アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

文字の大きさ
137 / 357

お出掛け・4

しおりを挟む
出掛けると言われても、どこに出掛けるかわからない以上、どれを着たらいいのかわからなかったので、クローゼットにかかっていた洋服の中から臙脂色の膝下まである丸襟のワンピース、黒色のタイツに着替える。
帽子は迷ったが持って行かず、代わりに頭の上で藤色の髪を一つに結び、薄茶色のコートを手に持つ。
ミニサイズのハンドバッグに荷物を詰めて、軽く化粧をしていると、車のエンジン音が聞こえてきた。
慌ててハンドバッグを持って階下に降りると、丁度、屋敷の前につけた車からオルキデアが降りてきたところだった。

「お待たせしてすみません」
「今、着いたところだ」

オルキデアの手を借りて、後部座席に乗る。
昨日、軍部から乗ってきた車よりは年季が入っているが、乗り心地は悪くなかった。

「さて、まずは宝飾店だな。結婚指輪を買わなくては」

車を出しながら話すオルキデアに、「あの……」とアリーシャは申し出る。

「セシリアさんたちは、ああ言っていましたが、あくまで仮の関係ですし、用意しなくてもいいんじゃないかと……」

確かに、結婚したのにお互いに結婚指輪をしていないのは怪しまれるかもしれないが、それは付けていない理由を言えばいい。
シュタルクヘルトあっちでもそうだったが、結婚しているにも関わらず、仕事や家事を理由に指輪をつけていない人は結構いた。
この国ではどうなのかわからないが、一時的な関係なら尚の事、わざわざ用意するものでもないだろう。

そう考えて、アリーシャは申し出たが、「そうじゃないんだ」とオルキデアは前を向いたまま答える。

「仮とはいえ、夫婦だからという理由ではない。何かあった時に備えて、持っていて欲しいんだ」
「何かあった時……ですか?」
「この先、君が一人で生きていくことになった時に。将来はこれを売って、生活の足しにするといい」
「そんな、結婚指輪なんて売れません! 関係が解消した時にはお返しします」
「いや。それくらいは受け取ってくれ。こちらの事情に付き合わせてしまったお詫びに」
「付き合わされてなんていません! 私の方こそ、私の事情に付き合って頂いて……」

オルキデアの側に居たいというのは、アリーシャの我が儘だ。国に帰りたくないというのも。
オルキデアはもっと我が儘や自分の意見を言っていいと言う。
けれども、自分はもう充分、我が儘を言っている。これ以上、何を言えばいいのだろうか。
オルキデアは前を向いたまま、「付き合っているなんて考えていない」と話し出す。

「俺は自分の意思で君と一緒に居るんだ。この一時的な結婚も、君がいいと思ったから君に申し込んだ。ただ、それだけだ」
「それなら、私も付き合っているなんて思っていません。私もオルキデア様と……」

ーー少しでも長く一緒に居たいと、そう思ったから結婚を決めたんです。

言いかけた言葉を飲み込んで、アリーシャは別の言葉を口にする。

「オルキデア様のお役に立ちたいと思ったので、一緒に居ることを選びました。これは自分の意思です」
「そうか」

端的に言うと、オルキデアはスピードを落として車を停車させた。
窓から前方を見ると、どうやら小さな子供たちと親と思しき親子の集団が道路を渡っているようだった。
あちこちにフラフラと歩く子供たちで、同じように子供たちを待っている車が列を成しているからか、道が混んでいた。

「それなら、結婚指輪以外にも何か宝飾品を送ろう。これからこの国で生きていくのなら、何かあった時に備えて持っていて欲しいんだ。……それだけは譲れない」

そうして、後ろを振り返ったオルキデアが濃い紫色の瞳を細めた。
アリーシャの心臓が小さく高鳴ったのだった。

「君には感謝している。こんな俺に付き合ってくれて。……側に居てくれて」
「オルキデア様……」
「これからも期待している。アリーシャ」

二人が乗っている車の横を数台の車が通り過ぎていく、どうやら子供たちの集団は渡ったらしい。
オルキデアは正面を向くと、再び車を走らせたのだった。

初めて言われた「期待している」が、胸に響く。
また、オルキデアから新しいモノを教えてもらったと、アリーシャは胸が温かくなっていくのを感じたのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...