アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

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ペテルギウス・3

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「数年……いえ、数十年かけて、ようやく大将になりました。全ては、命を救ってくれたこの国の為に……。貴方の奥方を見ていたら、そんな過去を思い出しました。随分と必死に……貴方の安否を気遣っていたので」
「そうでしたか……」

それまで、穏やかな表情を浮かべていたペテルギウスだったが、不意に真顔になると、口調を強めたのだった。

「だからこそ、貴方に尋ねます。このまま奥方をこの国に……貴方の元に留め置いていれば、貴方の嫌疑に巻き込まれるだけでしょう。取り調べの際に、治安部隊が奥方の身元を調べて、ペルフェクト人でないと……奥方の正体が判明してしまう。そうなれば貴方は奥方から引き離されて、降格処分を受けるだけでは免れません。投獄か、最悪は死罪か……。いずれにしろ、このままでは夫婦揃って不幸せな未来しか見えません。そんな未来を、貴方は望んでいますか?」

オルキデアは言葉を失ってしまう。ペテルギウスの言う通りであった。
治安部隊は、次はアリーシャを取り調べすると言っていた。そうなれば、アリーシャの身元を調べられて、彼女の経歴が偽りであると知られてしまうだろう。アリーシャの正体が、アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトだとバレてしまうのも、時間の問題であった。
そうなった時、アリーシャと引き離されるだけでは済まないかもしれない。

自分が罰せられて、死罪になるだけなら、それでいい。
だが、彼女は? アリーシャの身柄はどうなる?
軍部に拘束されたとして、その何もされないとは限らない。

シュタルクヘルトに強制送還されるだけならいい。
その前に治安部隊の取り調べを受けて、怖い思いをするかもしれない。
政治的な目的で、政治の中枢部に身柄を引き渡されて、政治の道具として、国に利用されてしまうかもしれない。
華奢な女性であるのをいいことに、不届き者たちに乱暴される可能性もある。

心優しき彼女は、それらの暴力に耐えられず、きっと心に深く傷を負ってしまうだろう。
アリーシャをーー最愛の女性を、泣かせてしまうのは心苦しい。
しかも、その原因が自分にあるのなら、なおのこと。

「……望んでない。彼女には幸せになってもらいたい。せめて、彼女だけでも……」

自分のせいでアリーシャが苦しむのではないかと思い当たり、苦痛で顔が歪んだ。
こんなことに巻き込むために、彼女と結婚した訳ではなかったーー。

「彼女を守るには、どうしたらいい……?」
「治安部隊が連行する前に、貴方から引き離すしかないでしょう。ほとぼりが冷めるまで、一時的に、どこか遠くに住んでもらう。治安部隊たちから解放された後に、奥方を迎えに行けばいい」
「しかし、その当てが俺にはありません」
「わたしも協力しましょう」
「大将が? それはどうして……?」

目が合ったペテルギウスは、小さく笑ったようだった。

「わたしと同じ彼の国から来て、同じ雰囲気を纏う奥方を放っておけません。わたしなら貴方の望む場所に、奥方を連れて行けると思います」
「謀叛の疑いをかけられている俺に、貴方が尽くすメリットがあるとは思えませんが」
「わたしは貴方の指揮官としての能力を買っています。貴方とオウェングス少将は、共に勇気と智勇に優れた実力派の将官です。歳若いが故に、まだまだ未熟なところもありますが、経験を積んで、昇進を重ねれば、名実共に比類なき指揮官となるでしょう」

急に褒められて、実力派の将官と言われたオルキデアは、濃い紫色の瞳で瞬きを繰り返すことしか出来なかった。

「いずれ、貴方にはわたしの麾下に入ってもらい、第二王子側についてもらいます。無論、オウェングス少将にも。その為の先行投資としておきましょう」
「プロキオン中将の元にいる以上、既に第二王子側にいるつもりでしたが……」
「中将麾下ではなく、わたしの麾下です。わたしは貴方とオウェングス少将に興味があります。お二人が揃った戦場では、どんな戦いが繰り広げられるのか……どんな連携を見れるのかと」

ペテルギウスは音もなく立ち上がると、本を元の場所に仕舞う。

「奥方を守るのに、わたしの力が必要でしたらご連絡下さい。必ずや、奥方を無事に送り届けましょう」

今まで壁際に控えていた兵に、オルキデアを屋敷まで送り届ける準備をするように指示を出したペテルギウスは、執務室から部下が出て行くと、本棚に並べられた本を見ながら独語のように続ける。

「どんな事情があるにしろ、こうなった以上は、彼の国の方が安全かもしれません。
さすがの治安部隊も国境を越えられたら、手出しは出来ないでしょう」

その呟きこそが、オルキデアの胸中を全て物語っていたのだった。
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