アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

文字の大きさ
63 / 357

ティシュトリア・ラナンキュラス・5

しおりを挟む
「産まれたばかりのオーキッドをエラフに預けたのは悪かったわ。でもね。私にも私の都合があったのよ」
「都合ですか。その都合というのも、父上以外の男との約束でしょう? 父上がどれだけ苦労をしたのか、母上はご存知ですか?」

頭に血が上ってきたオルキデアは、膝の上で強く手を握り締めることでじっと堪える。
まだ乳飲み子であったオルキデアを抱えた父は、仕事と育児で相当の苦労をしただろう。
それでも、使用人やコーンウォール家の力を借りられたからまだ良かった。
もし借りられなかったら、今頃オルキデア共々、親子で破滅していただろう。

「それだけではありません。我が家の財産を使って、勝手に借金を肩代わりして、ラナンキュラスの財産を食い尽くそうとしました。
それだけでも父上と俺が、どれだけ苦労をしたことか……」
「私が全て肩代わりしただけじゃないのよ。相手が勝手に私の名前を使って、借金を増やしたのよ」

エラフの死後も、ティシュトリアは借金を増やし続けた。
その返済の為に、オルキデアはほぼ休みなく働かなければならず、戦勝での報奨金まで借金の返済に当てたのだった。

ーーその分、二十代後半にして少将にまで昇進出来たのは良かったが。

「どうせ、母上が自ら申し出たのでしょう? 自分の名前を使って、借金をすればいい、と」

今では、ティシュトリアの名義で借金が出来ないように、オルキデアは各所と手続きを交わしている。
手続きと言っても、ティシュトリアの名義で作ったカードや銀行口座の利用と、新しくカードや口座が開設出来ないように全て停止させただけだが。
それもあって、今ではすっかり借金は無くなり、ようやくオルキデアも借金の返済から解放されたのだった。

この手続きもコーンウォール家に手伝ってもらった。
ティシュトリアの生家である伯爵家にも相談したが、ティシュトリアの男遊びの噂は生家にも及んでいるようで、代替わりした伯爵家の当主ーーティシュトリアの兄にして、オルキデアの伯父、にはほとんど相手にされなかった。
代わりにと言えばいいのか、相当な金額が書かれた小切手という名の手切れ金を渡された。
実際にそれもティシュトリアが作った借金返済の役に立ったので、文句は言えなかった。

結局、実施的な手続きは、コーンウォール家が主体となってやってくれた。
オルキデアが戦場や北部基地に行ってる間に、ほぼ全ての手続きを済ませてくれたのだった。
それもあって、いつまでもセシリアとその両親には頭が上がらなかった。

「とにかく、俺は結婚する気はありません。これを持って帰って下さい」

テーブルに広げていた書類を集めると、母親に押しつける。

「どうしてオーキッド? 相手は伯爵よ。悪い話ではないと思うの」
「そうやって、ランタナ伯爵の孫娘と結婚させて、ラナンキュラス家を吸収したランタナ伯爵家を食い物にするんですね」

ティシュトリアの魂胆は見えている。
ティシュトリアが持参した書類によると、ランタナ伯爵家には孫娘のティファを除いて後継者がいなかった。
ティファと結婚した場合、オルキデアはランタナ伯爵家に入ることになるだろう。
兄がいたティシュトリアの生家や、名ばかり貴族であるラナンキュラス家と違って、ランタナ伯爵家にはティファしか後継者がいない。ランタナ伯爵家は、自分たちより身分の低いラナンキュラス家を吸収して、伯爵家の存続を優先させるはずだ。

オルキデアがランタナ伯爵家に入ってしまえば、ティシュトリアはティファの義母となる。更にオルキデアとティファの間に子供が出来れば祖母となる。
そうすれば孫を理由に、ティシュトリアもランタナ伯爵家の財産を使えるようになるだろう。孫の為にと言われれば、ランタナ伯爵家も下手に断れない。
それが、ティシュトリアの狙いだと考えられた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

処理中です...