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突然の発表
しおりを挟む「おはようございます、コンラッド様」
マリエットではなくコンラッドに先に挨拶をした。頭の中には「今日も雁首揃えて登場ですのね」という言葉が浮かぶも口にはしなかった。向こうの狙いはわかっている。ティファニーをどこまでも嫌な女にしてしまいたいのだ。少し挑発するような事を言っては倍以上に言い返すティファニーを見世物にして評判を落とす。それによってマリエットは自分の立ち位置を明確なものにし、コンラッドはティファニーが折れてくるのを待っている。
だがそうはいかない。今まで通り惨めな人生を送るつもりなどないのだから。
「おはよう、ティフィー」
「コンラッド様!?」
「マリエット」
コンラッドがしたティファニーの呼び方に突っかかりそうになるマリエットをクラリッサが抑える。
「何故あなたがクリストファー様の馬車に乗っていたのか説明してもらえる?」
「見られていたんですね、恥ずかしい」
両頬に手を当てて身体を小さく左右に揺らしながら照れてみせる姿など三人とも初めて見る。何があったのか想像もついていない様子で怪訝な表情をしていた。
「昨日、ディナーにお誘いいただきましたの。それで話が盛り上がってしまって昨夜はそのまま彼の家に泊まり、お恥ずかしながらそのまま登校したので今の時間になってしまいました」
勝ち誇ったように笑いながら相手を挑発するような台詞が頭の中をぐるぐる回る。一瞬でこれだけの台詞が浮かぶのだから根っからの悪役令嬢になっていることは間違いなく、苦笑が浮かびそうになるも穏やかな笑みは崩さなかった。
クラリッサの顔の方が悪役令嬢のようになっており、コンラッドの表情も悪役染みている。
「今日は化粧が薄いんじゃないか?」
「ええ、ブレア家のメイドの方にしていただきましたの」
「君にそんなメイクは似合わないぞ」
「クリスは似合うと言ってくださいましたので満足しています」
普段なら「あなたには関係ありませんわ」とか「余計なお世話ですわ」と言うところだが、今日からティファニー・ヘザリントンは変わる。
操られた悪役令嬢はもうおしまい。悔しがらせる新たな方法を手に入れたのだから。
「クリス?」
ピクリと反応したクラリッサに笑みを崩さないティファニーが「ええ」と返事をする。
「彼がそう呼んでほしいと言うものですからつい。いけませんね、学校なのに馴れ馴れしい呼び方は。二人だけの時にします」
クラリッサの唇が震える。
ティファニーがクリストファーと会うずっと前からクラリッサはクリストファーの事が好きだった。数々の見合いを断り続けてきたのは全てクリストファーに狙いを定めたためだ。パーティーには必ず出席し、記憶に残るように誰よりも華やかにドレスアップして積極的に話しかけに行っていたのにクリストファーから大した反応は一度だって得られたなかった。いつだって周りと同じ対応で相手をされるだけ。
差別のない優しい男だと思い込むことで自分を納得させていたのに違った。
それなのにティファニーはパーティーにもほとんど出席せず、あの日一度出席したパーティーで偶然にもクリストファーと出会い、親しくなっていった。クリスと呼ぶまでに。
裏切りとは言えない。ティファニーはクラリッサの仲間ではないのだから。
だからこそ余計に腹が立つ。見下していたはずの相手が、学校一嫌われ者のティファニーがよりにもよってクリストファー・ブレアと仲良くなるなどありえない。
クラリッサの怒りは拳を握らせ震わせる。
「昨日、馬車でブレア家に向かう君を見た」
「まあ、そうでしたの」
「あのドレスは君には派手なんじゃないか? 君にはもっと質素なのが似合うだろう」
「私もその意見には賛成。あなたは質素なのがお似合いよ」
ぷっと吹き出すように笑ったクラリッサがコンラッドに同調し〝質素〟という言葉を強調した。顔が地味だからと言いたいのだろうが、ティファニーはもうやり方を決めたために笑顔は崩さず余裕を見せる。
「クリスが似合うと褒めてくださいましたので良いんです」
「お世辞に決まってるじゃない」
「お世辞でも褒めてくださいました。脱がせるのが惜しいとも」
言った直後、心の中でクリストファーに五十回は謝った。だが、この二人を相手にするには打ち合わせ以上に言葉が必要でニコニコと笑っているだけではこの場を終わらせられそうにない事に気付いた。
「どういう意味よ……」
クラリッサには保つべき立ち位置がない。生徒達が大勢見ていようとも関係ないのだ。暴言を吐こうがブチギレようが落ちる評判もない。ティファニーと同じだった。だが、ティファニーはこれから評判を上げていかなければならない。今までのように嫌味、嫌がらせ、高笑いをして評判を落とすわけにはいかなかった。だから「そのままの意味ですわ」の常套句と高笑いは封印して心配そうな表情を作る。
「どうかなさいましたか?」
「脱がせるのが惜しいってどういう意味か聞いてんのよ!」
怒声が響き渡る。どう対応すべきか迷って後ろを振り返った。
「クリストファー様がいらっしゃるのにそのような大きな声を出すべきではありませんわ。レディなのですから」
クリストファーはまだ去っていない。馬車の前で立ったまま行く末を見守っている。それに気付いたクラリッサはティファニーの口から出た「レディ」という言葉にカッとなった。
あのレディという言葉に最も相応しくない働きをしてきたティファニーにそんな事を指摘される日が来るとは思わなかった。何より、そんな風に変わったのはクリストファーのせいかと嫌な確信を得てしまう。
ティファニーは今、クリストファーに相応しい女になろうとしているのだと勘繰ってしまう。
「あなたの今までの所業をクリストファー様が知ったらどう思うかしら?」
「今までの所業とは何のことですの?」
「あなたがマリエットにしてきた数々の悪行のことよ!」
ワザとクリストファーに聞こえるよう大声で言っているのだろう。だが、ティファニーは怖くない。全て話しているのだから。あの時、クリストファーが聞いてくれてよかったと今この瞬間、心からそう思えた。
「ああ、マリエットに指示されてやってきた言動の事を言ってますのね?」
急にターゲットが変わった事にハッとしたマリエットが困ったような顔を瞬時に作り上げる。
「私が指示したなんて……どうしてそんな酷い事を言うの?」
「あ、ごめんなさいマリエット。内緒でしたものね。口に気を付けますわ」
あくまでもワザとではないという申し訳ない表情を作って口を押さえるティファニーはクラリッサ達に背を向けてクリストファーに大きく手を振った。すると大きく振り返してくれる。
「クリス、またお会いしましょう!」
門前で頬へのキスを交わしたのだからそれなりの関係だと皆に見せつける事は出来た。これは皆に自分が彼をクリスと呼ぶ仲である事を確信させるための言葉。それに笑顔で答えてくれるクリストファーはコンラッドよりずっと親切だった。
親切という言葉で片付けるには失礼なほど好意を伝えてくれている。コンラッドも下心ありだっただろうが、クリストファーとは違う。クリストファーは地位を武器に脅したりしないのだから。
「わたくし、午前中の授業について聞きに行ってきますわ。ごきげんよう」
笑顔で三人の前を去るティファニーを「変わった?」と口にする生徒は多かった。言葉に棘がなくなり、笑顔も柔らかくなった。人を欺くことに関してはティファニーもマリエット同様得意で、変わったティファニーを見てマリエットがやらせていたというのは本当かもしれないと信じる者もちらほら出ていた。
クリストファーと婚約するのであればマリエットに従う必要はなくなる。だから変わったのかもしれないと思ってくれる者もいた。
マリエットよりクリストファーの方が評判が良いとわかり、ティファニーは大声を上げて笑いたくなるのを一日中我慢していた。
「ティファニー、さようなら」
「ええ、さようなら」
悪役令嬢を休んだからなのか、クリストファーと関係がある事を見せたからなのか、今まで影で悪口を言っていた者達まで話しかけてくるようになった。ティファニーが嫌味を言わなくなったからといって今までの事を記憶から消したりはできない。それなのに親しくしてくるということは下心があるということ。
中にはティファニーが相手をしてもらえるなら自分だってしてもらえるだろうと考える者もいるはずだと笑顔を見せながらも内心ティファニーの心は冷めきっていた。
これがクリストファーが女性を自宅に招かなかった理由かと納得がいった。
一緒に話した事もないのに一緒にいる女性を基準に自分の方が上だと過信し、繋がりを得ようとする令嬢達。家に招かれたらどう勘違いしだすかわからない。それこそクリストファーの評判など考えず、周りの令嬢達に自分は招かれたとマウントを取り始めるだろう。
そんな経験が過去にあったのかはわからないが、もしあったのだとしたら同情する。
ティファニーの中でクリストファーという男はいまだ謎めいた部分があり、理解出来ていない。
女性が苦手なわけではないし、お見合いも受けている。それなのに断られると言う。女性を家に連れてきた事がないのに妙に女への迫り方が上手い。ティファニーでは対応できなくなるほどの扱い方だ。何となく合点がいかない部分もあって、ティファニーは首を傾げたくなった。
「ティファニーってば!」
「え?」
「僕の話聞いてた?」
「いえ、全然」
考えすぎて隣にアーロンがいた事さえ忘れていた。
「今日のティファニーはいつもと違う感じで可愛いじゃなくてキレイだね」
アーロンは痩せてから本当にモテるようになった。怒らない、威張らない、優しい男を女は放っておかない。威張る公子が多い中でアーロンのような男はイレギュラーに近い。それでも本人はモテている事に気付かず、令嬢達が優しくしてくれるのは自分が頼りないからだと思っている。それに気付かないのはティファニーにしか興味がないから。
だからティファニーを褒める言葉は誰よりも上手い。大体が「いつもより」とか「いつもと違ってキレイ」と言ってしまうが、アーロンは絶対にそんな言い方はしない。
「化粧が薄いって言われましたわ」
「そう? 皆褒めてたよ? いつもの化粧は濃すぎるって言ってた」
あくまでも化粧が薄いと言われたのはコンラッドにであって、話しかけてくれた生徒達は『こっちの方がいい』と言ってくれた。それはそれで複雑だったのだが嬉しくもあった。
「今日からそのメイクにするの?」
「ええ。悪役令嬢は少しお休みしますわ」
「クリストファー王子のアドバイス?」
きっと今朝、アーロンは家まで迎えに来たのだろう。でもティファニーはいなかった。父親に聞くかアビゲイルに聞くかで説明内容は全く異なるだろうが、クリストファーという人物の名前が出たのは確かだ。アーロンからすれば「あのティファニーが異性の家にお泊まり?」と信じられない気持ちだったはず。
持ちたくない確信がアーロンの中にはあった。
ティファニー・ヘザリントンは誰に何を言われようと自分を変えない人間だ。それなのに食事会を宿泊に変え、朝帰りで薄化粧に変えてマリエット達と争わなかった。この劇的な変化はティファニー一人では無理だ。ティファニー一人であれば「何が何でも嫌な思いをさせてやり返す」と自分の将来を犠牲にしてでもと考えていただろうが違う。
これをクリストファーの考えだと想像するのは容易い。自分のアドバイスではなくクリストファーである事が残念だが、ティファニーの無謀な計画よりずっと優しいやり方にアーロンは感謝していた。
「あ、別に探ろうとか思ってるわけじゃないよ。そんなつもりないから」
釈明するアーロンにティファニーは何と答えていいかわからなかった。
「僕は、クリストファー王子に感謝してるんだ」
「感謝?」
アーロンとクリストファーは接触がないはず。顔見知りというぐらいだろう。それなのに感謝と口にするアーロンにティファニーは首を傾げる。
「君を守ってくれようとしてるから」
ストレートな表現。
「僕は応援したいと思ってるんだ。二人のこと」
気付いているのかと驚きに目を見開くティファニーにアーロンは微笑む。
「僕の願いは君が心から幸せだって笑ってくれること。君の未来が明るいこと。君が普通の女の子になれること」
「願いが多すぎますわよ。それに自分のことは何一つ願いがないじゃありませんの」
「僕を守ってくれた恩人の幸せを願ってるだけだよ。僕は君がいたから死にたいって思わずいられたんだ。君が守ってくれたから」
「大袈裟ですわ」
アーロンにとってティファニーは好きな相手であり、恩人だった。
公爵家の息子であろうとデブと馬鹿にされ続けた。デブじゃないと反論できないほど太っていたアーロンにとって毎日学校に行くのは苦痛だった。初めて泣いた日、デブとからかう歌をやめさせたのはティファニーだった。イジメっ子ひとりひとりの頬を叩いて罵倒してその子達の筆箱を窓の外へ投げ捨てた。
そして一言———
「もし次にそのくだらない歌を歌ったらパーではなくグーが当たると思いなさい」
ティファニーなら本気でやりかねない。いや、実際はそのうちの二人がグーをくらった。泣いて教師に訴えて教師に怒られてもティファニーは「警告しましたもの」と言い、最後まで謝らなかった。
「男のくせにデブとからかわれただけで泣くなんてだらしないのですわ! 痩せないのならいっそデブを誇りなさい! 開き直ってしまえばいいの!」
無茶苦茶だと思ったが、ティファニーが本気で言っているのを見て冗談じゃないんだと確信した。その日からアーロンの心はティファニーのものになった。〝腰ぎんちゃく〟〝金魚のフン〟と言われてもティファニーの傍にいるのをやめず、何を言われても俯かず前を向き続けるティファニーの強さが好きだった。
だが、その反面、弱さがある事も知った。
涙する日もあるが、学校では絶対に涙を見せないティファニーを守りたい。相応しい男になりたいと思った日、留学を決めた。ティファニーの傍に立つに相応しい男になるために勉強とダイエットを頑張った。
それでも結局、傍に立つに相応しい男は自分ではなかった。
「ねえ、ティファニー」
「何ですの?」
「幸せにならなきゃダメだよ?」
「ふふっ、ダメだなんて義務のような言い方やめてくださる?」
「義務だよ。君は幸せになる義務がある」
「権利ではなく?」
「義務だよ」
アーロンはいつも『悪役令嬢をやめてほしい』と言っていた。いつだってティファニーの幸せだけを祈ってくれていた。でも、ティファニーはその想いに応える事は出来なかった。今もそうだ。悪役令嬢は休んでいるだけであってやめたわけではない。マリエットの反応次第では動き方を変えなければならないのだから。
「なんの集まりです……クリス?」
馬車が待つ門の前に女子生徒の塊が道を塞いでおり、状況に鬱陶しさを感じていると頭一個分飛び出したクリストファーの顔が見えた。
「ティフィー! おかえり!」
何故クリストファーがそこにいるのかわからず、すぐには足が動かなかった。
一斉に振り返る生徒達におかしく思われないようにティファニーはすぐに手を上げるもアーロンを見た。
「クラリッサがそこにいるよ」
行動すべきだと背中を押されるがままティファニーは走った。まるで王が通るかのようにクリストファーまでの道が開き、おかしな光景だと思いながらもティファニーはクリストファーが広げる腕の中にダイブした。
軽々と抱き上げてくるりと回るシーンは恋愛小説で見る王子がヒロインにするもので、自分のような悪役令嬢がされるようなものではない。
生徒達が見ている中でのことに恥ずかしくなったティファニーはすぐ下ろすように軽く叩いた。
「迎えに来たんだ。せっかくの休みだからね」
笑顔で頬にキスをするクリストファーの姿にファンだった生徒は泣きながらその場を後にする。
「驚きましたわ」
「サプライズ成功だね」
年上のわりに子供のように無邪気な相手を可愛いと思いながらクスッと小さな声を漏らして笑うもそれをぶち壊そうとする足音にティファニーはゆっくり振り返った。
「これはこれはクリストファー王子じゃないか」
コンラッド・グレンフェルだ。
不穏な笑みを浮かべながらゆっくりと近付いてくる王子に生徒達は静かになった。一部の女子生徒は王子二人が揃う感動に声をあげている。
「ティファニー、もう悪役令嬢はしなくていいのか? マリエットにしてやらなければ気が済まないんじゃなかったか?」
生徒達の前でハッキリと〝悪役令嬢〟と言葉にするコンラッドが何を考えているのかわからず眉を寄せた。
悪役令嬢というのは職業ではない。演じていたことに変わりはないが、それでも皆の前で話すことではない。後ろにいるマリエットもコンラッドが何を言い出すかわからず不安げな表情を浮かべている。
「花の水やりと称して水をぶっかけたり、大勢の前でマリエットに嫌味を言って恥をかかせるのはもうやめたのか? ドレスや髪型をけなすのは得意じゃないか。ん? マリエットからの挨拶を無視するだけでは飽き足らず、ついに存在も無視することにした一日は楽しかったか?」
クリストファーに聞かせるためにティファニーがしてきた事を簡単に暴露するコンラッドにティファニーは拳を握る。
———どこまで性根の腐った男ですの……。
一瞬でもこの男にときめきを感じた事がある過去の自分を消滅させたくなった。
だが、ここでティファニーが反論しなかったのは周りの生徒達の反応があったから。今までなら生徒達は『そうだそうだ!』とティファニーを批難しただろう。だが今日はティファニーに話しかけた生徒が多かった。それも『話しやすい』とか『こっちの方がいい』という言葉と共に笑顔も向けてくれた。中には『そうだそうだ!』という声も飛んでいたが、全員が敵ではなかったために反論したい気持ちをグッと堪えて気持ちを落ち着かせるために一度静かに深呼吸をした。
「王子との恋に溺れて今までの努力を台無しにするつもりか?」
この嫌味な笑みを浮かべる男の思い通りに行動してはならない。
「努力とは何のことですの?」
「聖女の如き優しさを持つマリエットが気に入らないと悪役令嬢のような振舞いを続けてきたじゃないか」
「わたくしが彼女に嫉妬をしているような言い方ですわね?」
「違うか?」
「申し訳ありませんけど、わたくしがマリエットに嫉妬する理由なんてありませんわ」
「そうかな?」
切り札は自分が持っているとでも言いたげな相手にティファニーは焦りは感じていなかった。協力者になってもらおうと全てを打ち明けた相手であり、ほんの少しの間だが笑い合う時間も過ごした。でもそれはもう過去のこと。今更あの瞬間に戻りたいとは思わない。言いたいのなら全て言ってしまえばいい。不利なのはマリエットであって自分ではないとティファニーは強気に構えていた。
「ええ。嫉妬というのはコンプレックスを持っている者がすることですわ。例えば、優秀な兄へのコンプレックスを誤魔化すために女遊びを続け、するつもりのない婚約を期待している相手に伝えず目的のために利用し、心優しい優秀な王子の前に立ちはだかる男とかがする事かもしれませんわね」
「……なに?」
コンラッドの表情から笑みが消える。
「でも残念。わたくしコンプレックスなど持ち合わせていませんの。マリエットが美しいのは確かですし、それを羨んだからと言ってわたくしはマリエットにはなれませんもの。彼女の人気は彼女が努力で勝ち取ったもの。彼女の努力の結果ですわ」
「今更何を言っても言い訳にしか聞こえないぞ」
「そうでしょうね。でも事実ですのよ。わたくしが彼女に意地悪をし続けたのは恥ずかしかったからですの。昔のように仲良くお喋りをすることも、お茶会で男性の事を話すのもどこか恥ずかしくて。でも彼女と繋がりを断ちたくはなかったものですからあんな子供じみた事をしてしまいましたの。マリエットは理解してくれていましたわ。いつだってわたくしの気持ちを理解して庇ってくれていましたもの。こっそり家に訪ねてきてくれた時は部屋で仲良くお茶会をしていましたの。ね? マリエット」
急に話を振られたマリエットは驚きに思わず「え、ええっ」と答えてしまった。隣に立つクラリッサが『バカッ』と小声で責めても大勢の生徒達の前で認めてしまった事は変えられない。なにより、今までティファニーを庇い続けてきた聖女様が今更になって『彼女は酷い』と責める事など出来ない。それこそ『理解している発言をしていたじゃないか』と言われかねないのだから。
「わたくしの行いが悪役令嬢に見えたのは確かでしょう。わたくしは口も性格も悪いものですから。きっとここにいらっしゃる皆様に嫌な思いをさせてきた事と思います。水や紅茶をかけたり、嫌味を言ったりしてきたのも確かですもの。ですが、そんなことはもうやめようと思っているのです。子供じみた言動は自分の価値を下げるだけ。みっともないとようやく気付きましたの」
まさか自分がこんな役に回る日が来るとは思ってもいなかった。思ってもない言葉を一言も噛まずに言えるなと自分で自分に感心したほどだ。
自分の非を認めるティファニーに『今更過ぎるだろ』と言う者もいたが、それは驚くほど少数で、ほとんどの生徒は文句を言わなかった。
皆がどう思っているのかはわからないが、責められないというのはこんなにも不思議な気持ちなのかと異常な感覚に陥っていた。
「マリエット、今まであなたにした事を許してとは言いませんわ。全てわたくしに非があるんですもの。子供じみた事ばかりしてしまってごめんなさい。あなたが寛大な心で許してくれていた事に感謝もせず嫌味ばかり。謝りますわ。ごめんなさい」
マリエットの前で深く頭を下げるティファニーにマリエットは目だけで生徒達を見た。注目が集まっているのは嫌でもわかる。そして生徒達が何を期待しているのかも。
「ティファニー、私はあなたがした事を一度だって責めた事はないわ。だってあなたは昔から恥ずかしがり屋だったもの。恥ずかしがってるんだってわかってた。だから謝らないで。頭を上げて」
皆はマリエットに聖女を望んでいる。聖母の如き優しさで許すだろうと思っている。ここで一言でも『今更』などという言葉を使えばそれこそマリエットの努力は水の泡となってしまうだろう。
今この瞬間、立場的に苦しいのはティファニーではなくマリエットの方だった。
「今更謝って全て水に流せると思ってるの?」
「クラリッサやめて」
「この子がいつも泣いてたこと知らないでしょ! あなたは謝って済むでしょうけど、この子はそうはいかない。マリエットの優しさにつけこんで全て許してもらおうなんて甘いのよ」
クラリッサが使わなかった『アンタ』はクリストファーがいるせいだろう。この場にクリストファーがいなければきっともっと強い言葉でティファニーを責めただろう。
さて、どうするべきかとティファニーは考える。噛みついてきたクラリッサは鬱陶しいが、ここで『関係ない』と噛みつき返すのはこれからの仕返しに相応しくない。だが、せっかくクリストファーが舞台を作ってくれたのだからクラリッサに一泡吹かせたくもある。このまま卒業まで噛みつかれ続けてはたまらないのだ。
「伯爵令嬢であるわたくしが公爵令嬢である二人にしでかした罪は重いです。それが許されていたのはマリエットが庇ってくれていたからだとわかっています。どう償えばいいのかわかりません。マリエット、どうしたらあなたの気が済む? 膝をつくべきなら今ここで膝をつきますわ」
「そんなことしなくていいのよティファニー。クラリッサやめて」
「辛いっていつも泣いてたじゃない! ここで言わないでどうするのよ! あなたばっかり我慢する必要なんてないのよ!」
マリエットが動けないのならクラリッサがマリエットを押し上げようと思っているのか、必死にイイ友人を演じている。全てマリエットの計算でされてきた事に対してマリエットが泣くはずもなく、ティファニーが単独で行った言動に対しても怒り狂いはすれど泣いた事は一度もない。
守るべきものが多ければ多いほど人は隙が多くなる。
ティファニーは確信していた。
「やり返すつもりはないと?」
「マリエットからは何もされていませんもの」
ハッキリ嘘をつくティファニーにコンラッドの冷たい表情が向けられる。
「ハッ、負けっぱなしの人生だったな」
コンラッドの言葉にティファニーは笑顔を見せるも急に目の前に壁が出来た。
「何が目的かはわからないけど、彼女を傷つけるのはやめてほしい」
二人の間に協力関係以外に何があったのか詳しい事は知らない。それでも今の二人を見れば良い関係を築けていない事は明白だ。あえて具体的な内容を暴露するコンラッドからは悪意も感じたクリストファーはこれ以上ティファニーが一人で戦うのを見ていられなかった。
「クリストファー王子は部外者だろう」
「彼女と知り合いである以上、部外者ではないよ」
「彼女がどういう人間か知っているのか?」
「彼女は素敵な女性だ。愛らしく魅力的なね」
「それは君に見せている一部でしかない」
「まるで自分の方が知っているかのような言い方をしているけど、君が知っている部分なんて僕が知っている部分のほんの一部にすぎないよ」
一触即発の状態だが、余裕を見せているのはコンラッドではなくクリストファーの方だった。
「君が何故彼女に執着を見せるのかは知らないけど、やめてもらえるかな?」
「自分にそんなこと言う権利があるとでも?」
「あるよ」
ニッコリ笑ったクリストファーは振り返ってティファニーを抱きしめ、生徒達を見回してから口を開き宣言する。
「僕は彼女と婚約するからね」
生徒達の驚きの声が響き渡り、声が出なかったのは四人だけ。コンラッド、マリエット、クラリッサ、そしてティファニー。
「後日、発表するって約束だったのにごめんね。我慢できなくて」
どうすればいい? 可愛く怒る? 戸惑う? 嘘だと白状する?
ぐるぐる回る選択肢にティファニーはどれも選べず、卑怯な方法として胸に顔を埋める事で黙り込んだ。
クリストファーの言動はティファニーには想像もつかない事ばかりで上手く合わせられない。
頭上でふふっと笑うクリストファーの表情をティファニーは直視できなかった。
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