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恋をした幼馴染
しおりを挟む翌日、昨日はお茶会ではなくパーティーだったことをアーロンに話すと怒りはしなかったが盛大なシワが眉に寄った。
「なるほどね。僕に招待状が渡されなかったのも納得だよ」
「そうね。もっと怪しむべきだった」
「だからマリエットなんかに関わらない方がいいって言ってるのに」
「気を付けるわ」
してやられたのは間違いないが、ティファニーにとって昨日は悪い日ではなかった。
あの場所で、また皆の前でクリストファーと踊りたかったという欲はあったものの欲張りすぎてはいけないと自分を戒める。踊れるよりずっといい事があったのだからそれで満足すべきだと。
「顔赤いよ?」
「え? そ、そんなことありませんわよ!?」
昨日の事を思い出しただけで顔を赤くするなんてと顔の前で何度も手を振りながら否定するも自覚できるほどに顔は熱かった。
「ティファニーはキレイになったね」
「お化粧のおかげですわ」
「ううん、君はキレイだよ。マリエットなんかよりずっとね」
「それは贔屓目なだけ」
マリエットより美人などありえないと否定するティファニーはアーロンがマリエットを見ていないからだと思っている。誰が見てもマリエットの方がスタイルが良くて美人で性格も良いと思っていて、それはティファニーも同じだった。
性格については自分と同じぐらいだと言えるが、外見に関してはマリエットはパーフェクトなのだ。勝てる要素などどこにもない。
「ティファニー、もし今度の休み、用事がなかったら一緒にディナーでもどうかな?」
「ごめんなさいアーロン。次の休みは予定が入ってますの」
「そ、そっか。じゃあ仕方ないね」
アーロンは帰国してからまだ一度もティファニーを正式なデートに誘えていない。いつも用事があるといって断られてしまうのだ。
ティファニーは昔から誰かに媚びるわけでも愛想よくするわけでもない。それは相手がアーロンであろうと変わらず、幼馴染だからと二度三度断る事になろうとも誰かとの予定を断ってまで受けようとはしなかった。
帰ってきて一緒に過ごせるのは学校にいる間だけ。部屋を訪ねれば中に招いてはくれるのだろうが、知りたくない事まで知ってしまいそうで、そのなんとなくという感じに臆して昔のように頻繁に訪ねられなくなっている。
「アーロンは向こうで素敵な子を見つけたりしませんでしたの?」
「しないよ。勉強にダイエットに忙しくてそれどころじゃなかった」
「もったいないですわね」
「そんなことないよ。僕、人付き合いが苦手だし、向こうの国は女の子がグイグイ来るから怖くて」
自分でも男らしくないとわかっていても自分から女性に声をかけて仲良くなったりという事はしてこなかった。ティファニーと話せていることがアーロンには奇跡に近く、最も居心地の良い相手なのだ。だから特別誰かと仲良くなろうとは思ってもいなかったせいで仲良くなったと言える相手がいなかった。
そんなアーロンの言葉にティファニーはおかしそうに笑う。
「アーロンらしいですわね」
「だって誰といても君と比べちゃうんだ。君だったらこう言ってくれるのに。君だったらこうしてくれるのに。君だったらって……」
「とんでもない無礼な男ですわね。他のレディと比べるなんて最低ですわよ」
「わかってる」
無礼だ最低だと連呼するのはティファニーだけで、他の令嬢達はアーロンの爵位を知り、媚びるだけで罵倒したりはしなかった。いつだって『控えな男性って素敵』とか『シャイで可愛い』と言うばかり。だからこそティファニーの罵倒に慣れているアーロンはティファニーが恋しくてならなかった。
今こうして隣に戻ってこれてよかったと心の底から思っている。
「そういえば、クラリッサが君を許さないって言ってたよ」
「恥をかかされたのはわたくしの方ですのに許さないなんてよく言えましたわね」
「かなりの憎悪を感じたよ。妖怪かと見間違ったほどにね」
「何もしてませんわよ」
言いがかりも甚だしいとティファニーは肩を竦める。
「気をつけてね」
「ええ。もう誰も信用しませんわ」
「僕も?」
「そういう鬱陶しい聞き方をするのならあなたもですわよ、アーロン」
「聞かない!」
アーロンを疑った事は一度もない。それはアーロンもわかっていることだろうに言葉が欲しいのかわざわざ聞くところが昔から変わっておらず鬱陶しいと眉を寄せるティファニーに姿勢を正して手を上げるアーロン。
ティファニーにとってアーロンは唯一何でも話せる相手だったが、今はクリストファーの事もコンラッドとキスした事がある過去も隠している。知ればショックを受ける相手に一生バレなければいいと願う一方で、現実的にそれが不可能である事もわかっていた。
休日、ティファニーに用事がある事は知っているが、せめてオフのティファニーに逢いたいと手土産を持って屋敷に来たアーロンは玄関前で立ち止まった。
「……クリストファー・ブレア……?」
馬車が停まっていた事については来客だと認識していたが、その持ち主がクリストファーだとは思っていなかった。
「やあ! 先日の。元気だったかい?」
振り向いたクリストファーの嫌味のない爽やかな笑顔が眩しく見えた。伸ばしてきた手を握って握手をするとコンラッドにはない感じの良さに嫌な予感がした。
「君もティフィーに用事があって来たのかい?」
「ティフィー……」
ティファニーをティフィーと呼べるのは家族だけ。幼馴染であるアーロンでさえ許されていないのに何故クリストファーがその名前で呼ぶのか耳を疑った。
「あの、王子が何故ここに?」
聞くまでもないとわかっている。クリストファーは『君も』と言った。それは自分も用事があるからで、そうでなければそんな聞き方をするはずがない。それなのに聞いてしまう自分は自爆しに行っているようなものだと思いながらも聞いた事は取り消せない。
アーロンは返答に怯えながらも真っ直ぐクリストファーを見つめた。
「今日は彼女と出かける予定なんだ」
心臓に突き刺さる矢が一本、二本と増えていく。
クリストファーがティフィーと呼ぶこと。先約がクリストファーであったこと。二人が一緒に出掛けること。それ故に断られたこと。
先約があるのに後から誘って受け入れてもらえるとは思っていなかったが、それでも相手がクリストファーでは勝ち目がない。
ティファニーと釣り合うようにと必死でダイエットし続けた日々。帰国してティファニーにまだ恋人がいないと知って努力が実ったと思ったのに、今はその喜びも音を立てて崩れ落ちていく。
「ティファニーのこと、どれぐらい知ってますか?」
バカな質問だと自嘲したくなる。でもしない。クリストファーが興味本位でティファニーを弄ぶつもりならアーロンは今ここでクリストファーを帰すつもりだった。たとえそれでティファニーに嫌われたとしても構わないという覚悟があった。
「どのぐらいだろう。わからないけど、君より知ってるとは言えないかな。きっと君の方が僕よりずっと多くの彼女を知っていて、守ってきたんだろうし、君に何か威張れるほどの事はないと思う」
意外だった。知っていると豪語することなく、アーロンの方がと認めた。気弱だからという風でもなく、心からそう思っているかのような控えめな笑みと柔らかな声がそう感じさせる。
「でもこれから知っていくつもりだよ。こうして彼女と過ごす時間を少しずつ増やしていこうと思ってるんだ。その中で彼女の事を少しずつ知っていけたらって思ってるから君と彼女について語り合うのはもう少し先になりそうだ」
「語り合うつもりは……」
「ああ、そうだよね。一人の女性のことを二人で語り合うなんて変か。ごめん。無神経だった」
無神経という言葉を使うのは自分がティファニーに好意を持っていることがバレたからだろうかと考えると手土産が急にあからさまな下心に見えて恥ずかしくなった。下心であることに間違いはないが、それを見抜かれたのは何とも言えない恥ずかしさがあった。
「君が彼女を支えてくれてたって聞いたよ。ありがとう」
「ああ、いえ……」
お礼を言われることではない。ティファニーはクリストファーのものではないし、クリストファーに渡すために守ってきたわけじゃない。守りたいから守っていただけで、ただそれだけなのだ。それに、どちらかといえば守られていたのは自分の方だった。
横取りと感じるのがおかしいとわかっていても、一番長く傍にいただけにクリストファーがティファニーの傍にいて、あきらかなる好意を見せてくるのは嫌だった。
だが、それよりも嫌なのは———
「ありがとうって言うのもおかしいね。でも、彼女が一人にならずに済んだのは君のおかげだって言ってたから。彼女が優しい子に育ったのは君の愛のおかげもあったのかなって思うとお礼を言いたかったんだ」
クリストファーという男が純粋で優しいこと。
自分の感情が醜く思えてしまう。この短時間で自分が嫌な人間である事を自覚させられる。臆してばかりで行動も出来ていないのに嫉妬だけは一人前にする自分が幼稚で情けなかった。
「アーロン?」
ティファニーの声に振り向いたアーロンは声が出なかった。
「今日の君はとてもキレイだ」
自分が言いたかった言葉はクリストファーが先に言ってしまった。自分はただ口を開けてその姿に見惚れていただけ。
「今日は?」
「いつもだけど、今日は特別キレイだ」
「全てお姉さまにしていただきましたの。わたくし一人ではこんな格好はできませんわ」
「よく似合ってるよ」
悪役令嬢のイメージに合わせて常に縦ロールでキメていた髪はストレートになっており、ドレスは品のある華やかなものになっている。
アーロンでさえ見たことがないティファニーの姿。これはクリストファーのために作られたもので、この日のためにアビゲイルが張り切った結果。
それはもう家族公認とみて間違いなかった。
なにより———
「ありがとうございます」
ティファニーの顔が特別なものだった。
特別な人間に向ける特別な笑顔。
「アーロン、どうしましたの?」
「え? あ、えっと、これ、クッキー持ってきたんだ。でも出かけるなら邪魔になるからアビゲイルに渡しとくね」
「ありがとう」
お礼を言って笑うティファニーは見惚れるほどキレイだった。
「じゃあ、行こうか」
「ええ。アーロン、また学校でお会いしましょう」
「うん。またね」
隠せるはずがない。嫌でもわかってしまう。
今のティファニーが抱いている感情は自分がティファニーに抱いている感情そのものなのだから。
「キレイだったでしょ」
隣に立つアビゲイルに頷けば背中をトントンと叩かれる。昔からアーロンの想いを誰よりも知っている人物。アーロンにとってもアビゲイルとパトリシアは姉のようだった。
慰めは辛いが、それでもずっと悪役令嬢を続けさせられることを懸念していたアーロンにとってティファニーの今の状況は嬉しかった。
「恋をしてるんだね」
「ええ」
自分が相手じゃないことが辛い。でも、幸せだって笑ってくれるならそれでいいと思えた。
あんなにキレイになったのはクリストファーが相手だからだとわかる。自分が相手ではきっとあんな風にはならなかっただろうと。
「ティファニー、キレイだなぁ……」
こぼれる涙を拭いもせずに見送るアーロンの顔を乱暴に拭いてやるアビゲイルは笑顔だった。
恋をすれば失恋は付き物で、何度経験してもその辛さに慣れることはないだろう。それでも乗り越えていくしかない。
「アンタにもきっと良い子が見つかる」
「ティファニーより良い子?」
「それは無理ね」
「じゃあやだ」
「はあ……おいで、慰めてあげる」
腕で涙を拭うアーロンの手を引くアビゲイルは変わったのは外見だけで中身までは成長していない事に笑いながらも少し安堵していた。
「……ティファニー・ヘザリントン……?」
朝帰りのコンラッドは向かいから走ってくる馬車がブレア家の物である事に気付き、窓から確認しようと目を向けた時、見えたのがクリストファーではなくティファニーだった事に驚いた。
ティファニーのようでティファニーではない華やかさに目を見開いたまま通り過ぎた。
追いかけて確かめようにも理由がない。あれがティファニーだとしたら化けたとしか言いようがなく、それがクリストファーと会う日だからと思うと握った拳が震えた。
「所詮は女というわけか……」
すぐに縋りついてくると思っていたティファニーは一人で進むことを決め、誰を相手にしても引くことはなかった。媚びるしか能がない令嬢達とは違うからこそ興味を惹かれた。
まるで自分が王子と対等の関係であるかのような振舞いも好きだった。
だがあのティファニーはただの女で、好きな男のために着飾っていた。自分と二人の時に着飾る事などなかったのに。
「クソッ!」
ドンッとドアを叩くと御者が慌てて確認するも何でもないと怒鳴って不機嫌に返した。
「サプライズがあるんだ」
「教えたらサプライズではありませんわよ?」
「あ、そうだね。じゃあサプライズがあるってサプライズだけ教えておく」
「何言ってるかわかりませんわ」
「僕もそう思ってる」
コンラッドとすれ違ったとは知らず、馬車の中で笑い合うティファニーは幸せに包まれていた。
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