【第一部完結・改稿版】ハージェント家の天使

夜霞

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第一部

流星群と明かされた過去・中【6】

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「モニカ……」

 マキウスが労るようにモニカの肩を支えてくれる。
 いつもなら安心するその優しさが、今は刃物のように鋭い刃先となって胸を貫いてくる。

「最低ですよね。嫌われても仕方がないと思っています。だって、自分が生きていく為に、マキウス様を利用したのも同然なんですから……!」

 これこそが、マキウスから、「ここが嫌なら出て行っても構わない」と言われた時、モニカが考えた自分の醜さを表した「悲しいもの」であった。

「あの時、私はこの世界で一人生きて行くことを考えました。そして、母親がいなくなったニコラと、そんなニコラを抱え、育てていくマキウス様のことも。
 そんな、マキウス様を失礼にも『可哀想』だと、母親がいないニコラが『可哀想』だと思ったんです……」

 それにーーここにいれば、少なくとも路頭に迷わずに済む。食べるものも、着るものも、住む場所もある。
 あの時、マキウスはモニカが「優しい」からここに残ってくれたと思ったかもしれない。
 けれども、実際はそんな温かいものではなかった。モニカはマキウスとニコラへの「同情心」を、モニカはこの世界で生きていく為に利用することにした。
 こんな利己的な考えを持つようになったのも、あのモニカの全てを変えた強姦未遂事件が原因だろうか。
 もしもあの日をやり直せるのなら、モニカは純粋な心優しいままで居られたのだろうかーー。

「今でも、そう思っていますか?」

 静かな声で淡々と問いかけてくるマキウスが、どこか怒っているように聞こえてきた。
 モニカは首を大きく振った。

「今はそう思っていません。マキウス様と暮らして、ニコラを育てて、二人のことが好きになりました。愛して、愛されたいと、思うようになりました。二人のことが好きだから……」

 マキウスの優しさと、日に日に成長していくニコラに触れる度、モニカの心の中には、だんだんと愛情が芽生えていった。
 二人に必要とされたいーー愛されたい、と考えるようになった。

「その為にも、私は強姦されそうになった時に抱いた、男性に対する恐怖心を克服しなければならないんです。マキウス様に触れられたいから。いつまでもマキウス様に気を遣われる訳にはいかないから……」

 これまでマキウスはモニカが嫌がるからと、モニカに触れようとして止めたことがある。
 ただマキウスを繋ぎ留めたくて、何も考えずにモニカから口付けてしまったこともあったが、マキウスが触れようとして止めてしまう度に心のどこかで、モニカはマキウスが気を遣ってくれたことが嬉しい反面、気を遣わせてしまったことを後悔していた。
 これ以上、マキウスの厄介者になりたくなかった。その為にも、モニカは異性恐怖症を克服しなければならなかった。
 いつまでも中学生の秋暮れの日ーーあの強姦未遂をされた子供の時のまま、止まっている訳にはいかないから。

「早くふたりに相応しい人になりたいと思うようになりました。マキウス様の妻として、ニコラの母親として、一人の女性として。けれども、私には経験が無いんです。何も無い……」

 御國だった頃のモニカは、結婚も育児もしたことが無ければ、貴族でも無く、貴族の妻として相応しい振る舞いさえ知らなかった。

「そもそも、私は誰かを愛したことなんて無いんです。愛せる自信がないから……。そんな私が、誰かに愛されたいって思ってはいけないんです!」

 誰かに愛されるためには、モニカも相手を愛さなければならない。自分のことさえ愛せないモニカが、相手を愛することが出来るのだろうか。

「そんな私が高潔なマキウス様と、無垢なニコラに相応しい訳が無い……。本当はここにいるべきでは無いんです……。こんな綺麗な『モニカ』の身体には似合わない、汚くて、醜い人間なんです……!」

 この身体になってから鏡の前に立つ度に思う。清らかな「モニカ」には、穢らわしい御國は似合わない。
 マキウスが「天使」と称した「モニカ」。でも、その中身は醜い御國。
 御國が「モニカ」の中にいればいるほど、美しい「モニカ」は汚れてしまうのではないかと不安になった。清廉な「モニカ」が、御國によって汚されていく姿を見ていられなかった。
 あまりにも清浄で眩しい「モニカ」を直視出来なくて、モニカはなるべくこの姿を見ないようにしていた。

「今まで、ずっと言えなくてごめんなさい……。こんな死に損ないが、隣にいてごめんなさい……。側にいない方がいいなら、居なくなります。すぐにでも目の前から消えるので……」
「何もかも、勝手に決めつけないで下さい!」

 突然、マキウスが叫んだ。これまで激情したマキウスの姿を見たことが無かったモニカは、息を止めて見入ってしまう。

「勝手に決めないで下さい……。私も貴女に話していないことがあるんです」

 悲痛な表情を浮かべたマキウスの横顔を、顔を上げたモニカは、ただ呆然と眺めていたのだった。
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