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12.創世の詩(うた)(3)
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しばらくして、相も変わらず深草色の衣服をつけているジノが入ってきた。側にリディノとレスファートが従っている。
「聞きたい詩があるんですって?」
リディノが笑いかけてきた。
「私達も聞いていていいかしら」
「構わないよ。アシャは?」
「それが…」
リディノは眉のあたりを少し曇らせた。
「さっき、使いの者が来て、急に出て行ってしまったの。ひどく怖い顔をして。『泉の狩人(オーミノ)』がどうとか言っていたけど」
「『泉の狩人(オーミノ)』?」
「もうあの人とのお話、終わったの?」
レスファートが甘えた口調で口を挟む。
「ああ。こっちに乗っていいよ」
「うん」
(ハイラカに悪いことをしたな)
嬉々としてベッドに這い上がって来るレスファートに手を貸しながら、後で謝ろうと思う。
「じゃあ、私も」
リディノが深緑の長衣の裾を整えてベッドの裾の方に腰掛け、ユーノを見つめる。
「それで、何をジノに詩わせたいの?」
「『創世の詩(うた)』を。この前聴いた後に、正式にはこの後にもう一くさりあると言ってたと思うんだけど」
「ジノ?」
「はい、その通りでございます」
ジノは例によって扉近くに腰を降ろし、立風琴(リュシ)の弦を合わせながら答えた。アシャがリディノに預けていったものだ。
「この前詩いました『創世の詩(うた)』は、どなたでも詩われるものですが、その後のものは代々の詩人(うたびと)にしか伝わっておりません。また、これは、ご所望があっても、その場に『銀の王族』がいらした場合には詩うことは叶いません」
ジノは目を伏せて淡々と拒んだ。
「『銀の王族』には聴かせてはいけないの?」
リディノの驚いたような声に頷き、
「そのように、『太皇(スーグ)』からのお言い付けにございます」
ジノは軽く頭を下げた。
「どうするの、ユーノ」
「それでも、私は聴きたい」
ユーノは唇を噛んだ。是非聴きたい、いや聴かねばならない、そう想いが募る。
「もし、『銀の王族』であることが問題なら、『銀の王族』としての特権も資格もなくしても構わないから」
通常の『銀の王族』ならば、そんな望みはすまい。自分が今まで知らずに受けていた安寧と平穏、それを引き換えにただの詩を聴きたいなどとは。
「……昔、『太皇(スーグ)』がおっしゃられたそうです」
ジノは微かな笑みを唇に浮かべた。少年のような面立ちが、一瞬柔らかく綻ぶ。
「幾世代前の詩人(うたびと)にかは存じませんが。もし、万が一、『銀の王族』であることの意味を知って、それでもなお、それを捨てても聴きたがるものがあるならば、その時にこそ詩うべし、と………私の代に巡ってくるとは思いませんでした」
何度か思わしげに立風琴(リュシ)の弦を弾く、本当に口に出すべきなのか、本当にことばという形に紡いでいいのかとためらうように。そうすることで、巨大な力を解き放ってしまわないかと恐れるように。
がしかし、逡巡は一瞬だった。
ふと目を上げ、ユーノを見つめ返す。そのまま、第一弦、第二弦、第四弦、第五弦と鳴らして、第一弦の押さえ方を変えて六音を、第二弦の押さえ方を変えて、より高い七音を鳴らした。曲を奏でながら、六音と七音を、遊ぶように曲にちりばめていく。その二音は絡まり合い、連なり合って、やがて一つの音として時を刻み始める。
「…こは、創世の詩(うた)
もう一つの白き面(おもて)
人の語らぬ創世の詩(うた)……」
長い物語を語ろうとするように、柔らかく穏やかにジノは詩い出した。
「…彼の夜(よ)
星の降り立つ夜(よ)
その夜過ぎこし
はるか昔
東西の神々の戦いに
世をつながんと空しき望み
生命(いのち)重ねる宮の者
しかしてあわれ
知るよしもなし
生命(いのち)重ねるその果てに
まつ絶望のおそろしさ…」
詩は急調子で畳み掛けられた。
「宮にこもりし者どもあわれ
あわれと思えど術(すべ)はなし
ついに狂いて
身を滅ぼしぬ
深き闇よ
嘆きの夜よ…」
コン、と指で立風琴(リュシ)を叩き、固い音をたてて、ジノは詩を止めた。口を噤む、闇の深さを示すように。声をたてることさえ叶わない嘆きの重さを知らしめるように。
やがて、恐ろしいほどの沈黙の後に、そっと優しく七音を紡ぎ出し囁き出す。
「…あわれかな
あわれかな
滅びはすでに
予見されたと
古き伝えは語りつぐ
滅びを見こして
生命(いのち)はつむがれ
重ねられたとは
詩人(うたびと)のことば…」
ユーノはぎくりと体を強張らせた。
(滅びを見越して……命は紡がれ……重ねられた…)
そのことばは、ユーノの心に漂うもやもやしたものを燻すように微かな火を点けた。
「…人の命ははかなし
しかして
人の造る命はなおはかなし
古き伝えの祈りのことば
天に生まれ
地に育ち
緑はぐくむ命の糧は
人の手にてははぐくみがたし
そはいつか
二度と命をつなげまい
おそれが賢者を導く
沈黙の岩戸へ
深き湖の底へ
かくして
賢者、口をおおいぬ
定められた日来たるまで
すべての罪は我にあり
大いなる自然に叫びつつ…」
七音に六音が混ざり込み、やがて、その他の音も入り交じって、嵐のような激しさでかき鳴らされた。口を覆ったという賢者の傷みを掻き立てるように、七音がますます高く、いよいよ強く鳴り響く。
が、それらは唐突に消えた。激情の嘆きで終わったのかと思いきや、ジノがそっと口を開く。
「かくして
ラズーン
二百年の祭りの定めを背負いたり
その定めのある限り
賢者の悲しみ
消えることなき、夜の果て
伝えは語りぬ
はるかな未来……」
ジノの声だけが、立風琴(リュシ)の音の消えた空間に淡々と響いて再び消えた。
窓からそよそよと吹き込んで来ていた甘い香りの風も、その緊張感を壊すのを恐れたように止まっている。
「……」
空気が凍てついたように動かなくなった。
ジノの唇はいつ終わるとも知らぬ沈黙を保っている。立風琴(リュシ)の残響も既に消えた。部屋の隅に音は身を潜め、沈黙の重さがいや増してくる。
「………」
緊張感が極に達すると思われた時。
「っ」
ジノの指が突然六音を弾いた。
びくりと体を強張らせる聴き手を半眼にした目で一瞥して、ジノの指先は一瞬七音を混ぜる。が、再び七音は、遠い夜語りの幻想のように消えていく。それに伴って、時を刻んでいた六音も次第次第に響きを潜めていく。
再びの時を願う愚かさを嘲笑うかのように、人の命では量れない悠久の時間の長さが音の焼失で語られる。
一呼吸置くか置かないか。
第一弦、第二弦、第四弦、第五弦の音が柔らかく交差した。
ジノは目を閉じ、体を少し前に倒す。さらさらと、深草色の布から垂れた黒髪が軽い音をたてて流れる。
(この音律は)
気づいてユーノは目を上げた。それを待っていたかのように、ジノはぴんと声を張って詩い出した。
「…ラズーンは
失われた都
枯れた泉
死して飛ばぬ人の夢
すべての栄えがさもあるように
永遠に続く栄えはない
いつしか
美しきこの都も
朽ち果て
大地の上に横たわらん
しかし、世は続く
人の命は続く…」
それは『創世の詩(うた)』の後半部、どこか祈りに似た切なさを感じさせる詩の繰り返しだ。ただし、ジノの声は、昔語りの長の声音にも似て、あくまで淡々と響き、どれほど待っても、この前のように熱を込めて燃え上がりはしなかった。
その代わり、声は次第に澄み渡り、高く立ちのぼり、細く儚い命の糸を紡ぐように、ひたすらな一途さをたたえ始める。
「死が人の運命なら
生も又人の運命
ラズーンは滅び
失われた都となる
『運命(リマイン)』は跳梁し
闇は人々の心に巣食い
動乱は世を暗くする…」
(歌詞が違う?)
ユーノは目を見開いた。
その詩は、この前の『創世の詩(うた)』との違いをあからさまにするように、訪れる重い闇を語っている。続いたことばにユーノは思わず体を震わせる。
「滅びは定め
世の始め
星の降り立ちし夜より
ラズーンの祭は
その身に課せられてあり…」
「!」
(滅ぶのが定めだと……では……やはり…)
ジノの詩(うた)は感情を含まないまま、静かに紡がれる。
「しかし
再び創世の時は来たり
その時
世は人の命を紡ぎ
人は命の綾を織りなし
手をつなぎ
心を結び
慈しみあい
愛しあい
命の綾は世を生まれ続けさせるのだ…………」
ジノの声は、無感情な底に、深い哀しみと祈りをたたえていた。
消え入るように立風琴(リュシ)の音が薄れていく。
人よ、と聞こえない声が願っている。
人よ。
戦いを望み互いを滅ぼしあう人よ。
幾度となく命を途絶えさせる数々の欲望を抱えた人よ。
しかしまた、その底に、たった一つの命を守ろうとする願いを保つ人よ。
動乱の波に呑み込まれるな。
憎しみの炎に焼き尽くされるな。
断崖絶壁に追い詰められ、千尋の闇に背中を向けて立っても、愛おしいと笑うがいい。
襲い来る絶望、破滅の未来、それでもなお、明日を夢見るがいい。
その魂の煌めきにこそ、永遠の花冠は与えられる。
どれだけの滅びがあろうとも、命は続く。
それを私は知っている。
「……」
「リディ?」
「ごめんなさい…」
リディノの頬を光るものが滑り落ちていくのに気づいて、ユーノは声をかけた。はっとしたようにジノが体を起こす。
「姫さま?!」
「わからないの……わからないけど、胸が痛くなってきてしまって……何という祈りなのかしら……何という想いを……この詩(うた)に託したのかしら……」
ぽろぽろ零れる涙を指先で拭いながら、リディノが呟く。立ち上がったジノが、リディノの足下に跪いて、心配そうに彼女を見上げる。
「ユーノ…」
滲んだ声で呼ばれて振り返る。
「どうした、レス?」
「わかんないけど…」
レスファートもまた、潤んだ目でユーノを振り仰いだ。
「ぼくも泣きたい……けど……こわくて泣けないよ…」
不安が瞳の薄青を覆っている。そっと伸ばした手でユーノの服を掴んでいる。
その手を優しく外してやると、レスファートはびくりと体を震わせ、ユーノを見つめた。
「ユーノ?」
「怪我してる方の手だろ。痛くないの、レス」
「あ…うん」
「ほら。しがみつくのはこっち」
「ユーノ!」
ほとんど吐息だけの声で叫んで、レスファートはユーノに体を投げた。その小さな体を左手を回して包んでやりながら、静かに問いかける。
「大丈夫だよ。何が怖いの、レス」
「何か……わかんないけど、こわい……こわくてかなしい……」
レスファートはユーノの胸に顔を押し付けながら呟いた。
おそらく、レスファートは、持って生まれた恵まれた資質で、詩(うた)に込められた想いをそのまま受け止めたのだ。
(もし、私の考えている通りだとしたら)
ユーノはリディノを慰めているジノを見つめた。
(賢者は何と儚い祈りにかけたのだろう……一体どんな想いで、遥か未来の子ども達を思ったのだろう)
ユーノの心にも、淡い憂いが広がってきつつあった。
「聞きたい詩があるんですって?」
リディノが笑いかけてきた。
「私達も聞いていていいかしら」
「構わないよ。アシャは?」
「それが…」
リディノは眉のあたりを少し曇らせた。
「さっき、使いの者が来て、急に出て行ってしまったの。ひどく怖い顔をして。『泉の狩人(オーミノ)』がどうとか言っていたけど」
「『泉の狩人(オーミノ)』?」
「もうあの人とのお話、終わったの?」
レスファートが甘えた口調で口を挟む。
「ああ。こっちに乗っていいよ」
「うん」
(ハイラカに悪いことをしたな)
嬉々としてベッドに這い上がって来るレスファートに手を貸しながら、後で謝ろうと思う。
「じゃあ、私も」
リディノが深緑の長衣の裾を整えてベッドの裾の方に腰掛け、ユーノを見つめる。
「それで、何をジノに詩わせたいの?」
「『創世の詩(うた)』を。この前聴いた後に、正式にはこの後にもう一くさりあると言ってたと思うんだけど」
「ジノ?」
「はい、その通りでございます」
ジノは例によって扉近くに腰を降ろし、立風琴(リュシ)の弦を合わせながら答えた。アシャがリディノに預けていったものだ。
「この前詩いました『創世の詩(うた)』は、どなたでも詩われるものですが、その後のものは代々の詩人(うたびと)にしか伝わっておりません。また、これは、ご所望があっても、その場に『銀の王族』がいらした場合には詩うことは叶いません」
ジノは目を伏せて淡々と拒んだ。
「『銀の王族』には聴かせてはいけないの?」
リディノの驚いたような声に頷き、
「そのように、『太皇(スーグ)』からのお言い付けにございます」
ジノは軽く頭を下げた。
「どうするの、ユーノ」
「それでも、私は聴きたい」
ユーノは唇を噛んだ。是非聴きたい、いや聴かねばならない、そう想いが募る。
「もし、『銀の王族』であることが問題なら、『銀の王族』としての特権も資格もなくしても構わないから」
通常の『銀の王族』ならば、そんな望みはすまい。自分が今まで知らずに受けていた安寧と平穏、それを引き換えにただの詩を聴きたいなどとは。
「……昔、『太皇(スーグ)』がおっしゃられたそうです」
ジノは微かな笑みを唇に浮かべた。少年のような面立ちが、一瞬柔らかく綻ぶ。
「幾世代前の詩人(うたびと)にかは存じませんが。もし、万が一、『銀の王族』であることの意味を知って、それでもなお、それを捨てても聴きたがるものがあるならば、その時にこそ詩うべし、と………私の代に巡ってくるとは思いませんでした」
何度か思わしげに立風琴(リュシ)の弦を弾く、本当に口に出すべきなのか、本当にことばという形に紡いでいいのかとためらうように。そうすることで、巨大な力を解き放ってしまわないかと恐れるように。
がしかし、逡巡は一瞬だった。
ふと目を上げ、ユーノを見つめ返す。そのまま、第一弦、第二弦、第四弦、第五弦と鳴らして、第一弦の押さえ方を変えて六音を、第二弦の押さえ方を変えて、より高い七音を鳴らした。曲を奏でながら、六音と七音を、遊ぶように曲にちりばめていく。その二音は絡まり合い、連なり合って、やがて一つの音として時を刻み始める。
「…こは、創世の詩(うた)
もう一つの白き面(おもて)
人の語らぬ創世の詩(うた)……」
長い物語を語ろうとするように、柔らかく穏やかにジノは詩い出した。
「…彼の夜(よ)
星の降り立つ夜(よ)
その夜過ぎこし
はるか昔
東西の神々の戦いに
世をつながんと空しき望み
生命(いのち)重ねる宮の者
しかしてあわれ
知るよしもなし
生命(いのち)重ねるその果てに
まつ絶望のおそろしさ…」
詩は急調子で畳み掛けられた。
「宮にこもりし者どもあわれ
あわれと思えど術(すべ)はなし
ついに狂いて
身を滅ぼしぬ
深き闇よ
嘆きの夜よ…」
コン、と指で立風琴(リュシ)を叩き、固い音をたてて、ジノは詩を止めた。口を噤む、闇の深さを示すように。声をたてることさえ叶わない嘆きの重さを知らしめるように。
やがて、恐ろしいほどの沈黙の後に、そっと優しく七音を紡ぎ出し囁き出す。
「…あわれかな
あわれかな
滅びはすでに
予見されたと
古き伝えは語りつぐ
滅びを見こして
生命(いのち)はつむがれ
重ねられたとは
詩人(うたびと)のことば…」
ユーノはぎくりと体を強張らせた。
(滅びを見越して……命は紡がれ……重ねられた…)
そのことばは、ユーノの心に漂うもやもやしたものを燻すように微かな火を点けた。
「…人の命ははかなし
しかして
人の造る命はなおはかなし
古き伝えの祈りのことば
天に生まれ
地に育ち
緑はぐくむ命の糧は
人の手にてははぐくみがたし
そはいつか
二度と命をつなげまい
おそれが賢者を導く
沈黙の岩戸へ
深き湖の底へ
かくして
賢者、口をおおいぬ
定められた日来たるまで
すべての罪は我にあり
大いなる自然に叫びつつ…」
七音に六音が混ざり込み、やがて、その他の音も入り交じって、嵐のような激しさでかき鳴らされた。口を覆ったという賢者の傷みを掻き立てるように、七音がますます高く、いよいよ強く鳴り響く。
が、それらは唐突に消えた。激情の嘆きで終わったのかと思いきや、ジノがそっと口を開く。
「かくして
ラズーン
二百年の祭りの定めを背負いたり
その定めのある限り
賢者の悲しみ
消えることなき、夜の果て
伝えは語りぬ
はるかな未来……」
ジノの声だけが、立風琴(リュシ)の音の消えた空間に淡々と響いて再び消えた。
窓からそよそよと吹き込んで来ていた甘い香りの風も、その緊張感を壊すのを恐れたように止まっている。
「……」
空気が凍てついたように動かなくなった。
ジノの唇はいつ終わるとも知らぬ沈黙を保っている。立風琴(リュシ)の残響も既に消えた。部屋の隅に音は身を潜め、沈黙の重さがいや増してくる。
「………」
緊張感が極に達すると思われた時。
「っ」
ジノの指が突然六音を弾いた。
びくりと体を強張らせる聴き手を半眼にした目で一瞥して、ジノの指先は一瞬七音を混ぜる。が、再び七音は、遠い夜語りの幻想のように消えていく。それに伴って、時を刻んでいた六音も次第次第に響きを潜めていく。
再びの時を願う愚かさを嘲笑うかのように、人の命では量れない悠久の時間の長さが音の焼失で語られる。
一呼吸置くか置かないか。
第一弦、第二弦、第四弦、第五弦の音が柔らかく交差した。
ジノは目を閉じ、体を少し前に倒す。さらさらと、深草色の布から垂れた黒髪が軽い音をたてて流れる。
(この音律は)
気づいてユーノは目を上げた。それを待っていたかのように、ジノはぴんと声を張って詩い出した。
「…ラズーンは
失われた都
枯れた泉
死して飛ばぬ人の夢
すべての栄えがさもあるように
永遠に続く栄えはない
いつしか
美しきこの都も
朽ち果て
大地の上に横たわらん
しかし、世は続く
人の命は続く…」
それは『創世の詩(うた)』の後半部、どこか祈りに似た切なさを感じさせる詩の繰り返しだ。ただし、ジノの声は、昔語りの長の声音にも似て、あくまで淡々と響き、どれほど待っても、この前のように熱を込めて燃え上がりはしなかった。
その代わり、声は次第に澄み渡り、高く立ちのぼり、細く儚い命の糸を紡ぐように、ひたすらな一途さをたたえ始める。
「死が人の運命なら
生も又人の運命
ラズーンは滅び
失われた都となる
『運命(リマイン)』は跳梁し
闇は人々の心に巣食い
動乱は世を暗くする…」
(歌詞が違う?)
ユーノは目を見開いた。
その詩は、この前の『創世の詩(うた)』との違いをあからさまにするように、訪れる重い闇を語っている。続いたことばにユーノは思わず体を震わせる。
「滅びは定め
世の始め
星の降り立ちし夜より
ラズーンの祭は
その身に課せられてあり…」
「!」
(滅ぶのが定めだと……では……やはり…)
ジノの詩(うた)は感情を含まないまま、静かに紡がれる。
「しかし
再び創世の時は来たり
その時
世は人の命を紡ぎ
人は命の綾を織りなし
手をつなぎ
心を結び
慈しみあい
愛しあい
命の綾は世を生まれ続けさせるのだ…………」
ジノの声は、無感情な底に、深い哀しみと祈りをたたえていた。
消え入るように立風琴(リュシ)の音が薄れていく。
人よ、と聞こえない声が願っている。
人よ。
戦いを望み互いを滅ぼしあう人よ。
幾度となく命を途絶えさせる数々の欲望を抱えた人よ。
しかしまた、その底に、たった一つの命を守ろうとする願いを保つ人よ。
動乱の波に呑み込まれるな。
憎しみの炎に焼き尽くされるな。
断崖絶壁に追い詰められ、千尋の闇に背中を向けて立っても、愛おしいと笑うがいい。
襲い来る絶望、破滅の未来、それでもなお、明日を夢見るがいい。
その魂の煌めきにこそ、永遠の花冠は与えられる。
どれだけの滅びがあろうとも、命は続く。
それを私は知っている。
「……」
「リディ?」
「ごめんなさい…」
リディノの頬を光るものが滑り落ちていくのに気づいて、ユーノは声をかけた。はっとしたようにジノが体を起こす。
「姫さま?!」
「わからないの……わからないけど、胸が痛くなってきてしまって……何という祈りなのかしら……何という想いを……この詩(うた)に託したのかしら……」
ぽろぽろ零れる涙を指先で拭いながら、リディノが呟く。立ち上がったジノが、リディノの足下に跪いて、心配そうに彼女を見上げる。
「ユーノ…」
滲んだ声で呼ばれて振り返る。
「どうした、レス?」
「わかんないけど…」
レスファートもまた、潤んだ目でユーノを振り仰いだ。
「ぼくも泣きたい……けど……こわくて泣けないよ…」
不安が瞳の薄青を覆っている。そっと伸ばした手でユーノの服を掴んでいる。
その手を優しく外してやると、レスファートはびくりと体を震わせ、ユーノを見つめた。
「ユーノ?」
「怪我してる方の手だろ。痛くないの、レス」
「あ…うん」
「ほら。しがみつくのはこっち」
「ユーノ!」
ほとんど吐息だけの声で叫んで、レスファートはユーノに体を投げた。その小さな体を左手を回して包んでやりながら、静かに問いかける。
「大丈夫だよ。何が怖いの、レス」
「何か……わかんないけど、こわい……こわくてかなしい……」
レスファートはユーノの胸に顔を押し付けながら呟いた。
おそらく、レスファートは、持って生まれた恵まれた資質で、詩(うた)に込められた想いをそのまま受け止めたのだ。
(もし、私の考えている通りだとしたら)
ユーノはリディノを慰めているジノを見つめた。
(賢者は何と儚い祈りにかけたのだろう……一体どんな想いで、遥か未来の子ども達を思ったのだろう)
ユーノの心にも、淡い憂いが広がってきつつあった。
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