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おまけ
ブーゲンビリア侯爵と姉弟・上【1】
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夕方を告げる鐘の音が、騎士団の本拠地である城中に鳴り響いた。
ヴィオーラ・シネンシス・ブーゲンビリアが、書類から顔を上げると、外はオレンジ色に染まりかけていたのだった。
(もうこんな時間……)
書類仕事に集中して、すっかり時間を忘れていた。
特に出動要請もなく、自分の執務室で書類仕事をしていると、つい時間の感覚を忘れてしまう。
隊長になるまでは机仕事で一日が終わる日は経験したことなかったので、どこか不思議な気持ちになる。
今日の様に騎士団に待機している日は、ヴィオーラと副官にして異母弟のマキウス・ハージェント以外の騎士たちは、城内で訓練に勤しむことになっている。
小隊の隊長として、ヴィオーラも部下たちの様子を見に行くつもりが、完全に忘れてしまった。
ヴィオーラが書類仕事をしている間も、定期的にマキウスが様子を見に行っていたので問題ないだろうが、マキウスに負担を掛けてしまった。
夕方の鐘が鳴ったのなら、もう訓練を切り上げて片付けを始めている頃だろうか。後でマキウスに謝らなければならない。
ヴィオーラは小さく溜め息を吐いたのだった。
(今日は取り急ぎで片付ける仕事もないので、マキウスが他の隊との引き継ぎを終えたら、すぐに帰りましょうか)
騎士団は三交代制であり、それぞれ朝から昼までの早出、昼から夜までの中出、そして夜から朝の遅出と分かれていた。
小隊毎に持ち回りで割り当てられるが、ヴィオーラの隊は育児や家庭と兼業している騎士が多いので、早出と中出に割り当てられることが多かった。
その辺りは多少、騎士団長など主だった者たちから融通をしてもらっているが、それでは早出と遅出を均等に行っている他の小隊からの反発が大きく、騎士団の中に歪みが生じがちであった。
その為、ヴィオーラなどの時間に余裕がある騎士たちのみで遅出をする日を増やしてもらい、騎士団に人手が足りない時は、率先して交代時間が過ぎても騎士団に残って仕事をするようにしていた。
今日は早出であったが、特に王都に事件や事故もなかったので、交代と同時に帰れそうだった。
中出、遅出の小隊との引き継ぎは、副官のマキウスの仕事なので、ヴィオーラはマキウスの引き継ぎが終わったら、すぐに帰宅出来る様にしなければならない。
小隊長であるヴィオーラが率先して帰宅するのも、他の隊員である騎士たちも帰りやすくする為。
小隊の隊長に任命されたばかりの頃は、仕事が終わっても、隊長である自分が部下より先に帰るのはどうかと思っていた。
だが、自分がまだ見習い騎士だった頃を思い返すと、当時所属していた小隊の隊長より先に帰宅することに気が引けてしまい、隊長が先に帰るのを待っていたのを思い出した。
思い出してからは、先に帰宅するのも隊長としての務めだと思い、交代の時間になったら、仕事が済み次第、すぐに帰宅するように心掛けていたのだった。
その時、執務室の扉が開いて、副官にして異母弟のマキウスが戻って来る。
ヴィオーラと同じ色の限りなく白に近い灰色の髪をうなじで結んで背中に流し、アメシストの様な紫色の切れ長の目をじっと向けて来たのだった。
「先程、訓練中の騎士たちに解散するように伝えてきました。他の小隊との引き継ぎも終えました」
「ありがとう。様子を見に行けなくてごめんなさい。助かったわ」
「礼には及びません」
そのまま、マキウスは執務室の片隅にある副官用の机に向かうと片付けを始める。
マキウスの机の上は常に整頓されており、定期的に自分で掃除をしているのか、机とその周りには埃や塵もほとんどなかった。
どうやら、子供の頃から綺麗好きだったが、それは今も変わらないらしい。
成長して身体が大きくなり、声変わりをしても、変化のなかったマキウスの綺麗好きに、どこか安心している自分がいた。
自分の机を掃除するなら、ついでに執務室内の掃除もして欲しいと思いながら、ヴィオーラも机の上に散らばっていた書類をまとめ出したのだった。
ヴィオーラ・シネンシス・ブーゲンビリアが、書類から顔を上げると、外はオレンジ色に染まりかけていたのだった。
(もうこんな時間……)
書類仕事に集中して、すっかり時間を忘れていた。
特に出動要請もなく、自分の執務室で書類仕事をしていると、つい時間の感覚を忘れてしまう。
隊長になるまでは机仕事で一日が終わる日は経験したことなかったので、どこか不思議な気持ちになる。
今日の様に騎士団に待機している日は、ヴィオーラと副官にして異母弟のマキウス・ハージェント以外の騎士たちは、城内で訓練に勤しむことになっている。
小隊の隊長として、ヴィオーラも部下たちの様子を見に行くつもりが、完全に忘れてしまった。
ヴィオーラが書類仕事をしている間も、定期的にマキウスが様子を見に行っていたので問題ないだろうが、マキウスに負担を掛けてしまった。
夕方の鐘が鳴ったのなら、もう訓練を切り上げて片付けを始めている頃だろうか。後でマキウスに謝らなければならない。
ヴィオーラは小さく溜め息を吐いたのだった。
(今日は取り急ぎで片付ける仕事もないので、マキウスが他の隊との引き継ぎを終えたら、すぐに帰りましょうか)
騎士団は三交代制であり、それぞれ朝から昼までの早出、昼から夜までの中出、そして夜から朝の遅出と分かれていた。
小隊毎に持ち回りで割り当てられるが、ヴィオーラの隊は育児や家庭と兼業している騎士が多いので、早出と中出に割り当てられることが多かった。
その辺りは多少、騎士団長など主だった者たちから融通をしてもらっているが、それでは早出と遅出を均等に行っている他の小隊からの反発が大きく、騎士団の中に歪みが生じがちであった。
その為、ヴィオーラなどの時間に余裕がある騎士たちのみで遅出をする日を増やしてもらい、騎士団に人手が足りない時は、率先して交代時間が過ぎても騎士団に残って仕事をするようにしていた。
今日は早出であったが、特に王都に事件や事故もなかったので、交代と同時に帰れそうだった。
中出、遅出の小隊との引き継ぎは、副官のマキウスの仕事なので、ヴィオーラはマキウスの引き継ぎが終わったら、すぐに帰宅出来る様にしなければならない。
小隊長であるヴィオーラが率先して帰宅するのも、他の隊員である騎士たちも帰りやすくする為。
小隊の隊長に任命されたばかりの頃は、仕事が終わっても、隊長である自分が部下より先に帰るのはどうかと思っていた。
だが、自分がまだ見習い騎士だった頃を思い返すと、当時所属していた小隊の隊長より先に帰宅することに気が引けてしまい、隊長が先に帰るのを待っていたのを思い出した。
思い出してからは、先に帰宅するのも隊長としての務めだと思い、交代の時間になったら、仕事が済み次第、すぐに帰宅するように心掛けていたのだった。
その時、執務室の扉が開いて、副官にして異母弟のマキウスが戻って来る。
ヴィオーラと同じ色の限りなく白に近い灰色の髪をうなじで結んで背中に流し、アメシストの様な紫色の切れ長の目をじっと向けて来たのだった。
「先程、訓練中の騎士たちに解散するように伝えてきました。他の小隊との引き継ぎも終えました」
「ありがとう。様子を見に行けなくてごめんなさい。助かったわ」
「礼には及びません」
そのまま、マキウスは執務室の片隅にある副官用の机に向かうと片付けを始める。
マキウスの机の上は常に整頓されており、定期的に自分で掃除をしているのか、机とその周りには埃や塵もほとんどなかった。
どうやら、子供の頃から綺麗好きだったが、それは今も変わらないらしい。
成長して身体が大きくなり、声変わりをしても、変化のなかったマキウスの綺麗好きに、どこか安心している自分がいた。
自分の机を掃除するなら、ついでに執務室内の掃除もして欲しいと思いながら、ヴィオーラも机の上に散らばっていた書類をまとめ出したのだった。
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