136 / 357
お出掛け・3
しおりを挟む
「オルキデア様の紅茶もあるからでしょうか。いつもより朝食が美味しく感じられます」
「紅茶くらい感謝されるほどでもない」
「感謝もしますよ……今までは自分で淹れない限り、飲めなかったので」
シュタルクヘルトにいた頃は、紅茶に限らず、欲しいものは自分で用意をしなければならなかった。
料理も洋服も言わなければ貰えず、たとえ貰えても何かしらの問題があった。
側付きの老いたメイドは、歳をとって目が悪いからと、料理も裁縫もまともに出来なかった。
ある程度大人になってからは、アリーシャは自分で料理を作り、裁縫をするようになったが、子供の頃は欲しくても我慢する日々を過ごしていた。
「水や食べ物と違って、紅茶は飲まなくても生きていけるので、自分で淹れない限りは飲めなかったんです。いつも自分で淹れていました」
「茶葉はどうした?」
新聞から顔を上げながらオルキデアが尋ねてくる。
「側付きの使用人を通じてもらっていました。古くなって、味や香りが落ちた処分寸前のものばかりですが」
オルキデアの濃い紫色の視線を感じながら、アリーシャはカップを手に取る。
「ここに来てから、初めて紅茶がこんなに美味しいものだったと知りました。勿論、紅茶だけじゃありません。料理がこんなに温かくて美味しいこともです。他にも可愛いお洋服やオシャレな化粧品、優しくて甘い香りのする石鹸、柔らかくて清潔なタオル、ふかふかで身体が沈みそうになったベッドだって……。全て貴方のおかげです」
今もあの家に居続けていたら、きっとアリーシャは知らないままだった。
世界はこんなにも温かくて、素敵なもので溢れているのだとーー。
「……褒めても何も出ないぞ」
オルキデアは再び新聞に目を落としたが、心なしか笑みを浮かべているようにも見えた。わずかに頬が赤いのは気のせいだろうか。
「はい!」
少しずつだが、最近ではオルキデアの微妙な表情の変化がわかるようになってきた。自分だけが知っている宝物のようで、少しだけ誇らしい気持ちになる。
他の人が知らないオルキデアを知っているというだけで、こんなにも嬉しくなるとは思わなかった。
「こんなことで喜んでいたら身がもたないぞ。これから出掛けるところはもっと面白い場所らしいからな」
「面白い場所なんですか?」
サラダ皿の中の葉物野菜をフォークで刺しながら、アリーシャは首を傾げる。
「君にとっては。俺は何とも思わんが」
音を立てながら新聞を捲ると、オルキデアはそれきり集中して読み始める。
そんなオルキデアの邪魔をしないように、アリーシャも黙々と料理を食べたのだった。
食後に厨房で使った皿を洗っていると、オルキデアに声を掛けられる。
一度自室に戻ったのか、髪を解いて薄手のコートを羽織った外出着姿であった。
「先にコーンウォール家に行って車を借りてくる。君は仕度をして屋敷で待っていて欲しい」
「車、ですか?」
「うちには車が無いんだ」
オルキデアによると、維持費がかかる車は屋敷に無く、買い物やお出掛けなどで車が必要な時は、いつもコーンウォール家から借りていたらしい。
それはコーンウォール家の義理の息子であるクシャースラも同じようで、オルキデアがたまに車を借りに行くと、クシャースラに先を越されていたことが何度かあったという。
「わかりました。運転はどうされますか……?」
「それは問題ない。俺がするからな」
「運転出来るんですか?」
「士官学校で車を始めとする各種免許を取らされた。戦場だけでなく、上官の送迎時にも車を運転するからな」
言われてみれば、昨日アリーシャたちをこの屋敷に送ってくれたのは、オルキデアの部下であるラカイユだったと思い出す。
きっとラカイユも士官学校に通っていた時に免許を取得したのだろう。
「すごいですね」
「これくらい大したはない。では取りに行ってくる。誰か訪ねて来ても、留守にしていてくれ」
アリーシャが返事をすると、オルキデアは厨房を出て行く。
その背を見送ると、アリーシャは支度をしに部屋に向かったのだった。
「紅茶くらい感謝されるほどでもない」
「感謝もしますよ……今までは自分で淹れない限り、飲めなかったので」
シュタルクヘルトにいた頃は、紅茶に限らず、欲しいものは自分で用意をしなければならなかった。
料理も洋服も言わなければ貰えず、たとえ貰えても何かしらの問題があった。
側付きの老いたメイドは、歳をとって目が悪いからと、料理も裁縫もまともに出来なかった。
ある程度大人になってからは、アリーシャは自分で料理を作り、裁縫をするようになったが、子供の頃は欲しくても我慢する日々を過ごしていた。
「水や食べ物と違って、紅茶は飲まなくても生きていけるので、自分で淹れない限りは飲めなかったんです。いつも自分で淹れていました」
「茶葉はどうした?」
新聞から顔を上げながらオルキデアが尋ねてくる。
「側付きの使用人を通じてもらっていました。古くなって、味や香りが落ちた処分寸前のものばかりですが」
オルキデアの濃い紫色の視線を感じながら、アリーシャはカップを手に取る。
「ここに来てから、初めて紅茶がこんなに美味しいものだったと知りました。勿論、紅茶だけじゃありません。料理がこんなに温かくて美味しいこともです。他にも可愛いお洋服やオシャレな化粧品、優しくて甘い香りのする石鹸、柔らかくて清潔なタオル、ふかふかで身体が沈みそうになったベッドだって……。全て貴方のおかげです」
今もあの家に居続けていたら、きっとアリーシャは知らないままだった。
世界はこんなにも温かくて、素敵なもので溢れているのだとーー。
「……褒めても何も出ないぞ」
オルキデアは再び新聞に目を落としたが、心なしか笑みを浮かべているようにも見えた。わずかに頬が赤いのは気のせいだろうか。
「はい!」
少しずつだが、最近ではオルキデアの微妙な表情の変化がわかるようになってきた。自分だけが知っている宝物のようで、少しだけ誇らしい気持ちになる。
他の人が知らないオルキデアを知っているというだけで、こんなにも嬉しくなるとは思わなかった。
「こんなことで喜んでいたら身がもたないぞ。これから出掛けるところはもっと面白い場所らしいからな」
「面白い場所なんですか?」
サラダ皿の中の葉物野菜をフォークで刺しながら、アリーシャは首を傾げる。
「君にとっては。俺は何とも思わんが」
音を立てながら新聞を捲ると、オルキデアはそれきり集中して読み始める。
そんなオルキデアの邪魔をしないように、アリーシャも黙々と料理を食べたのだった。
食後に厨房で使った皿を洗っていると、オルキデアに声を掛けられる。
一度自室に戻ったのか、髪を解いて薄手のコートを羽織った外出着姿であった。
「先にコーンウォール家に行って車を借りてくる。君は仕度をして屋敷で待っていて欲しい」
「車、ですか?」
「うちには車が無いんだ」
オルキデアによると、維持費がかかる車は屋敷に無く、買い物やお出掛けなどで車が必要な時は、いつもコーンウォール家から借りていたらしい。
それはコーンウォール家の義理の息子であるクシャースラも同じようで、オルキデアがたまに車を借りに行くと、クシャースラに先を越されていたことが何度かあったという。
「わかりました。運転はどうされますか……?」
「それは問題ない。俺がするからな」
「運転出来るんですか?」
「士官学校で車を始めとする各種免許を取らされた。戦場だけでなく、上官の送迎時にも車を運転するからな」
言われてみれば、昨日アリーシャたちをこの屋敷に送ってくれたのは、オルキデアの部下であるラカイユだったと思い出す。
きっとラカイユも士官学校に通っていた時に免許を取得したのだろう。
「すごいですね」
「これくらい大したはない。では取りに行ってくる。誰か訪ねて来ても、留守にしていてくれ」
アリーシャが返事をすると、オルキデアは厨房を出て行く。
その背を見送ると、アリーシャは支度をしに部屋に向かったのだった。
2
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる