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第一部
ただ、願うのは【1】
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リュドヴィックが屋敷に来てから数日後。
屋敷の使用人に頼んで馬車を出してもらったモニカは、一人でヴィオーラの屋敷にやって来た。
この世界に来てから、一人で屋敷の外に出るのは初めてであった。
どことなく緊張するのは、初めて一人で外出するからか、これから会う相手がリュドヴィックだからなのか。
あの後、リュドヴィックに会いたいという手紙を出したところ、今日ならヴィオーラの屋敷にいると返事が来たのだった。
どうやら、リュドヴィックはヴィオーラの屋敷に客として滞在しながらも、自ら屋敷内の手伝いを買って出てくれているだけではなく、貧民街の状況をヴィオーラから聞いてからは、貧民街の巡回や、清掃の手伝いもやっているらしい。
それもあって、普段は屋敷を留守にしているとのことだった。
ヴィオーラは気にしなくていいと言ったらしいが、それだと居心地が悪く、じっとしていると身体が鈍ってしまうからと、リュドヴィックに言われたとのことだった。
マキウスからこの話を聞いたモニカたちは、リュドヴィックの真面目ぶりに笑みを浮かべたものだった。
屋敷に着いたモニカは、屋敷の玄関口で出迎えてくれたアガタに連れられて、リュドヴィックが滞在中、使用しているという客間まで案内をしてもらった。
リュドヴィックの部屋に着いたモニカは、深く息を吸い込むと、扉をノックしたのだった。
「お兄ちゃん。モニカです。入ってもいいかな?」
「ああ、入ってくれ」
「失礼します」
扉を開けると、窓辺にリュドヴィックが佇んでいた。
陽光を浴びて黄金色に輝く金の髪と、ヴィオーラとマキウスの姉弟にも比肩する、どこか陰りのある純麗な横顔は、神話に登場する神々や英雄にも匹敵する煌びやかさがあり、見惚れてしまいそうになった。
モニカが部屋に入ると、アガタは扉を閉めて静かに部屋から離れて行ったのだった。
「お兄ちゃん。突然、ごめんね」
「いや、構わない。むしろ、こっちに出向いてもらってすまない。不在にして屋敷は大丈夫か?」
「うん。マキウス様は仕事で出かけているけど、ニコラはニコラの乳母のアマンテさんにお任せしてきたから」
「そうだったか。良い人たちに恵まれたな」
「そうだね……」
あの後、リュドヴィックは髪を切ったようで、背中に流していた長い金色の髪は、肩と胸の間ぐらいの長さになっていた。
その髪を深緑色の布で一つに結んで、うなじの辺りから垂らしていたのだった。
「……髪、切ったんだね」
「ああ。ヴィオーラ殿が腕の良い理髪師を紹介してくれたんだ」
リュドヴィックはうなじで結んでいる後ろ髪に触れると、嬉しそうな顔をしたのだった。
「お兄ちゃん、あの……。この間は、髪を切ってあげられなくて、ごめんなさい」
モニカは俯きながら話すと、リュドヴィックは驚き入ったようだった。
「まだ気にしていたのか? 私は気にしていない」
「でも……」
「私の方こそすまなかった」
モニカが何か言わなければと思っていると、何故かリュドヴィックが謝ってきたのだった。
「昔とは違って、男爵夫人になったモニカに、使用人がやるようなことを頼んでしまった。
本来、あのようなことは、貴族の女性がやるべきではないだろう。恥をかかせてしまったのならすまない」
リュドヴィックの言う通り、散髪は貴族の女性ではなく、その使用人を始めとする下々の者がやる仕事だ。
身を寄せ合って二人で暮らしていた頃とは違い、今は男爵夫人となったモニカに頼むべきではなかったと、リュドヴィックは言いたいのだろう。
「そんな……。お兄ちゃんは悪くないよ! 私が悪いの!」
「いいや。モニカは悪くない。悪いのは気軽に頼んでしまった私だ」
「ううん。私が……」
「いや、これは言い出した私が……」
お互いに自分が悪いと言い合っていた二人だったが、やがてどちらともなく笑い合った。
「今度は、切らせてもらってもいい?」
「それは構わないが……。いいのか? 男爵夫人がそんなことをして」
「いいの。身分や立場は関係ない。だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから」
丁度、アガタがお茶の用意をして部屋に戻って来たので、二人はひと息つくことにして、テーブルに座ることにした。
「まさか、謝る為だけに、わざわざ屋敷までやって来たのか?」
お茶の用意をしてくれたアガタが退室すると、リュドヴィックはティーカップを持ち上げながら訊ねてきた。
テーブルの上で、ティーカップを両手で包むように持っていたモニカは、そっと目を伏せたのだった。
「それもあるんだけど……。一番はお兄ちゃんと話しがしたくて」
「私と……? しかし、一体何を?」
モニカはティーカップから手を離すと、不思議そうな顔をしたリュドヴィックを真っ直ぐに見つめたのだった。
屋敷の使用人に頼んで馬車を出してもらったモニカは、一人でヴィオーラの屋敷にやって来た。
この世界に来てから、一人で屋敷の外に出るのは初めてであった。
どことなく緊張するのは、初めて一人で外出するからか、これから会う相手がリュドヴィックだからなのか。
あの後、リュドヴィックに会いたいという手紙を出したところ、今日ならヴィオーラの屋敷にいると返事が来たのだった。
どうやら、リュドヴィックはヴィオーラの屋敷に客として滞在しながらも、自ら屋敷内の手伝いを買って出てくれているだけではなく、貧民街の状況をヴィオーラから聞いてからは、貧民街の巡回や、清掃の手伝いもやっているらしい。
それもあって、普段は屋敷を留守にしているとのことだった。
ヴィオーラは気にしなくていいと言ったらしいが、それだと居心地が悪く、じっとしていると身体が鈍ってしまうからと、リュドヴィックに言われたとのことだった。
マキウスからこの話を聞いたモニカたちは、リュドヴィックの真面目ぶりに笑みを浮かべたものだった。
屋敷に着いたモニカは、屋敷の玄関口で出迎えてくれたアガタに連れられて、リュドヴィックが滞在中、使用しているという客間まで案内をしてもらった。
リュドヴィックの部屋に着いたモニカは、深く息を吸い込むと、扉をノックしたのだった。
「お兄ちゃん。モニカです。入ってもいいかな?」
「ああ、入ってくれ」
「失礼します」
扉を開けると、窓辺にリュドヴィックが佇んでいた。
陽光を浴びて黄金色に輝く金の髪と、ヴィオーラとマキウスの姉弟にも比肩する、どこか陰りのある純麗な横顔は、神話に登場する神々や英雄にも匹敵する煌びやかさがあり、見惚れてしまいそうになった。
モニカが部屋に入ると、アガタは扉を閉めて静かに部屋から離れて行ったのだった。
「お兄ちゃん。突然、ごめんね」
「いや、構わない。むしろ、こっちに出向いてもらってすまない。不在にして屋敷は大丈夫か?」
「うん。マキウス様は仕事で出かけているけど、ニコラはニコラの乳母のアマンテさんにお任せしてきたから」
「そうだったか。良い人たちに恵まれたな」
「そうだね……」
あの後、リュドヴィックは髪を切ったようで、背中に流していた長い金色の髪は、肩と胸の間ぐらいの長さになっていた。
その髪を深緑色の布で一つに結んで、うなじの辺りから垂らしていたのだった。
「……髪、切ったんだね」
「ああ。ヴィオーラ殿が腕の良い理髪師を紹介してくれたんだ」
リュドヴィックはうなじで結んでいる後ろ髪に触れると、嬉しそうな顔をしたのだった。
「お兄ちゃん、あの……。この間は、髪を切ってあげられなくて、ごめんなさい」
モニカは俯きながら話すと、リュドヴィックは驚き入ったようだった。
「まだ気にしていたのか? 私は気にしていない」
「でも……」
「私の方こそすまなかった」
モニカが何か言わなければと思っていると、何故かリュドヴィックが謝ってきたのだった。
「昔とは違って、男爵夫人になったモニカに、使用人がやるようなことを頼んでしまった。
本来、あのようなことは、貴族の女性がやるべきではないだろう。恥をかかせてしまったのならすまない」
リュドヴィックの言う通り、散髪は貴族の女性ではなく、その使用人を始めとする下々の者がやる仕事だ。
身を寄せ合って二人で暮らしていた頃とは違い、今は男爵夫人となったモニカに頼むべきではなかったと、リュドヴィックは言いたいのだろう。
「そんな……。お兄ちゃんは悪くないよ! 私が悪いの!」
「いいや。モニカは悪くない。悪いのは気軽に頼んでしまった私だ」
「ううん。私が……」
「いや、これは言い出した私が……」
お互いに自分が悪いと言い合っていた二人だったが、やがてどちらともなく笑い合った。
「今度は、切らせてもらってもいい?」
「それは構わないが……。いいのか? 男爵夫人がそんなことをして」
「いいの。身分や立場は関係ない。だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから」
丁度、アガタがお茶の用意をして部屋に戻って来たので、二人はひと息つくことにして、テーブルに座ることにした。
「まさか、謝る為だけに、わざわざ屋敷までやって来たのか?」
お茶の用意をしてくれたアガタが退室すると、リュドヴィックはティーカップを持ち上げながら訊ねてきた。
テーブルの上で、ティーカップを両手で包むように持っていたモニカは、そっと目を伏せたのだった。
「それもあるんだけど……。一番はお兄ちゃんと話しがしたくて」
「私と……? しかし、一体何を?」
モニカはティーカップから手を離すと、不思議そうな顔をしたリュドヴィックを真っ直ぐに見つめたのだった。
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