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ペテルギウス・2
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「軍部の北門前で見かけました。主人であるラナンキュラス少将に会わせて欲しい、連絡が取れなくなって心配だと。北門の警備兵が突っぱねても、何度もねだっていました。最後はつまみ出されそうになったのを、貴方の部下であるラカイユ中佐が奥方の身柄を引き取って連れ帰ったようですが」
「そうですか……」
まさか、軍部に来るとは思わなかったが、ひとまず、乱暴なことをされなかったと聞いて一安心する。
「三日も連絡がつかなければ、不安にもなるか……」
「五日です」
「なんだと……?」
「五日も留置されていたんです。留置期間の最大三日間を過ぎてもなお」
たとえ犯罪者であろうとも、謀叛の疑いがあろうとも、軍部での留置期間は最大で三日間。そう軍法で定められていた。
その期間に証拠を揃えて逮捕が出来なければ、いかなる犯罪者といえども、一度釈放しなければならなかった。
「そうだったのか……」
「貴方の関係者以外が、何も言わないのを良いことに、留置期間を黙っていたのでしょう。彼らがよくやる手段です」
「まさか、今日釈放されたのは……」
ペテルギウスをじっと見つめると、医師のように見えなくもない上官は、ゆるく首を振ったのだった。
「わたしは何もしていません。ただ、二日前に提出した面会許可証がなかなか戻ってこなかったので、彼らの上官に尋ねただけです。
忘れていたと言って、すぐに許可は下りましたよ」
アリーシャが軍部に来たのは二日前、ペテルギウスが面会許可証を申請したのも二日前。偶然とは思えなかった。
本来なら兵士に暴力を振れば公務執行妨害で逮捕されていたところを、厳重注意で済んだのも、許可証と留置期間が関係しているのかもしれない。
お互いに痛いところを突かれたくないのだろう。
「俺に話があると言っていたのは、この件ですか?」
「そうですね。貴方の奥方ーーアリーシャさん、と言いましたか。
彼女は、彼の国からやってきた方ですね」
彼の国ーーシュタルクヘルトからやって来たのだろうと言われて、どう答えようか悩む。
肯定をすれば、婚姻届に書いたアリーシャの経歴が嘘だとバレてしまう。
だからといってここで変に否定をすれば、謀叛の疑いもあってますます怪しまれることだろう。
当惑していると、ペテルギウスは小さく音を立てて本を閉じたのだった。
「つい何ヶ月か前に、奥方によく似た佳人を彼の国の新聞で見かけた気がします。それ以前にもどこかで……」
「それ以前?」
「わたしはこの国の人間ではありません。生まれも育ちもシュタルクヘルトとなります。奥方を見かけたとすれば、彼の国にいた時でしょう」
「あの国の……?」
つまり、シュタルクヘルトから寝返ったということだろう。
多くはないが、稀に軍の中にもいると聞いたことがある。まさか自分の上官にもいたとは思わなかったが。
「わたしは彼の国のーー彼の軍に所属する軍医でした。それが、自軍に見殺しにされて、死ぬ寸前だったところを、この国とこの国の軍に救われました。
それがきっかけとなって、わたしはこの国に忠誠を誓い、彼の国の軍医から、この国の軍人へと転身したのです。
何度裏切り者と罵られようと、全ては命を救ってくれたこの国の為に……」
どこか遠い目をしながら話していたペテルギウスに耳を傾ける。やがてオルキデアの視線に気づくと、居住まいを正したのだった。
「この国に来たばかりの頃は、わたしも罵倒され、あらぬ嫌疑をかけられて苦労しました。身に覚えのない嫌疑をかけられて、降格処分を受けたことも珍しくありません。治安部隊長ともその時の縁があって、今でも関係が続いています」
元敵軍の軍医だったという上官は、そっと目を伏せたのであった。
「そうですか……」
まさか、軍部に来るとは思わなかったが、ひとまず、乱暴なことをされなかったと聞いて一安心する。
「三日も連絡がつかなければ、不安にもなるか……」
「五日です」
「なんだと……?」
「五日も留置されていたんです。留置期間の最大三日間を過ぎてもなお」
たとえ犯罪者であろうとも、謀叛の疑いがあろうとも、軍部での留置期間は最大で三日間。そう軍法で定められていた。
その期間に証拠を揃えて逮捕が出来なければ、いかなる犯罪者といえども、一度釈放しなければならなかった。
「そうだったのか……」
「貴方の関係者以外が、何も言わないのを良いことに、留置期間を黙っていたのでしょう。彼らがよくやる手段です」
「まさか、今日釈放されたのは……」
ペテルギウスをじっと見つめると、医師のように見えなくもない上官は、ゆるく首を振ったのだった。
「わたしは何もしていません。ただ、二日前に提出した面会許可証がなかなか戻ってこなかったので、彼らの上官に尋ねただけです。
忘れていたと言って、すぐに許可は下りましたよ」
アリーシャが軍部に来たのは二日前、ペテルギウスが面会許可証を申請したのも二日前。偶然とは思えなかった。
本来なら兵士に暴力を振れば公務執行妨害で逮捕されていたところを、厳重注意で済んだのも、許可証と留置期間が関係しているのかもしれない。
お互いに痛いところを突かれたくないのだろう。
「俺に話があると言っていたのは、この件ですか?」
「そうですね。貴方の奥方ーーアリーシャさん、と言いましたか。
彼女は、彼の国からやってきた方ですね」
彼の国ーーシュタルクヘルトからやって来たのだろうと言われて、どう答えようか悩む。
肯定をすれば、婚姻届に書いたアリーシャの経歴が嘘だとバレてしまう。
だからといってここで変に否定をすれば、謀叛の疑いもあってますます怪しまれることだろう。
当惑していると、ペテルギウスは小さく音を立てて本を閉じたのだった。
「つい何ヶ月か前に、奥方によく似た佳人を彼の国の新聞で見かけた気がします。それ以前にもどこかで……」
「それ以前?」
「わたしはこの国の人間ではありません。生まれも育ちもシュタルクヘルトとなります。奥方を見かけたとすれば、彼の国にいた時でしょう」
「あの国の……?」
つまり、シュタルクヘルトから寝返ったということだろう。
多くはないが、稀に軍の中にもいると聞いたことがある。まさか自分の上官にもいたとは思わなかったが。
「わたしは彼の国のーー彼の軍に所属する軍医でした。それが、自軍に見殺しにされて、死ぬ寸前だったところを、この国とこの国の軍に救われました。
それがきっかけとなって、わたしはこの国に忠誠を誓い、彼の国の軍医から、この国の軍人へと転身したのです。
何度裏切り者と罵られようと、全ては命を救ってくれたこの国の為に……」
どこか遠い目をしながら話していたペテルギウスに耳を傾ける。やがてオルキデアの視線に気づくと、居住まいを正したのだった。
「この国に来たばかりの頃は、わたしも罵倒され、あらぬ嫌疑をかけられて苦労しました。身に覚えのない嫌疑をかけられて、降格処分を受けたことも珍しくありません。治安部隊長ともその時の縁があって、今でも関係が続いています」
元敵軍の軍医だったという上官は、そっと目を伏せたのであった。
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