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4.星の剣士(ニスフェル)(2)
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「このあたりの宿でいいよな」
イルファが馬を止めるのに、アシャは頷いて腕の中のレスファートを覗き込んだ。
アクアマリンの瞳は光を失ったのかと思えるほど、虚ろなままだ。スォーガの街にようやく入ったというのに、これまでのように異国の見知らぬ風景にはしゃぐこともなく、食べ物は水で何とか流し込んでいるだけという状態が続いている。
アシャはふわりと馬から飛び降り、両手をレスファートに差し伸べた。
「レス」
硬い表情でその手に掴まり、馬から降りると、それ以上誰の接触も拒むように、レスファートはすっとアシャの側から離れた。
「…」
イルファは溜め息まじりに首を振り、のしのしと近くの宿屋に入り込んでいった。しばらくして出て来て、レスファートを気遣いながらも快活に笑う。
「あいてるそうだ。ベッド二つ、一部屋。レスはお前か俺か、どちらかと一緒に眠ればいいだろ?」
「そうだな」
アシャは重く頷く。
近頃ではレスファートを一人で眠らせるのが危なっかしくなっている。眠っている時でも、ふいにふらふらとユーノの心象を追って立ち上がり、どこへとも知れずに姿を消していきそうになる。
レスファートの心の隅に確かにユーノの気配はひっかかり続けており、思いが募ったあまりの妄想ではないようだったが、動乱のこの時期にあっては、レスファートのような愛らしい子どもであるなら、よからぬことを企む輩もいるだろう。
(くそ)
レスファートを導きながら、アシャもぶるりと頭を振った。
奇妙な感覚は実はアシャの方にもあって、一瞬気が緩んだ時に、自分が人ごみの中にユーノの姿を探してぼんやりしているのに気づき、ぎょっとすることがある。
いつの間にか、これほど強く、心の中の見えないところまで深く、ユーノの存在が根を張っている。いつの間にか、自分の生きる基盤の中に、ユーノが刻みつけられている。
気力が削がれる。体力が落ちている。感覚が鈍っている。
(この俺が)
ユーノがいない、ただそれだけで、これほど生きていくのが苦しい、まだ体さえ繋いでいないのに。生きている意味がない、そう呟く心を必死に見まいとしている自分を、レスファートが否応なしに突きつけてくる。
(一体何なんだ)
こんな気持ちは味わったことがない。
(ユーノと出会ってからは、こんなことばかりだ)
今まで全く知らなかった自分ばかりに出会う。
「夕飯がもう食えるそうだ」
「それは、ありがたいな」
イルファの声に我に返った。
「レス、おいで」
「…ぼく」
馬を馬屋に入れ、楽しそうに宿屋に入ろうとするイルファに続こうとして、レスファートを促すと、相手は柔らかく頭を振った。表情をなくした顔に疲労を色濃く滲ませてアシャを見上げる。瞳はまるでガラス玉だ。アシャを全く見ていない。どれほど止めろと言い聞かせても、心の中で微かに感じ取れるユーノの心象を追い続けている。止めさせるためには、眠らせるか、ユーノを見つけるしかない、だが。
(眠れない、見つけられない)
ぐ、とアシャは歯を食いしばった。
(俺だって)
どちらも果たせないのは同じだ、この幼い無力な少年と。
(ラズーンのアシャだって)
ユーノを得られない無力さにおいては。
「ぼく……いらない…」
「レス」
アシャは声を荒げた。
「食べずに旅は続けられない。ユーノを探すのだって、体力がいるんだ」
自分に言い聞かせているようなだものだ、と苦く思う。
「うん…」
レスファートは物憂い様子で頷く。渋々と言った様子でやってくる。
イルファは既に準備された食卓について二人を待っていた。ちょうど皆食事時間なのだろう、食堂には泊まり合わせた者同士、賑やかに相席している。
「さあ、レス。今日はこれだけ」
どん、と肉、野菜、穀物を炒めたものなどを盛り合わせた皿を、レスファートの前に置いたアシャに、少年は露骨に嫌な顔になった。
「お水…」
「水ならいくらでもやる。だから、これを平らげろ」
「うん…」
こくりと人形のように頷いて、レスファートは皿に盛られた食べ物を黙々と口に運んでいく。おそらく味などわかっていないのだろう。
「俺達も食おう」
「ああ」
アシャの促しに、気がかりそうな目をレスファートに向けていたイルファも、止めていた手を動かし始める。さすがのイルファも、レスファートのしょんぼりしている様子が堪えるらしく、いつもの健啖ぶりは見られない。食事に関して比較的変化がないのはアシャで、眠れなくとも緊張し続けていても、必要な栄養は確保し続けている。
(視察官(オペ)の習性というところか)
醒めた笑みが思わず浮かんだ。
旅を生活とする視察官(オペ)には、自制力と統御能力が必須条件だ。自分を極限まで客観化できるほど優れた視察官(オペ)と評価され、なかでもアシャは指折りの視察官(オペ)と呼ばれている。
(だが、その俺にしても)
今はその客観視できる能力の高さが恨めしい。
いつもの自分からどれほど外れていっているのか、克明に認識してしまう。国を破滅させ、世界を揺るがせるような状況においても安定しているはずの自分の心身が、たった一人の少女、ユーノ・セレディスの不在という、ただそれだけのことで、信じられないほど調整能力も統御能力も失っていきつつあるのが自覚できる。
このままではきっと、遅かれ早かれ、アシャも自分を制御できなくなる。
(……ああ、そうだ)
ユーノを失った痛手にこれほど平静でいようとする、それが十分におかしいのだ、と唐突に気づいた。その必死の努力、それはもう、アシャの非常にまずい部分が発動し始めてる、ということではないのか。
(『太皇(スーグ)』…)
胸の中で呟いた名前に、噛み締めた食べ物の味を意識した。側にいるレスファートとイルファの存在を認識した。自分の中に広がりつつある虚無を、もう一度きちんとしたエネルギーの形に編成し直すように、集中する。
(崩壊するな。破滅するな。今ここで自らを放棄するな)
まだ全てが終わったわけじゃない。
「……だろう?」
ふいに、近くのテーブルでの会話がアシャの耳に入ってきた。
「ああ、あの草原の焼け跡な」
「なんでも、凄い戦いだったそうだぜ。さしもの野戦部隊(シーガリオン)」も十人ほど手勢を失ったそうだ」
近くの卓の男達の話に、来る途中で過った黒焦げの草原を思い出した。
焚き火の跡らしいところに、真紅の房のついた槍が突き立ったまま放置されていたが、やはり野戦部隊(シーガリオン)の葬送の儀式だったのか、と納得する。
「シーガリオンってなんだ?」
イルファがきょとんとした顔で聞くのに、噛んでいた肉を呑み込んで応じる。
「ラズーンの遠征隊だ。タロと呼ばれる平原竜を操る、野戦を主とする勇士達だ」
「へええ…頼めば、俺も入れてくれるかな」
「腕によるな。『足手まといは連れ歩かない主義』だ」
応えながら苦笑いした。野戦部隊(シーガリオン)隊長、シートス・ツェイトスのことを思い出す。
かつて、面と向かってそう言われた。黒い短髪と口髭、鈍い黄色の瞳、嘲る口調にはアシャの地位に対するへつらいなど一切なかった。
(まあ、そう言われても仕方がなかったな、あの頃の評判では)
宮廷を遊び歩く浮かれた男、そういう感覚だっただろう。
「ふうん…」
イルファはちらりとレスファートを見やり、興味がなさそうな相手に溜め息をついた。相変わらず、食べ物というより、皮か土くれを呑み込んでいくように食べ物を口に運ぶレスファートに首を振り、自分の食事に戻る。
「で、その時に大活躍した凄い剣士がいるんだろう?」
男達の興奮した話し声は続く。
「ああ、そうとも、星の剣士(ニスフェル)と呼ばれてる」
「そりゃまた、きらびやかな」
「何でも、その戦い方が、まるで天空の星を引き連れて流れる、伝説の星のようだからと聞いてる」
「伝えの…? たいした評価だな、まだ若いのか?」
「額帯(ネクト)はもう授かっているらしいぞ」
(また、星の剣士(ニスフェル)か)
ふと、アシャはひっかかった。
確かにここへ来るまでにも、星の剣士(ニスフェル)の噂は時々耳にしていた。まだ年若いながらも、物見(ユカル)を真の友として常に寄り添い、隊長シートスの片腕にもなろうかと言う剣の冴えの持ち主だと。
野戦部隊(シーガリオン)の年齢層は広い。若くして志願して加わる者も入れば、歴戦の勇士が是非にと腕を頼りに入隊を希望する場合もある。いずれもシートスが認めなければ野戦部隊(シーガリオン)を名乗ることは許されない。その少年も、おそらくは際立った才能の持ち主なのだろう。
(若くして額帯(ネクト)を与えられるほどの、際立った才能…)
カタン!
ふいにレスファートが手にしていた木さじを取り落とし、振り向く。
「どうした、レス?」
「……」
レスファートは星の剣士(ニスフェル)について話し続けている二人の男の方を、食い入るように見つめている。
「レス?」
「……星の剣士(ニスフェル)…」
「かなりの遣い手らしいな」
「…ちがう…」
「え?」
くるりと振り返ったレスファートの瞳が蘇ったように生き生きとした色になっているのに驚く。イルファが忙しく肉を噛みちぎりながら、問い直す。
「違う、って、何が」
「星の剣士(ニスフェル)は…」
レスファートは微笑しようとした。だが、し損ねて泣き笑いのような表情になる。虚ろだった瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「ユーノだ…」
「え!」「何っ」
いきなりアシャとイルファがレスファートにのしかかるように立ち上がったのに、男達は不審そうな目を向けて話を止めた。
「本当か、レス!」
「ぼくが、ユーノの心象をつかまえそこねるわけがないよ!」
レスファートは叫んだ。
「まちがいないよ。星の剣士(ニスフェル)はユーノだ!」
「……あんたら、どうしてあの人のことを知ってるんだ?」
繰り返される名前に、男の一人が不思議そうに口を挟んでくる。
「見れば、旅の者なのに。確かに、星の剣士(ニスフェル)はユーノ、とも名乗ってるぜ」
「…っ」
一瞬感情が押し寄せ溢れて、アシャはことばを失った。そうとも、当然それを考えてもよかったのだ、と歯噛みする。
野戦部隊(シーガリオン)。
まさにユーノによく似合った、そして絶好のラズーンへの道案内ではないか。
「よし」
アシャは慌ただしく席を立った。
「必ずユーノを連れ帰ってやる。待ってろ、レス。頼むぞ、イルファ!」
「アシャ、お願い!」
レスファートの声を背中に、宿屋を飛び出す。
「レスのことは任せとけ!」
「おい、あんた!」
駆け出して行こうとするアシャに、ただ事ではないと思ったのだろう、男の一人が声をかけてきてくれる。
「野戦部隊(シーガリオン)は、今、南西の台地にいるはずだぜ!」
「わかった!」
感謝を込めて軽く一礼し、アシャはスォーガの南に広がる台地へと馬を駆った。
イルファが馬を止めるのに、アシャは頷いて腕の中のレスファートを覗き込んだ。
アクアマリンの瞳は光を失ったのかと思えるほど、虚ろなままだ。スォーガの街にようやく入ったというのに、これまでのように異国の見知らぬ風景にはしゃぐこともなく、食べ物は水で何とか流し込んでいるだけという状態が続いている。
アシャはふわりと馬から飛び降り、両手をレスファートに差し伸べた。
「レス」
硬い表情でその手に掴まり、馬から降りると、それ以上誰の接触も拒むように、レスファートはすっとアシャの側から離れた。
「…」
イルファは溜め息まじりに首を振り、のしのしと近くの宿屋に入り込んでいった。しばらくして出て来て、レスファートを気遣いながらも快活に笑う。
「あいてるそうだ。ベッド二つ、一部屋。レスはお前か俺か、どちらかと一緒に眠ればいいだろ?」
「そうだな」
アシャは重く頷く。
近頃ではレスファートを一人で眠らせるのが危なっかしくなっている。眠っている時でも、ふいにふらふらとユーノの心象を追って立ち上がり、どこへとも知れずに姿を消していきそうになる。
レスファートの心の隅に確かにユーノの気配はひっかかり続けており、思いが募ったあまりの妄想ではないようだったが、動乱のこの時期にあっては、レスファートのような愛らしい子どもであるなら、よからぬことを企む輩もいるだろう。
(くそ)
レスファートを導きながら、アシャもぶるりと頭を振った。
奇妙な感覚は実はアシャの方にもあって、一瞬気が緩んだ時に、自分が人ごみの中にユーノの姿を探してぼんやりしているのに気づき、ぎょっとすることがある。
いつの間にか、これほど強く、心の中の見えないところまで深く、ユーノの存在が根を張っている。いつの間にか、自分の生きる基盤の中に、ユーノが刻みつけられている。
気力が削がれる。体力が落ちている。感覚が鈍っている。
(この俺が)
ユーノがいない、ただそれだけで、これほど生きていくのが苦しい、まだ体さえ繋いでいないのに。生きている意味がない、そう呟く心を必死に見まいとしている自分を、レスファートが否応なしに突きつけてくる。
(一体何なんだ)
こんな気持ちは味わったことがない。
(ユーノと出会ってからは、こんなことばかりだ)
今まで全く知らなかった自分ばかりに出会う。
「夕飯がもう食えるそうだ」
「それは、ありがたいな」
イルファの声に我に返った。
「レス、おいで」
「…ぼく」
馬を馬屋に入れ、楽しそうに宿屋に入ろうとするイルファに続こうとして、レスファートを促すと、相手は柔らかく頭を振った。表情をなくした顔に疲労を色濃く滲ませてアシャを見上げる。瞳はまるでガラス玉だ。アシャを全く見ていない。どれほど止めろと言い聞かせても、心の中で微かに感じ取れるユーノの心象を追い続けている。止めさせるためには、眠らせるか、ユーノを見つけるしかない、だが。
(眠れない、見つけられない)
ぐ、とアシャは歯を食いしばった。
(俺だって)
どちらも果たせないのは同じだ、この幼い無力な少年と。
(ラズーンのアシャだって)
ユーノを得られない無力さにおいては。
「ぼく……いらない…」
「レス」
アシャは声を荒げた。
「食べずに旅は続けられない。ユーノを探すのだって、体力がいるんだ」
自分に言い聞かせているようなだものだ、と苦く思う。
「うん…」
レスファートは物憂い様子で頷く。渋々と言った様子でやってくる。
イルファは既に準備された食卓について二人を待っていた。ちょうど皆食事時間なのだろう、食堂には泊まり合わせた者同士、賑やかに相席している。
「さあ、レス。今日はこれだけ」
どん、と肉、野菜、穀物を炒めたものなどを盛り合わせた皿を、レスファートの前に置いたアシャに、少年は露骨に嫌な顔になった。
「お水…」
「水ならいくらでもやる。だから、これを平らげろ」
「うん…」
こくりと人形のように頷いて、レスファートは皿に盛られた食べ物を黙々と口に運んでいく。おそらく味などわかっていないのだろう。
「俺達も食おう」
「ああ」
アシャの促しに、気がかりそうな目をレスファートに向けていたイルファも、止めていた手を動かし始める。さすがのイルファも、レスファートのしょんぼりしている様子が堪えるらしく、いつもの健啖ぶりは見られない。食事に関して比較的変化がないのはアシャで、眠れなくとも緊張し続けていても、必要な栄養は確保し続けている。
(視察官(オペ)の習性というところか)
醒めた笑みが思わず浮かんだ。
旅を生活とする視察官(オペ)には、自制力と統御能力が必須条件だ。自分を極限まで客観化できるほど優れた視察官(オペ)と評価され、なかでもアシャは指折りの視察官(オペ)と呼ばれている。
(だが、その俺にしても)
今はその客観視できる能力の高さが恨めしい。
いつもの自分からどれほど外れていっているのか、克明に認識してしまう。国を破滅させ、世界を揺るがせるような状況においても安定しているはずの自分の心身が、たった一人の少女、ユーノ・セレディスの不在という、ただそれだけのことで、信じられないほど調整能力も統御能力も失っていきつつあるのが自覚できる。
このままではきっと、遅かれ早かれ、アシャも自分を制御できなくなる。
(……ああ、そうだ)
ユーノを失った痛手にこれほど平静でいようとする、それが十分におかしいのだ、と唐突に気づいた。その必死の努力、それはもう、アシャの非常にまずい部分が発動し始めてる、ということではないのか。
(『太皇(スーグ)』…)
胸の中で呟いた名前に、噛み締めた食べ物の味を意識した。側にいるレスファートとイルファの存在を認識した。自分の中に広がりつつある虚無を、もう一度きちんとしたエネルギーの形に編成し直すように、集中する。
(崩壊するな。破滅するな。今ここで自らを放棄するな)
まだ全てが終わったわけじゃない。
「……だろう?」
ふいに、近くのテーブルでの会話がアシャの耳に入ってきた。
「ああ、あの草原の焼け跡な」
「なんでも、凄い戦いだったそうだぜ。さしもの野戦部隊(シーガリオン)」も十人ほど手勢を失ったそうだ」
近くの卓の男達の話に、来る途中で過った黒焦げの草原を思い出した。
焚き火の跡らしいところに、真紅の房のついた槍が突き立ったまま放置されていたが、やはり野戦部隊(シーガリオン)の葬送の儀式だったのか、と納得する。
「シーガリオンってなんだ?」
イルファがきょとんとした顔で聞くのに、噛んでいた肉を呑み込んで応じる。
「ラズーンの遠征隊だ。タロと呼ばれる平原竜を操る、野戦を主とする勇士達だ」
「へええ…頼めば、俺も入れてくれるかな」
「腕によるな。『足手まといは連れ歩かない主義』だ」
応えながら苦笑いした。野戦部隊(シーガリオン)隊長、シートス・ツェイトスのことを思い出す。
かつて、面と向かってそう言われた。黒い短髪と口髭、鈍い黄色の瞳、嘲る口調にはアシャの地位に対するへつらいなど一切なかった。
(まあ、そう言われても仕方がなかったな、あの頃の評判では)
宮廷を遊び歩く浮かれた男、そういう感覚だっただろう。
「ふうん…」
イルファはちらりとレスファートを見やり、興味がなさそうな相手に溜め息をついた。相変わらず、食べ物というより、皮か土くれを呑み込んでいくように食べ物を口に運ぶレスファートに首を振り、自分の食事に戻る。
「で、その時に大活躍した凄い剣士がいるんだろう?」
男達の興奮した話し声は続く。
「ああ、そうとも、星の剣士(ニスフェル)と呼ばれてる」
「そりゃまた、きらびやかな」
「何でも、その戦い方が、まるで天空の星を引き連れて流れる、伝説の星のようだからと聞いてる」
「伝えの…? たいした評価だな、まだ若いのか?」
「額帯(ネクト)はもう授かっているらしいぞ」
(また、星の剣士(ニスフェル)か)
ふと、アシャはひっかかった。
確かにここへ来るまでにも、星の剣士(ニスフェル)の噂は時々耳にしていた。まだ年若いながらも、物見(ユカル)を真の友として常に寄り添い、隊長シートスの片腕にもなろうかと言う剣の冴えの持ち主だと。
野戦部隊(シーガリオン)の年齢層は広い。若くして志願して加わる者も入れば、歴戦の勇士が是非にと腕を頼りに入隊を希望する場合もある。いずれもシートスが認めなければ野戦部隊(シーガリオン)を名乗ることは許されない。その少年も、おそらくは際立った才能の持ち主なのだろう。
(若くして額帯(ネクト)を与えられるほどの、際立った才能…)
カタン!
ふいにレスファートが手にしていた木さじを取り落とし、振り向く。
「どうした、レス?」
「……」
レスファートは星の剣士(ニスフェル)について話し続けている二人の男の方を、食い入るように見つめている。
「レス?」
「……星の剣士(ニスフェル)…」
「かなりの遣い手らしいな」
「…ちがう…」
「え?」
くるりと振り返ったレスファートの瞳が蘇ったように生き生きとした色になっているのに驚く。イルファが忙しく肉を噛みちぎりながら、問い直す。
「違う、って、何が」
「星の剣士(ニスフェル)は…」
レスファートは微笑しようとした。だが、し損ねて泣き笑いのような表情になる。虚ろだった瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「ユーノだ…」
「え!」「何っ」
いきなりアシャとイルファがレスファートにのしかかるように立ち上がったのに、男達は不審そうな目を向けて話を止めた。
「本当か、レス!」
「ぼくが、ユーノの心象をつかまえそこねるわけがないよ!」
レスファートは叫んだ。
「まちがいないよ。星の剣士(ニスフェル)はユーノだ!」
「……あんたら、どうしてあの人のことを知ってるんだ?」
繰り返される名前に、男の一人が不思議そうに口を挟んでくる。
「見れば、旅の者なのに。確かに、星の剣士(ニスフェル)はユーノ、とも名乗ってるぜ」
「…っ」
一瞬感情が押し寄せ溢れて、アシャはことばを失った。そうとも、当然それを考えてもよかったのだ、と歯噛みする。
野戦部隊(シーガリオン)。
まさにユーノによく似合った、そして絶好のラズーンへの道案内ではないか。
「よし」
アシャは慌ただしく席を立った。
「必ずユーノを連れ帰ってやる。待ってろ、レス。頼むぞ、イルファ!」
「アシャ、お願い!」
レスファートの声を背中に、宿屋を飛び出す。
「レスのことは任せとけ!」
「おい、あんた!」
駆け出して行こうとするアシャに、ただ事ではないと思ったのだろう、男の一人が声をかけてきてくれる。
「野戦部隊(シーガリオン)は、今、南西の台地にいるはずだぜ!」
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