開かない箱

segakiyui

文字の大きさ
5 / 10

5

しおりを挟む
『ケン君、聞いてる?』
「うん」
『桜子、本当は、お嬢さんなんかじゃないのかもしれないね』
 僕は答えなかった。
『ひょっとして、本当は、お金に困っているのかもしれない』
「いいじゃないか、そんなこと」
 我慢できなくなって、僕は言った。
「実際の桜子がどうだって、ここではそんなこと、関係ないはずだろ? オオトモがいけないんだ、変なところで我に返ってしまうから、おかしなことになったんだ」
 僕の剣幕に驚いたのか、みやは黙り込んだ。
 やがて、
『うん……そうだよね。そんなこと、関係ないもんね。……でも、ケン君』
「何?」
『ケン君でも、そんなふうに怒ることがあるんだね』
「え?」
『いつも冷静で、何が怒っても僕は動じません、って雰囲気だったでしょ? それが何か得体が知れなくて……正直、気味が悪かったの』
 みやの声がどこか自分を嗤うものになった。
『おかしいわよね。相手の身元がどうだとか、家族がどうだとかいうのが嫌で、ここへ電話してきているのに、いざ何もわからない人と話そうとすると、どこか構えちゃう……』
「みんな……そうだろ」
 僕はオオトモのことばを思い出していた。
「ここへ電話してきたって……自分は捨て切れないんだ……ふとしたはずみで、『ぼろ』が出る…」
 そうだ、僕はわかっている。
 いくらラインに参加してても、みんなと騒いでいても、ふと我に返ったとき、僕は嫌でも僕に戻る。
 どうしようもない、人生の失敗者になりかけている僕に。
 それが嫌さにまた電話をかけて………。
 つまりは、永遠に自分の好み通りの夢を追っているだけ、誰に言われなくても、そんなことは自分が一番よく知っている。
 現実は、僕の努力なんかこれっぽっちも振り返りはしない。
 だからといって、ここに電話しても、何が解決するわけでもない、ってことさえも。
『でもね……私、ここに参加して、少し救われた気がしてるのよね』
 みやがためらいためらい言った。
『ここへ電話するまでは、私、自分だけが社会から落ちこぼれているから、こんなことをするんだ、と思ってたの。自分だけ、この社会に適応できていない欠陥人間だって……』
 それは、僕もおんなじだ。
『私だけじゃない。寂しく放っておかれてるのは、私だけじゃないんだ、そう思えるようになったから……でも、今は少しそれも卑怯かなって、思うけど』
「何が卑怯なんだ?」
 考える前に僕は問い返していた。
「どこが?」
『それって、赤信号、みんなで渡れば怖くないってことでしょう? 落ちこぼれてるのは自分だけじゃないんだ、ああ、よかったね、みんな一緒だから、って。結局ね、みんなの中に居たいのは変わらないの。そのうち、きっと気になるわ。このラインからこぼれるんじゃないか、って』
 僕はどきりとした。
 ほかでもないこの僕が、ボックスの話に関して抱いていた不安が、まさにその通りだったからだ。
『でも、そうやって、どこまでいけばいいのかな、って思うの、最近。落ちこぼれる、落ちこぼれるって、いつまで考えてなくちゃいけないのかな、って……死ぬまで?』
「死?」
 おうむ返しに応じながら、僕は返答に困っていた。
 そんなことを言われたって……そんな先のことを言われたって……それまでに、長い長い人生という奴が横たわっているのだ。
 大学へ入って、卒業して、就職して、そこそこの給料をもらって、結婚して、子どもができて、その子どもを学校へやって、結婚させて、孫が生まれて……まだまだ僕らは死なないだろう。
 何十年もの間、落ちこぼれて生きるのは苦痛以外のなにものでもないに違いないじゃないか。
「そう、すぐには…死なないから……平均寿命はどんどん伸びてるし……臓器移植やクローンだって、もっと進めば…」
 僕らの人生は、もっととても長くなる。
 歯切れの悪い僕の答えに、みやは失望したようだった。
『……そうよね……でも……』
「でも…何?」
 みやがいいたいことがなんだかわかってきたような気がした。
『私達が落ちこぼれてしまうのを気にするのは……人生が長いせいかも知れないわね』
 夢を見ているように虚ろな声でみやは言った。
『どこかで一歩間違うと、やり直せないまま、長い時間をすごさなきゃいけないような気がするの……長すぎて、手に負えない、みたいな』
「みやちゃん、僕、もう、切るよ」
 僕はぽつりと言った。
 みやの話を聞いていると、自分がますます努力もしない情けない人間になっていく、と指摘されているような気もしてきた。
『ああ、ごめん。私も、もう切るわ。おかしなこと言って、ごめんね』
 みやがいつもの口調に戻って明るく笑い、僕は深く溜め息をついて電話を切った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...