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「おーい,健一!」
「はい!」
僕は整理の手を止めて、倉庫から顔を出した。
売り場主任が手招きをしている。妙ににやにやと機嫌がいい。
その横に、見慣れないおっさんが一人いる。
「何ですか?」
「ああ、この方はね、このチェーンの店のオーナー、酒田さん」
おっさんが心持ち頭を下げるのに、僕も慌ててお辞儀をした。
「君に話があるそうだ」
いつもは、おまえ、とか、健一としか呼ばないのに、主任は君などと呼んで、僕とおっさんを奥の部屋に案内した。
「実はね…ここの店を持ってみないか、とオーナーはおっしゃってるんだよ」
「ええ?」
僕は驚いておっさんの顔を見た。
おっさんは穏やかに笑って見せて、
「ここ数日、仕事ぶりを見せてもらった。熱心だったね。どうだね、一度、店を持ってみないか?」
冗談ではないとすぐにわかる生真面目な口調だった。
熱心、というのは、電話代のためなのだが、もちろん、そんなことは誰にも言っていない。
大学をどうする、という戸惑い、認められたんだという嬉しさがごっちゃになって、僕はようようことばを絞り出した。
「考え、させて下さい」
「わかった…いい返事を期待しているよ」
オーナーはそう答えて腰を上げた。
確かに、この店は働きやすかった。仕事も嫌いじゃなかった。いや、むしろ、少しずつ興味が出てきた、と言ったほうがいい。
でも、だ。
この社会で、大学も受からない男がやっていけるのか。今はいいとして、歳を取ったら? 店がつぶれたら?
僕の頭は、急に飛び込んできた話でいっぱいになっていた。
ふらふらと家に帰って、気分転換のつもりでかけたラインで、いきなり話が始まっていて、ちょっとびっくりした。
『…つまり、その箱には、何にも歯がたたなかったってわけだな?』
『ちょっと待って……今、入ってきたの、ケン君?』
カタミチの声に続いて、みやが確認してくれた。
「うん。話を中断させてすまない。続けてくれ」
僕は頼んだ。
『ああ、わかった』
ボックスのしわがれた声が応じた。
『けれども、どうやら、昔の人間は鍵穴に合わせた鍵を造ろうとしていたらしくてね、途中まで鍵穴を分析したらしい図が見つかったが、今では意味がない。そこで、我々は鍵穴を壊す機械から開発して、やっとのことで鍵を壊し、ふたを開けることに成功したんだ』
『中には何が入ってたの?』
この間から、どうも様子がおかしい桜子が、やっぱりせき込んだように尋ねた。
『……何も』
一瞬の緊張の後、あざ笑うようなボックスの声が響いて、僕は力を抜いた。
『何も?』
『空っぽ?』
カタミチと桜子の声が同時に応じる。と、それに重なるように別の声が飛び込んできて、僕達はぎょっとした。
「さくらチャン! また、お店の電話使ってんの。いいかげんになさいよ。あんたの稼ぎでもばかにならない額でしょ、それにね、いくら売れてない店だからってね、男がいる限り、ご指名がいつ来るかわかんないのよ!』
『あ…あ…ごめんなさい、また今度!』
桜子のうろたえた声を遮るように、歌うようなキンキン声といきなりボリュームを上げた派手な音楽が鳴り響く。
『いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、どなたさまでも明るくお遊びいただける、楽しいお店、サロンピンク…』
ガシャッ!
電話が壊れたんじゃないかと思うほどの音を立てて、桜子は電話を切った。
気まずい沈黙の後、みんなの頭にあったのは、もう桜子はこのラインに参加してこないだろうな、という予感と一つの事実、だっただろう。
「はい!」
僕は整理の手を止めて、倉庫から顔を出した。
売り場主任が手招きをしている。妙ににやにやと機嫌がいい。
その横に、見慣れないおっさんが一人いる。
「何ですか?」
「ああ、この方はね、このチェーンの店のオーナー、酒田さん」
おっさんが心持ち頭を下げるのに、僕も慌ててお辞儀をした。
「君に話があるそうだ」
いつもは、おまえ、とか、健一としか呼ばないのに、主任は君などと呼んで、僕とおっさんを奥の部屋に案内した。
「実はね…ここの店を持ってみないか、とオーナーはおっしゃってるんだよ」
「ええ?」
僕は驚いておっさんの顔を見た。
おっさんは穏やかに笑って見せて、
「ここ数日、仕事ぶりを見せてもらった。熱心だったね。どうだね、一度、店を持ってみないか?」
冗談ではないとすぐにわかる生真面目な口調だった。
熱心、というのは、電話代のためなのだが、もちろん、そんなことは誰にも言っていない。
大学をどうする、という戸惑い、認められたんだという嬉しさがごっちゃになって、僕はようようことばを絞り出した。
「考え、させて下さい」
「わかった…いい返事を期待しているよ」
オーナーはそう答えて腰を上げた。
確かに、この店は働きやすかった。仕事も嫌いじゃなかった。いや、むしろ、少しずつ興味が出てきた、と言ったほうがいい。
でも、だ。
この社会で、大学も受からない男がやっていけるのか。今はいいとして、歳を取ったら? 店がつぶれたら?
僕の頭は、急に飛び込んできた話でいっぱいになっていた。
ふらふらと家に帰って、気分転換のつもりでかけたラインで、いきなり話が始まっていて、ちょっとびっくりした。
『…つまり、その箱には、何にも歯がたたなかったってわけだな?』
『ちょっと待って……今、入ってきたの、ケン君?』
カタミチの声に続いて、みやが確認してくれた。
「うん。話を中断させてすまない。続けてくれ」
僕は頼んだ。
『ああ、わかった』
ボックスのしわがれた声が応じた。
『けれども、どうやら、昔の人間は鍵穴に合わせた鍵を造ろうとしていたらしくてね、途中まで鍵穴を分析したらしい図が見つかったが、今では意味がない。そこで、我々は鍵穴を壊す機械から開発して、やっとのことで鍵を壊し、ふたを開けることに成功したんだ』
『中には何が入ってたの?』
この間から、どうも様子がおかしい桜子が、やっぱりせき込んだように尋ねた。
『……何も』
一瞬の緊張の後、あざ笑うようなボックスの声が響いて、僕は力を抜いた。
『何も?』
『空っぽ?』
カタミチと桜子の声が同時に応じる。と、それに重なるように別の声が飛び込んできて、僕達はぎょっとした。
「さくらチャン! また、お店の電話使ってんの。いいかげんになさいよ。あんたの稼ぎでもばかにならない額でしょ、それにね、いくら売れてない店だからってね、男がいる限り、ご指名がいつ来るかわかんないのよ!』
『あ…あ…ごめんなさい、また今度!』
桜子のうろたえた声を遮るように、歌うようなキンキン声といきなりボリュームを上げた派手な音楽が鳴り響く。
『いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、どなたさまでも明るくお遊びいただける、楽しいお店、サロンピンク…』
ガシャッ!
電話が壊れたんじゃないかと思うほどの音を立てて、桜子は電話を切った。
気まずい沈黙の後、みんなの頭にあったのは、もう桜子はこのラインに参加してこないだろうな、という予感と一つの事実、だっただろう。
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