでもするんじゃないかという足取りで部屋を出て行った。
 浮かれ切った境谷とは逆に瑞穂はまた急に不安になった。
『その目が気に入らないんだよ』
 耳の底に沈んでいたことばが痛みとともに甦る。
 ため息をついて何とかそれを追い払い、部屋に入った。鞄を置き、ともかく、黒いカーテンをかきわけ、前の部屋に入ってみる。
 前半分は四方の安っぽいパーテーションがきちんと黒いビロードのカーテンで覆われていた。明かりを暗くすれば、意外と雰囲気のある部屋に見えるだろう。
 後ろのカーテンよりに小さなアンティーク机が用意されていて、それにも足元まで隠すような黒ビロードがかけられている。机の上には古風なランプ形の小さな明かりが一つ置かれているだけだ。もっとも本当に火を灯すものではなくて、コードが繋がっている。
 それ以上の小道具を、境谷は思いつかなかったらしい。
 瑞穂は机をそっとなでてから、その側を通り過ぎ、表のカーテンをそっとかきわけて外を見てみた。
 正面も、店の入り口に続く廊下も黒いカーテンがかけられている。
 今は店の中は明るいけれど、この照明も雰囲気造りで多少落とすのかも知れない。
 ひょいと何げなく、カーテンの側のプレートを見て、瑞穂は顔が熱くなるのを感じた。
 金縁の黒いプレートが金鎖でつり下げられ、それには白い文字でこう書かれている。
『神秘の瞳、「エターナル・ブラック・アイズ」が、あなたの真実の心を見通し、あなたの問題について答えます。迷いのある方はお入りになりませんように』
「神秘の瞳……すごいネーミングセンス」
 思わずつぶやいて、急いで瑞穂は顔を引っ込めた。
「ああ、それで」
 ふと、自分が着ることになっている服装の意味に気がつく。
 だから、境谷は瑞穂の目以外は見せないような服装をさせることにしたのだろう。
「迷いのある方はお入りになりませんように」
 瑞穂はプレートのことばを繰り返した。
 それは、付き合っていた相手を占ったときのことを思い出させる。
『瑞穂に占ってもらうのは緊張するよ。迷ってるとひどい目に合う』
 瑞穂の胸の中に刺さっている、時間が経っても一向に解けてくれない、そればかりは次第に心の奥から蝕み侵してくる、鋭い針が思い出したように痛みを増す。
『君は、そうやって、人の気持ちにずかずか入り込んで楽しんでるのか』
(入り込む気なんかなかった。ましてや、傷つけるつもりなんて)
 今は遠く、弁解すら許されない距離にいる相手を想う。
(きっとその代償に、あの炎に飲み込まれるんだろうなあ)
 瑞穂は苦く笑った。
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