レジーナ・フルレ〜「ハージェント家」シリーズスピンオフ〜

夜霞

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研究室、助手と

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遥か昔。
優れた魔法の力と卓越した身体能力を持つ種族がいた。
彼らは近隣国から避難して来た人間に迫害されて、住んでいた国を追われた。
住む場所を失った彼らは、空に人工の国を建国した。
その国の名は、「レコウユス」。
人工の土地、空、海、川、を有し、多くの国民が住んでいたこの国には唯一、足りないものがあった。
それはーー緑豊かな自然。
彼らには、自然を生み出す力が不足していたのだった。

機械と土しかない無機質な研究室で作業をしていると、パタパタと足音が聞こえてきた。
「先生!」
白色の白衣を身につけて、赤茶色の髪を左耳の上で1つに結んだ少女が扉を開けて入ってきたのだった。
「ハナ君」
先生と呼ばれた私は、ハナに向かって「しっ~!」と、口の前で人差し指を立てた。
「もうすぐ、出来るんだよ。だから静かに」 「は~い……」
肩を落としたハナは、扉を閉めるとその脇に立った。
私の前には土が入ったドーム型のガラスの容れ物があって、その中では白色の蕾をつけた植物がもうすぐ咲こうとしていた。
「もうすぐだ。もうすぐ……」
けれども、そんな私の期待を裏切るように、蕾は咲く事なく、そのまま茶色の土の上に落ちてしまった。
「また、ダメだったか……」
「先生……」
ハナは私の隣にやってくると、同じように肩を落としたのだった。
「すみません。私が邪魔をしたから……」 
「いや、ハナ君の所為では無いよ」   

植物研究者である私の助手を務めてくれるハナ・フルレは、私の唯一の家族でもある。
私の両親は、この国を建国する際に、魔法を使い過ぎて死んでしまった。
それはハナも同じで、まだ幼かったハナを残してハナの両親は死んでしまった。
私はそんなハナを引き取ると、この国で共に暮らし始めた。
この国に移り住んだ際に、私は植物研究家であった両親の跡を継いだ。
少しでも私の力になりたいと、ハナは私の助手になってくれたのだった。
ハナは私には勿体無いくらいの出来の良い助手であった。
家事は勿論、助手としても優秀で、私が教えた知識もすぐに吸収していった。
本当なら、こんな研究しか興味が無い私ではなく、もっといいところで仕事をして、行く行くは幸せになってもらいたい。
そうは思っていても、私は未だにハナに言い出せないでいたのだった。

「ところで、私に何か用事かい?」
「そ、そうでした! あの、地方に住んでいる研究者が植物を生み出す事に成功したそうです!」
「な、なに~!?」
この国には私と同じように、植物研究者が何人かいた。
いずれも国から依頼を受け、補助金をもらって、植物を生み出す研究をしていた。
国からは、「最初に植物を生み出した研究者に爵位と名誉研究者の名を与える」と言われていた。
植物ーーその中でも、特に花を欲しがっていた。
爵位が全てのこの国では、私達の様な爵位も何も無い、ただの平民研究者にとっては、何が何でも欲しいモノ。
この研究は何としても、成功せねばならなかった。

「そ、それで、その研究者は……?」
ハナの肩を掴むと、私は揺らした。
ハナは「先生、苦しいです……!」と、息も絶え絶えに訴えてきたのだった。
「これから、王宮に連絡を取るらしいです。早ければ、明日にでも国王に謁見するかと」
「そうか……」
「ただ、地方に住んでいるらしいので、王都にある王宮まで、どれくらい時間がかかるのか……」

ハナは眉をひそめた。
私が住んでいるこの研究室もだが、王都にある王宮まで報告に行くには、早馬を出しても1日はかかってしまう。
まだまだ王都と地方を結ぶ街道が整備されていないというのもあるが、とにかく王都まで遠い。
直進すれば近いはずが、まだまだ整備が間に合っておらず、街道を使って遠回りをしなければ、王都に辿り着かなかった。
更に、王宮からの返事を携えた早馬が帰ってくるのに、数週間はかかってしまう。
その間に、花が枯れてしまわないか、心配であった。

「私達も負けていられませんよね! 早く生み出して、あっちよりいい花を咲かせましょう!」
「そうだな……」
私は溜め息をつくと、椅子に座った。
「先生?」と、ハナは不思議そうに首を傾げたのだった?
「実はな、ハナ君。私はもう研究をやめようと思っているんだ」
「ど、どうしてですか……?」
私の言葉に、ハナは悲しそうに顔を歪ませたのだった。
「両親の跡を継いで研究をしてきたが、私には無理なようだ」
「そんな……! 諦めちゃうんですか?」
私は小さく頷いた。
両親の跡を継いだものの、私はこれまで研究とは無縁の生活を送ってきた。
そんな私が、植物研究者になれる訳が無かった。
ハナがいたから何とか研究者をやれてきただけで、本当は自分1人では何も出来なかった。
私はため息をついたのだった。
「もう潮時なのだろう。そろそろ研究資金も底をつきそうだ。違う仕事を探した方がいいのかもしれない」
両親が遺してくれた資金は、そろそろ底をつきそうだった。
そうなる前に、違う仕事を見つけた方がいいだろう。
ハナの為にもーー。

「……嫌です」
「ハナ君?」
「嫌です! だって、先生はあんなに頑張ってきたのに……!」
ハナの両目からは涙が溢れた。ハナは白衣の袖で、目を擦ったのだった。
「ハナ君。わかって欲しい。私には才能が無かったんだ。研究者としての」
「それでも! 先生はこうやって諦めてしまっていいんですか!? 悔しくないんですか!?」
ハナの叫びに、私の胸が痛んだ。
ハナの気持ちもわかる。ただ、もう決めた事だ。
「私はハナ君の幸せの為にも、これ以上の研究は不要と……」
「私を言い訳にするんですね……」
ハナの言葉に、私はハッとした。 
「誤解だ! けして、ハナ君を言い訳にした訳では……」
「もういいです!」
そうして、ハナは部屋から出ると、乱暴に扉を閉めた。やがて、怒りに溢れた足音は遠くへと、消えて行ったのだった。
「そうではないんだ……」
私はゆるゆると椅子に倒れ込んだ。
結局、ハナはその日、研究室にも、自宅にも、戻って来なかったのだった。

次の日、自宅で朝食を食べていた私の元に、近所のおばさんがやってきた。
「大変だよ!」
「おばさん。何ですか? こんな朝早くに……」
私は眉間に皺を寄せると、読んでいた新聞をテーブルに置いた。
おばさんは肩で息をしていた。
「先生のところのハナちゃんが。ハナちゃんが……。騎士団に捕まっちまったんだ!」
「な、なんだって!?」
私が勢いよくテーブルから立ち上がると、風圧で新聞が床に落ちたのだった。
「さっき、配達の後に連行されて行くハナちゃんを見かけたんだ」
おばさんは新聞配達の仕事をしていた。おばさんの配達は広範囲にわたり、隣町まで配達に行くらしい。
「噂していた人達によると、ハナちゃんがこの近くに住む植物研究者の研究室に侵入したらしいんだ。明日、王宮に献上する予定だった花を散らしたとかで捕まったらしいよ」

おそらく、昨日、ハナが話していた植物研究者だろう。どうやら、近くに住んでいたらしい。
ハナはその研究者の研究室に入って、花を散らした。
それを見つけた研究者は騎士団に通報して、駆けつけた騎士にハナは捕まったのだろう。
(悪いのは、私だ……)
昨日、ハナを理由に研究者を辞めると言ってしまった。
ハナは王宮に献上予定の花を散らしてしまえば、私が研究を続けると思ったのだろう。
私はグッと手を握りしめると、おばさんを見つめた。

「おばさん。ハナはどうなるんですか!?」
「王宮に献上する花を散らしたんだ。良くても、生涯、騎士団に捕らわれたままか、それとも死罪か」
私の頭の中は真っ白になった。
なんとかしてハナを助けなければ。
けれども、どうやって……?
「先生は騎士団に連絡をして、ハナちゃんを返してもらえないか聞くんだよ。あたしはもう少し、ハナちゃんがやった事について聞いてくるからさ」
それだけ早口で告げると、おばさんは出て行った。
私は取るものもとりあえず、騎士団へと向かったのだった。

「何だ? こんな朝早くに……」
騎士団の詰め所にやって来た私を出迎えたのは、眠そうな顔の騎士であった。
「こちらに連行されたハナ・フルレについて聞きたいのですが……?」
「ああ……。あんた、あの嬢ちゃんの保護者か?」
騎士の言葉に、私は何度も頷いた。
「あの嬢ちゃんなら、王都の騎士団に連れて行ったよ。王宮への献上品を駄目にしたんだ。それ相応の対価を払わないとな」
「た、対価とは……?」
私が恐る恐る訊ねると、騎士は鼻を鳴らした。
「そりゃ。献上品の代わりだよ。まあ、無いなら嬢ちゃん自身が献上品になるんだろうな。結構、可愛い子だったしよ」
私の目から見ても、ハナは可愛い顔立ちをしていた。きっと、他の人が見ても同じ事を思うだろう。
「そ、そんな……」
私は膝をつきそうになった。
献上品の代わりーー今回だと、ハナが駄目にした花の事だろう。
私は騎士に礼をすると、詰め所を後にしたのだった。

「あっ! いたいた、先生~!」
自宅に戻ってくると、今朝のおばさんが待っていた。
おばさんは肩を落としている私の様子から、結果を察したようだった。
「その様子じゃあ、駄目だったんだね」
私は頷いた。そして、おばさんに騎士団で言われた事を教えたのだった。

「そうかい。私が聞いてきたのは、ハナちゃんが侵入した研究室の研究者が、明日、王様に謁見をするって話だよ。事の次第を報告して詫びるとか」
やはりそうなったかと、私は思った。
研究者も献上しようと思って用意をしていたのだろう。難儀な事だ。
「それで、ハナちゃんも王様の前に連れて行って、詫びるらしい」
その言葉に、私はビクリとした。
「それは、もしかすると……」
「ああ。ハナちゃん自身の命で償うらしい」
王族に余計な気を持たせたとの事で研究者が、次いでその原因であるハナが処罰されるのだろう。
私は真っ青になったのだった。

「おばさん、明日で間違いありませんね」
「ああ、明日の午後だと聞いたよ」
既に研究者は王都に向けて旅立ったらしい。と、おばさんは教えてくれた。
(なんとかしなければ……)
 私の頭の中にハナの笑顔が浮かんだ。
いつだって私の研究が成功すると、応援してくれた、信じてくれた。
私に出来る事はーー。
「おばさん。ありがとう」
「あっ! ちょっと、待ちな!?」

私はおばさんの言葉を無視すると、研究室に一直線に向かった。
研究室には、まだ咲きかけの蕾がいくつかあった。
(これなら、間に合うかもしれない)
いや、間に合わせる。
ハナの為にも。
私は深呼吸をすると、研究室に急いだのだった。
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