152 / 247
第一部
ただ、願うのは【1】
しおりを挟む
リュドヴィックが屋敷に来てから数日後。
屋敷の使用人に頼んで馬車を出してもらったモニカは、一人でヴィオーラの屋敷にやって来た。
この世界に来てから、一人で屋敷の外に出るのは初めてであった。
どことなく緊張するのは、初めて一人で外出するからか、これから会う相手がリュドヴィックだからなのか。
あの後、リュドヴィックに会いたいという手紙を出したところ、今日ならヴィオーラの屋敷にいると返事が来たのだった。
どうやら、リュドヴィックはヴィオーラの屋敷に客として滞在しながらも、自ら屋敷内の手伝いを買って出てくれているだけではなく、貧民街の状況をヴィオーラから聞いてからは、貧民街の巡回や、清掃の手伝いもやっているらしい。
それもあって、普段は屋敷を留守にしているとのことだった。
ヴィオーラは気にしなくていいと言ったらしいが、それだと居心地が悪く、じっとしていると身体が鈍ってしまうからと、リュドヴィックに言われたとのことだった。
マキウスからこの話を聞いたモニカたちは、リュドヴィックの真面目ぶりに笑みを浮かべたものだった。
屋敷に着いたモニカは、屋敷の玄関口で出迎えてくれたアガタに連れられて、リュドヴィックが滞在中、使用しているという客間まで案内をしてもらった。
リュドヴィックの部屋に着いたモニカは、深く息を吸い込むと、扉をノックしたのだった。
「お兄ちゃん。モニカです。入ってもいいかな?」
「ああ、入ってくれ」
「失礼します」
扉を開けると、窓辺にリュドヴィックが佇んでいた。
陽光を浴びて黄金色に輝く金の髪と、ヴィオーラとマキウスの姉弟にも比肩する、どこか陰りのある純麗な横顔は、神話に登場する神々や英雄にも匹敵する煌びやかさがあり、見惚れてしまいそうになった。
モニカが部屋に入ると、アガタは扉を閉めて静かに部屋から離れて行ったのだった。
「お兄ちゃん。突然、ごめんね」
「いや、構わない。むしろ、こっちに出向いてもらってすまない。不在にして屋敷は大丈夫か?」
「うん。マキウス様は仕事で出かけているけど、ニコラはニコラの乳母のアマンテさんにお任せしてきたから」
「そうだったか。良い人たちに恵まれたな」
「そうだね……」
あの後、リュドヴィックは髪を切ったようで、背中に流していた長い金色の髪は、肩と胸の間ぐらいの長さになっていた。
その髪を深緑色の布で一つに結んで、うなじの辺りから垂らしていたのだった。
「……髪、切ったんだね」
「ああ。ヴィオーラ殿が腕の良い理髪師を紹介してくれたんだ」
リュドヴィックはうなじで結んでいる後ろ髪に触れると、嬉しそうな顔をしたのだった。
「お兄ちゃん、あの……。この間は、髪を切ってあげられなくて、ごめんなさい」
モニカは俯きながら話すと、リュドヴィックは驚き入ったようだった。
「まだ気にしていたのか? 私は気にしていない」
「でも……」
「私の方こそすまなかった」
モニカが何か言わなければと思っていると、何故かリュドヴィックが謝ってきたのだった。
「昔とは違って、男爵夫人になったモニカに、使用人がやるようなことを頼んでしまった。
本来、あのようなことは、貴族の女性がやるべきではないだろう。恥をかかせてしまったのならすまない」
リュドヴィックの言う通り、散髪は貴族の女性ではなく、その使用人を始めとする下々の者がやる仕事だ。
身を寄せ合って二人で暮らしていた頃とは違い、今は男爵夫人となったモニカに頼むべきではなかったと、リュドヴィックは言いたいのだろう。
「そんな……。お兄ちゃんは悪くないよ! 私が悪いの!」
「いいや。モニカは悪くない。悪いのは気軽に頼んでしまった私だ」
「ううん。私が……」
「いや、これは言い出した私が……」
お互いに自分が悪いと言い合っていた二人だったが、やがてどちらともなく笑い合った。
「今度は、切らせてもらってもいい?」
「それは構わないが……。いいのか? 男爵夫人がそんなことをして」
「いいの。身分や立場は関係ない。だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから」
丁度、アガタがお茶の用意をして部屋に戻って来たので、二人はひと息つくことにして、テーブルに座ることにした。
「まさか、謝る為だけに、わざわざ屋敷までやって来たのか?」
お茶の用意をしてくれたアガタが退室すると、リュドヴィックはティーカップを持ち上げながら訊ねてきた。
テーブルの上で、ティーカップを両手で包むように持っていたモニカは、そっと目を伏せたのだった。
「それもあるんだけど……。一番はお兄ちゃんと話しがしたくて」
「私と……? しかし、一体何を?」
モニカはティーカップから手を離すと、不思議そうな顔をしたリュドヴィックを真っ直ぐに見つめたのだった。
屋敷の使用人に頼んで馬車を出してもらったモニカは、一人でヴィオーラの屋敷にやって来た。
この世界に来てから、一人で屋敷の外に出るのは初めてであった。
どことなく緊張するのは、初めて一人で外出するからか、これから会う相手がリュドヴィックだからなのか。
あの後、リュドヴィックに会いたいという手紙を出したところ、今日ならヴィオーラの屋敷にいると返事が来たのだった。
どうやら、リュドヴィックはヴィオーラの屋敷に客として滞在しながらも、自ら屋敷内の手伝いを買って出てくれているだけではなく、貧民街の状況をヴィオーラから聞いてからは、貧民街の巡回や、清掃の手伝いもやっているらしい。
それもあって、普段は屋敷を留守にしているとのことだった。
ヴィオーラは気にしなくていいと言ったらしいが、それだと居心地が悪く、じっとしていると身体が鈍ってしまうからと、リュドヴィックに言われたとのことだった。
マキウスからこの話を聞いたモニカたちは、リュドヴィックの真面目ぶりに笑みを浮かべたものだった。
屋敷に着いたモニカは、屋敷の玄関口で出迎えてくれたアガタに連れられて、リュドヴィックが滞在中、使用しているという客間まで案内をしてもらった。
リュドヴィックの部屋に着いたモニカは、深く息を吸い込むと、扉をノックしたのだった。
「お兄ちゃん。モニカです。入ってもいいかな?」
「ああ、入ってくれ」
「失礼します」
扉を開けると、窓辺にリュドヴィックが佇んでいた。
陽光を浴びて黄金色に輝く金の髪と、ヴィオーラとマキウスの姉弟にも比肩する、どこか陰りのある純麗な横顔は、神話に登場する神々や英雄にも匹敵する煌びやかさがあり、見惚れてしまいそうになった。
モニカが部屋に入ると、アガタは扉を閉めて静かに部屋から離れて行ったのだった。
「お兄ちゃん。突然、ごめんね」
「いや、構わない。むしろ、こっちに出向いてもらってすまない。不在にして屋敷は大丈夫か?」
「うん。マキウス様は仕事で出かけているけど、ニコラはニコラの乳母のアマンテさんにお任せしてきたから」
「そうだったか。良い人たちに恵まれたな」
「そうだね……」
あの後、リュドヴィックは髪を切ったようで、背中に流していた長い金色の髪は、肩と胸の間ぐらいの長さになっていた。
その髪を深緑色の布で一つに結んで、うなじの辺りから垂らしていたのだった。
「……髪、切ったんだね」
「ああ。ヴィオーラ殿が腕の良い理髪師を紹介してくれたんだ」
リュドヴィックはうなじで結んでいる後ろ髪に触れると、嬉しそうな顔をしたのだった。
「お兄ちゃん、あの……。この間は、髪を切ってあげられなくて、ごめんなさい」
モニカは俯きながら話すと、リュドヴィックは驚き入ったようだった。
「まだ気にしていたのか? 私は気にしていない」
「でも……」
「私の方こそすまなかった」
モニカが何か言わなければと思っていると、何故かリュドヴィックが謝ってきたのだった。
「昔とは違って、男爵夫人になったモニカに、使用人がやるようなことを頼んでしまった。
本来、あのようなことは、貴族の女性がやるべきではないだろう。恥をかかせてしまったのならすまない」
リュドヴィックの言う通り、散髪は貴族の女性ではなく、その使用人を始めとする下々の者がやる仕事だ。
身を寄せ合って二人で暮らしていた頃とは違い、今は男爵夫人となったモニカに頼むべきではなかったと、リュドヴィックは言いたいのだろう。
「そんな……。お兄ちゃんは悪くないよ! 私が悪いの!」
「いいや。モニカは悪くない。悪いのは気軽に頼んでしまった私だ」
「ううん。私が……」
「いや、これは言い出した私が……」
お互いに自分が悪いと言い合っていた二人だったが、やがてどちらともなく笑い合った。
「今度は、切らせてもらってもいい?」
「それは構わないが……。いいのか? 男爵夫人がそんなことをして」
「いいの。身分や立場は関係ない。だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから」
丁度、アガタがお茶の用意をして部屋に戻って来たので、二人はひと息つくことにして、テーブルに座ることにした。
「まさか、謝る為だけに、わざわざ屋敷までやって来たのか?」
お茶の用意をしてくれたアガタが退室すると、リュドヴィックはティーカップを持ち上げながら訊ねてきた。
テーブルの上で、ティーカップを両手で包むように持っていたモニカは、そっと目を伏せたのだった。
「それもあるんだけど……。一番はお兄ちゃんと話しがしたくて」
「私と……? しかし、一体何を?」
モニカはティーカップから手を離すと、不思議そうな顔をしたリュドヴィックを真っ直ぐに見つめたのだった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる