開かない箱

segakiyui

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 それを口にしたのは、ボックスだった。
『お嬢様、じゃなかったみたいですな』
「いいだろ、そんなこと」
 そのまま黙ってしまうと、自分まで正体を晒してしまいそうな気がして、慌てて口を挟んだ。
「そんなことはどうでもいいんだ。誰であろうと構わないんだ。どこの誰でも、どういう事情でも…』
 言いながら、あっさりうろたえてしまった自分が情けなく、恥ずかしかった。
 そうとも、僕らは…いや、僕はただの浪人生にしか過ぎない。
 このラインの一時だけ、能力のある信頼のおけるリーダーになる、逆に言えば、このラインの中でしかリーダーになれない、夢の中の男でしかない。
 桜子もまた、そうだったのだ。
 彼女もラインという夢の中で密やかな呼吸をするしか、自分を生かせない人間だったのだ。
『うろたえるなよ、ケン』
 珍しく、慰めるようにカタミチが言って、僕の恥ずかしさは頂点に達した。
 みやもこれを聞いている。
 リーダーなんかじゃない、弱々しい僕の姿を想像してしまっているだろう。
『俺だって、本当は岬予備校の…』
 なおもことばを続けるカタミチの声に、叫んで電話を切る。
「やめろ!」
 突然の沈黙。
 どうしてみんな、正体を見せたがるんだ。
 どうせ遊びの仲間じゃないか。本当に理解されたいなんて思ってやしない。
 それなのに、どうして自分から、ぼろぼろ『本当の姿』の告白ごっこなんか始めてしまうんだ。
 それは、結局、あいつらがそれなりに現実の中で足場を持っているということじゃないのか、僕みたいに宙ぶらりんじゃなく。
 店を持ったら、少しは僕にも足場ができるのだろうか、この世界の中で。
 それとも、より一層ひどい状態に追い込まれて、今度こそ、自分の無力さを思い知らされて、完全に社会から落ちこぼれていくんじゃないのか。
 これって、どこか卑怯よね、とみやが呟いた気がした。
 しなきゃならないことに怯えて、目を背けてるだけ、だものね…。
 でも、世の中は失敗を恐れている。
 父も母も、僕が失敗することを恐れていた。
 失敗するのは最悪だ、と、育てられてきたんだ。
 できるだけ失敗しないように、注意深く、成功者の道だけを選んで生きること。
 じゃあ、店を持つのは、失敗につながるんだろうか、成功につながるんだろうか。
 どちらへ道は続いているんだ?
「あ」
 そのときになってようやく、僕は、あのまま仲間と話し続けているよりもみっともない失態を演じてしまったことに気が付いた。あの切り方じゃ、かえって変な奴だと思われたに違いない。
「…くそ…」
 僕は部屋の真ん中に座り込んだ。
 いつもこうだ。
 いつも肝心なところで、取り返しのつかない失敗をするのだ。
 受験前日に神社へお参りにいったときもそうだった。
 雨が降っていて、なんだか体が疲れてたけど、明日だからと無理をして、当日の朝、熱を出した。
 それをしているときは、最善の方法のように思っていて、何もかも終わってから間違いに気づき、その馬鹿さ加減に二重に落ち込む。
 そうして、ますます、失敗したくない自分と失敗しかできない自分のギャップが開いていくのだ。
「一生……こんな人生かな…」
 僕はどさりと後ろに倒れた。
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