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シュタルクヘルト家・4
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「失礼します……」
アリーシャが部屋に入ると、広い部屋の奥にある窓辺のソファーセットのところで背を向けて立つ父の姿を見つける。
(良かった。変わりはないみたい……)
最後に父の姿を見たのは慰問に経つ前日、それも遠目からであった。
父に嫌われていると自覚しており、またアリーシャ自身も父に対して複雑な感情を持っていることから、なるべく距離を置く様にしていた。
それにも関わらず、半年前と変わらぬ父の姿に安心している自分がいる。
そんな父の姿に安堵したのも束の間、あらかじめ言われていたのか、従僕が扉を閉めてしまう。
珍しい事に今日の父は使用人を控えさせておらず、アリーシャと父だけの二人だけとなった。
(お父さん、と二人きり……)
これまで父と二人きりになった事が無かったからか、急に緊張感が増してくる。それを振り払おうと、アリーシャは父の元に近きながら室内を見渡す。
アリーシャがこの部屋に入ったのは、父に引き取られた直後、カリーダに連れられて父に挨拶をした時だけであった。
それから十二年が経っているはずにも関わらず、まるで時が止まっているかの様に、高そうな家具も絨毯もほとんど何も変わっていなかった。
「アリサ」
部屋に気を取られていたアリーシャは、振り向きながら父が発した言葉にピタリと足を止める。
「お父、様……」
アリーシャの言葉に父は片眉を上げたが、すぐにいつもの顔になった。
ここに来たばかりの頃、父の事を「お父さん」と呼んでいたら、兄のメイドーー兄が屋敷を出る際に一緒に出て行ったので今はいないが、に笑われた。
それがあまりにも恥ずかしくて、それから父の事をずっと「お父様」と呼んでいた。
十二年ぶりの父は顔に皺が増え、濃紺色の髪には白いものが混ざっていた。変化の無い部屋とは違い、歳を重ねた父の姿から、間違いなくこの屋敷に来てから十二年の歳月が流れたのだとアリーシャは思わされる。
「こちらに来なさい」
有無をを言わさぬ言葉に、アリーシャは父の側に行く。
人一人分の距離を空けてアリーシャ立ち止まると、父はアリーシャの頭から爪先までじっと見下ろしてくる。
父の冷ややかな目と合いそうになると、アリーシャは絨毯に視線を落として、戦々恐々しながら身構える。
父は無言でアリーシャを見つめていたが、やがて大きく息を吐き出したのであった。
「無事だったか」
アリーシャの身を案じる父の言葉に衝撃を受けると、アリーシャは菫色の目を大きく見開きながら目線を上げる。
「はい」
「医療施設に居た者に聞いたが、慰問だけではなく仕事を手伝ったそうだな」
「人手が足りないと聞いたので、施設の皆さんのお仕事を手伝いました。あの、勝手なことをして……すみません」
「いや。よくやった。それでこそ王族の血を引く者の務めだ。シュタルクヘルト家に相応しい」
アリーシャは瞬きを繰り返す。一体、父はどうしたのだろう。これまでアリーシャが何をしても見向きもしてくれなかった。
この屋敷でアリーシャがどんな目に遭っていたのかも知っていただろう。それでも父は決して助けてくれなかった。
カリーダを通じて伝言を伝えても、アリーシャ自身が会いに行っても無視した。慰問に行く日も仕事を理由に見送りに来てくれなかった。
軍事医療施設の襲撃でアリーシャが亡くなったと聞いても、邪魔者が消えて喜んでいると思っていた。
それが半年離れていただけでこれまでと態度が一変して、アリーシャのことを見て、欲しかった言葉を掛けてくれる。
白昼夢でも見ているのだろうかと不安になってしまう。
「い、いえ! この家の人間として、当然のことをしたまで、です……」
溢れんばかりに歓喜で胸が満たされる。もっと良い返事をしたいのに上手く言葉が紡げない。
そんなアリーシャの様子に気付いているのかいないのか、父はアリーシャに近いて来る。
これまでとは違って、父を怖いと思わなければ、緊張さえ感じなかった。
きっとこれまでは自分が誤解していただけだった。本当は父はアリーシャの事を娘として大切に想っていて、アリーシャがそれに気づけなかっただけなのだ。
父は愛情を注いでくれた。今の様と同じ様にきっとーー。
夢現な気持ちでそんな事を考えていたアリーシャだったが、目の前で立ち止まった父が片手を上げた瞬間、全てが打ち砕かれた。
父がアリーシャの頬を打ったのだった。
アリーシャが部屋に入ると、広い部屋の奥にある窓辺のソファーセットのところで背を向けて立つ父の姿を見つける。
(良かった。変わりはないみたい……)
最後に父の姿を見たのは慰問に経つ前日、それも遠目からであった。
父に嫌われていると自覚しており、またアリーシャ自身も父に対して複雑な感情を持っていることから、なるべく距離を置く様にしていた。
それにも関わらず、半年前と変わらぬ父の姿に安心している自分がいる。
そんな父の姿に安堵したのも束の間、あらかじめ言われていたのか、従僕が扉を閉めてしまう。
珍しい事に今日の父は使用人を控えさせておらず、アリーシャと父だけの二人だけとなった。
(お父さん、と二人きり……)
これまで父と二人きりになった事が無かったからか、急に緊張感が増してくる。それを振り払おうと、アリーシャは父の元に近きながら室内を見渡す。
アリーシャがこの部屋に入ったのは、父に引き取られた直後、カリーダに連れられて父に挨拶をした時だけであった。
それから十二年が経っているはずにも関わらず、まるで時が止まっているかの様に、高そうな家具も絨毯もほとんど何も変わっていなかった。
「アリサ」
部屋に気を取られていたアリーシャは、振り向きながら父が発した言葉にピタリと足を止める。
「お父、様……」
アリーシャの言葉に父は片眉を上げたが、すぐにいつもの顔になった。
ここに来たばかりの頃、父の事を「お父さん」と呼んでいたら、兄のメイドーー兄が屋敷を出る際に一緒に出て行ったので今はいないが、に笑われた。
それがあまりにも恥ずかしくて、それから父の事をずっと「お父様」と呼んでいた。
十二年ぶりの父は顔に皺が増え、濃紺色の髪には白いものが混ざっていた。変化の無い部屋とは違い、歳を重ねた父の姿から、間違いなくこの屋敷に来てから十二年の歳月が流れたのだとアリーシャは思わされる。
「こちらに来なさい」
有無をを言わさぬ言葉に、アリーシャは父の側に行く。
人一人分の距離を空けてアリーシャ立ち止まると、父はアリーシャの頭から爪先までじっと見下ろしてくる。
父の冷ややかな目と合いそうになると、アリーシャは絨毯に視線を落として、戦々恐々しながら身構える。
父は無言でアリーシャを見つめていたが、やがて大きく息を吐き出したのであった。
「無事だったか」
アリーシャの身を案じる父の言葉に衝撃を受けると、アリーシャは菫色の目を大きく見開きながら目線を上げる。
「はい」
「医療施設に居た者に聞いたが、慰問だけではなく仕事を手伝ったそうだな」
「人手が足りないと聞いたので、施設の皆さんのお仕事を手伝いました。あの、勝手なことをして……すみません」
「いや。よくやった。それでこそ王族の血を引く者の務めだ。シュタルクヘルト家に相応しい」
アリーシャは瞬きを繰り返す。一体、父はどうしたのだろう。これまでアリーシャが何をしても見向きもしてくれなかった。
この屋敷でアリーシャがどんな目に遭っていたのかも知っていただろう。それでも父は決して助けてくれなかった。
カリーダを通じて伝言を伝えても、アリーシャ自身が会いに行っても無視した。慰問に行く日も仕事を理由に見送りに来てくれなかった。
軍事医療施設の襲撃でアリーシャが亡くなったと聞いても、邪魔者が消えて喜んでいると思っていた。
それが半年離れていただけでこれまでと態度が一変して、アリーシャのことを見て、欲しかった言葉を掛けてくれる。
白昼夢でも見ているのだろうかと不安になってしまう。
「い、いえ! この家の人間として、当然のことをしたまで、です……」
溢れんばかりに歓喜で胸が満たされる。もっと良い返事をしたいのに上手く言葉が紡げない。
そんなアリーシャの様子に気付いているのかいないのか、父はアリーシャに近いて来る。
これまでとは違って、父を怖いと思わなければ、緊張さえ感じなかった。
きっとこれまでは自分が誤解していただけだった。本当は父はアリーシャの事を娘として大切に想っていて、アリーシャがそれに気づけなかっただけなのだ。
父は愛情を注いでくれた。今の様と同じ様にきっとーー。
夢現な気持ちでそんな事を考えていたアリーシャだったが、目の前で立ち止まった父が片手を上げた瞬間、全てが打ち砕かれた。
父がアリーシャの頬を打ったのだった。
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