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おまけ
ブーゲンビリア侯爵と姉弟・上【8】
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姉弟と別れたヴィオーラは、市場の大通りから外れた道に入り、ようやく目当ての店を見つけた。
「こんばんは。まだ開いていますか?」
ヴィオーラが店内に入ると、魔法石を使用した明かりが薄暗い店内を照らしていた。
「いら……。なんだ、アンタか」
店の奥から出てきたのは、魔法石の加工を生業とするユマン族の男であった。
「馬車事故についてなら、もう語ることは無いよ」
片手を振って出て行くように促す男に、ヴィオーラは「違います」と苦笑しながら言うと、カウンターに近づいて行く。
「今日は魔法石の加工の依頼に来ました」
ヴィオーラはマキウスから預かった魔法石の指輪とデザイン画をカウンターに置く。
それを一瞥した男は、首を振ったのだった。
「貴族様ならもっといいところに頼みな。こんな場末の加工屋に依頼するんじゃなく」
「けれども貴方の様に、腕が良く、信頼の置ける加工屋を私は知りません」
間髪入れずに返したヴィオーラを、男は黙って見つめた。
「紹介状なら書いてやるよ。だから帰りな」
「いいえ。私は貴方に依頼したいのです。他ならぬ貴方に」
ヴィオーラの言葉に、男は呆れたように肩を落とした。
「……罪滅ぼしなら、いらねぇよ」
「罪滅ぼしではありません。私は貴方の腕前が素晴らしいと思っているから依頼をするのです。昔も、今も」
一歩も引かないヴィオーラに、男は「そうか」と言って、溜め息を吐いたのだった。
この加工屋の男は、元々はブーゲンビリア家ーー特にヴィオーラの母親のお抱え加工職人であった。
ヴィオーラの母親には、魔法石を収集する趣味があった。
魔法石自体は宝石と同じくらい高価だが、ヴィオーラの母親はブーゲンビリア侯爵家の資産を使って、定期的に魔法石を購入していた。
その中でも、綺麗な魔法石を見つけると、加工職人を呼んで、自分好みのアクセサリーに加工してもらっていた。
その際に呼ばれていたのが、ここの店主であった。
ヴィオーラが子供の頃、ヴィオーラの母親や時折父に呼ばれて、足繁く店主がブーゲンビリア侯爵家の屋敷を出入りしていたのを、幼心に覚えていた。
けれども、ある日を境に店主は屋敷に来なくなった。
ヴィオーラは後から知ったが、どうやら店主がヴィオーラの母親が預けていた魔法石を盗んだとして、ブーゲンビリア侯爵家のお抱え加工職人を辞めさせられていたのだった。
その話を聞いた時、魔法石を盗んだのは、店主ではなく、店主とヴィオーラの母親を仲介していた使用人を装った窃盗団のではないかと思った。
店主が辞めさせられた前後に、王都で似たような事件が多発しており、ヴィオーラの母親以外にも、お抱えの加工職人に預けた魔法石が盗まれたという盗難記録が、騎士団に残されていたからだった。
ヴィオーラも騎士団に残された記録を読んだが、被害者は貴族に限らず、商人、王城など、同時期に王都を中心に発生していた。
その後、地方を根城にしていた窃盗団から、大量の魔法石が見つかったという記録もあることから、この窃盗団が王都で各貴族の屋敷や王城、商人が営む店に使用人を装って侵入し、魔法石を加工職人に預けるように頼まれた際、そのまま持ち逃げしたか、隙を狙って魔法石を盗難したと考えられた。
実際に、ブーゲンビリア侯爵家の使用人にも該当する者がいないか、屋敷で働く使用人の雇用を担当しており、ヴィオーラが生まれる前から屋敷で働いているアマンテとアガタの父親のセルボーン聞いたが、やはり店主が辞めさせられた直後に、理由なく急に辞めた使用人がいたらしい。
その使用人は雇い入れたばかりで日は浅かったが、勤務態度に問題はなく、真面目な人物たった。
しかし、急に使用人を辞めたばかりか、その後の足取りさえ掴めていないらしい。
今更追求する気はないが、おそらく、この使用人がヴィオーラの母親から魔法石を盗み、店主に罪を被せたのだろう。
目的を果たした後は、使用人を辞めて、地方にある窃盗団に戻ったと考えられた。
結局、今でも盗まれた魔法石は見つかっていないので、窃盗団とは関係ない泥棒の可能性もあるが。
仕事を辞めさせられた加工職人は、ブーゲンビリア侯爵家だけではなく、他の貴族からも「泥棒加工職人」と後ろ指を指されるようになった。
それから加工職人の話は何も聞かなくなったので、ずっと王都から地方に移り住んだと思っていたが、どうやら王都の下町で店を構え、細々と装飾品と魔法石の加工屋を営んでいたようだった。
「こんばんは。まだ開いていますか?」
ヴィオーラが店内に入ると、魔法石を使用した明かりが薄暗い店内を照らしていた。
「いら……。なんだ、アンタか」
店の奥から出てきたのは、魔法石の加工を生業とするユマン族の男であった。
「馬車事故についてなら、もう語ることは無いよ」
片手を振って出て行くように促す男に、ヴィオーラは「違います」と苦笑しながら言うと、カウンターに近づいて行く。
「今日は魔法石の加工の依頼に来ました」
ヴィオーラはマキウスから預かった魔法石の指輪とデザイン画をカウンターに置く。
それを一瞥した男は、首を振ったのだった。
「貴族様ならもっといいところに頼みな。こんな場末の加工屋に依頼するんじゃなく」
「けれども貴方の様に、腕が良く、信頼の置ける加工屋を私は知りません」
間髪入れずに返したヴィオーラを、男は黙って見つめた。
「紹介状なら書いてやるよ。だから帰りな」
「いいえ。私は貴方に依頼したいのです。他ならぬ貴方に」
ヴィオーラの言葉に、男は呆れたように肩を落とした。
「……罪滅ぼしなら、いらねぇよ」
「罪滅ぼしではありません。私は貴方の腕前が素晴らしいと思っているから依頼をするのです。昔も、今も」
一歩も引かないヴィオーラに、男は「そうか」と言って、溜め息を吐いたのだった。
この加工屋の男は、元々はブーゲンビリア家ーー特にヴィオーラの母親のお抱え加工職人であった。
ヴィオーラの母親には、魔法石を収集する趣味があった。
魔法石自体は宝石と同じくらい高価だが、ヴィオーラの母親はブーゲンビリア侯爵家の資産を使って、定期的に魔法石を購入していた。
その中でも、綺麗な魔法石を見つけると、加工職人を呼んで、自分好みのアクセサリーに加工してもらっていた。
その際に呼ばれていたのが、ここの店主であった。
ヴィオーラが子供の頃、ヴィオーラの母親や時折父に呼ばれて、足繁く店主がブーゲンビリア侯爵家の屋敷を出入りしていたのを、幼心に覚えていた。
けれども、ある日を境に店主は屋敷に来なくなった。
ヴィオーラは後から知ったが、どうやら店主がヴィオーラの母親が預けていた魔法石を盗んだとして、ブーゲンビリア侯爵家のお抱え加工職人を辞めさせられていたのだった。
その話を聞いた時、魔法石を盗んだのは、店主ではなく、店主とヴィオーラの母親を仲介していた使用人を装った窃盗団のではないかと思った。
店主が辞めさせられた前後に、王都で似たような事件が多発しており、ヴィオーラの母親以外にも、お抱えの加工職人に預けた魔法石が盗まれたという盗難記録が、騎士団に残されていたからだった。
ヴィオーラも騎士団に残された記録を読んだが、被害者は貴族に限らず、商人、王城など、同時期に王都を中心に発生していた。
その後、地方を根城にしていた窃盗団から、大量の魔法石が見つかったという記録もあることから、この窃盗団が王都で各貴族の屋敷や王城、商人が営む店に使用人を装って侵入し、魔法石を加工職人に預けるように頼まれた際、そのまま持ち逃げしたか、隙を狙って魔法石を盗難したと考えられた。
実際に、ブーゲンビリア侯爵家の使用人にも該当する者がいないか、屋敷で働く使用人の雇用を担当しており、ヴィオーラが生まれる前から屋敷で働いているアマンテとアガタの父親のセルボーン聞いたが、やはり店主が辞めさせられた直後に、理由なく急に辞めた使用人がいたらしい。
その使用人は雇い入れたばかりで日は浅かったが、勤務態度に問題はなく、真面目な人物たった。
しかし、急に使用人を辞めたばかりか、その後の足取りさえ掴めていないらしい。
今更追求する気はないが、おそらく、この使用人がヴィオーラの母親から魔法石を盗み、店主に罪を被せたのだろう。
目的を果たした後は、使用人を辞めて、地方にある窃盗団に戻ったと考えられた。
結局、今でも盗まれた魔法石は見つかっていないので、窃盗団とは関係ない泥棒の可能性もあるが。
仕事を辞めさせられた加工職人は、ブーゲンビリア侯爵家だけではなく、他の貴族からも「泥棒加工職人」と後ろ指を指されるようになった。
それから加工職人の話は何も聞かなくなったので、ずっと王都から地方に移り住んだと思っていたが、どうやら王都の下町で店を構え、細々と装飾品と魔法石の加工屋を営んでいたようだった。
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