アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

※海から帰ってきて・1

「ようやく戻って来れたな」

オルキデアが屋敷の前に車を停めると、助手席に座るアリーシャはクスクス笑う。

「一時はどうなることかと思いました」
「ああ。運良く、近くに洋品店があって良かったな」

アリーシャはシートベルトを外すと、荷物ーー主に海で濡れた服を入れた袋だった。を持って車を降りた。
先に屋敷の玄関を開けてしまうと、後ろを振り向く。

「じゃあ、私、洋服を洗濯しますね」

車から荷物を降ろしていたオルキデアに声を掛けると、「ああ」と返される。

「俺は荷物を降ろしたら、車をコーンウォール家に帰してくる。お前は先にシャワーを浴びてくれ。すっかり身体が冷えただろう」
「そ、そうですね……」

オルキデアの気遣いとは裏腹に、アリーシャの身体にはまだ興奮が残っており、海の寒さなど関係ないくらいに全身が火照っていた。

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて、そうします……」
「ああ、そうしてくれ」

そうして、アリーシャは一足先に屋敷に入ってしまうと、海で濡れた二人分の洋服を洗濯機に放り込んでしまう。洗濯している間に、荷物を片付けると、
自室に備え付けの浴室でシャワーを浴びてしまう。

新婚旅行として海に行ったのはいいが、二人して海で服を濡らしてしまった。そのまま借り物の車に乗って帰るわけにはいかず、二人で海の近くを歩いていたところ、たまたま海の近くに洋品店があった。 
二人で駆け込むようにして洋品店に入ったところ、洋品店の店主に入水自殺未遂者と間違われて、危うく警察に通報されそうになった。
なんとかオルキデアが事情を説明して誤解を解いてくれたが、それでも店主の疑いの眼差しは晴れていなかった。
二人はすぐに洋服を購入すると、その場で着替えさせてもらって、すぐに洋品店を後にしたのだった。

洋品店で着替えた際に軽く体を拭いたが、髪や手足にまだ砂が残っていたようで、身体を洗った際に肌がざらりとして、浴室の白いタイルの上に砂が落ちていた。
頭から爪先までシャワーを浴びて、身体全体を石鹸で洗ってしまうと、アリーシャは浴室を出たのだった。

藤色の髪を乾かすと、部屋を出て一階のサロンに向かう。
この屋敷はサロンにだけテレビがあるので、いつもテレビを使いたい時はサロンまで行く必要があった。
サロンに着くまでの間、屋敷の中は物音一つしなかった。
窓から玄関を確認すると、先程までアリーシャたちが乗っていた車がなかったので、オルキデアがコーンウォール家に車を返しに行ったまま、まだ戻って来ていないのだろうと思った。

サロンに入ると、アリーシャはテレビを点けるが、特に観たい番組がなかったので、録画していた恋愛映画を観ることにする。

「この映画はまだ観ていなかった……よね？」

正式に結婚してすぐの頃、夜更けに放送している映画を観たいけれども、眠くて起きていられないと、何気なくオルキデアに話したところ、翌日には録画機能がついている最新機器のテレビを購入してくれた。
どうして買ってくれたのかと聞けば、「もうすぐ休暇が明けるからな。一人で留守番しているのも退屈だろう」と何ともないように答えてくれた。
そして、「自由に使っていいが、その代わり、俺といる時は俺だけを見てくれよ」と言われて、頬に口づけられたのだった。