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『ケン君、聞いてる?』
「うん」
『桜子、本当は、お嬢さんなんかじゃないのかもしれないね』
僕は答えなかった。
『ひょっとして、本当は、お金に困っているのかもしれない』
「いいじゃないか、そんなこと」
我慢できなくなって、僕は言った。
「実際の桜子がどうだって、ここではそんなこと、関係ないはずだろ? オオトモがいけないんだ、変なところで我に返ってしまうから、おかしなことになったんだ」
僕の剣幕に驚いたのか、みやは黙り込んだ。
やがて、
『うん……そうだよね。そんなこと、関係ないもんね。……でも、ケン君』
「何?」
『ケン君でも、そんなふうに怒ることがあるんだね』
「え?」
『いつも冷静で、何が怒っても僕は動じません、って雰囲気だったでしょ? それが何か得体が知れなくて……正直、気味が悪かったの』
みやの声がどこか自分を嗤うものになった。
『おかしいわよね。相手の身元がどうだとか、家族がどうだとかいうのが嫌で、ここへ電話してきているのに、いざ何もわからない人と話そうとすると、どこか構えちゃう……』
「みんな……そうだろ」
僕はオオトモのことばを思い出していた。
「ここへ電話してきたって……自分は捨て切れないんだ……ふとしたはずみで、『ぼろ』が出る…」
そうだ、僕はわかっている。
いくらラインに参加してても、みんなと騒いでいても、ふと我に返ったとき、僕は嫌でも僕に戻る。
どうしようもない、人生の失敗者になりかけている僕に。
それが嫌さにまた電話をかけて………。
つまりは、永遠に自分の好み通りの夢を追っているだけ、誰に言われなくても、そんなことは自分が一番よく知っている。
現実は、僕の努力なんかこれっぽっちも振り返りはしない。
だからといって、ここに電話しても、何が解決するわけでもない、ってことさえも。
『でもね……私、ここに参加して、少し救われた気がしてるのよね』
みやがためらいためらい言った。
『ここへ電話するまでは、私、自分だけが社会から落ちこぼれているから、こんなことをするんだ、と思ってたの。自分だけ、この社会に適応できていない欠陥人間だって……』
それは、僕もおんなじだ。
『私だけじゃない。寂しく放っておかれてるのは、私だけじゃないんだ、そう思えるようになったから……でも、今は少しそれも卑怯かなって、思うけど』
「何が卑怯なんだ?」
考える前に僕は問い返していた。
「どこが?」
『それって、赤信号、みんなで渡れば怖くないってことでしょう? 落ちこぼれてるのは自分だけじゃないんだ、ああ、よかったね、みんな一緒だから、って。結局ね、みんなの中に居たいのは変わらないの。そのうち、きっと気になるわ。このラインからこぼれるんじゃないか、って』
僕はどきりとした。
ほかでもないこの僕が、ボックスの話に関して抱いていた不安が、まさにその通りだったからだ。
『でも、そうやって、どこまでいけばいいのかな、って思うの、最近。落ちこぼれる、落ちこぼれるって、いつまで考えてなくちゃいけないのかな、って……死ぬまで?』
「死?」
おうむ返しに応じながら、僕は返答に困っていた。
そんなことを言われたって……そんな先のことを言われたって……それまでに、長い長い人生という奴が横たわっているのだ。
大学へ入って、卒業して、就職して、そこそこの給料をもらって、結婚して、子どもができて、その子どもを学校へやって、結婚させて、孫が生まれて……まだまだ僕らは死なないだろう。
何十年もの間、落ちこぼれて生きるのは苦痛以外のなにものでもないに違いないじゃないか。
「そう、すぐには…死なないから……平均寿命はどんどん伸びてるし……臓器移植やクローンだって、もっと進めば…」
僕らの人生は、もっととても長くなる。
歯切れの悪い僕の答えに、みやは失望したようだった。
『……そうよね……でも……』
「でも…何?」
みやがいいたいことがなんだかわかってきたような気がした。
『私達が落ちこぼれてしまうのを気にするのは……人生が長いせいかも知れないわね』
夢を見ているように虚ろな声でみやは言った。
『どこかで一歩間違うと、やり直せないまま、長い時間をすごさなきゃいけないような気がするの……長すぎて、手に負えない、みたいな』
「みやちゃん、僕、もう、切るよ」
僕はぽつりと言った。
みやの話を聞いていると、自分がますます努力もしない情けない人間になっていく、と指摘されているような気もしてきた。
『ああ、ごめん。私も、もう切るわ。おかしなこと言って、ごめんね』
みやがいつもの口調に戻って明るく笑い、僕は深く溜め息をついて電話を切った。
「うん」
『桜子、本当は、お嬢さんなんかじゃないのかもしれないね』
僕は答えなかった。
『ひょっとして、本当は、お金に困っているのかもしれない』
「いいじゃないか、そんなこと」
我慢できなくなって、僕は言った。
「実際の桜子がどうだって、ここではそんなこと、関係ないはずだろ? オオトモがいけないんだ、変なところで我に返ってしまうから、おかしなことになったんだ」
僕の剣幕に驚いたのか、みやは黙り込んだ。
やがて、
『うん……そうだよね。そんなこと、関係ないもんね。……でも、ケン君』
「何?」
『ケン君でも、そんなふうに怒ることがあるんだね』
「え?」
『いつも冷静で、何が怒っても僕は動じません、って雰囲気だったでしょ? それが何か得体が知れなくて……正直、気味が悪かったの』
みやの声がどこか自分を嗤うものになった。
『おかしいわよね。相手の身元がどうだとか、家族がどうだとかいうのが嫌で、ここへ電話してきているのに、いざ何もわからない人と話そうとすると、どこか構えちゃう……』
「みんな……そうだろ」
僕はオオトモのことばを思い出していた。
「ここへ電話してきたって……自分は捨て切れないんだ……ふとしたはずみで、『ぼろ』が出る…」
そうだ、僕はわかっている。
いくらラインに参加してても、みんなと騒いでいても、ふと我に返ったとき、僕は嫌でも僕に戻る。
どうしようもない、人生の失敗者になりかけている僕に。
それが嫌さにまた電話をかけて………。
つまりは、永遠に自分の好み通りの夢を追っているだけ、誰に言われなくても、そんなことは自分が一番よく知っている。
現実は、僕の努力なんかこれっぽっちも振り返りはしない。
だからといって、ここに電話しても、何が解決するわけでもない、ってことさえも。
『でもね……私、ここに参加して、少し救われた気がしてるのよね』
みやがためらいためらい言った。
『ここへ電話するまでは、私、自分だけが社会から落ちこぼれているから、こんなことをするんだ、と思ってたの。自分だけ、この社会に適応できていない欠陥人間だって……』
それは、僕もおんなじだ。
『私だけじゃない。寂しく放っておかれてるのは、私だけじゃないんだ、そう思えるようになったから……でも、今は少しそれも卑怯かなって、思うけど』
「何が卑怯なんだ?」
考える前に僕は問い返していた。
「どこが?」
『それって、赤信号、みんなで渡れば怖くないってことでしょう? 落ちこぼれてるのは自分だけじゃないんだ、ああ、よかったね、みんな一緒だから、って。結局ね、みんなの中に居たいのは変わらないの。そのうち、きっと気になるわ。このラインからこぼれるんじゃないか、って』
僕はどきりとした。
ほかでもないこの僕が、ボックスの話に関して抱いていた不安が、まさにその通りだったからだ。
『でも、そうやって、どこまでいけばいいのかな、って思うの、最近。落ちこぼれる、落ちこぼれるって、いつまで考えてなくちゃいけないのかな、って……死ぬまで?』
「死?」
おうむ返しに応じながら、僕は返答に困っていた。
そんなことを言われたって……そんな先のことを言われたって……それまでに、長い長い人生という奴が横たわっているのだ。
大学へ入って、卒業して、就職して、そこそこの給料をもらって、結婚して、子どもができて、その子どもを学校へやって、結婚させて、孫が生まれて……まだまだ僕らは死なないだろう。
何十年もの間、落ちこぼれて生きるのは苦痛以外のなにものでもないに違いないじゃないか。
「そう、すぐには…死なないから……平均寿命はどんどん伸びてるし……臓器移植やクローンだって、もっと進めば…」
僕らの人生は、もっととても長くなる。
歯切れの悪い僕の答えに、みやは失望したようだった。
『……そうよね……でも……』
「でも…何?」
みやがいいたいことがなんだかわかってきたような気がした。
『私達が落ちこぼれてしまうのを気にするのは……人生が長いせいかも知れないわね』
夢を見ているように虚ろな声でみやは言った。
『どこかで一歩間違うと、やり直せないまま、長い時間をすごさなきゃいけないような気がするの……長すぎて、手に負えない、みたいな』
「みやちゃん、僕、もう、切るよ」
僕はぽつりと言った。
みやの話を聞いていると、自分がますます努力もしない情けない人間になっていく、と指摘されているような気もしてきた。
『ああ、ごめん。私も、もう切るわ。おかしなこと言って、ごめんね』
みやがいつもの口調に戻って明るく笑い、僕は深く溜め息をついて電話を切った。
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