【第一部完結・改稿版】ハージェント家の天使

夜霞

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第一部

★介添え【7】

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「っは……!」

 床に倒れた衝撃でマキウスの唇が離れ、ようやく息が出来た。
 まとめてもらった金の髪が落ちてきて、隣で倒れるマキウスの髪にかかった。

「何を……するんですか……!?」

 息も絶え絶えに起き上がりながら浴室の床に倒れているマキウスに問うと、モニカの金の髪をそっと払いながら起き上がる。

「油断して、貴女がずっと下を向いているからですよ」
「油断なんて……してないです!」

 せっかく洗ってもらった髪が、また泡だらけになってしまった。
 それを残念に思いながら、床に落ちたバスタオルを拾っていると、シャワーの音が聞こえてきた。
 振り返ると、シャワーを持ったマキウスが肩から丁寧に湯を掛けてくれた。

「マキウス様も、びしょ濡れですね……」

 何も身につけていなかった上半身には泡がついていた。
 床に倒れた拍子に、ズボンだけでなく、限りなく白に近い灰色の髪までぐっしょり濡れてしまったようで、髪から落ちた幾つもの雫が、マキウスの頬を伝い落ちたのだった。
 騎士として鍛えられたマキウスの上半身を凝視しそうになり、慌てて顔を背ける。

「これなら、最初から一緒に入るべきでしたね」

 マキウスはモニカの背中や後ろ髪についた泡を流しながら納得したように返してきた。
 胸元や腹部を洗い流すのにマキウスからシャワーを借りている間、服を脱ぐからとマキウスは一度浴室から出ていった。

「ふう……」

 泡を流し終えると、解けた髪をまとめ直して、湯を張っていたバスタブに入る。
 ようやく一人になれて安心したのも束の間、すぐにマキウスは戻ってきたのだった。

「もう戻ってき……」

 扉を振り返ったマキウスを一目見たモニカは だったが、大きく目を見開くと、すぐに目を逸らした。

「き、着替えに行ったんじゃないんですか!?」
「服を脱ぐとは言いましたが、着替えるとは一言も言っていません」
「だ、だからって……! 裸なんて……!?」

 服を脱いで戻ってきたマキウスは、腰にタオルを巻いただけの裸身であった。
 魔力の明かりの下で見つめたマキウスの身体は、騎士だけあって無駄な肉のない、引き締まった体つきをしていた。
 ほどよく筋肉もついた男らしい屈強な身体に、モニカは真っ赤になったのだった。

「照れているんですか?」

 意地悪い笑みを浮かべたマキウスは、先程までモニカが使っていた椅子を引っ張ってくると、バスタブの隣に座る。
 そして、バスタブに溜めた湯の中に、顎まで入っているモニカに手を伸ばすと、耳朶にそっと触れてきたのだった。

「こんなに耳まで真っ赤になって……」
「お、お湯が熱いだけです……」

 マキウスの言う通り、羞恥で赤くなっているのを知られたくなくて虚勢を張ったが、夫にはバレているようだった。
 小さく笑うと、耳朶を揉んできたのだった。

「湯が熱いなら、顎まで入らなくもいいのではありませんか?」
「入りたい気分なので……」
「そうやって、顔を赤らめる貴女も魅力的ですね」

 顎を上げると、耳朶から手を離したマキウスはモニカの前髪にそっと触れてきた。
 最初こそビクリと小さく肩を揺らしてしまったが、前髪を整えてくれるマキウスに身を委ねたのだった。

「まだ、怖いですか?」
「少しずつ慣れてきました。マキウス様ならいくら触られても平気です」
 
 モニカが心に抱えている傷を気にしているのか、やはり時折気遣わしげに見つめてくる。

「そうですか……」

 前髪から離れた掌が頬に触れた時、モニカは猫の様にマキウスの大きな掌に擦り寄った。
 一瞬、アメシストの様な目を大きく見開いた後、満足そうに口元を緩めたようだった。
 頬を触れていた掌は、顎、鎖骨、デコルテと下りていき、やがてモニカが胸元を隠しているバスタオルへと行きついた。

「マキウス様?」

 バスタオルに触れたまま止まってしまったマキウスを不思議に思い、腰を浮かし掛けた時だった。
 急に両手でバスタオルを掴んできたかと思うと、一気に引っ張られた。

「わわわ……」

 慌ててバスタオルを押さえるが、非力なモニカが、屈強なマキウスに敵うはずがなかった。

「油断しましたね」

 湯に浸かっていたこともあり、身体に巻いていたバスタオルは取れかかっていたようだった。
 バスタオルが剥ぎ取られた先には、マキウスの悪戯めいた笑みがあったのだった。
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