悪役令嬢な眠り姫は王子のキスで目を覚ます

永江寧々

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噂のティファニー・ヘザリントン

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「今日も素敵な髪型! やっぱり悪役令嬢といえば縦ロールですわね」

 ティファニーは毎朝髪のセットに一番時間を費やす。それこそ急かされるほどギリギリまで巻き具合にこだわりを持ち、最近では見かねた父親が専属のスタイリストを雇ってセットさせるようになった。
 スタイリストというだけであって使用人よりずっとキレイな縦ロールだと毎日ご満悦。

「お嬢様、着きましたよ」
「んあ? あ……ええ、着きましたのね。ご苦労さま」

 馬車の中は寝る時間。涎を拭って鏡で顔と髪型を確認してから外に出る。
ここからは戦場と言っても過言ではないほど気合を入れなければならない。
 悪役令嬢ではあるが、自分の思い通りに事を進ませてくれないマリー相手はやりにくかった。ましてやマリーは他の令嬢達と違って攻め入る隙が少なく、成績は常にトップで、自分で言うように眉目秀麗、スタイル抜群、人気もあり、公爵令嬢という高い地位を持つ女。
 そんな相手のどこを責めろというのか———
 悪役令嬢も命懸けだとうんざりする時もある。

「コンラッド様よ!」
「素敵!」
「王子の顔を見るのは毎日の楽しみですもの!」

 黄色い悲鳴と共に現れたのはこの学校で一番の有名人であるコンラッド・グレンフェル王子。悪役令嬢であるティファニーにとって利用すべき相手ではあるが、マリーの取り巻きが邪魔して近付けた試しがない。
 父親曰く『接近はするが相手の心を堕とさず親しい中になり、それを見たヒロインが傷付く程度だ。すると王子はヒロインを気にかけて更に仲良くなる』とのこと。しかしそれはあくまでも『接近できること』が前提であって、接近できなければその作戦は意味がない。

「邪魔ですわよ!」
「ギャッ! なにす———るんですの……もうっ」

 ドンッと突き飛ばされ派手に転んだティファニーが顔を上げて睨むも相手は公爵令嬢。立場を考えると強く歯向かうべきではないかと正しい選択肢を模索すれば黙っている事にした。気分次第であちこちに噛みついては孤高な悪役令嬢の名が廃ると考えた。
 立ち上がってスカートについた砂を払い歩き出す中で見えたコンラッドの顔。
 自分も悪役令嬢に指名されていなければ王子に憧れ、恋をしたのだろうかと考えることがないわけではない。普通の女の子のように恋をして誰かと恋バナに花を咲かせたいと思う事だってある。媚びるのは苦手だが、真の友さえいればそれも叶っただろうがティファニーの周りにいるのは性格の悪い令嬢だけ。そこに恋バナの一つでも投下すれば今日の昼には瞬く間に広がるだろう。

『ティファニー・ヘザリントンの好きな人は———』と。

 考えただけで恐ろしく、身体ごと震わせて通り過ぎていく。

 退屈そうな顔をしているモテ男は女に囲まれたぐらいでは笑顔など見せないかと恵まれた環境に慣れすぎた事に同情さえしていた。

「マリー様とお似合いよね」

そう、コンラッド・グレンフェルはマリエット・ウインクルと婚約するという噂が立っている。マリエット自身その気があるようで二人でよく一緒にいるのを見かけたが手を出した事はまだ一度もない。

「ちょっと!」
「……何ですの?」

 急に目の前に立ちはだかった三人の令嬢。記憶にない顔に眉を寄せながら立ち止まると威嚇するように腕組をして少し顎を上げ見下ろしてくる不愉快な連中にティファニーは同じように腕組をしてみせる。

「コンラッド様はマリエット様のなんだから見てんじゃないわよ」

 新しい取巻きかと正体がわかれば思いきり鼻で笑ってやった。

「くだらない。わたくしが誰と会って誰と話そうとわたくしの自由。それこそキスをしようとね」
「な、キスって……自分の立場がわかってないようね!」
「わかってますわ。わたくしの名はティファニー・ヘザリントン。アルバート・ヘザリントン伯爵が娘ティファニー・ヘザリントンですわ」
「私は侯爵家の娘よ!」

 知っている。でなければこんなにも堂々と絡んできたりはしない。ましてや子爵や男爵、伯爵ならほとんど顔を覚えているため覚えていないのは侯爵か公爵ということになるが、公爵の人数は知れているためそれも頭に入っている。ならばこの三人は侯爵家の娘。それは想像ついていたが、だからといって怯むことはなかった。これだけ堂々と相手から仕掛けてきたのであれば真正面からぶつかる。父親がそれを許しているのだからティファニーはやりたいようにやるだけ。

「侯爵令嬢だったとは失礼しましたわ。あまりにも下品な顔立ちと言葉遣いに貴族とも思っていませんでしたが、侯爵様とは驚きました」
「なっ⁉ ……さすが育ちの悪い女は違いますわね。人に噛みつくのは伯爵という低い家柄のせいかしら?」
「その育ちの悪い女に成績で負けているのはどこのお偉い侯爵令嬢なのかわかりませんけど、弱い犬ほどよく吠える。あ、別にあなたの事を言ったわけではありませんのよ。侯爵令嬢様にそんな失礼なことを言うわけありませんもの。まあ、育ちが悪いのでつい口を滑らせてしまう事はあるかもしれませんけど」

 侯爵令嬢の顔がみるみる赤に染まっていくのがよく見える。腕組をしたまま相手に鼻の穴が見えるぐらい顎を上げて見下す視線を向けるティファニーに令嬢が手を振り上げパンッと乾いた音を響かせた。
 周りの視線が王子からそっちへ注目を集めるとそれを見てティファニーは笑顔を浮かべ

「わたくしのは正当防衛ですわよ」

 相手から出てくれればやり返しやすい。ティファニーはやり返す事を宣言すると手を振り上げるのではなく置いていた鞄を両手で持って令嬢の顔めがけて振り下ろした。

「キャアアアッ!」

 なす術なく叩かれた令嬢が悲鳴を上げながら地面に倒れると痛みに声を上げて泣きながら両手を顔を覆い、付き添いの二人がオロオロと心配そうに両脇に寄っていく姿にフンっともう一度鼻を鳴らして相手の前に強く足を下ろした。

「ヒッ!」
「これからは相手を見て喧嘩を売った方がよろしくてよ。わたくしのように育ちの悪い女相手に喧嘩を売ればその自慢のお顔がめちゃくちゃになるかもしれませんわよ」

 曲げた片足に腕を置いて顔を寄せれば脅すように低い声で囁くティファニーに令嬢感はゼロで、もはや下町で生まれ育ったチンピラのようだった。

「ごめんあそばせ」

 わざと相手を跨いで通るの通り過ぎ様に地面を蹴って砂を背中にかける事も忘れない。品のある悪役令嬢などいない。悪い事をするから悪役なのだ。だからティファニーは今も罪悪感は抱いていない。頬が痛いのだから相手も痛い思いをするべきだとさえムカつきが収まらないぐらいだった。

「ティファニー、待ちなさい」

 品行方正なヒロインの登場。

「謝りなさい」
「その冗談、わたくしに言ってますの?」
「冗談で言ってるんじゃないの。彼女達に謝りなさい」

 王子が見ている前で痛みに涙する令嬢を助けるイイ女を演じるには絶好の機会。マリエットがこの機を逃すはずがない。
 実際にコンラッド王子はこっちを見ている。

「何があったのか知らないけど鞄で人を叩くなんて酷すぎるわ」
「知らないのなら出しゃばらないでいただけますこと? あなたには関係ないことでしょう?」
「人が叩かれて泣いているのに声をかけるなと言うの? そんなこと私には出来ないわ」

 ヒロインらしい正義感にティファニーは肩を震わせ笑いだす。

「じゃあ何があったのか聞いたらどうですの? その方達はただ歩いていただけのわたくしに何を言ってきたと思います? 聡明な公爵令嬢様ならおわかりになるんじゃありませんこと?」

 ティファニーが思うに、この令嬢達はマリエットが意図的に操って行動を起こした。普段からティファニーがマリエットに仕掛ける嫌がらせについて一粒の涙を流しながら『ティファニーが自分とコンラッドとの婚約を邪魔しようとしている』とでも言えばアンチティファニーの令嬢達はマリエットを守ろうと行動に出る。
 ここで大事なのは〝マリエットは頼んでいない〟ということ。
 ヒロインが頼んでやってもらったのではそれはもうヒロインではなく悪役令嬢。マリエットはそこまで馬鹿ではない。自分がヒロインになるために研究と努力を怠らず徹底しているのだ。

「ティファニーに何を言ったの?」

 眉を下げながら令嬢達に問いかけるマリエットの優しい声。

「わ、私達はただ、彼女がマリエット様にあまりにも酷い仕打ちばかりするものだから、コンラッド様との婚約を邪魔しようとしてるんじゃないかと思って注意をしただけなんです」

 当たり。

「そんな……考えすぎよ。それに私とコンラッド様は婚約はしてないのだから邪魔だなんて言い方しちゃいけないわ」
「だってマリエット様は何もしていないのに噛みついてくるなんておかしいです! 絶対コンラッド様との仲を壊そうとしているに違いありません!」

 邪魔しているとは言っていなかったが、それらしいことは言っていたのだろう。マリエットを見上げる目には今にも溢れんばかりの涙が溜まっており瞬き一つで零れ落ちそうになっていた。

「私のせいね。私がハッキリ言わないからあなた達にこんな事をさせてしまったんだわ」

 心優しいヒロインが立ち上がり、まるで聖女のように悪役令嬢の前に立ちはだかる。一種の小説のようなシーンだとティファニーはのんきに挿絵を想像していた。

「ティファニー、あなたとは幼馴染として育ってきてよく知ってる。昔から私に絡んできては嫌がらせをするわよね。今までは構ってほしくて絡んできてるんだと思ってたけど違ったみたいね」
「わたくしが構ってほしくてしていた? ふふふふふっ、勘違いも甚だしいですわね。ありえませんわ!」

 今では普通に悪役令嬢に徹しているが、いくら使命だといえど『構ってほしいから』というのは受け入れがたい設定。しかし、こういう時に素直に頷かないでいいのが悪役令嬢というもの。ラッキーだと思った。

「あなたのように聖女ぶった人が大嫌いなんですの。見ているだけでイライラしますわ」

 実際そう思っている事を口にするとマリエットが眉を寄せた後にそのまま悲しそうに眉を下げた。

「聖女ぶったつもりはなかったけど、私の行動があなたを不快にしてしまったのは事実だわ。ごめんなさい」
「マリエット様が謝ることなんてありません!」
「そうです! 悪いのは全部彼女なんですから!」
「謝るのは向こうです!」

 伯爵令嬢に公爵令嬢が頭を下げるなど屈辱的だろうがマリエットは違う。この行動によってまた自分の株を上げた事を実感していた。
 ヒロインになるためなら頭の一つや二つ下げて心にもない謝罪ぐらい口にする女だ。侯爵令嬢達がティファニーを責める間、マリエットは頭を下げたまま顔をニヤつかせていた。

「いいえ、意図的にではないですが、彼女を苛立たせてしまっていたのだとしたら私の不徳の致すところ。謝らなければなりません」
「わかってくださって嬉しいですわ。ようやく胸のつっかえが取れて気分爽快。心も晴れ晴れしていますの。あなた達にお礼を言って差し上げますわ。彼女を謝らせてくださってありがとうございました」
「何ですって⁉」
「言わせておけば!」
「誰に向かって口利いてるのよ!」

 ギャアギャア吠える令嬢達の怒声に今更ビビる事はない。むしろ完璧にやれているという実感を得られるだけ。
 マリエットがティファニーを利用するようにティファニーも周りの人間を利用して悪役令嬢のポジションを確立している。

〝使える者は侯爵令嬢だって使え〟

 父親がいつも言っている言葉だ。

「ではわたくしはこれで。ごきげんよう」
「待ちなさいよ!」
「いいのよ。それより医務室に行きましょう。手当てしないと」
「でもっ……!」
「いいの。あなたの手当ての方が大事だわ」

 伯爵令嬢に侮辱されながらもそれに憤怒するどころかそれを許し、人の心配までする優しさに令嬢達は心打たれていた。
 ティファニーは一芝居もふた芝居も打って本音も言えない善い人を演じてまでヒロインになろうとするマリエットには感心してしまう。

———お前は今日から恋愛小説に出てくる品行方正で誰もが憧れるようなレディになれ!とか言われなくて本当に良かったですわ。

 心の底からそう思った。

「あれが噂のティファニー・ヘザリントンか———」

 砂糖に群がるアリのような女子生徒達の中心で名前を呟かれた事に気付くはずもなく、ティファニーは上機嫌に教室へと歩いていった。

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