アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

文字の大きさ
134 / 357

お出掛け・1

しおりを挟む
次にアリーシャが目を覚ますと、そこは見慣れぬ部屋であった。
そのまま天井を見つめていたアリーシャだったが、頭が覚醒してくるにつれて昨日のことを思い出したのだった。

(そっか、オルキデア様の屋敷に来て、そのオルキデア様の部屋で寝たんだっけ……)

軍部から移送ーーではなく引っ越しをしたアリーシャは、仮初めの夫となったオルキデアの屋敷にやって来た。
その日の夜、初めてオルキデアと離れたからか不安で心細くなると、オルキデアの部屋にやってきた。
たまたま出くわしたオルキデアに誘われるまま、アリーシャはオルキデアのベッドに入ると、オルキデアの昔話を聞いた後にそのまま一緒に寝たのだった。

(一緒に寝ていいって言われたからって、ちょっと図々しかったかな。オルキデア様だって疲れていたのに遅くまで付き合わせて、ベッドまで借りてしまって)

一緒に寝たといっても、オルキデアの宣言通りにただ添い寝しただけで、着衣に乱れもなければ身体に違和感もなかった。ただわずかにオルキデアの温もりが残っているだけ。
アリーシャはベッドから出ると、カーテンを開けて外を見る。昨夜の強風が嘘のように、外は綺麗な秋晴れであった。

(庭の花、大丈夫かな。後で見に行こうかな)

澄んだ青い空を眺めていると、不意に昨夜オルキデアに抱きしめられた感触を思い出して、自分の身体を抱きしめる。

(オルキデア様にも苦手なものがあったなんて)

アリーシャと違って、なんでも出来て弱点なんて無さそうなオルキデア。
そんなオルキデアも、「寒さ」という弱点を持っていた。
意外と言えば意外だったが、生まれ育った国は違っても、やはりオルキデアもアリーシャと同じ人間なのだと思えた。
どこか遠い存在に思えていた彼のことがますます身近に感じられたのだった。

窓から離れて、着替えをしに部屋に戻ろうとしたところで、部屋の主の姿が無いことに気づく。室内を見渡して、どこにも姿が見つからなかった瞬間、顔から血の気が引いたのだった。

(まさか、寝過ごした……?)

昨夜が夢ではなかったことは身体に残る熱からわかる。オルキデアに触れられたところだけ妙に温かく、心地良い熱が残滓のように残っていた。
アリーシャは部屋を飛び出すと、オルキデアを探しに行ったのだった。
居間、書斎、他の客間と順に確認したアリーシャは、とうとう一階の厨房までやってきた。
音を立てながら勢いよく扉を開けると、そこにようやく目的の人物がいたのだった。

「もう起きたのか」

白色のシャツに黒のズボン姿、首元の後ろでダークブラウンの髪を纏めて、今まで見た中でもかなりラフな格好をしたオルキデアは、ポットを片手に不思議そうな顔をする。

「どうした? そんなに血相を変えて」
「あ……の……。寝過ごしたのかと思って……」
「まだ朝も早い時間だから大丈夫だ」

オルキデアの目線を辿ると、壁に掛かっている時計は、まだ九時前を指していた。
早い時間と言っても、軍部にいた頃よりは遅い起床時刻の気もするが……。

「熟睡しているようだったから、そのまま寝かせていたが……。起こした方が良かったか?」
「いえ、朝食の用意を……」
「それは様子を見に来たマルテがやってくれた。丁度さっき帰ったところだ」

どうやら、アリーシャが寝ている間に、二人の様子を見に来たマルテが朝食を用意してくれたらしい。
悪いことをしてしまったと、アリーシャは肩を落とす。
ポットのお湯をテーブルに置かれていたカップに注ぎながら、「そういえば」とオルキデアは思い出したように話し出す。

「やはり昨夜の強風で庭の梯子が倒れていたらしい。マルテと一緒に様子を見に来たメイソン氏が言っていた」
「そうでしたか……」

お湯を注いだカップから、コーヒーの芳ばしい香りが漂ってきた。
ポットを置いたオルキデアは、再びアリーシャに視線を向けてくる。

「で、いつまで寝間着姿でいるんだ?」

オルキデアに言われて身体を見下ろすと、自分がまだ寝間着のネグリジェ姿だったことに気づく。

「これは、その……」

羞恥で赤くなりながらアリーシャが口ごもっていると、察したのか穏やかな表情を浮かべる。

「朝食は俺が用意するから、先に着替えて来い」
「ありがとうございます……」
「朝食が済んだら外に出掛ける。そのつもりでな」
「はい……。あれ、私も一緒に行っていいんですか?」
「当然だろう。君に必要なものでもあるのだからな」

そうして、オルキデアは小さく笑うとカップに口をつけたのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

処理中です...