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ティシュトリア・ラナンキュラス・6
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「俺はまだ結婚する気はありません。お引き取り下さい」
「でもね、オーキッド。貴方ももう二十七歳よ。いい加減、そろそろ結婚を考えないと……」
「だとしても、それは母上とは関係ありません。……お引き取りを」
オルキデアが立ち上がると、ティシュトリアも渋々と付き合った。
扉まで見送ろうとすると、何かを思い出したように、「そういえば、オーキッド」と何故かハルモニア語で口を開く。
「貴方、この部屋にお嬢さんを置いているそうね」
ティシュトリアの生家は軍関係ではないが、子供の頃、兄と共に伯爵家お付きの家庭教師からハルモニア語を習っていたという話を聞いた事があった。
シュタルクヘルト語も習ったらしいが、ティシュトリアが取得出来たのはハルモニア語だけだったらしい。
そんな話を思い出しながら、オルキデアもハルモニア語で返す。
「ええ。先日、戦場で保護しました。記憶障害があったので、うちで預かっています」
「そのお嬢さんも大変でしょう。こんな男しか居ない場所で。私が病院を手配してあげるわ」
「ありがとうございます。ですが、彼女の面倒はこちらで見ますので」
「私の知り合いに腕の良い医師がいるのよ」
「丁度、王都の郊外にある軍医病院のベッドに空きが出ました。記憶障害を患った兵も多数入院しており、治療の実績もあります。そこなら信頼も置けるので、安心して彼女を預けられます」
戦場での怪我やトラウマから記憶障害を患う兵は多い。
そんな兵たちの療養先となる病院ーー精神病院が王都の郊外にある。
緑豊かな自然に囲まれた郊外の病院という箱庭の中で療養すればいつかは治るだろう、という名目で軍が建てたものだった。
アリーシャを入院させるつもりは全く無いが、もしティシュトリアが病院に問い合わせてしまった時に備えて、オルキデアに口裏を合わせてくれる病院関係者の知り合いがそこに居る。上手いことティシュトリアを誤魔化してくれるだろう。
「そう? てっきり、特別な感情があるのかと思っていたわ」
「特別な感情など……」
不意に頭の中をアリーシャの笑顔が横切る。
思えば、あの日以来、アリーシャの笑顔を見ていないことに気づく。
花が咲いた様な可憐なアリーシャの笑みを、また見る日は叶うのだろうか。
「あるの? ないの?」
「どちらでもいいでしょう。とにかく、俺は仕事が残っているので」
オルキデアが扉を開けると、そこにはトレーを持ったままポカンとした顔で立ち尽くすアリーシャの姿があった。
「あっ……」
どちらともなく、声が漏れてしまう。
いつの間に執務室から出たのだろうか。
アリーシャの持つトレーには、白く細い湯気が立ち上った二人分のコーヒーが載っていた。
アリーシャの後ろにティシュトリアの来訪を告げた兵が控えている事から、アリーシャと一緒に食堂までコーヒーを取りに行ってくれたのだろう。
「あら? オーキッド、この子は?」
どうやらティシュトリアは、「オルキデアが預かっているお嬢さん」が、アリーシャだということを知らないらしい。
「何? 個別にメイドでも雇ったの? どこかで見たことあるような顔をしているわね」
「あっ……」
「どこで見たのかしら。でも何かで見たのよね……」
無遠慮にアリーシャに顔を近づけるティシュトリアと、どうすればいいのか分からず困惑しているアリーシャの姿が、まるで猛禽類に狩られようとしている兎の様に思えてしまった。
助けを求める様に彷徨っていたアリーシャと目が合った時、とうとうオルキデアの我慢が限界に達した。
扉の前で固まっていた足が、自然と動いていたのだった。
「母上!」
ティシュトリアを押しのけると、トレーを持ったまま固まっていたアリーシャの肩を抱き寄せる。
「彼女はメイドではなく、俺の大切な恋人です! 怖がらせないでくれますか!」
「でもね、オーキッド。貴方ももう二十七歳よ。いい加減、そろそろ結婚を考えないと……」
「だとしても、それは母上とは関係ありません。……お引き取りを」
オルキデアが立ち上がると、ティシュトリアも渋々と付き合った。
扉まで見送ろうとすると、何かを思い出したように、「そういえば、オーキッド」と何故かハルモニア語で口を開く。
「貴方、この部屋にお嬢さんを置いているそうね」
ティシュトリアの生家は軍関係ではないが、子供の頃、兄と共に伯爵家お付きの家庭教師からハルモニア語を習っていたという話を聞いた事があった。
シュタルクヘルト語も習ったらしいが、ティシュトリアが取得出来たのはハルモニア語だけだったらしい。
そんな話を思い出しながら、オルキデアもハルモニア語で返す。
「ええ。先日、戦場で保護しました。記憶障害があったので、うちで預かっています」
「そのお嬢さんも大変でしょう。こんな男しか居ない場所で。私が病院を手配してあげるわ」
「ありがとうございます。ですが、彼女の面倒はこちらで見ますので」
「私の知り合いに腕の良い医師がいるのよ」
「丁度、王都の郊外にある軍医病院のベッドに空きが出ました。記憶障害を患った兵も多数入院しており、治療の実績もあります。そこなら信頼も置けるので、安心して彼女を預けられます」
戦場での怪我やトラウマから記憶障害を患う兵は多い。
そんな兵たちの療養先となる病院ーー精神病院が王都の郊外にある。
緑豊かな自然に囲まれた郊外の病院という箱庭の中で療養すればいつかは治るだろう、という名目で軍が建てたものだった。
アリーシャを入院させるつもりは全く無いが、もしティシュトリアが病院に問い合わせてしまった時に備えて、オルキデアに口裏を合わせてくれる病院関係者の知り合いがそこに居る。上手いことティシュトリアを誤魔化してくれるだろう。
「そう? てっきり、特別な感情があるのかと思っていたわ」
「特別な感情など……」
不意に頭の中をアリーシャの笑顔が横切る。
思えば、あの日以来、アリーシャの笑顔を見ていないことに気づく。
花が咲いた様な可憐なアリーシャの笑みを、また見る日は叶うのだろうか。
「あるの? ないの?」
「どちらでもいいでしょう。とにかく、俺は仕事が残っているので」
オルキデアが扉を開けると、そこにはトレーを持ったままポカンとした顔で立ち尽くすアリーシャの姿があった。
「あっ……」
どちらともなく、声が漏れてしまう。
いつの間に執務室から出たのだろうか。
アリーシャの持つトレーには、白く細い湯気が立ち上った二人分のコーヒーが載っていた。
アリーシャの後ろにティシュトリアの来訪を告げた兵が控えている事から、アリーシャと一緒に食堂までコーヒーを取りに行ってくれたのだろう。
「あら? オーキッド、この子は?」
どうやらティシュトリアは、「オルキデアが預かっているお嬢さん」が、アリーシャだということを知らないらしい。
「何? 個別にメイドでも雇ったの? どこかで見たことあるような顔をしているわね」
「あっ……」
「どこで見たのかしら。でも何かで見たのよね……」
無遠慮にアリーシャに顔を近づけるティシュトリアと、どうすればいいのか分からず困惑しているアリーシャの姿が、まるで猛禽類に狩られようとしている兎の様に思えてしまった。
助けを求める様に彷徨っていたアリーシャと目が合った時、とうとうオルキデアの我慢が限界に達した。
扉の前で固まっていた足が、自然と動いていたのだった。
「母上!」
ティシュトリアを押しのけると、トレーを持ったまま固まっていたアリーシャの肩を抱き寄せる。
「彼女はメイドではなく、俺の大切な恋人です! 怖がらせないでくれますか!」
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