開かない箱

segakiyui

文字の大きさ
6 / 10

6

しおりを挟む
「おーい,健一!」
「はい!」
 僕は整理の手を止めて、倉庫から顔を出した。
 売り場主任が手招きをしている。妙ににやにやと機嫌がいい。
 その横に、見慣れないおっさんが一人いる。
「何ですか?」
「ああ、この方はね、このチェーンの店のオーナー、酒田さん」
 おっさんが心持ち頭を下げるのに、僕も慌ててお辞儀をした。
「君に話があるそうだ」
 いつもは、おまえ、とか、健一としか呼ばないのに、主任は君などと呼んで、僕とおっさんを奥の部屋に案内した。
「実はね…ここの店を持ってみないか、とオーナーはおっしゃってるんだよ」
「ええ?」
 僕は驚いておっさんの顔を見た。
 おっさんは穏やかに笑って見せて、
「ここ数日、仕事ぶりを見せてもらった。熱心だったね。どうだね、一度、店を持ってみないか?」
 冗談ではないとすぐにわかる生真面目な口調だった。
 熱心、というのは、電話代のためなのだが、もちろん、そんなことは誰にも言っていない。
 大学をどうする、という戸惑い、認められたんだという嬉しさがごっちゃになって、僕はようようことばを絞り出した。
「考え、させて下さい」
「わかった…いい返事を期待しているよ」
 オーナーはそう答えて腰を上げた。
 確かに、この店は働きやすかった。仕事も嫌いじゃなかった。いや、むしろ、少しずつ興味が出てきた、と言ったほうがいい。
 でも、だ。
 この社会で、大学も受からない男がやっていけるのか。今はいいとして、歳を取ったら? 店がつぶれたら?
 僕の頭は、急に飛び込んできた話でいっぱいになっていた。
 ふらふらと家に帰って、気分転換のつもりでかけたラインで、いきなり話が始まっていて、ちょっとびっくりした。
『…つまり、その箱には、何にも歯がたたなかったってわけだな?』
『ちょっと待って……今、入ってきたの、ケン君?』
 カタミチの声に続いて、みやが確認してくれた。
「うん。話を中断させてすまない。続けてくれ」
 僕は頼んだ。
『ああ、わかった』
 ボックスのしわがれた声が応じた。
『けれども、どうやら、昔の人間は鍵穴に合わせた鍵を造ろうとしていたらしくてね、途中まで鍵穴を分析したらしい図が見つかったが、今では意味がない。そこで、我々は鍵穴を壊す機械から開発して、やっとのことで鍵を壊し、ふたを開けることに成功したんだ』
『中には何が入ってたの?』
 この間から、どうも様子がおかしい桜子が、やっぱりせき込んだように尋ねた。
『……何も』
 一瞬の緊張の後、あざ笑うようなボックスの声が響いて、僕は力を抜いた。
『何も?』
『空っぽ?』
 カタミチと桜子の声が同時に応じる。と、それに重なるように別の声が飛び込んできて、僕達はぎょっとした。
「さくらチャン! また、お店の電話使ってんの。いいかげんになさいよ。あんたの稼ぎでもばかにならない額でしょ、それにね、いくら売れてない店だからってね、男がいる限り、ご指名がいつ来るかわかんないのよ!』
『あ…あ…ごめんなさい、また今度!』
 桜子のうろたえた声を遮るように、歌うようなキンキン声といきなりボリュームを上げた派手な音楽が鳴り響く。
『いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、どなたさまでも明るくお遊びいただける、楽しいお店、サロンピンク…』
 ガシャッ!
 電話が壊れたんじゃないかと思うほどの音を立てて、桜子は電話を切った。
 気まずい沈黙の後、みんなの頭にあったのは、もう桜子はこのラインに参加してこないだろうな、という予感と一つの事実、だっただろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...