『ラズーン』第三部

segakiyui

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2.野戦部隊(シーガリオン)(2)

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 時は少し遡る。
 宙道(シノイ)の中でユーノに置き去られたアシャは、これ以上ないほどの不機嫌さを撒き散らしながら、短剣をおさめた。
 ユーノの後を追おうにも馬は動かず、腹立ち紛れに飛びかかって来た兵を情け容赦なく切り捨てて、それでもなお怒りがおさまらない。
(一体、誰のために、何のために、俺が宙道(シノイ)を選んだと思ってる、あの馬鹿は!)
 心の中で喚き散らして、ふいにアシャは我に返った。
(そうだ……俺はまだ、それをユーノに伝えていない…)
 激情がみるみるしぼんでいくのがわかった。
(結局は、俺のせい、なのか?)
 駆け去る寸前、ユーノはしきりと宙道(シノイ)の出口のことを聞いていた。あの時から、ユーノの頭にはこの計画があったのだろうに、アシャはそれを感じ取れなかった。
「レス…」
 そこでようやく、アシャは自分の足下で丸く体を縮めているレスファートに気がついた。かがみ込むと、少年は傷に巻かれたユーノのチュニックの切れ端を押さえたまま、声もなく泣き続けている。
「大丈夫か?」
「どうして…」
 ひくりとしゃくりあげながら、レスファートは目を見開いた。濡れたアクアマリンの瞳が眩いほどに煌めいて光を放つ。
「どうして、いつも、ぼくをおいていくの?」
 ぽろぽろ涙を零しながら、レスファートは体を起こした。差し伸べたアシャの手に縋って、左脚を引きずりながら立ち上がる。
 アシャはレスファートの前にしゃがみ込み、相手の顔を覗き込んだ。
「どうして、ゆーの、ぼくを…」
「レス…」
 痛々しくなって、少年をそっと抱きかかえる。
 レスファートの問いはそのままアシャ自身の問いでもある。
 まるで、自分が小さな子どもに戻って、ユーノを求めて泣いているような気がした。
(どうして、俺を置いて行く?)
「俺だって、同じだよ、レス」
 つい、弱音を吐いた。
「アシャ…」
 う、わあっ、と堰が切れたよううに、いきなりレスファートはアシャにしがみついて泣きじゃくった。
 ユーノをかけがえなく慕っているレスファートにとって、ユーノに置き去られたことは母親に捨て去られたことと同じように思えるのかも知れない。体中を震わせ、もはや傷の痛みもわからぬように、ユーノ、ユーノ、と繰り返しながら泣き続ける。
「…まあ……いい度胸、だよな」
 イルファが溜め息まじりに呟いた。
「自棄、と言った方がいいのかも知れんが」
「ああ」
 重く応じながら、アシャはレスファートを抱き上げて立ち上がった。顔に両手の甲を押し当て、ひっく、ひっく、と息を引いているレスファートに優しく囁く。
「レス、泣くなよ。ユーノはきっと大丈夫だ。何かあったら、きっとレスを呼ぶだろう。それを聞いてもらわなくちゃならない。泣いてちゃ、わからないだろう?」
「ひっ……う、うん…」
 レスファートははっとしたように頷いた。頬の涙を、慌ててごしごしとこぶしで擦る。
「それに、お前が泣いていると馬が怯える。俺達がユーノを探しにいくのが、一層遅れるぞ」
「ん」
 きゅ、とレスファートは唇を結んだ。赤くなった目の縁や鼻の辺りをなおも擦りながら、何とか泣き止む。だが、突然支え手を失った不安が強いのだろう、片手でしっかりとアシャの首を抱えて離さない。
 それと見てとったイルファがのっそりと馬に跨がった。両手をレスファートに差し伸べる。
 少しためらった後、レスファートはイルファの方へ両手を伸ばして体を移した。
「レス」
 イルファは少年の小さな体を抱き取って鞍の前へ乗せながら、珍しく真面目な声で続けた。
「あいつは大丈夫だ。あれだけの男が、そうやすやすと殺られるはずがなかろう。俺はあいつの腕を信じるぞ」
 そのイルファの声には自覚していないのだろう、密かな尊敬がある。
(あれだけの男、か)
 アシャは複雑な思いで宙道(シノイ)の彼方へ目を向けた。

「あ…あ?」
 ユーノは思わず小さく声を漏らした。てっきり押し寄せた平原竜(タロ)の下敷きになったと思ったのに、大群は自分を避けて巧みに周囲を駆け抜けていく。
(あれだけの速度を出しながら、よくこれほど見事に私達を避けていける)
 一糸乱れぬ統制で、平原竜(タロ)の群れは、ユーノの周囲に僅かの隙間を空けて、動く壁を作っている。
 それはまるで、ギヌアの目からユーノを囲い込むかのようだった。
 ヒストが今にも走り出しそうだったが、あまりの驚きに気力が萎えたのか、嘶き首を振りながら、その場から動こうとしない。
 流れる深い緑の壁を呆然と見つめていたユーノは、その中から、より鮮やかな緑の肌をした平原竜(タロ)が、群れの中をするするとこちらへ走り出てくるのに気づいた。
(誰だ?)
 乗っているのは、野戦部隊(シーガリオン)に共通した褐色の肌の大柄の男だ。硬そうな黒い短髪と口ひげをたくわえている。瞳は鈍い黄色で、鋭い光をたたえているものの、ユーノを見るとどことなく和らぎ、側まで平原竜(タロ)を寄せて来ると、何かを叫んだ。
「え?」
 やや小止みにはなっているものの、赤茶色の草原に降る雨音と平原竜(タロ)の足音でよく聞き取れず、ユーノは首を傾げた。それをすぐに察したらしい。男は濡れた黒髪をかきあげてから、その手をぐい、と平原竜(タロ)の向かう方向へ伸ばした。
(来い、と言っているのか?)
 平原竜(タロ)のどこに呑まれたのか、姿のないギヌアを探したが、いずれにせよ選択の余地はない。今再び対峙すれば、もうもたないだろう。
 ユーノは、そっとヒストの腹を蹴った。ぶるるっ、とヒストが首を振り、何か憑き物でも落としたようにゆっくりと向きを変える。やがて、周囲を走る平原竜(タロ)の中にじんわりと紛れ込みながら、ふてぶてしい様子で体を揺すり、小さく嘶いた。雪白(レコーマー)達と走ったことを思い出したのかも知れない。
 そのヒストの動きにぴたりと体を合わせ、ユーノは馬の背中に身を伏せた。男がにやりと笑い、それでもふと気遣わしげにユーノの左腕を見る。だが、それも一瞬、手にした紅の房飾りの槍を突き上げ、一声高く叫んだ。
「オーダ・シーガル! オーダ・レイ!」
 びく、と体を竦めたヒストに、ユーノは体をひたりと寄せる。安全と安心を体温と動きで保証する。馬の怯えはすぐにおさまった。
「オーダ・シートス! オーダ・レイ! レイ、レイ、レイ、レイ!」
 どう、っと周囲の平原竜(タロ)の乗り手からも声が上がった。さすがのヒストも、今度は今にも縮み上がりそうだが、ユーノへの信頼か、それでも堪えて走り続けてくれる。
「オーダ・レイ! オーダ・シーガル!」
 男が再び声を上げると、レイ、レイ、レイ、レイと掛け声が戻ってきた。
(どこへ行くんだ?)
 群れから離されまいと、ユーノはヒストを必死に駆った。
 ギヌアの悔しげな叫び声が空を衝いたようだったが、さすがにいくら『運命(リマイン)』の王と言えども、たった一人では、百騎近い野戦部隊(シーガリオン)相手に立ち回る余裕はないと判断したらしく、すぐに声も気配も消え去った。

 野戦部隊(シーガリオン)は、どうやら遠征の帰りらしかった。
 赤茶けた草原を走破し、岩棚が重なり合うような窪地近くに来ると、まとめる声もかからぬのに、それぞれ勝手知った手順のように平原竜(タロ)から滑り降り、鞍の後ろに括りつけていた厚布や棒や毛皮で天幕(カサン)を張った。
 部隊全体が定められた配置に従い、各自天幕(カサン)を張り終えたころには、雨はすっかり上がっていた。
 男達が笑いながら、布で自分と平原竜(タロ)の体を拭き、火を焚き、食べ物の調理にかかる。
 ユーノは戸惑っている間もなく、先ほどの男に促されて、やや小振りの天幕(カサン)に入った。ここで身支度を整えてくれればいい、と短く伝えられて、有難く服を脱ぎ、体を拭いて、ヒストに括りつけていた予備の衣服を身に着ける。かなり湿ってはいたが、これだけの火があってあたらせてもらえれば、すぐに乾くだろう。
 雨に濡れて冷え始めていた髪をごしごしと擦っていると、入り口の垂れ幕の向こうで低い声がした。
「入るぞ、客人」
「はい、どうぞ」
 顔を覗かせたのは声をかけてきた男だった。相手も濡れた服を着替え、裾を引きずるような焦茶のマントを、緑色がかった金属の鎖で胸元に寄せている。
「腕はどうだ?」
「たいしたことはありません」
 ユーノは微笑した。
 左腕はまだ微かに痺れているが、相手の意図が汲み取れないうちに手札を晒すわけにもいかない。
「助けて頂き、ありがとうございました」
「礼には及ばん」
 男は穏やかな笑みを広げた。歳の頃は四、五十ぐらいか。したたかな面白がるような光を目に浮かべて、
「俺はシートス・ツェイトスと言う。ラズーン野戦部隊(シーガリオン)隊長だ。遠目でしかとは見えなかったが、『運命(リマイン)』を敵とするものは、何者であろうと我らの兄弟と同じだと考えているのでな」
「『運命(リマイン)』を敵とするもの…」
「そうだ。ラズーンより、近在の『運命(リマイン)』に降りた者共を叩きに遠征してきたところだった。気づいてなかったかも知れぬが、お前が戦っていたあの男は、濃い『運命(リマイン)』の気配をたたえていると物見(ユカル)が言うのでな。たった一人を全軍で襲うまでもあるまいと、とりあえずはお前を攫う方法を取ったのだ」
「それなら」
 ユーノは眉をしかめて唇を噛み、低い声で応じた。
「ボクもろとでも、あの男を葬った方が良かった」
「何?」
「あいつは、ギヌア・ラズーン。『運命(リマイン)』の王です」
「何と!」
 シートスの黄色の目に野獣じみた光が宿った。
「それでは、あいつが『太皇(スーグ)』に背反し、ラズーンを滅ぼそうとする下劣な魂の持ち主か!」
「そうです」
 応じながら、ユーノは不安になった。
 ギヌアはユーノを屠るのに失敗した。となれば、また矛先を変えて、アシャ達を追撃にかかるだろう。
「まさか、あんなところで、それも不敵にもたった一人で現れるとは……。……しかし」
 シートスは悔しそうに唸ったが、ふと気づいたようにユーノを凝視した。
「なぜ、お前はそんなことを知っている? 出で立ちからして旅の者のようだが、あまりにも軽装、かと言って、この辺りでお前のような姿を見たことがない………仮にもギヌアと立ち会える腕はただ者ではないと思うが……こちらにそんな旅人の情報は入っていない」
 シートスの目は緩やかに細められた。
「お前ほどの者が、我ら野戦部隊(シーガリオン)に知られぬはずはない」
「申し遅れました」
 相手の目の奥に宿った殺気に、ユーノは居住まいを正した。
「改めて名乗ります。ボクはセレドのユーノ・セレディス。ラズーンから招かれて旅をしていたところ、いきなり……あいつに襲われたんです」
「何」
 シートスはますます訳がわからないという顔になった。
「とすると、何か、お前は『銀の王族』なのか?」
「一応は」
「しかし…」
 シートスはなおも訝しげに、
「武勇に優れた『銀の王族』なぞ、いるとは…」
「ボクは…できそこない、なんです」
 ユーノは苦笑いした。
「しかし、なあ、ううむ……。いや、おう、これはいかん」
 納得しかねるという顔で首を捻ったシートスは、唐突にユーノを見た。
「客人を仲間に紹介もせず、こんな火の気のない所に凍えさせておくとは、俺もどうかしている。こちらへ来てくれ、皆が待っている」
 促されて、ユーノは天幕(カサン)を出た。
 あちこちに点在する天幕(カサン)の近くには、平原竜(タロ)が数匹ずつかたまって休んでいた。滑らかな金属片を繋いだような緑色の鱗が、中央の広場に焚かれた炎にきらきらと光っている。尖った耳にはそれぞれの乗り手の紋章なのか、金、銀、青銅、赤銅などの薄板が挟みつけられ、見事な彫り物が施されていた。辺境のイワイヅタあり、『黒の流れ(デーヤ)』あり、クフィラあり。細工は様々で濃い陰影をたたえている。
「『銀の王族』には、視察官(オペ)が一人、付き添っているはずではなかったか?」
 先に立ったシートスが考え込んだ声で尋ねてくる。
「ちょっと途中でもめて。ボクが飛び出してきてしまったんです」
 ユーノは応じた。嘘はついていない。
「無茶なことを」
 シートスは溜め息をついた。
「深窓育ちの『銀の王族』が、一人でラズーンへ向かおうとは正気の沙汰ではない。お前の視察官(オペ)は誰だ? お前のような子どもに置き去られるとは、とんだ間抜けだな」
「えーと…」
 ユーノはややこしくなった話の流れに口ごもった。
「『太皇(スーグ)』にご報告した方がいいかもな。いったい、誰なんだ?」
「……アシャ・ラズーン」
「何と!」
 シートスは驚きのあまり、立ち止まってしまった。のろのろと振り返り、ユーノが嘘をついているのではないかと怪しむような様子でゆっくりと口髭に触れる。
「あの、アシャ、だというのか? お前は知らないかもしれないが、ラズーンの第一正統後継者……諸国放浪の旅に出てしまった、あの、アシャだと?」
「ええ、はい、まあ」
 居心地悪くもじもじすると、シートスは静かにユーノを見下ろして呟いた。
「他の者なら疑いもする。だが、なるほど、それなら、ギヌアがお前を狙ったわけもわかろうというものだ」
 続けて何事か言いたそうな顔になったが、考え直したように首を振り、火の側へユーノを導いた。
 焚き火の間近で、数人の男が串に刺した岩とかげを焼いている。ジュッ、と熱い音がして肉汁が落ちると、香ばしい匂いが立ちのぼる。側の男は口から尻尾まで棒で貫いた岩とかげを次々と火に炙り、ひっくり返す。
 岩とかげから上がる油っぽい煙と、炎それ自体から上がる清新な煙が入り交じり捻り上がって、あまり星の出ていない灰色がかった空へと錐のように差し込まれていく。
 炎の熱が冷えた体と心をゆっくりと暖め、しばしユーノはぼんやりと炎を見つめた。
「おう、見られよ、客人」
 ふいに、シートスが、その煙の上がる彼方の空を見上げて促した。上向いたユーノは鳥達が飛べぬ薄暗い闇を飛翔する影に気づいた。にっこり笑って、高々と左腕を差し上げる。
 それをシートスは複雑な、しかし満足そうな顔で一瞥した。ユーノの左腕に軽々と舞い降りて来た白い姿に頷く。
「実は俺達がお前を見つけたのは、そのクフィラのせいなのだ。人には慣れにくいはずのクフィラが、何を知らせに旋回しているのかを知りたくなってな」
「そうですか。……ありがとう、サマルカンド」
「クェアッ」
 真っ白な体躯に真紅の十字を額に刻んだクフィラは、夜もその額の十字の力で目的地を見定め飛ぶことができる。ユーノの左腕に爪をたてないようにそっと乗りながら、サマルカンドは甘えた声で鳴いた。
 その一瞬、ひくりとユーノの体が強張る。傷の上にクフィラが乗ったのだ。だが、唇を噛むことすらなく、少し眉を寄せた程度で、クフィラの背中を撫でた。
「ユーノ」
 シートスが低く深い声で尋ねてきた。
「幾つになる?」
「十七」
「それでもう、傷を受けた左腕を庇わない癖と、右腕を空けておく習性を身につけているのか?」
「あ…」
 ユーノは素早くシートスを見上げた。
 せっかくの命の恩人の機嫌を損ねてしまっただろうか。
 やや不安になって相手を見つめる。
「ごめんなさい。あなたを疑っているわけじゃありませんが…つい」
「なるほどな」
 シートスは吐息をついた。
「どうやら、お前の戦いはこの旅で始まったようなものじゃない、もっとずっと昔からのものらしい」
(私の…戦い…)
 ユーノは僅かにシートスから視線を逸らせた。
(うん……昔から……長い…長い戦いだよ、シートス)
 そして、何と肌寒い想いだっただろう、その戦いに伴う記憶は。
「それだけの武人には、我ら野戦部隊(シーガリオン)も、心からの敬意を払わなくてはなるまいな」
 沈んだユーノの気持ちを引き立てるように、シートスが口調を変えてにやりと笑った。
「ギヌア・ラズーンはかなりの遣い手と聞き及んでいる。その男を相手に持ちこたえていたお前と、是非手合わせを願いたいと仲間の幾人かが申し出ているのだが」
「え?」
 ユーノはぎょっとした。二人が現れたのに気づいたのだろう、焚き火の近くに居た男達が、ちらちらとこちらへ視線を投げてくる。横顔を火に照らされた顔はどれも精悍、髭面あり、傷痕あり、誰一人たるんだ気配のものなどいない。
「まさか!」
「まさかではない。今回の遠征は意外に手応えがなくてな、皆、退屈しているのだ」
 シートスはからかうように言い放つと、男達の方を向いた。
「オーダ・シーガル! オーダ・レイ!」
「オーダ・シートス! オーダ・レイ!」
 炎を囲んでいた男達が、シートスの呼びかけに、わっと片手の拳を突き上げて応える。
「何?」
「栄えあれ、ということだ。栄えあれ、野戦の民! 栄えあれ、永遠に! 我らの祈りと言ってもよい」
「そうだ、栄えあれ、シートス、我らが隊長よ」
 一番近くの岩に腰を降ろしていた、まだ年若い男が頬を上気させて続けた。
「こら。客人の話も聞かず、身内を褒めてどうするのだ、物見(ユカル)」
 シートスが苦笑いして窘めるのに、ユカルと呼ばれた男は肩を竦めて見せた。物見(ユカル)と呼ばれるだけあって、はしこそうなきらきらした焦げ茶色の目をしている。
「ようし、皆、聞いてくれ」
 シートスの声に、男達が雑談を止めて集中した。
「この客人は、ラズーンの『銀の王族』、セレドのユーノだ」
「何?」
「『銀の王族』?」
「しかし、そのクフィラは…」
「『銀の王族』が剣士などとは…」
「そして、彼の視察官(オペ)は誰だと思う?」
 騒然とした野戦部隊(シーガリオン)の声を軽く制して、シートスが問いかけた。続くことばを、それとなく予想した者がいたのだろう、ごくりと唾を呑む緊張した気配が広がる。聞き手の期待を焦らせたシートスが、薄笑みを浮かべながら言い放つ。
「アシャ・ラズーンだ」
 うおおっという興奮した叫びが上がった。
「従って、我らは今日よりしばらく、アシャからの客人を受け入れることになる。皆、心して働けよ」
「おうう!」
 地鳴りのように同意した男達は、それぞれに熱っぽい目でユーノを見た。だが、ユーノが戸惑っている気配をすぐに察したのだろう、どこか照れくさそうに、それぞれの仕事に戻っていく。
「我らはかつて、あの方の下で働いたことがあるのだよ。あの方はまさに真の武人、卓越した指導者、機を読み、策を練る最高の軍師だ。武術に優れ学を保ち、なおかつあの美貌だ」
 シートスは焚き火の一角にしつらえられた場所にユーノを案内しながら、口髭に隠された口元に懐かしそうな笑みをたたえて、男達の興奮の理由を話してくれた。
 一枚の薄い皮の敷物、その上に座ったシートスの隣に腰を降ろす。ユーノの腕から離れたクフィラは、差し出された岩とかげの皿から投げた肉片を数切れついばんだ後、再び暗い空へと哨戒に舞い上がっていく。
「ボクはアシャのことはほとんど知らない」
 問いかけるようなシートスの視線に、ユーノは呟いた。
「それほど凄い人なんですか?」
 アシャの凄さは十分に知っている、が、ラズーンに絡んだアシャについては何も知らない。シートスは、そのユーノの知らないアシャについて話してくれそうな気配があった。
「ああ、それはもう」
 シートスは皿から岩とかげの肉を取り、唇の端で噛み千切った。
「俺があの方と戦いに出たのは一度きり………『黒の流れ(デーヤ)』反乱のときだ」
 淡い苦笑がシートスの日焼けした顔に滲んだ。
「その頃の俺の目ときたら、ひどく曇っててな。『黒の流れ(デーヤ)』の反乱鎮圧のためにラズーンから来る総隊長と聞いて、どれほどの男が出てくるかと思っていたが、あのようにきらびやかな容貌の持ち主が来たと知って、ずいぶんと荒れたものだ」
 ぱちっ、と湿り気を帯び出した夜気に炎の中の木の枝が弾け、火の粉が舞い上がった。ユーノはもちろん、シートスの話を聞くように火の回りに集まり出した男達も、思い思いの格好で、ある者は酒杯を空け、ある者はとかげの串を手にしている。
「アシャ・ラズーン、が何者かさえ知らずにな……」
 懐かしそうな声が続いた。
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